第6話 黄金の国、黄金の人
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黄金の国、黄金の人
side:平手五郎左衛門政秀
殿から吉法師様を言継卿との席に連れて参れとの指図を受けた時は、いささか困惑した。吉法師様は一時よりは癇癖は収まっているが、言継卿の前で失礼な振る舞いに及ばないかと不安に思ったからだ。
控えの間に入ると、五三郎様と五三郎様を助けた旅の者がいた。だが、その旅の者たちが日の本の者ではないとは聞いていなかった。一番驚いたのは女子の髪の色だ。あんな輝く銀色の髪など見たことがない。しかし、美しい。傾国の美女という言葉が頭に浮かぶ。
知らぬ間に立ちすくんでいたのだろう、五三郎様の戸惑った顔が目に入る。いかぬ、これらの者を案内するのは、この場ではわししかおらぬではないか。年甲斐のない失態だ。気を取り直して、戸の脇に座り戸を引いた。
安兵衛殿の脇に安兵衛殿とそっくりな姿勢で座っている吉法師様の背を見ていて、気がついた。かの者は吉法師様と話すとき、常に目の高さを合わせている。そして、自分と同じ大人扱いをしているのだ。他にも理由があるだろうが、吉法師様が安兵衞殿になついたのはそれが大きな理由だろう。これは傅役を任されたわしに大きな教えになろう。
わしは富士子が言う「マルコ・ポーロ」が日の本を「黄金の国ジパング」と名付けたと聞き、どこの国の話だと思った。曰く「この島には非常に大きな宮殿があり、宮殿の屋根は黄金の板であり、宮殿の部屋の床という床は指二本分の純金の板でできている」、「島の住民は宝石を大量に持っていて、白い真珠だけでなく赤い真珠も持っています」等々。 言継卿が頭を抱えておるわ、帝の宮殿がそんなに立派なら、言継卿がこれほど苦労して日の本を巡る必要などない。しかし元ではそんな荒唐無稽な話が広まっていたから、クビライとやらの元の皇帝が日の本への戦を仕掛けた、と言うのは腑に落ちる話ではある。
「この島の人々は、捕まえた敵の身代金が払われない場合、敵を捕らえた者は親類や友人を呼び集め、敵を殺し、料理して、大きな宴会を開いて食べてしまう。彼らにとって人肉はこの世で一番のご馳走です。」
富士子が殿の顔を窺いながらそう言うと、「そんな事はあり得ぬ。どこの国の話だ」と殿が断言した。殿に従いわしも何度も戦場に出たが、そんなことをする訳があるはずがない。「マルコ・ポーロ」とはとんでもな大ぼら吹きよ。
「それは日の本に対する裏切りではないか?」
言継卿が言葉を荒げていた。わしも同感だ。富士子殿が語ることによれば、ポルトガルの「バスコ・ダ・ガマ」なる者が四隻の船を率いてリスボンの港を出た四〇年前、最初に天竺に向かった百五十人足らずの者の内、無事にポルトガルに戻ったのが五十人余り、船が二隻のみ。天竺にいた期間が四ヶ月あまりで二年と四月の旅だったという。そして死んだ者はその殆どが病だという。その病は口の歯肉が腐って出血し歯が抜け、皮膚からも傷がなくとも血が出て衰弱して死ぬというもので血が壊れるとして隼人殿は「壊血病」と名付けたらしい。
ベネチアでその地で知り合ったという医者、つまり富士子殿の父からそれを知った隼人殿は、長い船での旅でかかる壊血病を明で学んだ医術から食の偏りだと気がついた。
それでベネチアでスパイスとして扱っていた中から枸杞の実を見つけ出し彼の地で栽培し、それが蜂蜜漬けで長く生に近い状態で保存できることを発見した。
隼人殿はその蜂蜜漬けの枸杞の実をポルトガルの王家に献上し、その効果が正しいことが分かると、ポルトガルの王家から莫大な報酬を得たという。
その上で、隼人殿はポルトガル王家秘蔵の世界地図に日の本と朝鮮を加えて、新たな世界地図をも作らせたという。その世界地図の写しが今、わしらの目の前にある。とんでもない男の子よ。
「父が息子である某に言った言葉をそのまま言継卿と弾正忠殿にお伝えします。」
「どうせいつかはポルトガル人は日の本へ行く。それなら早いほうが日の本のためになる。同じ国のものが狭い土地の取り合いで何十年も争っている日の本のせせこましい武士連中も、『世界』を知れば多少は目が覚めるだろう、と」
その言葉を聞き、殿は「尾張の虎」と呼ばれる鬼気を発した。
「それで、発知は『せせこましい武士』を見るためにわざわざ日の本にやってきたか?」
「ふん、せっかく元服の後に勝幡城を譲ってやったのに、十日ごとに津島のワシのところに泣き言を並べにやってきた小便くさい小僧っ子が大層な気を吐くものよ。十年の年月は長いのう。」
先代様の呆れたような声が部屋に響いた。
殿の鬼気はあっという間に霧散して、しらけた空気が部屋に漂った。富士子殿や安兵衞殿、言継卿までがうつむいて笑いをこらえている。吉法師様はいきなりの殿の鬼気とその後の急変したその場の雰囲気が理解できず、戸惑っておられる。
「いえ、いつかは日の本へ行こうとは思ってはいましたが、まさか昨日のような形で日の本のそれも津島の近くにたどり着くとは思いませんでした。」
発知殿が当惑した顔でそう言った。
なんでも、発知殿が15才で元服した後、隼人殿が手配して、安兵衞殿と共にポルトガルの「コインブラ大学」という学び舎に入ったという。そこは250年前に時のポルトガル王ディニス1世によって作られた、ポルトガルでは最も由緒ある学び舎であるとのこと。
それを見届けた隼人殿は発知殿と安兵衞殿にそこで学ぶべき事を指示した後、妻を連れて、ポルトガルが支配する天竺の町、ゴアに旅立った。
「全くもって、妙な人です。大学の学者ですら考えもしないことを某と安兵衞に書き残し、しかもその手順に従って器具を揃えて、やってみるとその通りになる。某と安兵衞はどうしてそうなるのかを考える日々でした。」
3年後、隼人殿から大学をやめて隼人殿がかって一緒にポルトガルに行った医者を訪ねろと手紙が届いた。二人がベネチア近くに住む医者を訪ねると、その医者は大規模な薬草園と聞いたこともない様々な農作物を育てていたという。そしてそれもまた隼人が全て手配をしており、その医者は隼人殿のことを「黄金の人」と呼んでいたらしい。二人はその医者から、様々な薬草や変わった農作物の栽培方法を学んだ。
富士子殿はその医者の娘で彼の地で発知殿と夫婦になったという。
「父がベネチアに残しておいた図面と部品を元に、安兵衞が馬車を作り、荷物を揃えて三人でそこを出て、ゴアにいる父の下へ行こうとしたのです。ですが・・・・」
発知殿が言いよどんだ。安兵衞殿が口を挟んだ。
「ワシはやっぱり、隼人殿が用意したあの『テラキャパシタ』と『熱電対』が怪しいと思うぜ。」
「いや、あれは熱を電気に変えるものと、それを蓄えるものだ。空を飛ぶ道具でもないし、海を渡る船でもない。」
「だが、あれをうまく使えばモーターが回せるから、空を飛ぶ道具も、人の力や風の力にも頼らず海を渡れる船も作れる、違うか?」
「それはそうだが」
二人の話が続くがわしには意味が分からない言葉が多い。ただ気になったのは「空を飛ぶ道具」という言葉であった。まさか、隼人殿は「空を飛ぶ道具」も作ったというのか?
「はい、お二人とも、皆様の前で訳の分からない話を二人だけでしないように。要するに私たちは馬車に乗って私の家を出たら、津島近くの街道にいた、と言うことです。」
富士子殿がそうまとめたが、わしにはこれまた意味が分からない。言継卿、殿、五三郎様も同様らしい。すると、先代様が口を開かれた。
「吉法師が今しめしぼうで指しているベネチアにいたはずが、気がついたら日の本の津島に居たと富士子は言うのか。そんな話はワシも聞いておらんぞ。大体、ベネチアから日の本までかなりな日にちがかかるはずであろう?」
いつのまにか吉法師様が「世界地図」の前で首をかしげてベネチアと日の本に交互に目をやっていた。
「ご隠居さんの言うとおりです。だから、私たちにも訳が分からないのです。」
「神隠しにでもあったというのか?」言継卿が口を挟まれた。
「いえ、ですから気がついたらあそこにいたのです。ところで『かみかくし』とはどういった意味でしょうか?」
しばらく、そんなやりとりが続いた後、吉法師様が決然として叫ばれた。
「わからぬことはわからぬ。おれはやすべえをしんじる。やすべえがいったことをしんじる。」
「やすべえ、やすべえはなにものだ?」
安兵衛殿が座ったまま、姿勢を正し、吉法師様に答えた。
「吉法師殿、ワシは安兵衞、鍛治師だ。鉄、銅、金、銀、などの金属は勿論、木や布に至るまで、物を作ることならワシに任せておけ。発知とは生まれたときからの友だ。」
吉法師様が富士子殿に目を向ける。
「私は富士子。医者で発知の妻。後、私は馬が好き、馬に乗ることが好き。」
吉法師様が目を輝かせた。
「ふじこは、うまにのれるのか?おれものりたい。」
「ああ、吉法師よ、ひとりでは無理だ。後で富士子と一緒に乗ってみるがよい。」
先代様がそう、吉法師様を諭された。隣で五三郎様がうなずいていた。はて、吉法師様はともかく五三郎様ならひとりでも馬に乗れると思うが。
「最後に某は発知。山師であり、錬金術師でもあります。」
「山師とは、地に金があれば金を、水があれば水を探し出し、それを掘り出すことができる者のことよ。そして錬金術師とは掘り出した鉱石から目的の金属を取り出すことに長けた者のことだ。発知はそれを父の隼人殿から学んでおる。例えばこれは隼人殿が天竺で掘り当てた金山の鉱石から取り出したものだ。」
先代様はそう言うと、取り出した袋を逆さまにして、板の間に金の大粒をじゃらじゃらと広げて見せた。
部屋の中が静まりかえった。
「まさに黄金の人」言継卿がそう呟やかれた。わしも同じ思いだった。
「くっくっく、発知、富士子まさにそなたたちの言うとおりだったな。」
先代様が笑っていた。発知殿は苦笑い、富士子殿はうつむいて笑っている。
「いや、言継卿、笑ってしまったご無礼、申し訳ない。訳をこれから話す。」
先代様が笑いを抑え、言継卿に語り出した。
「元、というか発知たちの言うチャイナが何故日の本を黄金の国と呼んだかだが、日の本はその昔、隋、唐に遣隋使、遣唐使を送らなかっただろうか?」
「 隠居殿、確かに奈良に都があったいにしえの頃、そう言うことはあった。高野山金剛峯寺を築いた弘法大師空海、比叡山延暦寺を築いた伝教大師最澄も唐で仏教を学んだ。」
「 弘法大師空海、伝教大師最澄、共に唐より様々な仏典、仏具を持ち帰ったがその代を何にて払ったのだろうか?かのお二人だけではなく、その他の多くの遣唐使達たちを含めて何を払っていただろうか?」
言継卿が先代様の言葉にうなずかれた。
「なるほど、確かに多くの遣唐使たちは金、銀、絹などを持って行ったであろうな。銅銭で多くの価値を持つためには量がいる。遣唐使たちには不向きだ。」
先代様は床に広げた金の大粒を指さして更に言葉を続けた。
「それに、金にはこのまばゆい光という、魅力がある。チャイナの者は金と日の本を結びつけたであろうな。ちょうど言継卿やせがれ殿が金と隼人を結びつけたようにの。」
わしもなるほどと思った。どうやら言継卿も同じらしい。
「だけど、私の父が隼人を『黄金の人』と呼んだのはこの金を掘り当てたからではないわ。」
富士子殿が語り出した。
「隼人は父にこの金を見せて、こう言ったらしわ。『金は食べられないし、着ることもできない、病を治すこともできない、その価値はそれらと交換できることにある。今の世は食べるものも、着る物も、病を治す物も全く足りない。まずは金で交換できる物、人に必要な物を必要なだけ作れるようにならなければ、金の価値などない』と」
富士子殿が話を続けた。
「隼人は明やインド、果てはどこで手に入れたか分からない物まで、様々な薬草、様々な作物を父に教えた。ポルトガルの王に納めた枸杞の実はその内の一つ。だからこそ、父は隼人を『黄金の人』と呼んだ。」
「そこでだ、せがれ殿、富士子の父が『黄金の人』と呼んだ隼人が作った物を、この尾張で見たくはないかな、どうじゃ?」
先代様が殿にそう言った。
「土地を寄越せというのか?」殿が渋い顔で聞いた。
「その通り。ただし、手をつけられていない荒れ地でよい、水がなく、田を作れない土地でよい。ただ、多少は広い土地がよいな。ここ那古野と熱田の間、例えば古渡などでな。」
「水がなければ、作物は作れまい。」
「今はなくとも、掘り当てればよい。山師である発知にはたやすいことよ、のう発知。」
「どこで出るかは今は分かりませんが、調べれば、何カ所かは見つかるでしょう。」
発知殿が自信ありげにそう答えた。
殿が考え込んだ。
すると、控えの間に誰かが入ってきた物音がした。
「何事か。」わしが戸ごしに声をかけると、
「申し上げます。城の前に大勢の民が集まり、騒ぎになりかけております。」
「ふむ、少し話に時間をかけすぎたか。」
先代様がそう言われた。どうやら外の騒ぎを予想していたようだ。
「何をした親父!」
殿もそれが分かったのだろう、声に慌てた様子があった。
「なに、ちょっとした見世物を用意しておいたのだが、待ちきれなくなった者が騒ぎ出したのよ。さあ、富士子、頼むぞ。」
「任せて。」
富士子殿が立ち上がり、部屋を出て行った。発知殿、安兵衞殿が続き、吉法師様までもがさも当然のようにその後についていった。
「さて、言継卿、せがれ殿、ぐずぐずしておると見損なうぞ。」
先代様がそう言って、彼らの後に続いて部屋を出た。言継卿と殿が顔を見合わせて戸惑っている。仕方がない、わしが言うか。
「殿、まさか先代様が今更謀反でもありますまい。取りあえず、先代様に従いましょう。どうやら、面白い見世物があるようです。」
枸杞の実が蜂蜜漬で生に近い状態で保存できるかは確かではありません。
ただ、蜂蜜が保存性がよいのは確かです。バスコ・ダ・ガマが最初にコレクトに着いた時、現地の王に贈答物として2樽の蜂蜜を贈っています。