第1章 夢物語
「すげぇぇぇえ!」
目の前に広がる森の景色と辺り一面の空気感が肌に当たる。地面の感覚も素晴らしい程に地面である。走ったときの疲れもそのままであった。
「本当に成功したんだ…」
僕は喜んだ。今までに無いほど素晴らしい気分だ。自分の研究が成果を結んだ。やはり研究者としてはこれ程の喜びは他に無いだろう。
「じゃあ…まずはRPGの醍醐味とも言えるこの作業からやってやろう」
僕はスキップしながら方角など気にせずどんどん進んでいった。やはりRPGの醍醐味と言えば散策であろう。いつも見ているものと変わらないはずなのだが、気分は一流の冒険者になったようだった。ようだったのだが、目の前に巨大なオーガが現れたことにより状況は一転した。勿論モンスターが存在していることは承知していた。戦うことも吝かでは無いと考えていた。しかし、問題が生じた。
「あれ、武器はどこだ?ってか俺普段着のままじゃん!」
一瞬良くない考えが頭を過った。このままゲームオーバーになればどうなるのだろうかと。リスポーン地点からやり直しになるのだろうか?或いは、痛覚によるショックで死んでしまうのではないか?と。最悪の事態は避けたかったため僕は逃げることを選択した。
「痛いのは嫌だぁぁあ!」
我ながら動機が情けないと思う。しかし実際痛いのは嫌である。他の感覚が再現されている以上痛覚も再現されていると考えるのが普通である。そう考えられる以上、致死量のダメージを受けてしまうとリアルでショック死してしまう可能性が出てきてしまった。なぜこんな単純なことに今の今まで気づかなかったのか。
そんなことを考えている内に小さな洞窟の前に差し掛かった。ここならあのモンスターを撒けるかもしれない。そう考えた僕はその洞窟に逃げ込んだ。
「ここならあの化け物も入って来れないだろ…」
洞窟の前でオーガは一旦止まりキョロキョロ周りを見渡した後、洞窟の方にてを伸ばそうとしたが、自分では入ることができないと理解したのかすぐにどこかへ行ってしまった。
「…というかこのゲームにあんなモンスターいたっけ?」
まぁ普段とは感覚が違うのだろうと強引に理解しようとしたが、次の瞬間ここがゲームでは無いことを悟った。
「おぃ…嘘だろ?」
そこには剣士の死体が転がっていたのだ。このゲームでは、如何なる死体もポップアウトし元のリスポーン地点に戻るように作られていたはずなのである。しかし、この死体は何ヵ月も前からここに居るかのように冷たく、着ている鎧もボロボロになっていた。
「これはゲームじゃない…」
ゲームではないのであれば、そうかこれは…
「夢か!夢だったんだ!全部夢だったんだ!」
ドシン!
洞窟の前で大きな足音がした。先程のオーガだ。大声で叫んだために位置がばれてしまったようだ。
「なんだ…夢かよ、夢ならオーガくらい簡単に倒してやる。この剣士みたくかっこいい鎧着て剣でぶっ飛ばしてやるよ!」
そう思った瞬間に地面に魔方陣が現れ自分の姿がみるみる変わっていく。まるでこの剣士が生きていたらこんな姿になるだろうといわんばかりの姿に。
…そこからはあまりよく覚えていない。夢中で武器を振り回し、頭に過ったモーションで動くと瞬く間に巨大なオーガを倒していた。
「夢すげぇ…てか俺すげぇ…」
鎧を眺めながら、悦に浸った後、もしかして他の物にも変身できるのではないかと考え、オーガを見たが、残念ながらオーガになろうとは思えなかった。
「オーガになるくらいならこのままでいいや」
もしオーガに変身した後に人の姿に戻れなかったらたまったもんじゃない。そう考えた後もう一度洞窟に戻り死体を探ってみると、思った通り様々な物が出てきた。マップにコンパス、ポーションになんか良く分からんクリスタル、そしてこの世界のお金っぽいものを手に入れた。更に探ってみると、鎧の裏にフリューダ・イグリシアと言う名前が印字してあったのでここではこの名前を使わせて貰うことにした。このまま死体を置いておくのも心が痛んだので即席で墓を作っておいた。
「南無阿弥陀仏。すまんがこのアイテムは有効活用させて貰うわ」
そう言ってフリューダ・イグリシアと言う名の剣士の墓を後にした。