第8話 富士子無双その二
酔っ払った頭で書いてしまいました。ちょっと短いです。
富士子無双 その二
side:安兵衞
富士子が馬術を披露した日、ワシたち三人は弾正忠殿の居城である那古野城に泊まった。翌朝は予定通りの阿鼻叫喚から始まった。昨夜の宴会で酒豪ぶりを発揮して上機嫌だった言継卿も、今朝は意気消沈していた。公卿の身の腹から出た大量の回虫は、あってはならないものだったらしい。
那古野城の一室で言継卿、弾正忠殿、ご隠居殿に五郎左衛門殿、そしてワシたち三人が集まっていた。
意気消沈した中、ひとり機嫌がよかったのは、織田のご隠居殿だった。
「大体、公家はケガレを気にしすぎる。血がケガレと言うが血など自分の身体の中にあるものではないか。それが外に出たからケガレというのはおかしいではないか。」
どうやら、ご隠居殿は公家に対してけっこう溜まっていたものがあったらしい。
「しかし、これほどの虫が腹の中にいたとは思いもしなかったわ。親父殿どうしたらいい?」
弾正忠殿がそう問いかけた。
「富士子に聞け。」 ご隠居殿は簡潔に答えた。
弾正忠殿が富士子に目を向けた。
「まず、火を通さない物は食べない。火を通せば、回虫の卵は死ぬ。漬け物は駄目。」
そこから始めて、農民が人の糞便をそのまま田や畑にまいていることをなんとかしないと根本的には解決できないことを説明した。そして、糞便は発酵させて、温度を上げて発酵により回虫などの寄生虫の卵を分解する。そのために必要な処置を説明した。小便器の設置、臭気の軽減と発酵の促進のために米ぬかの便所への投入。肥溜めを作り、雨が入らないようにし、発酵に必要な手順を説明していった。
「民たちがそんな面倒なことをしますかな?」
五郎左衛門殿が疑問を述べた。
「無理でしょうね。」富士子があっさり答えた。
「そんな、たわけたことを。」五郎左衛門殿が声を荒げた。
「弾正忠さんがふれを出せば、民は従うというのは弾正忠さんの思い上がりです。」
富士子がきっぱりと言った。
「民とて、糞便が臭いのは承知しています。好きでやっているわけではありません。ほかに、なすすべを知らないのです。」
五郎左衛門殿が黙った。富士子が言葉を続けた。
「まずは、隗より始めましょう。この城の便所を変えます。そして、城の皆さんに虫下しを飲んでもらいます。次に家臣の皆さんの城です。武士の方々に回虫の恐ろしさと便所の改良をしてもらいます。民にふれを出すのはその後です。多分、民にふれを出すのは早くて三年後でしょう。虫下しの薬を多く作り、それが民に行き渡るまでにはそのくらいの年月は必要です。」
「民にまで、薬を与えるというのか?」
弾正忠殿が問いかけた。まあ、無理もないか。薬が高価なのはこの時代では当たり前。民に薬を分け与えるなど、正気の沙汰ではないだろうな。
「私が薬を作ります。弾正忠さん、城の近くに薬草園を作りますので土地と人手を用意してください。」
富士子が反論は一切言わせない口調で、弾正忠殿に要求した。
弾正忠殿がためらう様子を見せた。さすがに女子の言葉に素直に従うのはためらわれたらしい。だが、富士子が二の矢を放った。
「言継さん、所詮、至上の君だって、糞袋です。」
あーあ、富士子よ、そこまで言うか。
言継卿の顔が更に青白くなった。言い返したいが言葉がない。
「言継さん、弾正忠さん、至上の君だって、殿上人だってものを食べて、糞をします。その食べ物を作っているのは民です。民の腹に回虫がいるから、至上の君の腹に回虫がいます。民も至上の君も糞袋です。そこに違いはありません。それが嫌なら民の腹から回虫をなくさなければなりません、違いますか?」
容赦のない富士子の言葉に、皆、言葉がない。
沈黙の後、ご隠居さんが発知に言葉をかけた。
「発知よ、きつい女子と夫婦となったのう。大変じゃろう?」
その場が少し和らいだ。発知が肩をすくめて答えた。
「富士子が文句を言うばかりなら、某も我慢できないでしょうね。ですが、富士子はちゃんと問題を解き明かす策を出してくれます。」
「なるほど、道理じゃな。発知はよい妻を持ったな。」
この後、言継卿に至上の君や殿上人のために20人分、三年間の薬として60粒の金平糖が渡らせた。尾張に残った金平糖は29粒だった。ご隠居さんには栄養改善として別の薬が用意されることになった。