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  作者: 夜影
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第四話:邂逅

「美乃花、こんなところでなにして…………誰?」

 類の少し小さめな体が、開いた扉から現れた。漱輝は、一目散に扉の裏、類の死角に隠れていた。私の視界にはしっかりと映っているけど。

 だけど漱輝はよっぽど慌てていたのか、自分の刀を落として、音を立ててしまっていた。類がそれに反応する。

「え、えっと……」

 さすがに隠れ切れないと感じたのか、漱輝が姿を現した。私はなんて説明すればいいか、迷う。

「類、落ち着いて聞いて」

「う、うん」

「彼は、不審者なんだ」

「え、えぇっ!?」

「ふざけるなっ!!」

 屋上でタバコ吸って、なおかつ刀を持っている人の、どこが不審者でないと!?

「オレは、こいつ……」

「失礼な呼び方すんな」

「が、通ってる護身術教室の師範の息子だ。……で、てめえは?」

 漱輝が類を指す。指された類は、なんだか少し怒っているような口調で答えた。

「美乃花の幼なじみの、海原類。……それ、あなたのですか?」

 類が漱輝の足元の刀を指す。頑丈に巻かれた鎖は、先ほど床に落としたくらいの衝撃で解けるような簡単な物ではない。

「我が家にあった、日本刀だ。最近、こいつ……」

「失礼な呼び方すんな!」

「が、ストーカーで迷惑していると聞いたから、威嚇用に、な」

 こいつ、ウソ上手いな。この腹黒そうな笑い、きっと威嚇用を攻撃用に変更させる瞬間を待ち遠しくしている感じだし。……ウソが上手いと思う理由とはズレてるか。

「ま、どうせ抜けねえんだからいいだろ?」

「抜けなくても、銃刀法違反だろ!」

 ツッコミもヒマじゃない。特に、類や紫苑、漱輝なんかと一緒にいると。

「美乃花、ストーカーの話って、本当?」

 不意に、類が口を開いた。

「え、えっと、うん」

 私、ウソ下手だな。でも、この吃りを類はなんと思ったのか、ウソに気づいた様子もなく、続けた。

「なんで、教えてくれなかったの?」

「うっ……」

 そう言われると、困る。なんでもなにも、ウソだからだなんて言えない。私はとっさに思いついた言葉を口にしてみた。

「ほ、ほら。わざわざ類に伝えて、巻き込みたくなかったから」

 多分、本当に私がストーカー被害を受けていたら、取るであろう行動だ。類だけじゃなくて、紫苑や紀沙に対しても同じ行動を取るだろうことは簡単に想像できる。

「…………」

 なのに、なんでだろう。類はぶすっと膨れてしまった。怒っているというより、すねているというのが適していると思う。かわいいけど、そんなことを言ったら余計にすねそうだ。

「類、怒ってる?」

「怒ってるよ」

「……ごめん」

 理由すら分かっていないけど、とりあえず謝っておいた。類が怒るなんて、滅多にないことだし。……と、いつも怒ってる感じのやつの顔が浮かんだ。振り返ってみると、そいつは『オレには関係ねえ』とばかりに、あぐらで観賞モード。

「えっと、なんで怒ってる?」

 漱輝を見ていても苛立ちが増すだけなので、類に向き直った。類は類でさっきより膨れているようだ。ここにいる三人のうち二人が怒っている。割合、高いな。なんてふざけている場合じゃない。

「美乃花、もうちょっとオレに頼ってくれよ」

「うん……」

「オレだって、もうかわいがられるほど子どもじゃないんだから」

「うん……」

 とは言うものの、やっぱりかわいいものはかわいい。やっぱり小動物とか小鳥とかその類いのかわいさだ。つまり、ヒヨコみたいな。

「……頭撫でたら、許してくれる?」

「美乃花、話聞いてた?」

「うん、聞いてた聞いてた」

「…………」

 無言になったのを勝手に肯定と受け取って、私は類の頭を柔らかく撫で始める。髪はワックスをつけなくても自然と立っているので、指に軽く刺さるような刺激が心地良い。いつまでも撫でていたいくらいだ。ほのぼのって、こんな感じのことを指すんだろうな。

 私より五センチちょっと低いところにある頭は、ちょっとだけ傾けられていて、撫でやすかった。なんだかんだ言って、これが好きなのは私だけじゃない。

「おい、そこのバカップルの女の方」

「馬鹿言うなっ!」

「んなっ……!?」

 突然、漱輝が口を開いた。類は一瞬で真っ赤に染まり、私は罵倒の言葉だけに敏感すぎるくらいの速度で反応した。なんか、そろそろ漱輝がなにか言ってくるような気がしてたから。

「しばらく様子を見てたが、ヤツらは来そうもねえし、そこの男にでも守られておけ。いざとなったら闘え。そして勝て。以上。オレは帰る」

 一気にまくし立てて、漱輝はいきなり去っていった。屋上の柵を跳び越えて……ってちょっと待て! この学校、三階建てだから!

「ちょっ……漱輝!?」

 慌てて、柵に駆け寄って下を覗き込む。

「なんだ?」

 真下、二階の上のバルコニーから、漱輝が私を見上げていた。……私が慌てることを予想していたのか、ニヤニヤしてやがる。

「……いや、なんでもない」

「なんでもねえのに呼ぶな、紛らわしい」

 上履きを、漱輝の顔を目がけておもいっきり投下しておいた。楽々と避けられる。

「待っててやるから、早く来い。じゃあな」

 それだけ言って、漱輝は三階に相当するバルコニーから飛び下りた。それでも十分、危険だと思うけど、鍛えてる人間は足腰が違う、ということにしておこう。

「美乃花の、知り合い?」

 類が言葉を発した。さっき、私が通ってる道場の師範の息子だって話を聞いてたはずなんだけど、多分、素性的なものより私との関係を知りたいってところなんだろう。

「知り合いというか、知り合っちゃったというか……。ストーカーの件の成り行きで」

 ストーカーというのはウソだけど、成り行き、というのは本当だ。知り合いたくもなかったという部分も。

「そうなんだ……」

 安心したような類の言葉。それで漱輝の話は終えるとして、そういえば今何時だろう、と思っていた私は左腕に着けている時計を見てみた。すでに昼休みが半分ほど終わっている。

「……って、お昼食べる時間、失くなっちゃう!」

「え、ウソ!」

 私と類は、急いで私たちの教室へと戻っていった。二人が通る時、錆びた鉄の扉が開いて、また閉じる。世界を一つ移動するような感覚だった。




 道場に行く前に、本屋に寄ってきた。『プリンセス』を読みながら、畳に掃除機をかけていく。早い話が、適当だ。

 漱輝の部屋は、意外とさっぱりしていた。男の部屋といったら雑多なイメージがあったけど、この部屋はよく片付いている。いや、片付いているというより、片付ける必要がないと言った方が適切かも知れない。とにかく、物がないのだ。

 純和風なこの部屋には、タンスがひとつ、日本刀がひとつ、掛け軸がひとつ。

 タンスはきっと生活に必要なものとかなにやらが入っているんだろう。『開けるな』と念を押された。

 日本刀はいつも持ってる、鎖を巻きつけたやつじゃない。掛け軸の前に、飾りのように置かれていた。手入れを怠っているのか、薄くホコリをかぶっている。

 掛け軸は、漱輝らしく『天上天下、唯我独尊』と達筆な文字で書かれた立派な書道の芸術作品。趣味だろうか。……私にとっては、スローガンを部屋の壁に貼りつけているようにしか見えないけど。

 と、部屋の観察をしたのは漫画を読み始める前。今は『プリンセス』に夢中だ。ホムラ対ヒョウのライバル対決が久しぶりに展開される、注目すべき巻なのだから。

 適当だけど、掃除機をかけ終わったので、次は雑巾でタンスの上に積もったホコリを拭き始める。漫画が濡れるといけないので、から拭きだ。

 よし、終了。これだけで特別レッスンをしてくれるとは、漱輝も優しい男じゃないか。……もちろん、皮肉だけど。

 赤山師範が『漱輝の部屋だけでいい』と言ってくれなければ、こんなものじゃ済まなかったはずだ。いつもは稽古場しか行かないから知らなかったけど、赤山家は漱輝の言った通り、相当広い。一人でできないもん。

 漱輝の部屋だけでいいとはいえ、このまま『終わりました』と言ったら、さすがに手抜きがバレるよな、うん。しかたがないから、この漫画を読み終わってから報告に行くか、なんてことを思ったまさにその時だった。

「……てめえは、なにをやってんだ?」

 ふすまが開いていた。漱輝がそこにいた。

「…………えっと、その」

 慌てて漫画を背中に隠す。バレているのは分かっているけど。

 漱輝が近づいてきた。手には、鞘入りの日本刀。鎖がオシャレな、見慣れたやつ。

「やるべきことを忘れたんなら、しかたがねえ……」

 目が、不敵に無敵に煌めく漱輝。

「ショック療法で思い出させてやんよ!」

 その後、私の悲鳴が、もしかしたら広く長い廊下の向こうにいる赤山師範に、聞こえたかも知れない。




「それじゃ、レッスンを開始するぞ」

「……はい」

 稽古場にて、漱輝大先生が開始を告げる。赤山師範の授業まではそんなに時間がない。この短時間で、どれだけのことができるだろう。

「いいか? 魔法を支えるのは、三つの『チカラ』だ。ひとつはてめえも知ってんだろ?」

「魔法エネルギーのこと?」

「正解だ」

 ご褒美として、正座からの解放を要求したい。だけど、それを告げる前に目の前にいるあぐらで先生モードな男は続ける。

「魔法エネルギーは、個々の体内に蓄積されている。そのエネルギー量を超えるだけの魔法を使おうもんなら、体が悲鳴をあげてブッ倒れる。覚えておけ」

 簡単に解釈すれば、MPがゼロになってる時は魔法を使っちゃ駄目、と。

「じゃあ、魔法エネルギーが失くなったらどうすりゃいいの?」

「いい質問だ」

 だから、褒めるなら正座から解放してくれっての。もう痺れてきたから。

「心配は無用。魔法エネルギーは呼吸や食事によって簡単に精製できる。丸一日経てば、全快するほどだ」

 つまり、宿屋に泊まればMPが回復するようなもんか。

「まあ、魔法エネルギーの蓄積量や回復速度は個々の体質や練習にもよるけどな」

 つまり、各キャラのマックスMPが違うのと一緒か。しかも、レベルアップすれば上限値は上がる、と。

「……魔法エネルギーについては、こんなもんだな。さっき言った練習ってのは、単に魔法を使えばいいだけの話だ。初心者は自分の魔法の特性を知る方を重要視しろ」

「了解」

「で、残る二つの『チカラ』だが」

 あぐらを崩して、立て膝になる漱輝。私も正座を崩していいですか?

「ひとつは想像力、ひとつは集中力だ」

 どちらも、知っている言葉。しかも、集中力は私にとって縁遠いものだ。……だって、勉強嫌いだし。

「魔法は、いかに鮮明にその発動した姿を思い描けるかによる。だから、オレの場合は炎がどれだけ燃えるか、などだな。つまりは魔法の微調整を行うのに必要不可欠だ」

「なるほど」

 いや、本当はあんまりよく分かってないんだけど。

「簡単に言うと、てめえの場合は剣を出そうとしたのに槍になっちまう、みてえなのを防ぐために、しっかりと剣を想像する必要がある。そのために想像力と集中力が必要ってわけだ」

 先生、いくら想像力が貧困でも、剣は槍にならないと思います。

「鍛練方法は、知らねえ。自分で調べろ」

 まあ、想像力と集中力なんて、普通鍛えないもんなあ。私も知らないし。

「というわけで、説明は以上だ。時間なんで、次回からはてめえの魔法の特性を理解する」

「はい、先生…………」

 もう、足の痺れは限界だ。この後の護身術教室の支障とならないか、少しばかり気になる。

 私はよろけながらも、漱輝がこの稽古場を離れていくのを見守っておいた。大きな背中が、私の視界の中で遠ざかっていく。




 金曜日、朝。明日から休みだ、という心持ちは学校への歩を速める効果などを与えてくれるわけではない。なぜなら、明日から休みだというのは間違えではないけど、今日は登校日であることもまた覆らないから。

 いつもよりほんの少し遅く家を出るようとして、忘れ物に気がついた。玄関から自分の部屋へ、踵を返す。そして忘れていた本、『武器辞典』を鞄に押し込んで、今度こそ忘れ物もなく靴を履いて家を出る。玄関の扉を開いて、外の景色が視界に映る。その真ん中、扉のすぐ前、一人の男が立っていた。

「おはよう、美乃花」

 まるで類が私に対して言うように、ひどく自然な朝の挨拶。だけど、類ではない。漱輝でもない。ましてや、春原でもない。

 相葉凜、だった。

「久しぶりだな」

 今日は武器を持っていないらしく、手ぶらな左手をポケットに入れたまま、右手を上げて気軽な挨拶の姿勢。まるで古くからの友人が突然訪ねてきたみたいだ。

「……なんの用?」

「いや、用というほどじゃない。少しばかり話したい事があっただけだ」

 それを『用がある』って言うと思うんだけど。

「私、学校に遅刻しそうなんだけど」

 さっき確認した時計は、確か八時ちょうどくらいを示していた。つまり、あと三十分の間に速足で学校を目指さなければならない、ということ。ほんの少しだけどシビアな課題なのだ。

「歩きながらで構わない。人に見られて困ることをする気はないからな」

「……それならいいや」

 一昨日は、凜に対してはあんまり恐いイメージを持っていなかった。どちらかといえば、漱輝の方がよっぽど恐かったし。

 だけど今は、春原のあの襲撃と漱輝の手助けで、印象は逆転している。凜が春原に私を抹殺させようと命令をしていたかも知れない。その凜の裏の面を、今は可能性として疑っているのだ。

 私はいつでも武器を作り出せるように、頭の中に戦闘用の棒、棍を想像しておく。

「一つ、質問なんだが」

「なに?」

「美乃花がよく漱輝に会っている、と春原から聞いた。……どういった仲なんだ?」

 どういった仲、と言われましても。殺人鬼で、命の恩人で、魔法の師匠で、ムカつくヤツ、としか言いようがないような。……これだけ言えれば十分か。

「簡単に言えば、魔法の師匠でムカつくヤツ」

 とりあえず、後半を採用してみた。

「そうか。……だとしたら、美乃花。ヤツとはあまり近付かない方がいい。いや、むしろ近付かないでくれ」

「……『殺人鬼』だから?」

「そうだ」

 確かに、漱輝が本当に殺人鬼だというのなら近付くのは得策とは程遠い。だけど漱輝はきっと、殺人鬼なんかじゃない。ムカつくヤツだけど、悪いヤツじゃない。そんな風に思っていたけど、それは間違いだっただろうか。

「私には、どうも漱輝が殺人鬼だっていうのは信じられない」

 私は思ったままの台詞を吐いてみた。凜の表情が瞬時に強張ったのに、気づく。

「僕は、忘れもしない。姉さんの返り血で赤く染まった漱輝の顔をな」

 歩きながら、凜は道の脇の塀に拳を叩きつけた。それきり、なにも喋らなくなる。沈黙が気まずいので、私から口を開いてみた。

「そういえば、漱輝のあの刀、なんで鎖が巻かれてるか知ってる?」

「知らん」

 あっさりと一蹴されてしまった。だけど、凜は続きの言葉を紡いでくれる。

「美乃花は知っているのか?」

「ううん。凜ならもしかして知ってるかな、と思って」

「…………」

 もう一度訪れた沈黙。私が凜の様子を窺ってみると、なにか呟いているようだった。何度も繰り返し同じ言葉を呟いているので、断片的に理解してから組み立てていく。どうやら、『なんであんなことを』と言っているみたいだ。

「話したいことって、これ?」

 ずっと隣で呟いていられるのも少し気味が悪いので、一声かけてみた。

「いや、違う。本当は、もっと大事な事を聞いてほしかったんだ」

 『もっと大事な事』というフレーズが、頭の中でリピートされた。今の話より更に大事だというのだから、それはもうよっぽどなのだろう。

「美乃花、お前を好きになった」

 ……例えば、そう。こんな感じの告白とか。って、え?

「理由は分からないが、美乃花には姉さんと同じ雰囲気を感じる。……おそらくは、それも原因の一つだろう」

 ……えーっと、これはマジですか?

「だからこそ、美乃花には危険な目に遭ってほしくない。漱輝から手を引くべきだ」

「別に好きなわけじゃない!」

 でも、これをマジだとすると、春原の襲撃は凜の命令ではないということになる。そうならば、私は凜を信じて……漱輝を殺人鬼として認識するのか?

 違う。多分、凜が勘違いをしているだけだ。殺人鬼みたいなヤツが私の命を助けたりするはずもないし、のほほんと魔法について授業を開いてくれるはずもない。これが罠だとしたら、手がかかりすぎだ。

「美乃花……?」

 突然黙り込んだ私を訝しんで、凜が私の顔を覗き込んでくる。

「例えば、漱輝が本当に殺人鬼で、凜のお姉さんを殺したとしても、私は凜みたいに敵討ちなんて真似をするべきじゃないと思う」

 なんだかんだ言って、『憎しみはなにも生まない』といったキレイごとは、捨て切れないものだ。だから、凜にはそんな悲しいことはしないでほしい。

「それに、漱輝を殺したら、凜も殺人鬼になるんだ」

 たまに少年漫画の主人公みたいな台詞を言うよね、なんてことを紀沙に言われたことがある。できるなら、それくらい熱く清く生きたいとも、思っている。凜を止めたいと思うのは、そういった思想も手伝ってのことだ。

「美乃花が言うことも、一理ある」

 そこで、凜が私の前に踊り出てきた。進路を塞がれて、しかたなく立ち止まる。

「だがそこには、一つの懸念が抜けている」

 足音が後ろから聞こえた。

「漱輝が、二度目の凶行に及ぶという可能性」

「そんな可能性、私は信じない」

 ため息が前から聞こえた。

 ため息が後ろから聞こえた。

「なんで美乃花は、そうまでして漱輝を信じるんだ?」

 少し呆れたような口調で、凜が尋ねてきた。学校に遅刻するわけにはいかないので、手短に返すことにした。

「信用していいって、言われたから」

「それだけの理由かよ。……しかも、義務はねえときた」

 私のすぐ後ろから、そんな声が聞こえた。振り返りはしない。

「……心配性の凜。オレから出向いてやったんだ。部外者をこれ以上巻き込むんじゃねえ」

「元々、魔法が使えたんだ。あまり部外者でもないだろう? ……それに僕は、心配性なんかじゃない。社会のために、害虫を駆除しようとしているだけだ」

 なんだかもう、遅刻してもいい気分になってきた。とにかく今は、この二人を止めなければ。

「ちょっと、二人とも!」

 睨み合う二人の間に割って入った。漱輝の顔が私の視界に映る。

「まさか、こんなところでやるつもり?」

 こんな往来のど真ん中で闘えば、目撃者が出ることは必至だ。となると、春原が大量虐殺に走ることになる。……させられるかっての。

「ここでやるつもりはない。……漱輝、場所と時間はすでに決めてある。その紙に指示された通りに、一人で来い」

 そう言って凜が漱輝に向かって投げたのは、いつかと同じような、果たし状。漱輝は受け取って、すぐに中身を確認する。

「てめえ、これはどういうことだ?」

 なにが書いてあったのかは、角度が悪くて私には読めない。

「書いてある通りだ。……春原」

 凜が呼ぶと、春原が、降ってきた。手には春原の斧と、凜の剣。とりあえず、訊いてみる。

「どこから降ってきたんだよ」

「無論、電柱の上から」

「オレの真似すんじゃねえ!」

 あ、やっぱり漱輝がキレた。

「漱輝、貴様と美乃花を一緒にしておくわけにはいかない」

 突然、凜に強く手を引かれた。

「決戦の時まで、美乃花の身柄は僕が預かっておく。了承しろ、漱輝」

「誰が了承するか!」

 ……本人抜きでそんな話を進めんな。

「美乃花、悪いが無理矢理にでも連れていく。…………春原」

 突然、鈍い痛みが頭を襲った。春原に殴られたのだろう。

 視界が、黒に染められていく。

 意識は、そこで途切れた。

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