26.紅に染まった着物
長かった。
「もしもし、ああちょっと相談があって、あと、心配かけてごめん。うん、大丈夫。え、そうなのそれはごめん。ロビーで言われたの?もういないって、ははは、すれ違っちゃったね。で、相談なんだけどバイトをはじめたいって思って、ん、借金の方は終わったけど。いや、何かほしいとかじゃなくて社会勉強というか俺の勉強というか、ちょっと複雑なんだよね。いつか会えない。違う違う五日じゃなくて、あ、そうか年末帰る時に話せばいいのかそうだね。いつ休み。明日から、わかった母さん達は帰ってくるの。わかんないって毎日連絡取ってるんだろ。ああ、忙しいんだ。俺の事言ってないの。ああ成程。うん明日か明後日か戻るからよろしく。」
ブラックカンパニーを訪れた夜、俺は親父に電話をした。
たわいもない親子の会話だ。新しいアルバイトの相談、凍死して心配かけた謝罪、翌朝退院というホテル感覚の入院によるすれ違い、年末帰省の話。
「誰だ。彼女か。」
貞時が逆さまで俺の前に出てきて聞いてくる。
「違う、彼女なんていない。」
「話し的に親でしょ。お父さんのほうかな。」
「ご名答。今日の相談だよちょっと世間話もしてたがな。」
夕飯はケチャップライスにした。本当はオムライスを作るつもりだったが、作ってる途中で量が多くて包みきれないことに気づき、そのまま嫌になって玉子を焼くことすらやめた。
しかし、ケチャップライスだけでも美味い。
ミックスベジタブルと鶏肉だけで作ったが、ケチャップの酸味が食欲を増進させ、そこからご飯の甘みが伝わってくる。ミックスベジタブルのそれぞれが味と食感に変化を加えてくる。グリーンピースははじけるような食感から、独特の香りが広がりコーンはグリーンピースとは違う皮を破るとジュワっと広がる強い甘みで飽きさせない。そしてにんじんが、ご飯とは違う柔らかさと甘みから他二つとは違うが、溶け込んだ味の変化を見せてくれる。最後に鶏肉、一口サイズで切った鶏肉がケチャップライスの濃い味から旨みを魅せてきて、満足感がプラスされる。
玉子でくるめば玉子の甘みでマイルドに整えてくれるだろうが、無いなら無いでうまみががんがん攻めてきてまたいいものである。
ご馳走様でした。
一通り家事を終え帰省する準備もした。
「明日から帰省するから一人のときでないと話せなくなる。」
「了解。」
「少しさびしいわね。」
二人が各々の反応を見せる。電話や時期から予想はしていたという反応だ。
「まあ帰ってもやる事はあんまり無いのでその辺の解消を考えて生きたいと思う。」
「そうだな、外で会話できないのはちょっと不便だったな。」
「ああ、でも帰る前にやらなくてはいけないことがある。」
「え、帰る準備も終わったんでしょ。」
何で本人が聞き返してくるのかな。まあいいこういうのは早いほうが楽だし二人の知恵も借りたいしな。
「何で本人が忘れてるんだよ名前決めるぞ。」
「あ、そうね。ありがとう。」
少ししおらしくなるが顔はうれしがっているようなやさしい顔をしている。
しかし、決めるにしてもどうしたらよいか考えていない。
「しかし、どうするかな。」
「何にも考えていなかったのか。」
「名前なんて付けたこと無いからな。」
何かヒントがほしいな、ゼロからはじめるのは少々難がある。
「何か生前、いや、死後でもいいか、何か印象に残っていることはないか。」
「印象に残ってること。」
「そうだな、なるべく楽しかったりうれしかったりすることのほうがいいな。」
「んー嫌な記憶しか印象に残ってないわね。」
やはり難しいか少しずつ記憶を引き出していくか。
「その着物は生前の記憶なのか。」
「これは、違うわよ。」
淡いピンクを中心として染められた着物を身にまとっていたため何か思い出のものかと思ったが、違うようだ。
「生前は渋い地味なものしか着られなかったからね。いつだったか忘れたけれど、綺麗な着物を着てるなってまねしてみたのよねどう似合ってるかしら。」
全体的には淡いピンクなのだが所々に花のような円を崩した白の模様が広がっている、生前の修行もあってか引き締まっており決して太く見えなく、身長が高めの彼女に淡い色がより彼女の長い美しさを引きたたせている。また、黄色を中心とした帯が着物に比べてはっきりとした色で、彼女の着物越しであるにも関わらないくっきりとしたボディラインを魅せ、赤の帯止めがしっかりとまとめているように感じる。控えめにいってすごい似合ってる。
「とても良く似合っているよ。大人っぽい雰囲気だから寒色系が似合うかなとも思っていたけれど、暖色系もよく似合うね。綺麗な君だからかな、スッキリとした笑顔がよりかわいく明るく見えるよ。」
素直な感想でほめてみた。血液が通ってないはずなのに赤くなって目を逸らして照れてる。かわいい。生きている人にはあんまり言わないような台詞をためらいなく話してしまった。まあ死んでるからあんまり気にせずガンガン行こう。
いや良く考えたら関わりのある生きている女性は家族くらいのものだったな。
まあ、いたとしても俺が照れてそんなこと絶対に言えないけど。
「それにしても綺麗な色だね。」
「でしょう。どこだったかしら北の方の地域で良く使ってる染め方って言ってたわね。赤とか橙とか桃とかの色が出せるんだったかしら。」
「北、染物、赤・・・。」
「あと、口紅にも使われていたんだったわ。」
「紅・・・紅花。」
「え。」
「それ紅花染めじゃないか。どこだったか黄色と橙の綺麗な花があるんだ。そこから抽出した色で染める伝統芸能だったかな。」
はっきりとは覚えていなかった。歴史の調査がメインで行ってたまたま知った知識だしな。こういうのもあるのか程度でしか聞いてなかった。
「その花が紅花なのね。」
「そう、安直かもしれないけど紅花で染めるから紅花染め。」
「へえ、紅花か。」
紅花かハンドルネームみたいだな。そうか、別にちゃんとした名前にこだわらなくてもいいのかな。
「・・・紅花か。」
「なんか思いついたのか。」
人の顔を見てニヤッと貞時が声をかけてくる。本当に感のいいやつだな。
「いや、その色が気に入ってるんだったら紅花って名前も悪くないんじゃないか。仮名としても不自然じゃないと思うし、もしかしたら今から本当の名前が見つかるかもしれない。親からもらったいい名前だったらもったいないだろ。だからいっそ名前っぽくない仮名のほうが使いやすいんじゃないかと思ってな。もちろん、気に入らないならしっかりとした名前をつけるよ。」
「と、言うことだがどうかな、お嬢さん。」
彼女は顎に手を当て考える。難しい顔をしているそりゃそうだ簡単に決めることじゃない。彼女の口角が少し上がり答える。
「いいねその案乗った。そして、仮名も紅花、悪くないと思うわ。私はこれから紅花として名乗っていきます。」
不満の一切ない顔でしっかりと答えてくれた。
貞時と顔を見合わせ改めて挨拶とする。
「それじゃ代表して、これからもよろしく“紅花”。」
という訳で名前の発表でした。紅花で行きます。よろしくお願いします。




