A.D.2030
序
大地は鳴動し、黒雲が渦巻き、天が割れた。
切り裂かれた高みから、黄金の瞳が人々を見下ろす――。
建ち並ぶ摩天楼の向こう、遥かな虚空に出現したその巨眼が、途端に放つものは圧倒的な威圧感だった。
それが顕現した瞬間に、星の重力でも変動したのではないかという錯覚に襲われる。
彼らはこの日のために準備を整え、それを待ち構えていたはずだったが、それでも軍勢のなかに動揺が細波となって広がってゆく。
「……あんな奴に、勝てるのか」
男が一人、怯えを滲ませて呟いた。
彼が纏う黒装束は幾重もの呪的防御が施された一品である。一見すると高級なブラックスーツのようであるが、その肩には烏羽色の鳶外套を羽織っている。
「勝てるさ」
その横で、和装に身を包んだ少年が即答した。金銀で装飾された直刀を佩き、長髪は羽のように広がって、額に三本の角が生えている。
揶揄いを含んだ軽い語調で、傍目には歳上に映るだろう男を振り返る。
「怖気づくなよ、長官殿」
そしてそのまま、視線を空へと滑らせた。
「大丈夫さ、俺が」
紅く輝く瞳を細める。
「奴を斬る――天を討つ」
不敵に笑う。
その周囲で、男が、女が、少年が、そして数多の異形が同じように口角を吊り上げる。
「さあ、世界を救おうぜ」
(令和二年十二月二十二日、「序」初回掲載)
(四年八月十三日、削除)
(四年八月十四日、再掲載)