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回想:君と

 


 大学を出て電車に揺られている。車窓からは目まぐるしく動く街並みが見える。建物は高く、道路は広い。田舎から大学進学の際に都会に出てきた私はふとした瞬間に人の多さを感じることがある。忙しなく歩く人々の歩調は速い。かと思えば、子供連れの夫婦や犬の散歩中のご婦人、老夫婦の歩調はこの乱雑な街並みに合わないほどに穏やかだ。



(色々な人がいるものだ。)



 この世界を構成するのはそんな人たちなのだ。それには私も含まれている。私は感傷に浸っていた。



(現実逃避なんだよなあ……)



 後もう一駅で△△の待つ駅につく。彼女と付き合って長いが未だに外で会うのは緊張する。


 ピロンっとスマホが鳴った。



 《もうついたよ》


 《早く来てね》



 可愛いペンギンが跳び跳ねているスタンプと共に彼女からLINEが入っていた。既読をつけてすぐさま返す。



 《あと一駅。すぐ着くよ》



 彼女は返信が遅れると少し笑顔が怖くなる。それを知っている私はいつも冷や冷やしながら返信するのだ。




 桜の花弁が揺れる車窓に貼り付いていた。













 ◇◇◇


 駅に着くと彼女が迎えてくれた。



「二分遅刻ですよ○○さん。」



「すまない……ちょっとコンタクト入れるのに時間がかかってしまって……」



「え?何でいつもの眼鏡じゃないんですか?」



「まあ、ちょっとね……」



「まあ良いですけど、今日の○○さんはいつもと雰囲気が違います。」



「……変かな?」



 いいえ、格好いいです



 彼女が消え入りそうな声でそう言ってくれた。



「あ、ありがとう。△△の装いも春らしくて本当によく似合ってるよ。前髪を少し切ったのかな?君も随分雰囲気が違うね。」


 改めて彼女を見る。いつもは後ろで一つ括りにしている髪は緩く内側にカールしている。眉の下まであった前髪は自然な感じに切り揃えられていた。普段は相手を誉めることも叶わない私の口だが、恥ずかしさを誤魔化すためなのか、嫌に饒舌だ。



「え?○○さん、急にどうしたの……」



 彼女は赤くなりながら聞いてくる。



「え?」



「だって普段わたしが何をしても何も気づいてくれないのに、今日は前髪の長さまで気づくんですもの。怪しいと思いませんか?」



 普段から彼女の変化には気付いている。爪を手入れしたとか、髪をアップにしてみたとか、化粧の濃さを変えてみたとか……しかし気づいても口下手な私は伝えることが叶わない。



「え、そうかな?それより時間ももったいないし行こうか。」



 今日もはぐらかしてしまった。怪訝そうな彼女の視線が痛い。




「最初はどこに行くんですか?」




 聞いてくる彼女に私は答えた。







「水族館だよ。」













 ◇◇◇



 水族館に彼女と来るのはこれで二度目だ。

 一回目は大学三回生の頃、研究の一環でやって来た。私の失言でデートということになったのだが、内容としては※※※の生態や生体毒についての説明だったのでデートの体を成していなかった。


 その後は恥ずかしい記憶を封印したいと避けてきたのだが……



「○○さん、見て!!綺麗ですね!!」



「ああ、この数年の間に改装工事が進んでいたみたいだね。地下は水槽がトンネル状になっていて自分達がまるで海のなかにいるような感覚になれるらしいよ。」



「へえーすごいですね。誰かさんが避けているうちに随分素敵な場所になってたんですね。」



 切れ長の瞳で彼女が見てくる。

 私はわざとらしくゴホンと咳払いした。




「あ、あれは※※※じゃないですか?」



 久しぶりにその生物を見た。※※※は私が大学一回生の頃に発見された新種の水棲生物だ。発見された当初はメディアでも多く取り上げられ、人気も高かったが、今はそのブームも下火だ。


「相変わらず気持ち悪いですね……」


 ※※※の人気が落ち込んだのは時間のせいだけではないだろう。その見た目が問題なのだ。蛙よりぷるぷるとしている体と目や鼻が識別できずに口だけが異様に大きいという特徴があるのだ。逆に何故あんなに人気が出たのか。


「かわいそうだけど私もそう思う。」



 ※※※が私を睨んだ気がした。








 その後もお互い水生、水棲生物に詳しいだけあって、「あれは~だ。」「あれは~な生態をしている。」「あっちの~は寿命が何年だ。」と言い合いながら楽しく水槽を見て回った。

 最後にイルカショーを観に行った。ステージを囲むように円形に配置されている席に座る。家族連れやカップルが多くいた。





「みなさ~ん、こんにちはー!!今日はイルカショーに来てくださってありがとうございます!!」





 イルカショーが始まる。私達が見ているのは16:00から30分間にわたるダイビングショーだ。普通はその臨場感溢れ、迫力満点の光景に目を奪われるのだろうが、私と彼女は少し違っていた。



「イルカってあんなに可愛いのに肉食ですもんね。魚は勿論、タコとかイカとか食べるみたいですよ。ショップには可愛いぬいぐるみもあるのに、それがどうも過っちゃうんですよね……」



「うーん、見た目とギャップがあると言ってもそれは人間の主観だからね。彼らは生きるために食べているから仕方ないでしょ。」



「それにあれですよ。イルカって超音波を出して会話するじゃないですか。だから独自のコミュニティがイルカにはうまれるんです。」



「それがどうかしたの?」



「独自のコミュニティを持った肉食動物のイルカは孤立したり、縄張り争いが起こった際に同胞を食べてしまうなんてこともあるんですよっ!!」



 信じられますか?と彼女は言う。



「私はイルカが好きだから、獣医師になろうと薬学部に入ろうとしたのにそんな生態があるなんてっ!!知ったときはショックでしたよ……」



「それはつらかったね……」



「まあ、今は獣医師っていう夢はやめて、○○さんの伴侶になることを選んだんですが。」



 彼女は流し目で私を見てくる。今日の私の気合いの入りようから薄々感じているらしい。彼女の言葉はいつになく直接的だ。



「おお、すごいな!!」



 私は彼女からの視線から逃れるように跳び跳ねるイルカに目を向けた。隣から意気地無しと聞こえた気がした。










 ◇◇◇



 イルカショーのあとショップなどには寄らずに私達は水族館を後にして、近くにある公園のベンチに腰を降ろしていた。



「ねえ○○さん、今更だけど何で今日はここに来たの?」



 彼女が聞いてくる。



「今日で君と同棲してちょうど三年、付き合ってから八年経つ。君と初めて二人で会ったのはここだろう。だから一緒に来たかったんだ。」



 一旦区切って息を整える。目の前の彼女は普段だと私に安心感をもたらしてくれるが、今は彼女を前にしても緊張しかしていない。何度も何度も言おうとして諦めた言葉を今日絶対彼女に伝える。



「長く待たせてしまった。不安にさせてしまった。でもこれからはできるだけ早く家に帰るし、一緒にご飯も食べるし、家事もする。だから私と━━━







 け、け結婚してください。








 顔に熱が集まってくる。こんなに暑いのは生まれて初めてだ。手には汗がびっしりと貼り付いていて気持ちが悪い。それに……


(やってしまった!!)


 盛大に噛んでしまった。恥ずかしくて顔を上げられない。彼女は何も言ってこない。返事も噛んだことに対する糾弾も何も。

 私は恐る恐る彼女の顔を見上げた。


 彼女は笑おうとして失敗したような、そんな顔で涙を流していた。


「……△△?」



「……き……ない……から。」



「え?」



「急すぎるから整理がつかないんです!!いつも言ってたのに、はぐらかしてたのに、何で急に!!」



「それは……さっきも言った通り今日が……」



「そういうことじゃないんです!!だから、そのえっと……何でもありません!!」






 息を荒げていた彼女もしばらくしたら落ち着いた。



「すみません、○○さん。ずっと待ってた言葉がいきなり飛び込んできたので取り乱しちゃいました。」



「いや、私が急に言ったのが悪かった。」



「ホントですよ。それに噛みましたし……」



「うっ、それで返事は……?」



「良いに決まってるじゃないですかっ」



 彼女の薬指に指輪を嵌める。彼女はそれを傾きかけている夕陽に翳して、こぼれるような笑みを浮かべた。それだけで私はこれ以上ないほどの幸福を覚えた。



「あっ桜。」



 彼女の翳す手に一枚の花弁が降ってきた。白い彼女の手に薄桜はよく映えた。




 祝福してくれるかのような桜の花に私は空を見上げた。


 赤く雲を焼く光が脳裏に焼き付いていた。




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