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レア占い屋  作者: ものまねの実
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01

とある町でまことしやかにささやかれている都市伝説染みた噂話がある。

夕暮れの町のどこかに現れる占い師、性別も年齢も定かではなく、目立たない場所を選んで存在し、一度として同じ場所にいることはしない。

姿を見つけるだけでも奇跡と言えるその占い師は、その存在意義を根底から覆すことに、占いを生業とはしていない。

どういうわけか真に困った人間の前にしか現れないという話もあり、その困りごとの相談にのって解決策を授けるというなんとも奇妙な話に、聞く人の耳にはまさに都市伝説のように聞こえるようだ。


これだけならよくある眉唾物の話が混ざった与太話と一蹴できるのだが、この占い師に相談をして見事に困りごとを解決したという人間がかなりの数存在しているのが話の信ぴょう性を増している。

夫婦の離婚の危機を見事に回避したや、近所トラブルを一切の遺恨なく解決したりといった人間味あふれる出来事の解決が多いのだが、噂話には有名企業のV字回復にまで一役買ったというものもあり、この占い師と出会うことを望む人間はかなり多い。


意図して合うことは出来ず、しかし遭遇すれば間違いなく抱えた問題を解決してくれる。

この占い師をいつしか人は『レア占い屋』と呼ぶようになった。







夕日の照らす街並みを一人の女性が歩いている。

黒髪をポニーテールに、白のワイシャツに黒の蝶ネクタイを締め、腰に巻かれた黒いエプロンといったギャルソン風の格好だが、女性であるためギャルソンと言う言葉は正しくないだろう。

女性の給仕はセルヴーズという呼称が正しいのだが、この呼び方はあまり使われないので一般的な浸透はしていない。


その女性の名は井村麗子といい、この町で小さな喫茶店を営んでいる。

男勝りな性格だが面倒見がよく、住民からの評判もいい。

以前はOLをしていたのだが、麗子の祖父母が営んでいた喫茶店を年齢が理由で畳もうとしていた所、それならばと麗子が店を継ぐことを決め、店主を変えての新装開店となった。


ところが飲食店の経営などしたことが無い麗子は手探り状態での仕事となり、祖父母が時折手伝いに来てくれてるおかげで何とか店としての体裁を保てているという状態だ。

当然店としての売り上げも芳しくなく、日々頭を抱えながらの経営に麗子はすっかり疲れ果てていた。


今日も店の宣伝にと駅前で手製のビラを配っていたが、それほど数は捌けず、足元にある紙袋にはまだ大量のビラが入ったままだ。

歩き疲れたのか、街角に置かれたベンチに腰掛け大きなため息を吐いた。


(はぁー、参ったなぁ。あんまりビラを受け取ってもらえなかったし、これじゃあ来月も赤字になっちゃうよ…)

途方に暮れた様子で再び大きくため息を吐いたところで、目線の先にあるビルとビルの間にある隙間にボンヤリとした光の点が目についた。

一瞬夕日が何かがガラスにでも反射したのかと思ったが、じっと見続けるとどうやら違う様で、普通に道を歩いただけでは気付かない町の隙間に灯る明かりに興味が湧き、その光を目指して歩いて行く。


大人一人がようやく通れる程度の狭い通路を通り抜けると、光の正体が見つけることが出来た。

「ようこそ占い屋『おもてなし』へ。ご相談でしたら席にどうぞ」

顔の見えないその人物は、女性とも男性ともとれる中性的な声で麗子にそう声をかけた。

細い道の先にはビルとビルの間にちょうどポッカリと空いた空き地のような場所があり、特に荷物も置かれていないその空間はまるで誰にも知られていない秘密の花園のような不思議な雰囲気の漂う所だった。

5坪ほどのその場所には占い師の必需品ともいえる白い布がかぶせられた四角いテーブルと丸椅子が置かれており、対面に座っている黒いローブにフードを被るといった怪しさがにじむ出で立ちの人物が占い師なのだろうと予想させる。


麗子はその時、稲妻が走り抜けるような閃きでこの場にいる人物の正体を思いつく。

夕暮れに隠れるようにして存在することで出会うことが奇跡だということ。

占いと言いながら相談を聞こうとすること。

これらの点から間違いなく都市伝説に謳われる『レア占い師』だと麗子は確信した。


僅かに高鳴る鼓動をそのままに、対面の丸椅子に腰かける。

「ではお客様のお困りのことをお聞きしましょう。どうぞ遠慮なさらずお話しください」

平坦な声でそう言われ、麗子は己の内に抱えた悩みをポツポツと話し始めた。


話すうちに感情が高ぶったのか、最後の方は嗚咽交じりの物に変わっていた。

「今のままじゃいけないって思ってるんです…。でも、どうしたらいいかわからなくて、うぅっ…」

一通り話し終えると、下を向いて静かに涙を流す麗子を、何も言わずにじっと見つめる占い師だったが、落ち着いた頃を見計らって話を切り出した。


「お話は分かりました。では私からいくつかアドバイスをしましょう。少し長くなりますので、メモを取るのをお勧めしますが、用意はありますか?」

そう言われて書くものを探すが、ペンはいつもエプロンに差してあるが、紙の持ち合わせは生憎と手元にはない。

だが足元に置かれた紙袋に気付くと、余っていた大量のビラをいくつか掴むと、テーブルの上に裏返して置き、メモ帳代わりに使おうと考えたようだった。


「用意はよろしいようですね。ではまず、集客法から話しましょう」

「はい!お願いします!」

麗子は自分の店の起死回生の策を授けてもらえるというのだ、一言一句漏らしてなるものかと言わんばかりに気迫の満ちた目で次の言葉を待つ。


・まず匂いから始めよ

コーヒーを売りにするにはまず香りで足を止めさせて、それから目で店の外観を見る、そして店内に入ってから肌で店の雰囲気を感じさせる、これだけで一見の客を集めることは出来るようになる。

まずはここから始めることからだ。


「でも匂いで足を止めさせるってどうやって?正直、外に挽いた豆の匂いを出してもすぐに空気に交じって消えてしまいますよ」

「味よりも匂いの強いコーヒー豆を使って、それを撒き餌にして人を集めます。それ用の換気扇も通り側に用意したほうがいいでしょう。それと、店の近くに喫煙所を設けて下さい。そこに設置する灰皿に使い終わったコーヒーのカスを布いておけば、煙草の火を消すたびにコーヒーの匂いがして喫茶店へ足を運びたくなるはずです」

淀みなく話される内容を急いでメモに取る麗子の顔は真剣そのものだが、僅かに口元に浮かんだ笑みは今授けられた策が有効であることを理解しているがための期待の現れだ。

「店内にコーヒーの香りが充満するのも避けて下さい。客によって違う種類のコーヒーを注文するわけですから、自分の頼んだもの以外の匂いに邪魔されるのはあまりいい気分じゃありませんから。匂いは全て外へ流すように」


・決して大きい音を立ててはならない

コーヒーチェーンが大量にある今の時代では、カジュアルにコーヒーを楽しむという人間は増えている。

だが一方で、喫茶店で飲むコーヒーがいいという人間はまだまだ多い。

そういった客層を取り込むために、まずは店の雰囲気づくりとして、静かな空間を提供するのを考えること。


「うちは元々静かな喫茶店ですけど?」

「ではその方針を貫いてください。決して店内でラジオや音楽を流してはいけません。客からのリクエストがあった場合は、他の客に許可を取ってからするように心がけること。あと、店のドアに入店を知らせる鈴もダメです。意外とあれが気に入らないという人は多いですから。」

「えぇ!でもそれだとお客様の入店に気付かない時もあるんじゃ…」

「そうですね。ですので、ドアの開閉と連動させたライトを客から見えない、カウンターの中や照明付近に隠すようにして配置するといいでしょう」


・季節毎、時間帯毎に室内の温度を変える

喫茶店に来て朝からアイスコーヒーを頼む客はあまりいなく、夏にホットコーヒーを頼む客もそれほど多くない。

朝は室温を少し下げて、ホットコーヒーの匂いと温かさをより際立たせることを意識すると、それだけで客は味わい楽しい時間を過ごしていると思う。

アイスコーヒーが多く出る季節にはあまり室内を冷やしすぎないこともこれと同じ理由からだ。




この他にも多岐に渡るアドバイスを一つ残らずメモに残していくと、およそ30分ほどの相談を終える頃にはその量は相当なものになっていた。

「とりあえず今言ったことを幾つか試してみるといいでしょう。全て成功するとは考えないようにしてください。簡単な物から導入して、効果のあるものの組み合わせを考えるのがよろしいかと」

「はい!ありがとうございます!これで絶対に店を繁盛させて見せます。…あの、それでお代の方はいかほどで…?」

値千金と言っていいほどの質と量のアドバイスをもらって、その価値を思うととても手持ちでは払い切れるとは思えず、一体幾らになるのか少し不安になる麗子に、占い師から告げられたのは意外な言葉だった。


「お代は結構です。そもそも私のアドバイスが成功するかどうかもわからないお客さんからお金を取るのはいささか不公平です」

「えっ、タダでいいってことですか!?でも、すごいためになるお話でしたし、いくらなんでも一円も払わないというのはちょっと…」

「気が引けますか?それでしたら、一つ私の頼みを聞いていただければ…難しい事ではないですよ。ただ、この絵を店内のどこかに飾っていただければそれでいいんです」

そう言って後ろから取り出した40㎝四方の正方形の額縁を麗子に手渡してきた。


「絵ですか?それぐらいなら喜んで。…けど珍しい絵ですね。霧の湖畔でしょうか?」

受け取った絵には全体的に靄がかかったような白が散りばめられ、僅かに下と右側に水と桟橋のような物が描かれているのみだ。

「まあそんなところです。別に目立つところに飾る必要はありませんので、お好きな所へ置いて下さい。ただし、絵を売ったり譲ったりといった話はすべて断って、あなたの店のみで見られるようにしてくださいね」

それだけを言って店仕舞だと言わんばかりにその場を片付け始めた占い師に改めて礼を言って、麗子はその場を後にした。


店に戻ってからは祖父母に話を通して早速アドバイスに則った改装を始める。

とはいっても教えられたことのほとんどは大掛かりな改装を必要としない物ばかりなので、いくつかの設備の配置換えと追加で事足りたのは経営が上手くいっていなかった麗子にはありがたかった。

かくして3日の臨時休業の元、新しく生まれ変わった喫茶店が開店した。








会社が早く終わり、夕食にはまだ早いがおやつ時には少し遅いという微妙な時間帯に暇になってしまった俺は、途中の駅で降りて暇をつぶしてから帰ろうと思い、初めて足を運ぶ商店街をブラブラと後も無く歩いていた。

目的もなく歩いて、何か面白い物でも見つかればと思っていると、不意に挽きたてのコーヒーの香りが鼻先を通り抜けるような感覚に陥った。


ほんのわずかな匂いだったが、確かに嗅いだ匂いにその発生源を何となく追いかけてしまい、微かな匂いに誘われるようにして歩いて行くと、随分と年代を重ねた趣の喫茶店の前にたどり着いた。

商店街の中に溶け込むようにして存在しているが、実にいい具合に時代を経た雰囲気が感じられ、大正モダン風の店先からは先ほど感じたコーヒーの匂いが再び漂ってきた。

換気扇が通り側に向いているから出ているのだろうが、それに誘われてここに来た俺はまんまと店の思惑に載せられてしまったかと苦笑が漏れる。


入り口の横にはメニューの書かれた黒板が下げられており、取り扱っているコーヒー豆の種類がしっかりと書かれており、その日のおすすめまで載せられているのだから用意がいい。

丁度時間もあることだし、この面白い店が少し気になり始めていた俺は早速入り口のドアに手をかけ、ゆっくりと押していく。


意外なことに喫茶店に限らず、大抵の店が取り付けてあるドアベルが存在せず、一歩店内に足を踏み入れた瞬間に静謐な森の中のような空間に一瞬息を呑んでしまった。

さらに驚いたことに、店内に当然の様にあると思われたコーヒーの匂いがほとんど感じられない。

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

「あ…あぁはい」

驚きの連続に足が止まっていると、カウンターにいた女性から声がかかる。

他に給仕がいないことから彼女がこの店の主なのだろう。


とりあえず一人で来たこともあってテーブルを使うのが少し気が引け、カウンターに付くと直ぐに目の前にお冷が置かれた。

「ご注文が決まりましたらお声をおかけください」

簡潔に俺の耳に届く程度の大きさの声でそういうと、軽く礼をしてその場から離れていった。

音楽一つない静寂の中、唯一壁にかかった柱時計が立てる秒針の音だけが響く空間を俺はすっかり気に入ってしまっていた。


コーヒーの良し悪しなど分からないが、昨今の騒がしいコーヒーショップとは一線を画す雰囲気を楽しむ時間が俺にはとても好ましく思える。

コーヒーの種類にはとんと疎い俺にはメニューと睨めっこしてもどれを選んだらいいかわからず、そう言えばと入り口の黒板に書かれていたおすすめのブレンドを頼むことにした。


目の前のカウンター越しに豆を挽く作業をする女性に興味はあったのだが、何となしに店内を見回した時、壁に掛けられていた一枚の絵に目がいく。

ここからは少し離れた場所にある絵なのだが、何故か俺の目をとらえて離さない不思議な魅力があるような気がする。

華美な色使いでも精緻な描写でもない、霧に包まれた湖畔としか言えないその絵に視線をすっかりと盗まれてしまい、店主に声を掛けられるまでしばらく集中してしまった。


「お待たせいたしました。本日のおすすめブレンドでございます」

カウンター越しの伸ばされた手に載せられていたコーヒーカップから立ち上る湯気に乗せられて俺の花にまで届けられた香りに、呆けていた頭は現実に戻され、慌てるようにしてカップを受け取った。


先程店先で嗅いだものとは違う匂いだということぐらいしかわからないが、これもまたいい香りがしている。

香りを楽しみ、一口啜ると何とも言えない香ばしさが口いっぱいに溢れ、次いで訪れた酸味が口の中の苦みと混ざって幾重にも重なった味わいの奔流が口の中で繰り広げられていた。


うまい―何百もの言葉ですら語るに足りない味だが、ただ一言で済ませることで全て納得できる、そんなものがこの世に存在するのかと思い知らされ、ふと思い当たる。

あぁ、俺は今、この空間で飲んだコーヒーだからこそ感動しているのだな、と。


おまけにあの絵を見ながら飲むとまた格別な味わいが増すような気がして、この日の俺は楽園を見つけたような気持ちで家に帰ることが出来たのだった。

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