9.動き出す歴史
前回に続き調査会です。
「ん。どうした、何かわかったのか。」
急に図書館に戻っていく俺に貞時は声をかけてきた。もちろん返事はしない、筆談をしている余裕もないので俺は貞時を無視した。
昔話や童話はフィクションの者が多く存在するが、物語によっては実在の話を元にして脚色を加えたお話というものもある。金太郎が一番わかりやすい例かな。そして、一説には童話にするために鬼や動物に例えるケースもある。今回の鬼娘の涙というお話も、そういった脚色や次世代に伝わっていく際にずれが生じていき今のお話になっているのかもしれない。様々な地元の歴史書をたどっていったが光明が見えなかったが、現実離れした能力を持っているならそういった形で話が残っているかもしれない。
正直行き詰っていた。そんな中で出てきた一筋の光、俺は空腹感などはもう忘れ、体の奥底から知的好奇心が湧き上がってくるのを感じた。もしかしたら探していたもの、知りたかったものがあるかもしれない、その可能性が原動力となっていた。
頭の中の検索エンジンをこの地域の歴史から鬼娘の涙に変え図書館の資料を調べなおす。
「成程、お前さんあの童話が怪しいと思ったんだな。」
貞時も俺の方向性を悟り、資料探しを手伝ってくれている。
一時間ほど調べたところ、古い話では娘は村の子供達の一人で鬼に集落を襲われ子供達が連れ去られ、子供達が鬼達の隙をついて抜け出すも少女一人を残して全滅、村に戻っても鬼から一人だけ逃げてくることはあり得ないと疑いの眼差しに当てられ、村のものに信じてもらえずに殺されるといった物語だったらしい。それがマイルドになって今の形になったのかな。もう少しマイルドにしてもいいと思うけどそうなると教訓がなくなるのかな。
俺はスマホを取り出しメモを開く。
(質問、死んで霊になったものの姿は死んだ時と同じ状態になるのか?
「いや、俺も死んだのは29くらいの時だったが、今の姿は21くらいの時じゃないかな。おそらく、その人の生前で一番体の動きが良い時期、全盛期というやつかなそんな姿になるんだと思うぞ。今までに会ってきた霊達のことを思い出してもそれで間違いないと思うぞ。」
(生前の姿以外になれたりはするのか。例えば10歳くらいで死んだ子が20歳の姿になるとか。)
「それは無理だ。髪型や衣服などは変更することができるが、顔や体の構造を変えるなど整形レベル以上のことをすることはできない。精々化粧レベルの変化だろうな。だから成長した姿は無理だろう。」
「成程。」
つまりこのお話は脚色されていて事実とは異なるストーリーになっているのだろう。もしくはこの物語は彼女に全く関係のないものになるが、昨日言っていた「この地で人間扱いをされなかった」という部分が引っかかる。その他の話しぶりからも死んでいるという自覚はあるように見受けられた。そんな例がこんな言い回しを使うということは、生前から人間扱いされていなかったと思われる。もちろんこのお話があの女性の人生をモチーフにしたものという仮定の下だ。この地の歴史も調べたが人外のような資料はなかった。もちろん資料や歴史に残されていないという可能性もある。
一つ仮説もできたし、これが違ったら一から調べなおしだ。それっぽい資料もないしまずはこれで行くか。
時刻は午後4時半、俺は図書館を後にし、一時間半前の空腹を思い出していた。
「もういいのか。」
貞時が聞いてくる。これ以上は限度がある、今回の仮説を着物の女性にぶつけてみて違ったらヒントを聞き出すしかないだろう。何せキーワードが少なすぎる、自分で言うのもなんだが、よく調べたほうだろう。
(これ以上調べるのは厳しいだろう、一度彼女に会ってもう少し手掛かりを聞かないといけないだろう。)
立ち止まりスマホで回答をする。まあそうかと言ったように貞時は頷いた。
さて、もう料理する気力もないし、貧乏学生の身分だ。ハンバーガーチェーン店でも行くか。
最近はいろんな店のいろんなハンバーガーがある。普通にハンバーグを挟んだスタンダードなものや様々なソースに変えて味を変えたり、ハンバーグではなく、鳥や魚のフライを挟んだもの、野菜にこだわりを持っているもの、段を増やしボリュームを上げているもの、様々なものがあるが、ハンバーグにケチャップというシンプルな味付けのものが好きだ。単調な味だが癖になってくる、間にある薄切りのピクルスが全体の牛肉とケチャップの味になじんでくる。食感のアクセントにもなってとてもおいしいピクルスは嫌いだという人も多い、俺もハンバーガーくらいでしか食べないが、このピクルスは好きだ。一本丸々は食べたことはないので、ピクルスが好きかといわれると答えには悩むが、ハンバーガーのピクルスは欠かせないものだと思っている。まあ、人それぞれ味の好みがあるので、あくまでも俺の意見なのだがな。片手でかぶりつくというのもハンバーガーの味を変えているのだと思う。
サクッと腹を満たし、時刻は午後5時、今から向かっても良いが念のためいろいろ準備するために一度帰宅するか。
「あの女に会いに行くのなら夜更けをお勧めしよう。」
「何故。」
正直荷物をまとめたら早速出発するつもりでいたため貞時に止められたのには驚いた。
「荷物をまとめてすぐに行く気だったか。お前さんはもう一般人ではないということを自覚しろ。帰宅する者に見られて警察呼ばれては厄介になるんじゃないか。昨日の時間ぐらいまで待つほうが得策だと思うぞ。」
「あ、そうか。確かにそうだな。」
あまりにもはっきり見えるようになってしまったから、普通に人に会いに行く感覚になっていた。言われてみれば確かにそうだな。どっちにしろ一旦家に帰るか。
帰って来たのはいいが、準備してすぐ行くつもりだったから変に時間ができてしまった。今のうちに何かしておくことはあるだろうか。悩んでいると貞時が声をかけてくる。
「あ、そうだ昨日の伊東さんにも連絡を入れたいた方がいいんじゃないか。」
「え、なんで。」
「お前さんより慣れているだろうし、一応一つの仕事として来ていた様子でもあったからな。悪いようにはならないんじゃないか。」
「ああ、成程、でもな~確定じゃないことも多いし、ほとんど俺《おれ
》の推測だから間違っていたらすぐに撤退するからな。忙しかったりしたら迷惑なんじゃないか。」
「まあ、一報入れておくだけでもいいんじゃないか。」
「まあ、そうか。えーっとどこだったかな。・・・ああ、あったあった。」
昨日もらった名刺を確認して電話をかける。
よくよく見るとブラックカンパニーってなんだよ。一部和訳でブラック企業だぞ。ネタにしか見えないだろうな。
・・・お、つながった。
「あ、もしもし私和田智玄と申すものですが、伊東さんいらっしゃいますか。
ああ、そうですか。あ、いえ、大丈夫ですいらっしゃればというぐらいの気持ちでかけたので、はい、ありがとうございました。」
電話を切りポケットにしまう。
「いなかったのか。」
「ああ、事務所にかけたら違う人が出て聞いたら今いないらしい。まあ、いろいろあるだろうし、名前は名乗っているから大丈夫じゃないか。」
「まあ、いいか。どのみち今日行くんだろ。」
「ああ、止められても行くぜ。」
というか第一に俺の仮定が間違っている可能性もあるんだから何も構える必要はない。会話をしに行くだけだ。
さて、まだ2時間ぐらいあるしいろいろ試してみたいことやってみるか。
「なあ貞時試したいことがあるんだがいいか。」
よくよく考えてみたら自分がどこまで霊の類に干渉できるのかわかっていない。せっかく時間もあるので今の内に何ができて何ができないのか確認したほうが良いだろう。今後のためにもいつか知っておく必要がある思いつくだけ試しておこう。
「もちろんいいぜ。お前さんより時間は持て余しているしな。第一お前さんに取り憑いたのは俺の退屈しのぎだし、何をするんだ。」
「え、俺そんな理由で取り憑かれているのか。まあ今はいいか。せっかく時間が中途半端にあるしできることとできないことを確認しておこうと思ってな。」
「お前さんが俺らの類にってことだよな。成程、試したほうが良いな。」
時刻は午後6時、9時に現地に行く予定だから8時半頃に出る予定だから2時間くらい余裕はあるだろう。まあ別に約束してる訳じゃないから時間決まってるわけじゃないけど。
さて、何から試していこうかな。
次回から再度着物の女性と対峙する予定です。