6.対幽霊戦闘演習2
前回に続き特訓回です。
しばらくして、時刻は午後2時。
「これで15回目か。」
俺は肩に痛みを感じながらその言葉を聞く。
12時頃から始めたので、2時間がたったということになる。何度も手合わせしているうちにだんだん貞時の攻撃に反応できるようになってきていた。攻撃を仕掛けた場面も何度かあったが、一度も貞時に入ることなく避けられていた。
「だいぶ動きが良くなってきたな、やはりお前さんは頭がいいのかすぐに成長してくるな。」
「頭?」
「ああ、一回一回の手合わせの反省点を生かし、次につなげようとしている。がむしゃらに鍛えるのよりも、何が必要で何が悪いのかを分かっていたほうが効率がいいだろ。」
確かにそれは聞いたことがある。うさぎ跳びが体を鍛えることができず、むしろ体を壊す原因になるというのが有名な例だろう。ちょっと違うか。素振りを何百回するよりも要点や正しい姿勢を考え、相手をイメージして何十回するほうが練習効率が良いという話も聞いたことがある。ただ、意識をしていた訳じゃないから何ともうれしくない。
「あまり意識している自覚がないのだが。」
「それこそお前さんの素質なのかもしれないな。」
貞時が笑う。素質ねぇ。そんなことより、腹が減った。遅めの朝食だったため今頃空腹感が襲《おそ
ってきた。
「なあ貞時、少し休憩してもいいか。」
「なんだもうへばったのか。」
「いや、腹が減った。」
俺の胃袋がぐうの音を出す。
「ああ、そうかお前さんは生きているんだもんな。忘れていたぜ。」
「なんだ人を勝手に幽霊扱いにしていたのか。」
失礼な奴だ。それはそうと飯だ飯だ。リュックから巾着を取り出し、家を出る前に握って来たおにぎりを取り出した。
「いただきます。」
アルミホイルを取りおにぎりを食べる。うまい。噛んだ時に漂う梅干の酸味が食欲を加速させ、唾液がご飯の甘みと海苔の香りを引き立たせる。梅干に到達すると激しく運動していた俺の体を目覚めさせるように味と共に染み渡っていく。最近は種を抜いた梅干なんかも売っているから、便利だ。おにぎりに入れるならこっちの方が食べやすいと思う。ああでも食べた後に種を飴のように嘗め、酸味を楽しむのも嫌いじゃないんだよな。
海苔は全面に巻く派である。海苔もご飯の水分によってしなってるのが好きだ。パリッとした方が好きな人も多いんだろうな、気持ちはわかるけどしなってる方が俺はいい。
おにぎりってなんでこんなにうまいのだろうか。同じご飯と梅干でも何か一味違う独特の感じがある。炒飯やオムライスなんかもおにぎりになる時代だからな。他にもいろいろな具材で作られたりしているしな。しかし食べ盛りの男子高校生だと激しい運動をするとコンビニおにぎりじゃ足りないんだよな。自分で作ると大きさも変えられるから、そこだけでも違いが出てくるよな。持ってきたおにぎりもコンビニの物より二回りくらいでかいからな。
どうでもいいことを考えながら一つ食べ終わり、お茶を飲みながらもう一のおにぎりに手を出す。こっちには今朝食べるつもりだった焼鮭をほぐした身を入れてみた。うまいなぁ。梅干の酸味の後に鮭の旨味が俺の胃袋と心を満たしていく。鮭の塩味がご飯にも染みているようでうまい、骨は握る前に丁寧に取り除かせてもらったので思いっきりかぶりつける。海苔の旨味と鮭の塩気が俺の食欲を満たし、満腹感をガツンと与えてくれる。うまいものを食べると気分も満たされるな。
「ごちそうさまでした。」
もう一つのおにぎりも食べ終わり、消化のため少し休憩をする。
冬の寒さを忘れるくらい激しく動いていたため、ちょうどよくクールダウンしていく。こうやって倒れるぐらい体を動かすのは久しぶりだな。親父に鍛えられていた時を思い出すな。
しばらくして、時刻は午後2時半頃。
「さてとそろそろ始めるか。」
俺は立ち上がり準備運動とアップを始める。
「消化は大丈夫か。やってる最中にゲロとか吐くなよ。」
それに気づいた貞時が声をかけてくる。
「それもありだな。そういう戦闘も視野に・・。」
「入れるな入れるな。」
「冗談冗談。」
アップを終えたところで、また特訓が始まる。
しばらくして、夕焼けになりかけた時。
「これで23回目か。成長が感じられるな。」
「少し避けることに重きを置いていたからな。最初よりかは、見える様になってきたかな。」
ただ、まだ一撃も攻撃を当てることはできていない。掠めることは何回かあったが、当てるところまではいかなかった。
「掠めるところまで来ているんだ、正直驚いているんだ。」
右手を握ったり開いたりしていると貞時に声をかけられる。
「正直腕を落としたんじゃないかと思うレベルでお前さんはすごいぞ。」
「そうなのか。
日も暮れて来たな。今日は後、出来て2,3回かな。」
立ち上がりストレッチをして体の具合を確かめる。そして、互いに向き合い戦闘体勢に切り替える。互いに頷きまた、手合わせが始まる。
互いに接近し距離を詰める。貞時がスッとしゃがみ姿勢を低くし、智玄の視界から一瞬姿を消す。
智玄は右斜め前に飛び、貞時の上を越えていく。貞時の切り上げた鞘が空を切る。鞘側に飛ぶことにより切り上げにも対応する。貞時は避けられたことにも動揺せず、智玄の接近に備え上げた鞘を斜めに切り下ろしながら振り返る。貞時の視界に智玄はいなかった。
智玄は受け身をとり、起き上がらずに振り返り、第一匍匐前進の体勢で姿勢をかなり低く保ちながら貞時に接近していた。切り下ろしたのを確認しながら姿勢を起こし、貞時の腹部に拳を向ける。
しかし、左膝を反射的に上げ、貞時が智玄を止める。智玄の拳は強打とまではいかなかったが、片足立ちとなっていた貞時の体勢を崩し、後ろに倒した。
智玄は追撃のため鞘を警戒しながら、覆いかぶさるように攻める。それを見た貞時は横から回す様に蹴りを入れた。その蹴りは智玄の顎を捉え智玄は気を失った。
「はっ。」
目を覚ますと貞時が俺のことを見ていた。
「お、気がついたか。」
「ああ、どのくらい寝てたんだ。」
「10分くらいかな。」
貞時の蹴りを食らった時感じたこともないような感覚に襲われて視界がフェードアウトしていった。
「くそ、結局またやられたのか。まさか、蹴りが飛んでくるとはな。鞘ばかり見ていた》。」
「いや、あれは反射的だった対術を心得ておいて良かったと久しぶりに思ったよ。」
「なんで気絶したかわかるか。」
「顎に入ったからじゃないか、まあダメージも溜まっていたしとどめになったんじゃないか。」
「成程、まあそれがしっくりくるかな。」
「それにしても、まさか今日で当ててくるとは思わなかったな。」
「止められたからそんなにダメージは無いだろう。」
「いやいや、ナイフのような重みや反動がほとんどない得物だったら刺さっていたかもしれないな。」
はっはっはと嬉しそうに貞時は笑う。
「もう日が暮れて来たし、お前さんも体力の限界だろう。今日は帰ろう。」
「ちょっと休んでからな、下山する体力も考えてやるんだったな。」
正直夢中になっていたところは否めない。
「ああ、お茶が体に沁みるぜ。」
残っていたお茶を飲み、午後4時半夕暮れと共に貞時は下山をした。
次回より新しい展開、新キャラを出す予定です。