お花見
四月四日のうららかな金曜日
メールの着信音が部屋に響く
『今から出て来れない?』
彼からのお誘いなんて珍しい
二つ返事で待ち合わせの場所へ
彼の車に乗り込む私は
ついつい鼻歌まじり
『ご機嫌だねー?』
彼が私をからかう
そんなのは飛びきりの笑顔ではねのける
『ここで下りるよ。少し俺についてきて…』
彼の声に導かれながら
林の奥へ奥へと歩き続ける
足場を気にしながら
ちょっと私は不満に思う
(普通は手を繋いでくれるよね…)
突然立ち止まった彼の背中で
私の鼻は余計につぶれる
『何やってんだ?』
呆れた様子の彼の右手が
ある方向を指差した
真っ青に広がる草の絨毯
誰かが踏み入れた気配はない
そんな百畳程の中央に
りっぱに聳える山桜
これはこの土地の主だろう
「凄いだろー!俺が昔遊んだ秘密基地だ。人に教えるのはお前が初めて…」
偉そうに語る彼は
少しだけ照れている
「綺麗だね…」
次の言葉が出てこない
だって今にも涙が零れそう
その時だった
ヒュ〜少し強い風が吹いた
その風は
私の涙をさらったあと
綺麗な花びらを踊らせた
「あー、花びらが散っちゃう」
私は思わず両手を合わせた
彼はその手を離すように
私の片手を握った
「この風を止めたいなんて、決して願てはいけないよ!これからが彼らの見せ場なんだから……」
確かに彼の言うとおり
桜は散ってこそ美しい
私は願い事を変えた
「良い風が吹きますように…」
おまけを付けてくれるなら
「もう少しだけ、このままで居させて…」
彼の手を握りながら
そっと神様にお願いをした
「寒くならないうちに帰ろうか…」
「…うん」
彼はまだ
私と手を繋いでいる
その事に気付かれないよう
そっと私は歩いた
途中で何度か
私が躓きそうになる
すると
その時だけ彼の手は
強く握られる
だから
最後の二回はわざとだよ
そんな事など承知の彼は
「来年もまた来よう」
小さな声で呟いた
私の顔を見ないように
私はちょっと意地悪をして
「なに?もう一回言って!」
「何だよ、ちゃんと聞いてなきゃ。……お前はとろいなーって言ったんだよ!」
「嘘つき。」
「お前もな。」
神様の願いは
まだ続いている
四月四日
今日の誕生花は…桜です