3階のともだち
ひだまり童話館「開館3周年記念祭」参加作品です。
子どもにとって引っ越しというのは、今まで生きてきた短い人生でやっと慣れた環境を根本からぶっ壊して、作り直すというものすごい作業だということ。その中で子どもがどんなに大変な思いをしているか分かってくれるだろうか。
「さあ、着いたぞー」
父さんが車を停めたそこは花がたくさん咲いている庭の隅で、向こうにある家は白い壁に赤い屋根の可愛らしい一軒家だった。
「引越し屋さん、もうすぐ着くって言ってたわ。先に鍵を開けちゃいましょう」
母さんは少し疲れたようだけど、キビキビと車から降りた。
「ダイゴ、疲れたか?降りられるか?」
「うん」
こんな田舎、来たくなかった。そんな不満はとりあえず見せない。
だってそんなことしたって仕方がない。もう来ちゃったんだし、ここで生活するしかないんだ。結局僕は聞き分けの良い子どもだってことだ。
引っ越しが済んでみると、この家はそれなりに良い家だと思った。田舎だからか庭が広くて花がいっぱいだし、家も想像していたような農家の日本家屋じゃなくて、ちょっと西洋風のモダンな建物だ。
だけど、学校は最悪だった。
「黒部ダイゴ。東京からきました」
「ええー!東京ぉ!」
自己紹介をしたら子どもたちが大騒ぎだった。4~6年生までの13人しかいないクラスなのに、この騒ぎよう。うるさい。東京だろうがアメリカだろうが関係ないだろうが!
ここのヤツらが僕に慣れるまで、ずっと好奇の目で見られると思うとゲンナリした。
まあ、それは想定内だ。
だけど、友だちもできなくて、勉強の進度も違って、何もかもがうまくいかない。こんな状況がいつまで続くのか。
「ダイゴ、ともだちできたか?」
日曜日、ブー垂れて庭を見ていたら、父さんがやってきた。
友だちなんてできるはずない。僕は答えなかった。友だちもいない。勉強はわからないのに、ばあちゃんが病気だからって引っ越しまでしてくるなんて、僕は怒ってるんだ。
そんなことが少しでも伝われば良いと思って、僕は何も答えないでいた。
「そういえばな」
だけど父さんは、そんな僕のささやかな反抗心なんてぜんぜん気づいていないみたいに話題を変えた。
「この家って、3階があるんだよ」
「3階?」
2階建てだよな?と思って屋根を見る。子ども部屋は2階だけど、さらに上がる階段なんてないよな。
「本当は屋根裏なんだけどな、俺は3階って呼んでたんだ」
そうそう、父さんは昔、この家に住んでたんだってさ。
「屋根裏かあ」
「今度、友だちを呼んで探検してみたらどうだ?」
そう言われて、プイと横を向いた。だから、友だちなんていないんだってば。父さんはそれ以上何も言わないで、家に入ってしまった。
父さんにはわからないだろうな。大らかで勉強だけじゃなくて何でもできる父さんには、僕が環境が変わって友だちもいなくて、勉強もできないでいる苦しみなんてさ。
ふてくされて下を向いて、自分の足を見ていた。
足元に屋根の影が映る。
「屋根裏が、あるのか」
屋根裏だったら階段はないのかもしれないけど、上に上がれるところがあるはずだよな。
急に興味が湧いて、僕は一人で家を探検することにした。
家に入って、2階に上がった。それから廊下の端から端まで見て周るけど、階段どころかハシゴを掛けられるようなところもない。
ところが僕は見つけた。階段の上の天井に四角く切れ込みがある。そこに小さな出っ張りが付いているんだ。おあつらえ向きに1メートルほどの金属の棒が壁に掛けてあって、棒の先っぽは鉤状になっている。
その棒を持ち、天井の出っ張りに鉤の部分を引っ掛けた。それから全体重をかけるように棒を引っ張った。
―― ギギ
軋む音をたてて、天井が斜めに降りてきて、中には梯子が折りたたんであった。僕は興奮してきた。折りたたまれた梯子を引っ張って下ろすと、ちょうど床に届く。
天井へ誘うその梯子は、僕にとって非日常の世界への階段に思えた。
友だちのいない僕の、田舎暮らしの楽しみがもしかすると待っているのではないか、と思ったんだ。
でも、上って良いのかな。
ちょっと戸惑ったけれど、3階があることを教えてくれたのは父さんだ。きっと、行っても良いんだ。
僕は一度部屋に戻り懐中電灯を取ってから、3階への梯子を上った。
天井からひょっこりと顔を出すと、3階は真っ暗だった。懐中電灯で照らすと、ガランとした床の上に埃が積もっているのが見える。うへえ。
向こうの端っこに小さな光りが見えるけど、もしかして窓があるのかな。
両側には段ボールがいくつか置いてあった。
僕は埃だらけの3階に入ってみた。天井が低くて子どもの僕でも首を竦めないと立てない。でも広さは子ども部屋くらいはあるように見えた。
一番手前の段ボールの口が半分開いている。そっと開けて照らしてみた。
「あれ、ふふっ」
中には、手触りの良いブランケットとクッションと熊のぬいぐるみが入っている。なんだか可愛い。
その隣の段ボールには、ランタンやカップ、お菓子が入っていた缶。それにちょっとした工具っぽいものが入っていた。
ああ、ここは、父さんの子ども時代なんだ。
そんな気がした。暗い天井を見ると、子ども時代の父さんが、笑っているような、泣いているような、眠っているような気配が感じられる。
自分の部屋ではなくて、1人になりたい時、ここに来たんじゃないだろうか。
僕は一番奥まで這って行って、膝を抱えて座った。
なんかすごく・・・落ち着く。
お気に入りのブランケットを持って来て、何にもしないで過ごしたい。もし友だちができたら、誘ってやっても良い。
そんなことを考えながら、ふと横にある段ボールを開けてみる。
中にはたくさんの紙が入っていた。古い、父さんの子ども時代の、勉強の形跡だ。
「あははっ」
それを見て笑ってしまった。
鉛筆書きの子どもの字に、赤で○や×がされていて、右上に数字が書いてあるんだ。その数字は21だったり、15、だったり、26だったりする。これって点数だよね?父さんのテストの点はかなり悪い。それをこんなところに隠していたんだと思うと、ゲラゲラ笑ってしまった。
そうか。父さんにもこんな時代があったんだ。テストで良い点が取れなかったり、1人になりたかったりしたんだろう。
ホッと心が軽くなるのを感じて、僕は現実への階段を下りた。
ここを少し綺麗にして、友だちができたら誘うんだ。いつかきっと、友だちができる。
それまでは父さんの子ども時代が僕の友だちだ。