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巻藁舟にいざなわれ  作者: hatch
第1章 2047年から旅が始まる
7/16

第5話 せかいちず

戦国時代の人の発言でカタカナを使わずに、ひらがなで表現するのはこの回までとします。

次回からは普通にカタカナを使います。

 せかいちず


side:織田弾正忠(だんじょうのちゅう)三郎信秀(のぶひで)


「津島の親父殿がここまでやってくるだと。どういう風の吹き回しだ。」

 先触れがもたらした知らせを聞いて儂は意外に思った。親父殿はそこらの十把一絡げの武士とは違った武士だ。米が得られる農地ではなく、津島という湊を得ようとした。

 何回かの戦で武威を示した後は、儂の姉である「おくら姉」を津島の筆頭であった大橋家に遣わし、円満に津島を己のものとし、保護した。この乱世、津島とて強い武士の保護があるのは利がある。親父殿が戦を仕掛けたのは自分の価値を津島に示したかったからだ。だから。戦でも、乱暴狼藉を配下の者どもには許さなかった。津島衆はそれを理解したから、親父殿の差配を受け入れ、今は弾正忠家に尽くしてくれる。

 だが、世間には武士のくせに銭を好んで、欲深いなどと言うたわけた輩もあった。

 特に儂の一応は主君である守護代の織田大和守家の連中には多かった。たわけた奴らよ、どうせ己らよりも戦に強い親父殿を少しでもおとしめたかったに違いない。

 親父殿は確かに銭に詳しい、算も立つ。だが、妙に欲が少なかった。そうでなければ、元服間もない儂に己の築いた勝幡城を譲り、さっさと津島に隠居などすまい。

 儂は親父殿が家督を譲った時の教えに従い、お人好しの今川氏豊の城を奪い、今は尾張のもう一つの大きな湊、熱田を狙っている。

 ふむ、何か津島に面白いものでも入ったのかもしれぬ。折良く京より山科(やましな)言継卿(ときつぐきょう)も来ておる。五郎左衛門(ごろうざえもん)と共に親父殿に三人で会おう。二人も親父殿に会うのは久しぶりじゃ。喜ぶであろう。


 謁見の間で、儂が言継卿と並んで座り、言継卿の下に五郎左衛門が控えるとすぐに親父殿が五三郎を連れて入ってきた。

 何故、五三郎まで連れてきたのかと不審に思ったが、親父殿は言継卿に挨拶をし、五三郎の名を披露した。そして、五郎左衛門に『久しいな」と声をかけた。

 なにやら、親父殿の機嫌がよい、また顔色もいい。いや、以前見たときより若返った様にさえ見える。


「実はの、せがれ殿。昨日見舞いに来てくれた五三郎が、途中で急な雨にあった上に雷にやられた。」

「何だと、それで五三郎の具合は・・・・。なるほど、それで五三郎をこの場にわざわざ連れてきたのか。五三郎、災難だったな。具合はどうじゃ?」

「はい、口取りの小者が雷に焼かれて死に、供の者の言葉によれば、某も一時は息が絶え、心の臓も止まったようですが、今はこのように無事でございます。」

 言継卿も、五郎左衛門も口々に「五三郎殿は体の芯が強いのだろう」、「牛頭天王のご加護やもしれません」、などと、五三郎に声をかけている。親父が五三郎に声をかけてくれた言継卿に礼を述べた。そして、言葉を続けた。

「実はの、言継卿、五三郎は自然に息を吹き返したのではない。息が絶えた五三郎に手当を施して生き返らせた御仁がいる。旅の者で、身分がある者ではないが医業に長けた者である。せがれ殿からその者に礼を言わせたいが、言継卿もかまわないであろうか?」

「麿も、医業に携わる者じゃ。それほどの者なら、身分など気にはせぬ。それに信定殿の顔色もよい。何かその者から薬でももらったのではないかな。そうであるなら是非、話を聞きたい。」

 なるほど、そう言うことか。さすがに言継卿も医業を修めた者よ。親父殿の顔色の良さをめざとく見抜き、その理由に思い当たったか。親父殿がその言葉にうなずいた。

「うむ、五三郎、言継卿の許しも得た、かの者たちをここに案内せよ。それから五郎左衛門、吉法師(きっぽうし)もここに呼ぶがよい。いろいろと学ぶべき話を聞けよう。」

 五郎左衛門が、言継卿と儂に目をやり、言継卿と儂ががうなずくのを確認して立ち上がった。


 見事な銀髪に(ぎょく)のような白い肌、緑の瞳、この女子(おなご)は人なのか、話に聞く天女ではないかと思った。口元に笑みを浮かべ、まっすぐに儂を見つめている。儂は女子が部屋に入ってきたその時から女子から目を離すことができない。


「さぶろー」

 親父殿の大声が部屋に響いた。

「全くそのように、まなこを見開きだらしなくもなく口を広げていては、客人が挨拶もできぬわ。しっかりせぬか。」

 ようやく我に返った儂は、威儀を正した。隣の言継卿も姿勢を改めたようだ。どうやら呆然としていたのは儂だけではなかったらしい。


 三人が頭を下げ、すぐに身を起こした。何故か真ん中の男とその左の男の間に「吉法師」が機嫌良く座っている。癇の強い子で不機嫌な顔でいる事が多いし、ましてや初めて会うそれも異国の者のそばに寄るなど珍しいことよ。傅役の五郎左衛門が吉法師の後ろに心配そうに控えているが、機嫌良く座っているのだ。あえてそのままにしておいた。真ん中の背が高い男が話し出した。

「某は発知、左にいるのが某の友で安兵衛、右が妻の富士子です。弾正忠殿ばかりか、この国の尊い身分の方にまで拝謁を賜り恐悦至極です。色々と作法にかけるところもありましょうが、何しろ日の本に参ったのが初めての故、お許し願いたい。」

 そう告げると、また、三人が頭を下げた。

「こちらこそ、息子の命を救ってくれた客人に細かい作法を求める気はない、ましてや異国のものならなおさらよ。儂は親父殿が息子で、織田弾正忠三郎信秀、それにこちらが山科言継卿。そなたの横に座っているのが儂の嫡男の吉法師、後ろに控えているのが吉法師の傅役の平手五郎左衛門政秀、その横にはもう知っているだろうが長男の五三郎だ。しかし、発知とやら、そちだけは日の本の者に見えるが違うのか?」

 「ああ、その辺りのことはワシが語ろう。安兵衛、『せかいちず』と『しめしぼう』を頼む 。それから、せがれ殿、そなた達の後ろの壁を借りるぞ。」

 親父殿がそう言うと、大きな紙を安兵衛から受け取り。安兵衛が一尺足らずの長さで先に白い丸い玉がついた金属の棒と小さな器を持った。二人が仲良く儂と言継卿の後ろに回った。相変わらず親父殿は機嫌がよい、それに確かに親父殿はあまり身分に五月蠅くないが、それにしても濃い茶色の髪と同じ色の見事な髭で筋骨たくましい安兵衛という男とのやりとり、そしてふるまいは昨日あったばかりの仲には見えない。

 親父殿が紙を広げ、その紙を安兵衛の持った器からとった小さなもので壁に止めていく。見事な絵図で大きさにも驚くが、その紙の質にも、絵図の色にも驚かされる。黒だけではなく、赤、茶、青、様々な色が使われている。


 絵図の右端に立った親父殿が、向きを変えて絵図を見ている言継卿と儂に聞いた。

「さて、言継卿にせがれ殿、この絵図が何を描いたものか分かるかな?」

「いや、麿はとんと見当がつかぬの。」

「ふむ、儂もおなじよ。」

「中ほどばかり見ても分からぬか、この右端の辺りはどうかな。」

 親父殿が手に持った棒の先でぐるりと囲うようになぜた。

「あっ、」と言継卿と儂の両方が声をあげた。

「そうよ、ここが日の本、そして、その左上の半島が朝鮮、その先につながるのが明よ。この世には他にも様々な国がある。そしてその分かっているところを描いたのがこの絵図で『せかいちず』と発知達は呼んでいる。」


「さて、まずは発知のことから話そうか。発知の祖父は九州の肥州の左端で五島(ごとう)と呼ばれる島々の生まれで、水軍衆だったそうじゃ。だが親の後を継げる立場になく同じような立場の者や商人と一緒に一旗揚げようとした。そうして明に高く売れると聞いた干し椎茸、干しふかひれなどの俵物、それに真珠の大粒のものなどを積んで船をこぎ出し、苦労して明の『杭州』、この絵図のここへ至った。ここは明の商人の中で、日の本との商いに長けた者たちが多いそうじゃ。発知の祖父達はここで干し椎茸やほかの俵物を売って、明の産物である絹に変えた。また、真珠は明の商人ではなく、更に西の方からやってきていた者たちに高く売れたそうじゃ。そして、多くの明の絹を得た祖父達は、行きで壊れかけてしまった舟をあきらめて、今度は明の船に乗って故郷に戻り、持って帰った明の絹で更に多くの利をあげた。」


「これが今から60年ほど前のことになる。発知の祖父は今では仲間と共に杭州におり、一族となって、店を構えておる。どうかな言継卿、公卿の身に生まれながら京の町に居座ることなくこうして日の本を行脚している御身にしてみれば、感ずるところもあろう。」

「まことに、発知の祖父は見上げた人よ。」

「うむ、だが発知の父は更に遠くに旅した。父は長男で嫡子でありながら、祖父の店を継ぐだけではよしとせず、杭州から南へ百五十里下って、泉州に至りここから天竺の商人の船に乗り天竺に旅立った。三十数年前の事だそうだ。」

 親父殿は絵図で杭州、泉州の位置を指し示しながら、一度手元に棒を引いた。棒の先の白いところを引くと一尺足らずの棒が三尺までに伸びた。どういうからくりだとは思ったがそれを聞くより、今は発知の父がどこへ至ったのかが知りたい。

「さて、発知の父がたどり着いたのが、天竺の先近くにあるここ『これくと』という湊だ。だが、父はここで更に『せかい』が広いことを知ったそうだ。」


「ご隠居殿、そこからはおれが話そう。おれの国に関する話が多くなる。」

 親父殿がうなずくと、安兵衛という男が立ち上がった。安兵衛が吉法師に笑いかけると吉法師に話しかけた。

「吉法師殿、おれが話すのを手伝わないか、あの世界地図も近くで見ることができるぞ。言継卿も、弾正忠殿もかまわないであろう、どうかな?」

 言継卿と儂がうなずくと、安兵衞が吉法師の手を握り連れ立って親父殿のところへ歩んでいった。

 親父殿が「しめしぼう」を安兵衞に渡そうとしたが、安兵衞は首を振り、吉法師を見た。どうやら吉法師に渡せということらしい。吉法師はそれが嬉しかったのか、その棒を伸ばしたり縮めたりしながら、そのからくりを見つめている。吉法師が何回かそれをしているうちに、儂にはそのからくりが分かった。どうやら金属の管をつなげており、外側から内側に至るほど細くなった管を繋げたものらしい。そうと分かれば納得がいくが、あのなめらかな動きを出すためにはよほどに細工に工夫が必要であろう。


 安兵衞が「せかいちず」の真ん中あたりで地図に向かってずっしりと座り込む。そして「しめしぼう」を持って隣に立つ吉法師に手を添えて、天竺のとがった先のやや西側にある「これくと」を指し示しながら、語り始めた。

「吉法師殿、発知の父、ああ名前を言ってなかったな、発知の父の名前は『はやと』という。なんでも、日の本の南に住む者たちの名前だったらしい。おれもよくは知らん。後で学のある言継卿に尋ねれば、教えてくれよう。ご隠居殿が言ったようにはやとは『これくと』に着いて、『せかい』が広いことを知った。何故かというとおれの国の者たちが『これくと』に何度も大きな船でやってきては『これくと』で商いをしたり、または付近の海でかの地の商人の船を襲ったりしている話を聞いたからだ。そして、おれの国、『ぽるとがる』はここだ。」

 安兵衞が吉法師の手を導き、「これくと」から「せかいちず」の中心とも思える大きな地の周りをぐるりと回らせて、その地と海を隔てた地の左端に「しめしぼう」の先を当てて、そう言った。


 言継卿、儂、吉法師、五三郎、五郎左衛門、その場の誰もが言葉がなかった。

 吉法師は安兵衞から離れて、「せかいちず」の右に行き、日の本に「しめしぼう」の先を当て、そうして動きながら明の「杭州」にあて、泉州、「これくと」、「ぽるとがる」と順に当てていった。何回かこれを繰り返した後、今度は腕を組み、安兵衞の隣に自分も座り込んだ。儂も吉法師の動きを見ながら「せかいちず」の各地に目をやり、頭を抱え込みたい気分を味わった。なんとこの地は広いのか、日の本がいかに狭いかを知った。安兵衞の国、「ぽるとがる」の者どもが船でどれだけの海を渡ったのか、信じられない思いだ。


 静まりかえった中、安兵衞が『しめしぼう』を吉法師から受け取り、あちこちを指し示しながら、話を続けた。

「おれ達は『ぽるとがる』を含むこれらの場所を『よおろっぱ』と呼んでいる。そして、我らの南にあるこの大地を『あふりか』と呼ぶ。そして、『よおろっぱ』の東を大雑把に言えば『あじあ』と呼ぶ。まあ、あえてまとめればの話だが。『天竺』を『いんど』、『よおろっぱ』と『いんど』の間を『あらぶ』、『明』を『ちゃいな』、そして、『日の本』を『じぱんぐ』と呼んでいる。」


「安兵衞、儂らが名も知らぬ『よおろっぱ』の国の者たちが何故儂らの国を知り、しかも『じぱんぐ』という名をつけているのだ?」

 儂は思わず、そう安兵衞に問いかけていた。

「弾正忠殿、おれらがこの国を知っているのは明、いや『ちゃいな』が『げん』という国であった頃、富士子の国の商人が『げん』で聞いた話が基になっている。その頃の『げん』の言葉の『日の本』が『じぱんぐ』と聞こえたのであろう。まあ、その辺の話は後で富士子が話してくれよう。」


 皆が富士子を見る、「次の時に話すわ。今は安兵衞の話が先。」


 安兵衞がまた、話だした。「しめしぼう」をぐるりと回して「あらぶ」を示した。

「この『あらぶ』の民は商いに長けた者たちでな。それこそ千年も前から『ちゃいな』からは絹、『いんど』からは綿、そして『よーろっぱ』で最も買われた『こしょう』を商った。」


「胡椒? 確かに日の本にも明を通じて入ってくるが、何故あんなものを『よおろっぱ』はそんなに買うのかの、麿には判らぬの」

 今度は言継卿が言葉を挟んだ。儂もそう思った。


 安兵衞が首をひねった。

「何故と言われても、まず、胡椒は年中夏ばかりの『いんど』でしか育たぬ。寒い地の『よおろっぱ』では育てることができないのだ。」

 言継卿が更に疑問を返した。

「それは、日の本でも同じだが、わざわざ大量に買うほどのものではあるまい。日の本ではその昔は薬として、今は味付けにも使われぬ事はないがの。」


 すると、これまで黙っていた発知が口を出した。


「言継卿、日の本の民と『よおろっぱ』の民では食べるものが全くといっていいほど異なります。日の本はなにより米を食べます。米の酒を飲み、草を編んで着る。どうですか?言継卿。」

 言継卿がうなずいた。

「同じ言い方をすれば、『よおろっぱ』は獣の肉を食べ、獣の乳を飲み、ぶどうの酒を飲み、獣の毛を編んで着る。」

言継卿の顔に気味悪そうな表情が浮かんでいる。儂ら武士は武芸を鍛えるために、鷹狩りを行い、山鳥やウサギを狩る。言継卿も四年前、儂らと鷹狩りをしたことがあったが、公卿の身では肉を食うことには、けがれを感じるのかもしれんな。


 発知が言葉を続けた。

「言継卿、どうして「よおろっぱ」の民が肉を好むかを説明すると、話が長くなります。とりあえず、彼らが食べるのは『ぶた』と『ひつじ』が多いのです。たしか、明でも『ぶた』も『ひつじ』も好まれているはずですから言継卿もご存じではありませんか。そして彼らは「ぶた」と『ひつじ』の肉を冬になる前に加工して『そおせいじ』や『はむ』を作り腐りにくいようにして冬に備えます。生肉を焼いたり煮たりして食べるのに、その臭みを消したり風味を増したりするのに胡椒は欠かせません。また、『そおせいじ』や『はむ』に加工するのにも塩と共に胡椒が欠かせません。」


 そこまで聞くと言継卿の顔から気味が悪そうな表情が消えた。

「いや、麿は獣を食べると聞いて、殺したばかりの獣にかぶりついて血まみれになっている人の姿を想像してしまった。短慮であったな、すまぬ。」

「いえ、某の言葉が足りなかったからでもあります。さて、話を続けます。獣の乳とは牛や羊の乳になります。彼らはその乳をそのまま飲むだけでなく、そこから『ばたあ』や『ちいず』も作ります。これらは彼らがつくる料理にも使われ、料理にこくやうまさを付け加える事にも使われます。次に獣の毛とは羊の毛になります。日の本より寒さが厳しい地である『よおろっぱ』では欠かせないものになります。ああ、言い忘れていました羊の毛についてはそこにいる『安兵衞』の髪や髭が真っ白になって、やや太くなったものが全身に生えた鹿の大きさ獣を想像してもらえば分かりやすいと、某は考えます。」


 皆が安兵衞を見た。なるほど、あの安兵衞の豊かな髪と髭は確かに暖かいだろう。

 おや、吉法師が立ち上がって、発知の方に一歩進んでかの者を睨んでいる。


「はっちとやら、やすべえのかみやひげをけもののけにするなど、ぶれいだろう。やすべえのかみやひげはもっとりっぱでうつくしいぞ。」


 安兵衞が立ち上がり、吉法師の後ろにしゃがんで吉法師の肩を叩いた。吉法師が振り返って安兵衞を見た。

「おれの髪や髭はそんなに立派か。」

「うむ、おれはいままでやすべえのかみやひげほど、りっぱなものをみたことがない。」

「そうか、そうか、それほどか。吉法師殿にそれほどに思ってくれることは我が身の誉れよ。そうだ、おれも今までおれの髪や髭ほど立派なものを見たことはない。だがな、発知はおれの髪や髭を馬鹿にしたわけではないのだ。まちがえないことだ。羊は『よおろっぱ』に住む者にはそれほどに大事な生き物なのだ。そうだな、吉法師殿は日の本では『武士』という身分だそうだな?」

 吉法師がうなずいた。

「では武士にとって大事な生き物は何だ?」

「うまじゃ。うまにのり、うまをぎょしてたたかうものがぶしだ。」

「そうであるなら、馬のようにたくましい身体と呼ばれても馬鹿にされたとは言わないだろう?」

 吉法師がなるほどと感心している。

「寒い地に住む『よおろっぱ』の民にとって、暖かい服を作れる羊の毛は大事なものなのだ。」

 そう言って、安兵衞はまた「せかいちず」の前に戻った。


「さて、話を発知の父、隼人のことに戻そう。隼人は『これくと』で『あらぶ』の民とつきあい、『よおろっぱ』の話を聞き出した。そうして、彼らから『よおろっぱ』の国々の中からふたつの国が重要であると知ったらしい。ひとつが最近、大きな船でやってきた乱暴者の国、おれの国である『ぽるとがる』。もうひとつが古くから胡椒を『あらぶ』の商人から買っていた国、そこの富士子の国でもある『べねちあ』だ。」


 儂は改めて富士子を見た。何度見ても美しい。この富士子の国か、儂も行けるものなら行ってみたいものよ。安兵衞の話が続く。いかん、また親父殿に皆の前で名前を呼ばれるのはごめんだ。


「隼人は『これくと』の湊で持ってきた明の絹を売り、『よおろっぱ』で高価な胡椒、丁字、桂皮などの調味料を仕入れた。『よおろっぱ』ではそれらをまとめて『すぱいす』と呼んでいるがな。隼人は『よおろっぱ』へ行く準備を整えると、『べねちあ』を目指して旅立った。」


「隼人が『べねちあ』へ行った道は世界地図のここになる。」

 安兵衞は「あふりか」の 右上にある地図では赤くなっている細長い入り江、を「しめしぼう」で、なぞっていった。そして陸を渡りまた、海に入り人の膝から下のような半島の右上の付け根で動きを止めた。

「隼人は『べねちあ』で十年間近く暮らしたらしい。持って行った胡椒などの『すぱいす』は高く売れたから暮らしには不自由がなかった。それまで隼人は日の本の言葉、明の言葉、それに『あらぶ』の言葉を覚えていたが、ここで『べねちあ』の言葉も覚えたらしい。その他に隼人はおれの国『ぽるとがる』の言葉もこの地で学んだようだ。」


「さて、おれの話はここまでだ。『べねちあ』での隼人の話は富士子にしてもらおう。」

 安兵衞は吉法師の手を握り富士子の元へ下がっていき、富士子に「しめしぼう」を渡すと吉法師の手を離しずっしりと座った。吉法師は安兵衞の動きをよく見た後、同じ動きで安兵衞の隣に座った。その後の座った姿勢までも安兵衞そっくりだ。なにやら奇妙なほどのかわいげを吉法師から感じた。ふと見ると、傅役の五郎左衛門も、なにやら嬉しげに安兵衞と吉法師の後ろ姿を見ている。


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