闇のような光のような
「私と彼は直線だった。それも水平面上から15度くらい向き合った直線。私たちが交わるのは必然だった」
鳴り響く外からのクラクション音。
浅草のとあるビジネスホテルの一室に私は静かに座っていた。
何もいない、人気もない。無意味につけているテレビの音が部屋の中で反響している。
自分が何を考えているかも不明瞭。
座ることにも飽きてベットでゴロゴロしてみる。
やりたいことも見つからなくて無意味にゴロゴロし続ける。
そのまま私は眠ってしまっていたようだった。
「・・・りさ・・・ありさ!」
「ありさ〜・・・おきてー・・・」
心地いい声の響き。
意識ははっきりとしないけれどどうやらあの人が戻ってきたようだった。
意地悪な私は起きているけど寝ているふりをする。
あの人の困っている顔が私にとってとても可愛かった。
「ありさぁぁ・・・おきてよぉ・・・」
揺すぶりがとても心地いい。
可愛そうだからもう起きてあげよう。
「んっ・・・」
「あ、おきたぁ・・・よかった・・・」
「あれ、帰ってたんだ・・・」
彼は来ていた上着に貸出のファブリーズをかけハンガーに収める。
「このままおきなかったらって思ってドキドキしたよ」
彼は心底安心したように苦笑いをする。
「春馬こそ、もう今日は帰ってこないかと思った」
嫌味も含めてそんなことを言ってみる。
彼は困ったようにあははと笑った。
「ありさ、大丈夫?もう終電だけど・・・」
彼はスマホで時間を確認しながら問いかける。
「・・・帰りたくない・・・」
まだ一緒にいたい・・・そういう意味も含めての言葉だった。
なのに、伝わらない
「そう言われても困っちゃうなぁ〜」
心底困ったようにあははと笑うのだった。
「春馬が帰って欲しいなら、帰るけど?」
ベッドの中に潜る私を春馬は悲しそうに見ている。
「帰って欲しくないって思うけど・・・それで有紗がまたパニックになって、楽しくお話できなくなるのはやだもん・・・」
さっきまで私が見ていた窓からの風景を今度は彼が見つめている。
そんな些細なことでもいいから繋がっていられたら、なんて思ってしまう。
「俺だって有紗に申し訳ないとは思ってるよ。そんな曖昧な態度しちゃうこと。けど、今はこれしかないんだ・・・」
「だからって、帰らないといけないとは思わないけど・・・」
「でも二人で決めたことだからね」
そう。
春馬が言う通り、私達は夕方約束を交わした。春馬の泊まるホテルには遊びに来てもいい。けれど終電で必ず帰ること。
それは彼なりのこだわりのようなものがあるらしかった。
私達は傍から見ると恋人に見られてもおかしくないくらいに繋がっていた。
彼の奢りで旅行に行き、泊まり、それ以外でも毎晩のように電話をして会話に花を咲かせていた。
私の放つ灰色の話でさえも彼は真っ白に染めてしまう程の純粋さを持っていた。
私はきっとそこに惚れていたのだろう。
彼と一緒にいても飽きない。
けれどいつまでもその関係はその場所から1歩も動くことは無かった。
それは彼なりのこだわりだった。
だから私に手を出してくることも、ましてや愛の囁きをすることなども一切なかった。
そして私もこの関係に嫌気がさした頃に彼との関係をリセットしようとした。
それも私のこだわりだった。
私と彼はこだわりがものすごく強かった。
こだわりによってすれ違い、ても届かない、けれど近い。そんな奇妙な関係。
私達は、アスペルガー症候群だった。