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物怪伝 鬼の章  作者: 犬尾南北
大倭篇

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第漆話 如件(三)




        6




 訝し気に見やってくる少女。

 蓮は一拍置いてから、ああ。と得心したようにうなずいて、


「渡辺蓮、よろしく」


 右手を差し出した。


「……」


 無言のままの彼女に、手を戻して頭を掻く。


「うーん」


 蓮は困ったように空を見上げるが、すぐに気を取り戻して向き直った。


「えっと、改めて、僕の名前は渡辺蓮。見てもらった通りに、ただの善良な一般市民。剣王鬼はその、ちょっと僕の体に取り憑いているだけっていうか……」


 ()()()()()()()と言ったところで少女が眉を寄せる。

 蓮は慌てて付け足した。


「とにかく、僕はただの人間だから! 何も悪さはしないから!」


 言外に「だから見逃してくれ」と述べる少年を、そのまま暫く睨んでから、


「……なるほど」


 小さく息をつき、瞑目する。

 再び視線を上げたときには彼女の瞳から険は取れていた。


「そういうことですか」


「わかってくれた?」


 肯く少女に、ほっと胸を撫でおろす。

 そんな彼を不憫そうに眺めながら歩み寄り、今度は彼女の方から右手を差し出した。


「あなたは被害者だったのですね……失礼いたしました。遅ればせながら、宗像柚葉です。祓い屋緋崎の十六代目代行として妖怪退治を請け負っています」


「ありがとう、よろしく。えっと、そっちは……」


 ぱっと顔を明るくして握手に応じる。それから蓮は肩の上の狐を見た。


「式神のあかりです」


 答える柚葉に続いて、妖狐も返す。


「あんなやつに憑かれるとは、少年も災難だねえ」


「いやあ、あはは……」


 神妙そうな彼女らに反し、対する蓮は照れ臭そうに頭へ手をやる。

 どうにもちぐはぐな空気の感覚に、狐は(ん?)と首をひねる。

 その横で、それに気づかず少女は続けた。


「とはいえ……実は申し訳ないのですが」


 視線を落とし、彼女は悲痛な面持ちで告げる。


「今の私達はあなたの力になれそうにありません」


 唐突なそれに蓮は面食らった様子で固まった。


「事情がありまして。剣王鬼に関しては監視のみしか許されておらず……今回も本来は口上だけのつもりで……心苦しいのですが」

「あっ、なんだ。そうなんだ」


 言葉を遮った楽観的な声に、思わず柚葉は顔を上げた。

 目の前の少年はさも安堵したように息を吐く。


「それなら、よかった」


「……よかった?」


 今度は彼女が動きを止める。

 ふと予想がついた狐の目が再び鋭くなるのに気づかずに、彼はきわめて気楽そうに放言した。


「ああ、うん。剣王鬼とはわりと仲良くやっててさ」


 言いながら、内心で手を上げて喜ぶ。


(なんだ、慧は大げさに言うけれど、やっぱり分かってくれる人もいるじゃないか!)


 頼れるが、一方でなにか必要以上に妖怪を敵視している節がある友人に、実はどこか寂しさも覚えていた蓮だった。


「あいつもね、多分べつに悪い奴じゃないんだよ。だから今すぐ退治されないのは僕も安心したっていうか、なんというか」


 たはー、と一息にそこまで喋ったところで、しかしようやく蓮も周囲の状況に気がついた。

 つい今まで友好的になれたと思っていた少女と狐、その二人の目つきが再び変わっている。


「まさか、そんな……」


 信じられないものを見る目で、柚葉は呟いた。


「……()()()妖気の持ち主と、よりにもよって()()()()()()()()……?」


 狐も狐で、呆然と声を漏らす。


「一体どういう神経してるんだい……」


 まるで異常者に相対したかのようなそんな様子に、さすがの蓮もたじろいだ。


「え、いや……その」


 そうしている間に、立ち直った少女が彼を睨みつける。


「つまり、あなたは――あの鬼を自ら受け容れているということですか」


 その剣幕に怯みながらも、蓮は頷いた。

 柚葉の視線はますます冷たいものとなる。


「いや、もともとさ、僕はオカルトが大好きで。だから剣王鬼とも仲良くやっていきたいなと……」


 慌てて言い足すが、最早彼女らの瞳の温度は変わらない。


「先日の、を目にしたうえで、あなたはそのような事を言っている……」


 少女と狐がぽつりと囁く。


「……同情する必要はなかったみたいですね」

「無知ゆえか」


 仲良くなれそうかと思いきや、あっという間に当初の刺々しい雰囲気に戻ってしまった祓い屋一行に、蓮は目を白黒させるばかりである。


「渡辺さん」


 柚葉が初めて名前を呼んだ。


「あなたがどう感じているのかは知りませんが、剣王鬼は明らかに危険な存在です。今は命令で監視しか行えませんが、私個人はすぐにでも退治するべきだと思っています」


 その芯の通った瞳に気圧されながらも蓮は擁護する。


「いやいや、まだ何もしてないじゃんか!」


 けれど、そんな叫びは意に介さない。少女は断言する。


「今はそうでも、いずれ必ず災いを引き起こすでしょう。決して取り返しがつかないほどの、惨憺たる災禍を地上へ齎す筈です――あのような妖気を持っていて、何もしないわけがない」


 そこに至って蓮も気がついた。

 友人である慧も、そして目の前の少女も――彼らがなぜ頑なに剣王鬼を敵視するのか。

 蓮の余命関連の事情を抜きにしても、二人が抱える敵愾心は相当なものである。

 睨みつけてくる柚葉を前にして、その根底にある感情をようやく蓮は察したのだった。


 ――恐怖である。


 胸の内でひとり得心する。


(そうか、怖いんだ……)


 彼自身にも覚えがあった。

 剣王鬼が纏う、あの暗い気配。


 ――深く静かな、夜の気配。


 彼らは、あれがひたすらに怖いのだ。

 蓮もまた、当初はあの気配が怖くて仕方がなかった。


(……あれ? でもなんで今は平気なんだろう)


 気がついてみれば、いつの間にか彼は剣王鬼のそれに恐怖を覚えなくなっていた。

 むしろ深山の奥で深呼吸をするかのような、どこかそんな朗らかな感覚さえ覚えている。


 戸惑う蓮をよそに、柚葉は硬くなった言葉を投げかける。


「ひとまず、どういう事情なのかはわかりました。これから私達は剣王鬼と、……そしてあなたの監視任務に就きますが、どうぞお気になさらないでください」

「……あ、うん」

「それではこれで」


 少女は興味を失ったように踵を返す。

 それに瞬間だけ呆気にとられてから、そういえばと慌てて声をかけた。


「友達は知らないんだ! だから――」

「監視以外のことはしません……そういう任務ですので」


 振り返りもせずにそれだけ言って、狐を肩に乗せたまま彼女は屋上の扉に手を掛ける。


「あっ、あと一回だけでもあかりさんに触――」


 バタン、と音を立てて鉄扉が閉じた。


「――らせては、くれない……かあ」


 言葉は尻すぼみになって空気に溶ける。

 屋上に取り残された少年は、そうしてひとり空を見上げた。


「まあ、いっか」


 とにもかくにも、あの祓い屋少女に襲われる心配は暫くしなくてよさそうだ。

 面倒事はひとつ片付いたと思っていいだろう。


 とはいえ。


「残りは……どうしよう」


 まずは授業の無断欠席がひとつ。

 そして転校生を連れ出したという事実に対するクラスメイトや友人達による追及で、ふたつだ。


 この後に迫っている言い訳タイムを思い浮かべて、蓮は悩まし気に息を吐いた。




        7




「――それで、説明してくれるんでしょうね」


 据わった目つきでそう述べるのは、葵である。


 時は昼休み、場所は彼ら二年三組の教室。


 授業の欠席に関しては腹痛トイレ戦法でなんとか乗り切り、転校生との関係に関しても十分休憩程度の間ならばどうにかこうにか、のらりくらりと追及を避け続けることができた。

 しかしさすがに昼休みの時間までもつれ込んでしまえば、これより先の逃げ場はない。


 被疑者よろしく椅子に座らせられているのは蓮である。

 とすれば、彼の目の前で仁王立ちする少女が尋問官か。


 二人の間の机にそっと購買のアンパンを置くのは文太である。

 かつ丼の代わりのつもりだろうか。

 だがその定石でいくと、アンパンは張り込み時の物では……?


 謎の差し入れに混乱する蓮の視界の隅では、難しそうな顔をした慧がいる。

 彼は頭がいい。そして蓮の剣王鬼まわりの事情も知っている。

 もしかすれば、凡その事情を察している可能性もあった。


 そのさらに周囲では、面白い見世物だと判じたクラスメイト達が遠巻きに眺めている。


「で! どうなのよ!」


 平手で机をバンバンと叩いて葵が凄む。


(うわ、圧迫尋問だ……)


 蓮は阿呆なことを考えながら、一方で頭を回す。


(どうするべきか……剣王鬼のことは伏せるとしても、やっぱりについても触れない方がいいだろうし)


 目前の少女にアレルギーがあることは、つい数日前に確認したばかりである。


(仕方ない、か)


 蓮は覚悟を決めた様子で顔を上げた。

 彼とて、何も考えずに昼まで逃げ続けたわけではない。


 しっかりと、なんとか良い言い訳を思いつけないかと頭を捻り続けていたのである。


 どうにか一つだけ考え出せた言い訳の案を土壇場で採用する。


「実は……」


 彼女は小学校時代のクラスメイトです。それ以上でも、それ以下でもありません。


「随分と久しぶりに会ったので驚きました」


 蓮と葵は中学校こそ一緒だったが、実は小学校は異なっている。

 この案ならいけるだろう、完璧だ――そう思った蓮の前で、少女の視線が胡乱になる。


「……なんで突然丁寧語になっているのかしら」

「あ」


 しまった、と言いそうになる口を慌てて抑える。

 蓮は嘘を吐くのが時折おそろしいほど下手だった。


「ねえ、なにか誤魔化しているでしょう」


 半目で詰問する葵から慌てて顔を逸らす。


(どうしよう)


 気分はまさに万事休す。

 切実に誰かに助けてもらいたいところなのだが、他の友人は慧も文太も、今日は朝から頼りにならない。


(どうすっか)


 蓮は改めて心の中で繰り返し、――そんな折に、救いの手は思わぬところから差し伸べられた。


「渡辺さんの仰っていることは本当ですよ」


 がばりと顔を上げれば、彼らのすぐそばに一人の少女が立っている。


「あんた……」


 呟く葵へ向き直り、転校生は涼やかに言葉を続けた。


「彼の言う通り、私は昔の同級生です。ただ、それだけです」


 そのハシバミ色の瞳を、葵もまた静かに見つめ返す。


「……本当に、それだけなのね」

「ええ」


 頷くと柚葉は顔を寄せ、


「ですから、どうぞ


 囁かれた瞬間、少女の耳が一気に色づいた。


「な、なっ――」


 言葉を失って、ただパクパクと口を開け閉めしている葵をそのままに、転校初日で騒動の渦中となった少女は我関さずと己の席へ戻ってゆく。

 遠巻きに見物していた誰かが驚愕を隠さず呟いた。


「……あの神谷に、勝っただと」


 教室にざわめきが戻ってゆく中、蓮は呆気にとられたまま彼女の背中を目で追いかける。


(てっきり、嫌われたのかと思ったけれど……)


 どうも、そういう訳でもないらしい。


「うん、あれはあれで個性が強いかも」


 アンパンを齧りながら文太が言う。

 その横で、慧はどこか怪訝そうに柚葉を見送った。


(三年二月一日、投稿ミスを修正)

(三年二月十一日、微修正)

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