~あなたは幸福者ですか?~
幸せな人とはなんだろうか。
果たして、俺は幸せな人間だったのだろうか。
果たして、他の人間は幸せな人間なのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は深い眠りについた。
はぁぁぁ……もう、疲れた。
疲れがどっと押し寄せ、やがて意識がなくなった。
また朝が来た。
目覚めは最高。うっすらと空いたカーテンの隙間から朝日がまるで部屋の床に向けられたスポットライトのごとく一本の柱になり刺さっている。
なんだか今日は蒸し暑い。
昨日の夜に雨音がしたから、その雨が朝日によって蒸発しているせいだろうか。
なんか湿度高くね?
しかも部屋は生臭い。魚は嫌いだからあまり食べることもないし。別にペットを飼っているわけでもない。
この部屋には俺ひとりしかいない。
……まさか俺の臭いか?
いやいやいや、ま、まっさかねぇ。
時刻は変わって、今は昼。
朝とは比べ物にはならないくらい日差しがうっとうしい。
俺は基本部屋から出ないため、よく言えばインドアなため、悪く言えば引きこもりでニートなため、日差しが苦手だ。
どうも受け付けない。まさにバンパイアが日差しを嫌うがごとく。
昔に一回だけ外に出たことがあるんだが、まあ一年ほど前だけどな。
うん、あのときも今日みたいな蒸し暑い日だった。
一歩外に出るだけで冷房の効いた室内とは違い、外はまさにサウナ状態。
アイスキャンディーな俺は、自らを溶かしたような体液を吹き出し、倒れ込むようにして部屋に戻ったっけな。
あぁ、夏は嫌いだ。
俺が夏を嫌う理由は獰猛に襲いかかる暑さと、もうひとつある。
それは虫だ。
とくに蚊だな。虫の蚊。
そそ、あの血を吸う奴。
ホント小さくてさ、いつの間にか部屋のなかにいるんだよね。網戸してんのになんで? どこから? って感じよ。
しかも蚊の飛ぶ音ね。耳もとに蚊が来るといつもあの独特で毒々しい、いやぁな音出すよね。人間の嫌う周波数をよく知ってますわ。
あと許可も取ってないのに人間の生き血を吸う。
これこそまさにバンパイアだよ。
憎き小さなバンパイアめ!
それによ! 人間が血をあげたのに、吸った部分を腫れ上がらせておまけに痒くさせるのよね、これこそ恩を仇で返す行為だよ。
しかも知ってるかな? あの痒くなる成分。あれ蚊の唾らしいよね。
きったねぇわ。
ほんと蚊だけは、いや虫自体気持ち悪いんだけどさ、そのなかでも蚊はトップクラスに無理なの。
そんなこと考えてるうちに外がだんだんと騒がしくなってきたな。
まあ、時刻も時刻だ。ちょうど学生もサラリーマンもいつもの業務を終える頃。
――どん、どんどん! どんどどどん!
なんだろうか、外から音が聞こえてきた。
体を内側から振動させるような。
――どんどんどん、どんどん、カッ!
太鼓の音だ。
俺はカーテンの隙間から外をの様子を伺う。
といってもカーテンをめくることは出来ない。
理由のひとつは日光を浴びたくないからだ。
まあ、外はカーテンの隙間からでも充分に窺える。
……うわっ、人がたくさん。
もしかしてあれか? 今日って夏祭りの日か?
そうか、もう、一年たつんだな。
時が経つのが最近早く感じられる。
小さい頃は一年と聞くとまだまだ長いなという印象だったが、いまになると一年というのは、あっという間にたってしまうものだ。
とか考えてたら段々と外が騒がしくなってきやがったぞ。
うるさいのはホント苦手だ。おまけに人混みもだ。
いつもは静かで落ち着く印象の町の通りは、今日の夏祭りでその影を見せようとしない。
今では人でごった返す東京のスクランブル交差点くらい人が増えている。
こんな暑いのに制服の上下をしっかりと着ている学生もいる。きっと学校の帰りなんだろうな。
ていうか、あれ暑くねぇのかな。汗もかくし着心地最悪だろあれ。
あとは、浴衣を着たちょっとチャラめのねぇちゃんたちや、仕事の帰りだろうか、スーツを着ているサラリーマン。
そして……リア充、リア充、リア充、リア充、リア充、リア充、リア充、リア充、リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充リア充!
まあ、そういうもんだよな。
夏祭りなんてどうせリア充が集う場所さ!
夜になったらなったで、二人だけになってイチャイチャチュッチュッパンパンするんだろうな!
よし、そんなリア充に一言、特に学生。
いま、貴方が20歳以下で、付き合っている彼氏、彼女。その人と生涯、仲良くやっていける確率。2%です。……はぁい!
はぁ、でもいいな、皆楽しそうで。
俺も、友達と騒いだり、楽しいことしたいな。
もっと、心を許せる人間がほしかったな。
友達として付き合いはしなくていいからもっと、顔見知り程度でいいから、たくさんの人と仲良くしたかったな。
俺はきっと自信がないんだろう。
見た目も、性格も。俺という存在すべてに、自信が持てないんだろうな。
小さい頃から俺は人見知りで、親戚というか、お爺ちゃんお婆ちゃんや、酷いときは親にまで俺は話すときに緊張していた。
それはどうも言葉より頭の回転が早いからなんだろう。
いつもしゃべるときに、俺がいま言葉を発したら、変に思われないのだろうか。
なにあいつしゃしゃってんの? とはならないだろうか。
まじでキモい。ブスじゃん。なにしゃべってんの?
とはならないだろうか。
そんなことがいつも頭によぎるのだ。
そんなことをさせないために、そんなネガティブな思考にならないために、俺はいつもわざと明るくして、冗談を言って、周りからブスで根くらだと思わせないようにしてきた。
けど、それも中学までの話。
高校から俺はそんなことをするのをやめた。
だって、人間の前にいるときは、いつもハイテンションバカを演じないといけなかった。
もう、疲れたんだよ。
誰か、素直に俺のことを認めてくれる奴はいないのかよ。
誰か、夏祭りで堂々と歩けるようになるイケメンな顔をレンタルしてくれる奴はいねぇのかよ。
何年も何年も、ブスじゃん、キモい、しゃしゃってんな、面白くない、そんなことを毎日のように言われ続けてきたんだよ。
自分の顔に自信が持てない。自分の性格に自信が持てない。自分という存在に自信が持てない。
だから、いま二十歳の俺は、高校の時から少しずつ、人と接していくのを辞めた。
人が怖かった。
他人と接して、自分が惨めだと思いたくなかった。
嫌われないために、お面をつけるのが嫌だった。
俺という、ひとりの存在を、ブサイクで、性格悪くて、惨めで、根くらで、恥ずかしがり屋で、人見知りで、汚くて、道路に転がる泥のついた石ころのような俺を認めて欲しかった。
でも、人間はそんなものを認めはしない。
わざわざ車が通る危険なエリアに足を踏み入れ、わざわざ汚れた小石を拾うような人間はいない。
いつの間にか、俺は、孤立していた。
部屋のなかで。
故に俺から見える外の景色は、泥に汚れた石ころのから見た窓の外の人達はーー
ーー宝石のように輝いていた。
皆楽しそうで、皆お洒落して、かっこよくて可愛くて、友達や恋人や仲間に囲まれ、皆笑顔で。
くそっ。ちくしょう。
もっと、もっとかっこよくなりたかった、面白くありたかった、友達や仲間と騒ぎたかった。
いま僕はカーテンの隙間から外を眺めている。
ベットに寝たきりで。
きっと今俺は死んでいる。
一人で孤独に。
そっか、やっぱり、この生臭い臭いは俺という死体から漂っていたのか。
そっか、カーテンを開けれないのは、日光が嫌いなだけじゃなくて、体をそもそも動かせなかったのか。
そうだったのか。
俺は死んでいる。
一人で孤独に。
この死体を見てあなたは不幸だと思うだろうか。
そう思うなら、きっとあなたは幸せだ。
不幸という概念は、幸せという概念を知っていないと、感じれない感情だから。
あなたのような。幸福者。
端から幸せを知らない人は、きっと不幸が日常になる。昔の俺のように。
そこの君は、幸福者ですか?
以上、一読ありがとうございます。