始まりの呪い、呪いの始まり
ある始まりの物語です。
「おばあちゃん、何かお話して~」
子供が祖母に甘えるように抱き着きながら話をねだっている。外は吹雪で遊びにも行けないので退屈で仕方がないのだろう。
祖母はやれやれ困ったねぇと言いながらまだ話していない話がないか思い出す。しばらく考えた後、ある神話を思い出した祖母は孫娘を抱きかかえると話し出した。
「いいかい、これは悲しいお話だよ。それでも聞きたいかい?」
「……暇だし、それでもいいよ」
「やれやれ、そうかい。なら始めるよ」
昔々、あるところに二人の幼馴染がいました。二人はジャンヌとエリオットと言い、恋人同士で互いを深く愛し合っていました。ジャンヌは美しい夜を思わせるような黒髪に落ち着いたブラウンの瞳の美しい少女でした。エリオットは燃えるような赤い髪に勇敢な精神が瞳に宿ったような力強い瞳をした青年でした。
二人は将来結婚を誓いあいながら仲睦まじく暮らしていたのです。
ある時、そんな二人の元に一組の兄妹が訪れました。別に何か用があったわけではないのですが、その兄妹は旅の途中だったのです。この世界にはいろいろな神様がいます。戦いの神様に癒しの女神様、それに愛の女神様等たくさんの神様がいました。
この兄妹は愛の女神様に愛された愛し子だったのです。
「愛し子ってなあに?」
「神様に愛された人間でね、神様はその人にえこひいきしてしまうのさ」
「いっけないんだーそれ」
孫娘はそう言いながら頬を膨らませる。祖母はそれを愛おしむ様に頭を撫でながら続きを話し始めた。
愛し子である兄のレグナードはジャンヌに、妹のラシェルはエリオットにそれぞれ一目惚れしてしまいます。
しかし、レグナードはジャンヌにはエリオットがいるからとその思いを口に出すことも態度に見せることもありませんでした。ところがラシェルはレグナードとは反対にエリオットを誘惑し始めたのです。
エリオットは毅然とした態度で断り続けました。それに業を煮やしたラシェルはジャンヌに隠れてコッソリ与えられていた魅了の力でエリオットを虜にしようとしました。
ジャンヌへの愛情と魅了の力の間で苦しむエリオットにラシェルは囁きます。私を愛すれば苦しみは無くなると。レグナードはラシェルに止めるように言いますがラシェルは止めるつもりがありません。それどころか兄も与えられた魅了の力を使えばいいとすら言ってきます。
レグナードはジャンヌにこのことを教えました。するとジャンヌは苦しむエリオットにこう言いました。
「愛はあなたを苦しめることがあるかもしれないわ。でも、あなたが私を苦しめないようにするためにあなたが苦しむのならその愛を守らないで。あなたが苦しい方が私は苦しいの」
相手を思いやる深い愛にエリオットにかけられていた魅了の力はたちまち消え失せていきました。偽りの愛ではなく、心からの愛が勝ったのです。
しかし、それに怒り狂ったのはラシェルです。ラシェルは二人の愛の強さと自分を愛さないエリオットに怒りのあまり死んでしまいました。
レグナードは悲しみましたが、ラシェルが死んだのはラシェルのせいです。ところがそう思わない者がいました。愛の女神様です。
愛の女神様はラシェルが死んだ原因として怒りのあまりエリオットの心臓を奪うと握りつぶしてしまいました。心臓を奪われたエリオットは死んでしまいます。悲しむジャンヌに愛の女神様は言いました。
『お前たちに罰を与えます。お前たち二人は次に生まれ変わっても必ず隣り合うものとして生まれくるでしょう。そして結ばれた後、お前は必ずその男を我が愛し子ラシェルの生まれ変わりである存在に奪われることでしょう。その後必ず、レグナードの生まれ変わりとお前は結ばれるのです。そなたらの運命に罰を! 我が愛し子に祝福を!』
残酷な呪いをかけられたジャンヌとエリオットですが、レグナードはそれに怒りました。そして愛の女神様に抗議しますが愛の女神様は聞き入れるつもりがありません。
仕方なくレグナードは愛の女神様の下から神に祈りを捧げるときに使う神具を盗み出してジャンヌに渡しました。
ジャンヌはこの理不尽な仕打ちを愛の女神様以外の神々へと訴えました。すると一人の女神がジャンヌの祈りに応えたのです。
見るものによって色を変える腰まで届く美しく長い髪を持つ、とても美しい女神さまでした。女神さまはジャンヌの嘆きを受け止め愛の女神様に罰を与えました。
不条理な神罰を下した愛の女神様は醜いカエルにされてしまったのです。美しい女神は言いました。
『お前がかけた呪いが解かれたうえで、お前が心から反省しない限りその姿は元には戻らないでしょう』
愛の女神様は文句を言いますがカエルの鳴き声しか出てきません。
女神様はジャンヌに言いました。
「あなた達にかけられた呪いは魂に深く絡みついており解くには時間が必要です。ですから何度も転生を繰り返せばやがて呪いが薄れ人の手で打ち砕けるようになるでしょう。ですがそれは苦しみに満ちた茨の道です。無理矢理壊すことも出来ますが、それだと次あなたの恋人に出会える保証はありません。どうしますか?」
ジャンヌは迷わず答えました。
「私は何度苦しんでもあの人を追い続けます。こんな形でお別れは嫌ですから」
女神さまはその言葉に深くうなずいた後ジャンヌに祝福をかけました。こうしてジャンヌの永く苦しい旅路が始まったのです。
「おやおや、寝ちまったようだね」
孫娘はいつの間にか寝ていたようだった。祖母は優しく寄りかかるように寝ている孫娘に毛布を掛けてやるとうつらうつらとし始める。
今はほとんどの人が忘れてしまった古い神話を夢に見ながら。
なんとなく書いてみました。