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魂23◎書きたいものと描けるもの

 小説はもちろんですが、絵も描きます。元々高校まで漫画家志望だったので、それなりに絵は描けるつもりです。小説、漫画、イラスト、なんでもござれですが、実際はどれも中途半端。全部一緒にレベルアップできたら良いんですが、そううまくは行かない現実があります。

 自作に絵を付けるのが楽しくて、一生懸命キャラを考えては描いていた時代もありましたけど、今は殆どしません。それぞれで書いているものが違うことに気がつき始めたのです。もしかして、私の作品には私の絵は似合わないかも知れない。思い始めると急に自作のイメージ画が描けなくなりました。


 少女漫画家になりたくて、必死に頑張っていた時期がありました。もう、二十年近く前のことですけど。頑張ればなれると思って、描いていたけど、どうも恋愛というものがよくわからなくて、そういう話がうまく描けませんでした。

 そのうちファンタジーというものを覚えると、少女漫画よりいけるかも知れないとせっせとノートやらルーズリーフやらに漫画を描き溜めていました。今見るとそれはそれは恥ずかしい内容なんですけどね。楽しかったんですよ。少女漫画より、自分の絵が作風と合致している気がしたのかも知れませんね。私、あまりかわいい絵が描けなかったんです。今で言う「萌え」的要素が全く入らなくて。自分のことをかわいいとも思わなかったし、そういうものを描こうともしなかった。なのに少女漫画を描こうとしていたんだから世話ないですよね。

 ファンタジーものをずっと描いていると、今度はまた困ったことが起きました。モンスターや武器が描けないんです。資料も殆どなかったし、インターネットもない時代、本屋も一駅向こうとくれば、後は想像で補うしかない。アニメやゲームを真似て描いてみたりもしたけどしっくり こなくて。ああ、田舎って嫌だな、不便だなと想いながら過ごしていました。

 高校生になって時間も金も余裕が出てきて、それでいざ描こうと思ってみたら、画力のなさにがっくり来る。ああ、どうせ素人だし、人に絵の描き方を教わったこともないわけだから、もうどうしようもないと、諦めモードです。

 二次創作して、ちょこちょこ応募作描いて。ゆるゆると創作活動をしていました。だんだん恋愛ものも描けるようになったし、それなりに話の構成力も高まってきた。――だけど、好き勝手していたはずの同人活動は、萌え絵の描けない私にとっては苦しかった覚えがあるんですよ。やっぱり、読んでみたいな、手に取ってみたいなと思うのは「萌え」のあるものなのかも知れない。私だって、あの頃は他人の作品を買うのに、綺麗な絵、センスのいい絵って選んでいたし、ドキッとするくらい目を引く作品を好んでいたんです。他の人だってきっとそう、私の絵は萌えもないし、かといって綺麗に描くことも出来ない。中途半端なんです。好んで買ってくれる人もいたけど、それは友人や知り合いになったからという社交辞令だったかも知れない――そう思い始めれば疑心暗鬼は止まらなくて。自分の作品が売れない、すなわち、需要を満たすような要素がないのではないかと。鬱モードが止まりませんでした。

 自分の好きなことを金かけず出来るようになった今日だって、アクセス数という指標が、私の絵の萌え要素のなさを証明しているような気がしなくもありません。だけど、そんなことをいちいち気にしてたら何も描けなくなるわけで。気にしない気にしない。好きなものを描けば良いんだと、思ってはみますが、やっぱりそのコンプレックスは当分なくなりそうにないですね。


 それでも表現の幅を広げたいと、色々やってきたつもりではいます。漫画もずいぶん描いたし、イラストも小説も描くようになりました。だけど、どれを続けるにも壁が立ちふさがる。壁の高さに愕然として前に進めなかったことも。

 限界を感じるんです。例えば、漫画を描くとして、私は自分の描ける絵の範囲と最小限書きたいストーリー展開を考えますが、その中で一つでも達成できないことがわかれば、頓挫、没、話自体が消滅してしまうのです。

 色々自分なりに分析をしてみました。

 さて、ここにあるネタは果たして自分が描ききれるか。――漫画として、小説として、果たしてどの方向で作品を完成させれば魅力的になるのか。自分の絵や文章の特性を少しずつわかるようになってくると、どの表現方法が一番しっくり来るのかもわかってきます。例えば、コメディタッチの作品であれば漫画の方が良いだとか、社会派大人向けの作品なら小説がしっくり来るだとか。

 私の絵はどちらかというと昨今の少年漫画誌風で、とても真面目な作品には向かないのです。自分の絵を小説に当てるときは、出来るだけ写実的になるように描くようにしますし、そうしないと作品自体のイメージが損なわれるのも知っています。本当なら、自分の作品なんだもの、自分がイメージを一番うまく描けるはず、そう思いたいんですけど、画力の限界というものが否応なしに襲ってくるんです。これ以上は描けない、描くなら思い切り背伸びをしなければならないと、わかっているからこそ、自作小説にはあまりイラストを描かなくなりました。

 同じような理由で、自分の漫画のノベライズは出来ません。漫画は少年誌風なので、どちらかというとラノベ、展開の起伏がはっきりしている面白さ重視の作品になります。これは残念ですが、私の文章の色とはとても合わないのです。

 作品によって、表現方法を変えるというのが適切かも知れません。そうすることによって、自分の中にある程度の制約を設けるとともに、作品のイメージ、方向性を曲げずにすむ利点もあります。何が得意で何が不得意なのか、少しずつですが見えてくることで、こうしたことが出来るようになり、おかげで相変わらずあっちもこっちもな器用貧乏を続けることになってしまいました。これが良いのか悪いのか、はっきり結論は出せませんけどね。


 絵が描けると良いよなって、よく言われますけど、私はむしろ絵を描く方が先で、文章を描くようになったのは後なのでその問いかけには上手に答えることが出来ません。自分で考えた話が自分の絵では表現しきれないから文章を書いているんですよというのが本音です。知り合いのある方は、逆に小説が書けないから漫画を描いてるとおっしゃってました。その辺、人それぞれなんだなと思わされます。

 自分の作品に一番合った表現方法がそれなのだと確信が持てるようになるまで、どうしても時間はかかるものだと思います。

 だけど、自分だけのものを見つけたら、きっと強くなれるんじゃないでしょうか。

 私はまだ、自分の作品の表現方法として小説という形式が一番合っているかという点については自信がありません。頭の中で回る映画のような光景は、漫画や劇画の方がしっくり来るのかも知れないと思うことだって多々あります。だけど、自分の持てる力の上ではその他に表現方法が見つからないから小説にしている、というのが適切かも知れませんね。ならば、小説としてしか表現できないものを盛り込んで、それが一番だと確信できるようにしよう。そう前向きに考えながら日々執筆しています。

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