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EMOTION

作者: あまとぅ

 

 「十分なくらいです。」


医者の声が母と父の耳から入って脳で木霊する。


私は生まれた時から肝臓を患っていた、色々手を尽くしてもらった、しかしそれは治るどころか悪化していった。


 小学校に入って、私は何も知らずに元気に毎日を過ごしていた。


ある日、吐血した。


周りの子が逃げていく。病状を知ったきっかけだ。


はっきりと親に言われ、幼い私は受け入れられなかった。


喜びは湧く事が無くて。

怒りはやり場が無くて。

哀しむ事なんて無くて。

楽しむ事も何も無くて。


そうして私は心を亡くした。


何もかもが等しくつまらなく目に映る、親の言葉も届かなくなった。


 ついに私は孤立した、その事にも私は何も感じない。


ずっとずっと一人で天井ともう片方のベッドに視線を右往左往する。


運ばれてきたご飯を淡々と食べきってからドアの前に皿の盆を置く。


その時またナースたちの声が聞こえる、相も変わらず話題は私の事。


その声を聞き流して私はまた戻る。

無機質な部屋と無意味な人生に。



 なんで生きているんだろう。



最近私はそればかり考えている、答えが出てこない事も知っている。


ここは三階の相部屋病室、窓は大きく私も入れる程の大きさがある。


死にたい時に死ぬ事が出来るが、死ぬ事も出来ないのも知っている。



ある日、部屋の半分が埋まった。



隣に同じ年くらいの青年が入った。


私の部屋は死ねる部屋から死ねない部屋になった。


「おはよう、良い朝だな」


そいつは小さな声で聞こえる距離で大きな声で言う。耳が痛い。


それとカーテンは閉まっている、外の天候はわからない。


「何でいるんですか」


私は小さな声で尋ねる。


「病人だからな」


彼は大きな声で話すし、そんなことは知っている。


「何の病気ですか」


「怪我だ」


彼は胸を張って言うが自慢できるものではない。


「ああ、そうですか」


私は時間を惜しみながら話を切る。


「あんたは大丈夫か?親は?」


彼は時間を気にも留めず話を切り出す。


「大丈夫じゃないです、親にも嫌われてます」


「寂しくはないのか?」


「無いです」


「じゃあこれからは俺が相手だ、拒否権はないからな」


「黙秘権を使います」


私の日常は破られた。

あといびきがうるさい。


そいつが来て一週間、早速問題が起こった。


あいつは携帯をいじりながら部屋に入ってきた。


「おはよう」


彼の挨拶に私は黙秘権を使う。


「聞こえていないのか?」


黙秘。


「なんだ?ついに口も開かなくなったか?」


黙秘。


「うんとかすんとかいったらどうだ」


しつこい。


「すん」


「あっ、そこは言うのか」


彼はあっけらかんとした表情で言う。


「さっきと言っていることが違いますが」


「唐突に言われたら誰だってこうなる、お前はお前で良いや」


彼の言っていることが理解できない。


そんなくだらない会話をしているうちにご飯の時間がやってきた。


配膳をするナースさんが無言で配っては扉を開けて逃げていく。


「何か忙しないなあの人」


「いつもの事です、私は嫌われてますので」


「ずっと耐えてるのか?」


「慣れました、それだけです」


「お前凄いな。」


何を言いたいのかが分からない。


「普通はそう耐えたり受け入れたりなんかできないぞ。俺も無理だ」


「その現実を嘆いて何になるんですか」


「何かにならないとやらないのか?」


「何かにならないと無意味です、時間の無駄です」


「やってみないと分からないだろ」


「どちらにしても私には必要のない行動です」


「そうか」


彼は黙り込んだままで皿も片付けようとしない。


「皿」


「なんだ?」


「皿を貸して下さい、ドアの前に置きますから」


彼は笑いながら答えた。


「いや、これでいい」


彼が何を考えているのかもわからない。

私は自分の皿だけ置いた。


「多分そろそろだな」


彼の笑顔が何か黒い気がする。


「何が?」


私の質問は返ってこなかった。ドアの開く音によって遮られたからだ。


「すみませんが、お皿はドアの前に置いてください」


「配ってきたなら取りに来るんじゃないのか?」


「いえ、そんなことはしておりません」


「俺はまだ来てまだ一週間だが、ドアの前に皿が置いてあった部屋は見たことがない」


彼は一息付いてから、


「素晴らしい回収速度だな。見ることも拝めない」


笑顔で断言した。


ナースの方は黙ったかと思えば電話で人を呼び出した。


「すみませんが至急来てくれますか?なにやら苦情の声が上がっておりまして。はい。お願いします」


「責任者でも呼んだのかい?」


「ええ、あなたの質問にも答えてくれると思いますので」


あいつは携帯で音楽を聴きながら笑っている。


そしてドアが開いた。


「どちらが苦情を?」


「コウタさんです」


ナースはあいつを指さす、コウタか。ふーん。


あいつはイヤホンを抜いて答える。


「すみませんね、わざわざ来てもらって」


「それで内容は何だね?」


「そこのナース含めた数人でその子の悪口を言っているんですよ」


責任者の口が閉じない。ナースの顔は引きつっていた。


「証拠はあるのかね?」


「ありますよ」


そう言ってあいつは携帯の音量を最大にして音声を流す。


そこには名出しで私を馬鹿にする声とコウタに同情する声が入っていた。


「これ録ったの今日の朝なんですよね」


あいつは録音時刻を見せつける。


ドアに手を掛けるナースを責任者は止める。


「それにここだけドア前に皿を置かせていましたよ、そいつら」


責任者は無言で佇む。ナースの青い顔とは正反対の顔をしている。


「こいつは話してみればわかりますが、そんな事をされるような悪い奴じゃないし意思疎通が図れない奴でもない、俺が保証する」


あいつはたかが一週間で私の何が分かったのか。


「すまなかった、私の管理体制がどれだけ怠られていたか思い知らされた。これからはこんなことが起こらないようにして見せる」


「本当か?」


「保障しよう」


あいつは笑顔で言い放つ。


「なら大丈夫だな」


責任者がナースを引き連れて出ていく。


「言ったろ?だから俺ならこうする」


何のことかわからない。


「どういうことですか?」


「俺は耐えるとか受け入れるとか無理だ。だから勝てる手段で勝つ、現実を変えるほうが楽だ」


「それって難しくないですか?」


「俺からすれば耐える方が難しい、自分を抑え込むなんて柄じゃない、だからお前さんは凄い。」


何もしてないことが凄いわけない。


そう思い今日は眠った、いつになく快眠だった。

けどいびきはうるさい。いびきを抑え込む柄になって。


次の日、ナースは全員入れ替わっていた。


更に一週間経った、あいつの怪我は治りつつある。後リハビリを続ければ退院できるそうだ。


それに比例するように私の容態はひどくなっていく、そろそろかな。


そんな時あいつが口を開いた。


「どっか行くか」


「あと少しで退院ですよ」


「お前も来るんだよ」


「私の容態知ってて言ってますか?」


「言ってるんだよ」


訳が分からない。あいつは笑っている。


「ほら行くぞ」


「どこに?」


「行きたい場所だ」


あいつに手を引かれて行く、色んな人の視線を集めた、体が苦しい、


けど胸も苦しい、なぜだろう。


「海行くか!」


「海ですか。」


「少し遠いが丁度いいだろ」


あいつは笑顔で言う、笑顔が絶えない人だ。


車に揺られながら行った、会話はいつも通りくだらない、だが胸は躍っていた。


そしてやっとついた時は夕暮れ少し前ぐらい、黄金色に光輝く海。


あいつにおんぶされてみる海は綺麗だった。


あいつの笑顔もこの色。


ってあれ?なんで泣いてるの?いつも通り笑ってよ。


あいつが急いで私を持って病院に駆け込む。


何を懇願しているの?


私はそこで目が覚める。あれ?起きていたはずなのに。


医者が驚いた顔で私に「意識はあるか」と言ってきた。


「あります」


「君はよく生きた、それは私とあの彼が保証しよう。」


「あいつは?」


「外にいるよ。」


「私はもう死にますか?」


医者が無言になる。


「先生、私は、もっとこの痛みを味わっていたい、胸の中にあるこの痛みを」


「待ってなさい」


医者が外に駆けだす、呼んでくるのかな。


医者が戻ってきた、あいつもいる。


「おい、目を覚ませ、拒否権はないからな」


「目なら覚めてますよ」


「相も変わらずの口調だな」


「ふふっ」


「やっと笑ったな」


「外に出れて嬉しかった、いびきは本当にうるさくて怒ってた、そして今とても哀しい」


「おい、やめろ、俺退院してもお前のところ行くからな。待ってろ」


「だけどね、凄い楽しかったよ。{お前は凄い。}」


「は?」


「やった、珍しい怒り顔と泣き顔が見れた」


「こんな時にそんだけ言えるなら大丈夫か?」


「もう少し早く、会いたかったよ」


「寝るな。目を覚ませ。拒否権はいつも通り無いぞ」


あいつが何か言っているけど、もう耳も聞こえなくなっちゃった。


「コウタ、お休み。」


伝わったかな?伝わっていると良いな。


私の世界が暗転する。


こいつは最後に笑って目を閉じた。


彼女の有意義な人生に幕が降りた。

















最初に出会った奴は無茶苦茶不愛想で女らしくねー女だった。


一度話して分かった、女らしくないんじゃなくて人らしくない。


例えると人形だった、生きている感じがしない。

なんだこいつはと思ったが、なんだかんだで会話を返してくれるいい奴だった。


だから俺はこいつを変えようと思った、こんなこいつを受け入れるのは俺じゃない。


色んなことをやった、あいつの前で噂をぶっ潰して、あいつの横で車に揺らされながら海を見に行って、おんぶして海を見せた時、あいつの心臓が止まっていくのを俺の背中で感じた。


そしてあいつは俺の前で死んでいった。なにが「お休み」だ馬鹿。


なにが嬉しかっただ、何がいびきがうるさいだ、何が哀しいだ、何が楽しかっただ。勝手に死んでいきやがって。


いびきはもう抑えたからもうお前が聞くことも無いぞ、安眠してろ。


よく頑張ったな。お休み。



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