第一話:夜、灯る
☆ ☆ ☆
頭上では月が白く輝いていた。遅くまで学校で勉強していたから、もうすっかり辺りは暗かった。
普段はそんなに真面目じゃない私だけど、今回はちょっとだけ違う。さすがに進級できるか否かという追試にもなれば、この私でも少しばかり頑張ってみようなんて思ってみたりもするもんなんだ。
それにしても、こんな時間に制服を着て外を歩くのは、あまりない経験だ。紀沙や紫苑とはこんな時間まで遊ばないし、類なんか、私が遊ばせない。
紀沙と紫苑は勝手に先に帰ったし、類は私が先に帰した。(類がこんな遅くまで出歩いているとしたら、心配で堪らないことだろうし)
だから今、私は一人で夜道を歩いている。制服姿の女子高生が夜中に一人で歩いているのは少しばかり危険かも知れないけど、何かがあったってきっと大丈夫だ。自分や類の身を守れるくらいの護身術、『赤山流護身術』は体にしっかりと刻み込まれている。
そんなことを考えていると、私の進む方向に細身の男が佇んでいるのを見つけた。なぜか、男は廃墟になったアパートの入り口を見つめている。『関係者以外立入禁止』と書かれた看板が立っていて、黄と黒の縞模様のロープが張られている。その中に、男は躊躇もなにも感じていないかの様子で、入っていく。
犯罪の香りがした。こんな時間にそんな場所ですることといえば、人目をはばかるようなことぐらいしか思い当たらない。
私は男の後を追って、使われなくなった廃アパートの中に入っていくことにした。もしバレても護身術を駆使すれば逃げることなら可能だろう。それであの男がなにか悪いことをするようならば、携帯で警察に電話をすればいい。悪事は見逃せない。それは私の性分の一つだ。
とはいえ、やはり夜の廃墟というのは、ナニカが出そうで怖い。なのに男はスイスイと先に行ってしまう。まるでこの場所をよく知っているかのようなその足取り。それはきっと、本当にそうなんだろう。私は正義感と勇気で己を奮い立たせながら、男の姿を見失わないように奥へと進んでいく。
一定の距離を保ちながら、私は男の後ろ姿をよく観察してみた。そうでもしないと恐怖で足がすくんでしまいそうだったから。
男の身長は、あまり高くない。百六十センチくらいだろうか。そのうえ腕や足がやけに細いので、華奢という言葉が似合いそう。……私より体重が軽そうなのが、少しばかり癪だ。
男の腰回りに注目して、自分のと比べてどうなんだろう、と思って自分の腰に手をあててみた。とりあえず太くはないはず、うん。
見失う前に視線を男に戻そうと思って、顔を上げようとした時だった。私の足の下を、前から後ろに駆けていく物が見えた。一瞬だったけど、何物なのかはハッキリと分かってしまう。
「ネ、ネズミぃぃ!!」
とっさに、恐怖から目の前にあったなにかに抱き着いてしまった。さっき私が自分で確認した腰よりは細い。そしてなぜか、あったかい。
「……いきなり、何をする」
私の前から、そんな声が聞こえた。
「だって、ネズミが…………って、えええええっ!?」
誰の声か、なんて疑問の答えは、瞬時に浮かんだ。もとより、この場にいた人間は二人しかいなかったわけだし。
「耳元で叫ばないでくれ、やかましい」
私が抱き着いてしまったのは、さっきまで尾行していた男だったのだ。どうやら、私が目を離していた間に、男は立ち止まったらしい。
よく辺りを見てみると、ここはどこかの部屋だった場所みたいだ。扉のない玄関から廊下が見える。無機質な壁はところどころ少し崩れていて、足元にはその破片が落ちている。
私は焦って、男を突き飛ばすようにして体を剥がす。そのまま言い訳を考えるものの、上手い言い訳なんてこんなパニックに陥った状況で思いつくはずもない。
「えっと、その、私……」
「言い訳なら不要だ。お前がずっと僕を尾けていたのには気付いていた。尾行するなら、気配ぐらい消した方がいい」
男は腕を組んだ状態で、偉そうに言ってのける。まあ、少なくとも私がそれを咎める権利はないだろうけど。
「大方、僕がここで何をするつもりなのか気になって来たんだろう?」
「え、あ、うん……」
しどろもどろな返答をする私。なんだか情けない。
「だとしたら、今すぐここを出て行ってくれ。多少は分かっているだろうが、あまり他人を巻き込みたくないから、僕はここを選んだんだ」
「でも、そう言って追い払って、なにか悪事を働いたりとか……」
素直に訊いてみる。まあ、これでサラっと白状する馬鹿はいないと思うけど。
「……僕はお前の為を思って言っている」
「でも、やましいことをするわけじゃないんなら、なにをするつもりなのか、言えるでしょ?」
「…………」
男は急に黙った。やっぱり、人に言えないようなことをするつもりなんだ。
「キミがなにも言わないつもりなら、私も帰るわけにはいかないんだけど」
そう言うと、男は困ったような表情を一瞬だけ浮かべて、口を開いた。
「これは僕の問題だ。お前には関係ない」
「関係あるよ。だって、キミがここに入ってくの見ちゃったし」
ため息が聞こえた。きっと、私の頑固さに呆れているんだろう。
「そうだ、キミの名前を教えてくれない? 『キミ』ってのも呼びにくいし、不審者じゃないなら名前くらい教えても大丈夫だよね」
「つまり、僕が名乗ればお前は帰るということか?」
「うん、それでいいよ」
男は少しだけ考えたようなそぶりを見せてから、私の顔を見て告げた。
「相葉凜だ。分かったらさっさと帰ってくれ」
「あ、今気付いたんだけど、偽名なんていくらでも思いつくよね」
「お前、騙したな!?」
やっぱり、バレたか。でも、その反応からすると本名みたいだ。
「私は吉田美乃花」
「いや、訊いていないが」
「だって、一方的に知ってるってのも、ねえ?」
「『ねえ?』じゃない」
そう言われてしまうと、私は口を閉ざすほかない。私が黙ってしまうと、凜から口を開くはずもなく、私たちの間には沈黙が張り詰める。
……私、この場所、怖いんだけど。喋って気を紛らわしてたのに。
喋る代わりに、目線をあちこちにさまよわせてみた。でも、ちっとも恐怖は紛らわされない。そうしているうちに、凜が足元にやけに大きなカバンを置いていることに気付いた。横幅だけなら一メートルを超えていそうだ。なのに縦幅と奥行きはあまりない。
「なあ、美乃花」
「え、なに?」
カバンのことを訊こうか迷っていると、凜は不意に口を開いた。
「僕は、ここで人を待っている」
「……誰を?」
「相手は、殺人鬼だ。……だから、そいつが来てしまったら、ここは危険になる」
そんな、見え透いたウソに、私が騙されるものか。
「……信じてないだろう」
「うん」
私の疑心に満ちた目線に気付いたのか、凜がまた少し困った顔を見せる。
「ところでさっきから気になってたんだけど、そのカバン、なにが入ってるの?」
「見せたら絶対に誤解される物、だ」
……答えになってないし。
今までの様子から、きっと何回訊いても凜は答えてくれないだろう、なんて考えていた時だった。どこからか、足音が聞こえた。
「来たか……」
「なにが!?」
こんな暗闇の中、足音だけが聞こえるのは不気味なことこの上ない。しかも徐々に音が大きくなってきている気がするのが、余計に怖い。
「さっき言っただろう? ……殺人鬼だ」
そんなジョーク、笑えません。
ついに足音がこの部屋の前の廊下の見える部分まで近寄ってきた。私は怖くて、つい目線を逸らしてしまう。
「来てやったぜ、凜。……こんなモノ、寄越しやがって」
喋ってる。とりあえず人間みたいだ。……幽霊とかではないようだ。
少しだけ安心して、声のした方を見てみる。そこには長身の男が立っていた。片手にはなにか紙切れを持っていて、おそらくそれを『こんなモノ』と言ったのだろう。
長身の男はその紙を指先でピンと放ち、こちらへ近づいてきた。男が捨てた紙は、風に乗って私の足元まで飛んできた。どうやら封筒のようで、真ん中にはでかでかと、
『果たし状』
と書かれている。ベタだな。
……なに? 今からここで決闘するの?
「美乃花。危ないから隅に行っておいた方がいい」
横からは、そんな凜の声がする。
見れば、足元に置いてあったカバンを開けて、中から物を取り出しているところだった。
私はそのカバンから出てきた物に唖然とする。
長さは、百二十センチくらいといったところだろうか。鞘に納められているものの、それがなんなのかは分かりやすかった。
西洋風の剣だ。刃の部分は少し反っている。多分、サーベルとかそんな名前で呼ばれる類いだと思う。
「……それを使うの?」
「…………」
ほぼ無意識的にそう訊いてから、もしかして、とさっき登場した男の方を見てみた。
カバンに隠していた凜は、まだいい。しかし男は隠すつもりもないのか、堂々と左手に日本刀を持っていた。鞘と鍔と柄の部分には複雑に金属性の鎖が巻き付けられていて、簡単に抜刀できそうにはない。
凜はそのまま、サーベルを鞘から抜いてしまった。鋭そうな刃が月明かりの下、露わになる。
「凜、その女はなんだ? てめえのツレか?」
「ただの観客だ」
男に指されて、一瞬身体を強張らせてしまった。凜が私の肩を押して、隅に行くように促す。
私が素直に部屋の隅の方に行くと、凜が口を開いた。
「漱輝、貴様を捜すのには、ずいぶんと時間がかかった。……だが、まさか堂々を道場を開いているとはな」
「オレは逃げも隠れもしねえ。それに、アレは親父が勝手にやってるだけだ」
『アレ』というのは道場のことだろうか。よく分からないけど、凜が言った『漱輝』という男の名前には、なぜか聞き覚えがあるように感じた。
「どうせ、オレを捜してたのも、決闘を申し込んだのも、仇討ちだとか言うんだろ?」
「当たり前だ!」
突然、凜が声を荒げた。
「姉さんを殺した貴様の顔、一日足りとも忘れたことはない!」
途端に、私の頭には先ほどの凜の台詞が浮かぶ。
『僕は、ここで人を待っている。……相手は、殺人鬼だ』
その言葉は、真実だったということだろうか。
「観客もいることだ。……『チカラ』は抜きでやり合おう」
心を落ち着かせたのか、静かに凜はそう言った。しかしまだ息が荒い。
「構わねえぜ。オレには『チカラ』がなくとも、体術のみで勝つ自信があるしな」
「それは僕も同じだ」
先ほどから言っている、『チカラ』ってなんなんだろう。訊いてみたかったけど、とても口を挟める空気ではない。
「おい、女」
漱輝と呼ばれていた男が私を呼ぶ。その呼び方にカッとなる。
「失礼な呼び方すんな!」
「うっせえ。せっかくだから、てめえが合図しろ」
『せっかく』って、なに!?
それに、なんの合図だかは薄々分かってしまっている。そんなものの合図はしたくない。
「合図など必要ない。……僕から行くぞ」
凜はそう言うと、大きく踏み込んで漱輝に飛び込んだ。そのままサーベルを袈裟向きに振り下ろす。漱輝は反射的な速さで左手に持っていた刀を右手に持ち替え、持ち上げることによって、抜刀しないまま刀の鞘で凜の攻撃を防ぐ。金属音が、私の耳に響いた。
闘いが、始まった。
★ ★ ★
美乃花は、ただうろたえるしかなかった。視線の先には、抜き身のサーベルと刀の鞘で鍔を交えている二人の男が睨み合っている。
「どうしてこんなことになったんだか……」
そんな美乃花の呟きも、凜と漱輝には届いていないようだ。
鍔ぜり合いから、突然距離を取る二人。
それぞれの得物を手に、漱輝は右上から叩き込むような振り下ろしを、凜は右下から斬り上げるような一閃を放つ。
両者は向かい合っているわけだから当然、右からの攻撃同士は途中でぶつかり合う。この力競べでは、体型からしての力の差に加え、重力による力の強化があったため、漱輝の方が圧倒的に強かった。凜の剣は軽く弾かれ、漱輝の刀による『打撃』が、凜の左肩を襲う。これが鞘に納められていない状態だったなら、凜はこの一撃で重傷を負っていたはずだ。
「力の差は歴然だな、凜」
「くっ……」
左肩の痛みに顔をしかめる凜。しかし攻撃の手を緩めようとはしない。
漱輝と凜は互いに持てる力の限りを尽くして、剣劇を繰り広げていた。漱輝に比べ、凜は攻撃そのものの回数が多い。剣が軽くできているため、力競べでは負けるものの、手数の多さでは負けないようだ。漱輝の攻撃を何発か体に貰いながらも、凜の攻撃も少しながら漱輝の体を刻んでいっている。
真剣と鞘では、当たり前ながら一撃一撃の威力が違う。凜が有利なのは、始めから明らかだった。
漱輝の腕の切り傷から血が飛び散り、無機質なアスファルトの床に血痕を残す。その様子を目にして、美乃花は背中に寒気が走るのを感じた。テレビの中、アニメなどでしか知らなかった『闘い』を目の前にして、日常を生きていた人間が何も感じずにいるはずがない。
そんな美乃花を部屋の隅に追いやったまま、『闘い』は熱を増していく。凜の剣と漱輝の刀がぶつかり合う音が激しくなっていく。
「オラぁっ!!」
漱輝の気合いの一声。その息が吐き出されるのと同時に、渾身の一撃が凜の頭を狙う。凜は攻撃に気付いているものの、剣で防ぐことは叶わない。漱輝の右腹を切り裂こうとしている最中なのだ。
「……はあぁッ!!」
凜が強く短く息を吐く。
一瞬の出来事だった。
どんなに凜の剣が軽く作られているとしても、それだけでは説明のつかないスピードで、凜は刀の軌道上に剣を構えた。剣の峰に左手を宛てがい、防御をより確実な物にする。
それによって、漱輝の攻撃は完全に防がれる。
「…………」
沈黙する凜。ついやってしまった、と心の中だけで弁明する。
「てめえ……」
漱輝は、怒りを露わにして言った。
「『チカラ』抜きでやろうっつったのはてめえからじゃなかったのか!?」
刀を持つ右手とは逆の、漱輝の左手が急に焔色に染まる。
「纏炎っ!!」
気合いの一声と共に、漱輝の左腕全体が炎に包まれる。火種はどこにもなかったというのに。
「ちょっ……え、ええっ!?」
美乃花が目の前で起こることに戸惑いながらも、思うことはひとつ。
──あいつの左腕が、焼ける!
見る間に、漱輝の左腕を覆った炎が全身に広がっていく。
季節は春になって間もない。これから暖かくなっていく時期で、美乃花の始めとしたほとんどの生徒は未だ冬服だったのだが、この廃墟と化したアパートの一室だけは熱気に包まれる。
「纏炎……それが貴様の『チカラ』か」
凜は、火だるまに問う。
「その通りだ。書いて字の如く、『炎を纏う』のがオレの能力」
火だるまは、凜に答える。
「もちろん、自滅するための能力じゃねえ。オレにこの炎の熱は効かないようになってる」
美乃花は、会話の内容を少しずつ頭の中で反芻して、ようやく意味を飲み込む。
──つまり、熱くないんだ、あの状態で。
あまりにも不思議な現象に、美乃花は驚きを通り越してしまったのか、かえって冷静に事態について考えることができた。
──さっきから言ってた『チカラ』っていうのは、今の漱輝がやってるみたいな、不思議な能力。凜はきっと、さっき漱輝の攻撃を防ぐのに使ったヤツだ。その『チカラ』ってのはなんだかよく分からないけど、超常的なものは確かなんだろうな。
美乃花がこんなにもあっさりと状況を飲み込んだのは、普段から愛読している少年漫画の世界とこの光景がだぶって見えたからなのだが、今はそれが幸いしたと言えるだろう。
「くだらない技だ。所詮、炎は自分に触れる者を攻撃するだけ。つまり、剣を持った相手には届かない」
そう言いながらも、凜は常人では有り得ない速度で漱輝に接近し、避ける隙も与えない神速の一撃を繰り出す。傷を負いながら、漱輝は凜と距離を取る。
「速えな……。だが、イマイチ力が足りない」
漱輝の反応できない速度、つまり防御不可能な一撃ではあった。しかし、凜の攻撃はクリーンヒットしたというのに、漱輝にはかすり傷しか付かない。
「僕の『チカラ』は、自らの体の質量をほぼゼロに近付けることで、音の速さにも届くほどの速度で攻撃する能力。風の精霊にちなみ、名前はシルフィスという」
「細けえコトはいい。どうにせよ、オレはその能力を打ち破ってやるぜ」
「…………ふん。やれるものなら」
凜は剣を握る手に力を込めた。
「やってみろ!」
まばたきが一回できるか否かの瀬戸際。凜は漱輝に開けられた距離を縮める。
「……纏炎を、ただの防御能力と思うな!」
途端、漱輝に纏う炎が、爆ぜた。大きく踏み込んだ凜の体を、炎が襲い、一瞬の隙が生まれる。凜の能力、シルフィスは体感速度を速めているわけではないので、反射神経は普通の状態である。だからこそ、突然巨大化した炎を避けられなかったのだ。
無防備な凜の体を、漱輝の日本刀が狙う。体制を崩していた凜に、避ける術はない。
「っ、シルフィス!」
またもや、漱輝の攻撃は凜の剣に防がれる。しかし、とっさの判断であるせいか、前回とは違って漱輝の攻撃を片手で受けている。テコの原理からして、刃部分の上部を打たれた剣の柄を持つ右手には、相当な力がかかる。
ただでさえ、シルフィスは自らの質量をゼロにする、すなわち攻撃や防御における能力を下げてしまうというデメリットを持っているのだ。凜の元々から細い腕では耐え切れるはずがない。
「ちっ……」
あまりの衝撃に、凜の剣は持ち主の手から宙へと舞う。そのままフローリングが剥げてコンクリートが剥き出しになった床へと落ち、金属音が部屋に響いた。
しかし、そんなことにたいした意味はない。
防御の術を無くした凜を目掛けて振り下ろされた漱輝の刀による二撃目は、空振ることとなる。凜は誰にも捕らえられないスピードで、剣を拾いに走ったのだ。
「勝ったと、思ったか?」
「いや……今も勝てると思ってるぜ?」
「…………」
「なんなら、オレの全力で行ってやろうか?」
「ああ。貴様の全力を、僕の全力で迎え撃ってやろう」
気持ちが高ぶったのか、漱輝の炎が一層、激しく燃える。
対する凜は、細かい跳躍を繰り返し、攻撃を繰り出すタイミングを図っている。
「行くぜ!」
漱輝のその叫び声に、二人は互いに向けて走り出した。
漱輝はただ全力の一撃を叩き込むことだけを考えて。凜は漱輝の一撃を受け流し、反撃を食らわすことを考えて。
まずは互いに、切り結ぼうとする。凜は漱輝の攻撃を受け流すためにも、刃筋を漱輝の刃筋と直角に合わせる。切り結んだ時の衝撃をそのまま凜の体を反転させるのに使うためだ。
最初と同じ、右対右の全力勝負。今回は凜の攻撃も振り下ろしであることが相違点ではある。
しかしもう一つ、確実な相違点があった。
血を流す漱輝を見て、勇気を必死に奮い立たせていた美乃花が、二人の間に割り込んだのだ。
三つの武器が、一点で交わる。
凜のサーベル、漱輝の鞘から抜かれないままの刀。さらにもう一つ、漱輝の刀と全く同じ物が、下から二人の得物を叩き上げる形で止めている。これのせいで、漱輝の力も凜の移動も妨げられていた。
「なっ……」
「オレの、剣……?」
「あ、あれ?」
☆ ☆ ☆
なにがなんだかよく分からない。ただ私は、漱輝って呼ばれた奴が血を流し始めたのを見て、『止めなきゃ』って思っただけだ。
気づいたら、私は二人の間で、なんでか分からないけど刀を持っていた。
どこで手にしたのかも分からない。ただ、漱輝の刀も寸分違わず同じ物。
……そうだ、『私にも武器があれば止められるのに』と思っていたんだ。だからだって言うにはおかしいけど、とりあえず私が願っていたことだ。
「私、なんで刀なんて……」
明らかに、私はこんなの持ってなかった。
わけの分からないことに怖くなって、突発的に持っていた刀を投げ捨てる。すると、私の手を離れた途端に刀は闇に溶け込みながら消えてしまった。
「美乃花、お前……」
凜の声が、横から聞こえた。
「な、なに?」
「…………」
それきり、なにかを考え始めたのか、凜は続きの言葉を口に出さない。代わりに、漱輝が口を開く。
「おい」
「失礼な呼び方すんな。私は吉田美乃花!」
「うっせえ。そんなコトよりてめえ、なんで『チカラ』を使える?」
……『チカラ』? もしかして、さっき私が刀を持っていたのも、刀が消えたのも、私の『チカラ』だって言うの?
「……知らない。私は普通の女子高生だし」
「全然、普通には見えねえがな」
「黙れ」
とりあえず、無礼者は一蹴しておいて、と。
「凜、そもそも『チカラ』ってなんなの?…………って、もういない!」
「ああ、アイツはわりとマイペースだからな」
「お前に言われるほどじゃなさそうだけどねっ」
漱輝の後ろの入り口はさっか漱輝と話してた時に見えていたから、凜が帰ったのはベランダからだろうか。ちなみにここは二階だ。
残されたのは、私と漱輝だけ。
「くそっ、凜のヤロウ。面倒なコトだけオレに押しつけて行きやがって」
いつの間にか纏っていた炎が消えている。さっきは興奮で激しく燃えてたし、テンションに呼応するとか?
「しゃあねえから、かい摘まんで『チカラ』について説明してやるよ。感謝しやがれ」
そういえば、さっき二人を止めた時、漱輝の炎に軽く髪の毛を焼かれたかも知れない。帰ったら鏡で確かめよう。
「そのかわり、てめえの『チカラ』の入手源も教えてもらうぜ。…………って、聞いてんのか?」
「聞いてる聞いてる」
この後、漱輝の口からは、私の知らない世界のことが次々と溢れ出してくることとなる。
妙な正義感から自ら『非日常』に飛び込んでいったことを後悔するのは、もう少しだけ後のことだ。