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Lv.0でニューゲーム(仮)  作者: 槻白倫
第一章 レベルゼロ
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007 校長先生

 朝だ。今日も日陰にとって憂鬱な一日が始まる。


 カーテンを開けて朝日を浴びる。太陽はまだ登り始めた頃で早朝の外からは鳥のさえずる声と、早起きな人の運転する車のエンジン音くらいしか聞こえない。


 外の様子を見ても分かると思うが日陰の朝は早い。


 毎日家族の誰よりも早く起きて朝ご飯を準備する。


 もう習慣になってきているのでこの時間になると自然と体が起きるのだ。自然と起きられるので眠気はなくいつもスッキリとした朝を迎えることができる。日陰は目覚ましいらずなのだ。


 部屋には目覚まし時計が置いてあるには置いてあるのだが、目覚ましの機能を一度も使ったことがない。普通の時計としてベッド脇の小棚に鎮座している。


 一階まで降りてから洗面所で顔を洗い身だしなみを整える。


 それが終わるとキッチンに向かい朝食とお弁当の準備をする。


 慣れた手つきでどんどんと朝食とお弁当を作っていく。


「…ん、日陰ちゃん、おはよう」


 すると、まだ朝も早いのに真月が起きてきた。時計を見るとまだ七時にもなってない。七時半位に起きる真月にしては珍しい。


「おはようございます、まつ姉。今朝は早いんですね」


「…ん」


 日陰がそう言うと、真月は未だ眠いのか半眼を擦りながらこちらにトコトコ歩いてきた。


 日陰はいったん調理の手を止めて冷蔵庫から牛乳を取り出しコップにそそぐと真月に渡す。


「どうぞ」


「…ん、ありがとう」


 真月はお礼を言って牛乳を受け取る。


 毎朝、起きると一杯牛乳を飲むのが真月の習慣なのだ。それが分かっている日陰はすぐさま行動に移したのだ。


「コップは流しに置いておいて下さい」


 そう言うと真月は牛乳を飲みながらコクコクと頷いた。


 それを見ることもせず調理を再開する日陰。と言っても、もう盛り付けだけなのですぐに終わってしまう。


 お弁当を四人分作り終わり風呂敷で包む。


 それが終わると使った調理器具を洗う。カチャカチャと音を立てながら洗っていると、ふと後ろから抱き締められたら。


 急なことで少し驚くも、すぐさま平常に戻る日陰。抱きついてきた相手を日陰は知っているからだ。と言っても、この場面で起きてきているのは真月だけなので、犯人は自然と真月になるのだがそれはさして問題ではない。


 彼女は不安なことがあると日陰に抱きつくという癖のようなものがある。と言うことは、真月は何か不安なことがあるのだろう。


「どうしたんですか、まつ姉?」


 優しい声音を作り日陰は真月に問いかける。


「…無理、すんな…」


「へ?」


 突然言われたその言葉にとぼけた声を出してしまう日陰。


 真月はそんな日陰を気にした風もなく言葉を紡ぐ。


「…昨日は、なんだか、無理、してた…そう、見えた……だから、無理、すんな」


 真月の思いがけない言葉に日陰は戸惑う。


 確かに日陰は無理をしていた。自分がどう考えていても恭子達に対して割り切れない思いもあったし、お風呂で通話した声の事気がかりではあった。


 だが、それを表には出さずに無理やり笑顔を作った。ただでさえ三人には迷惑をかけているのに、これ以上自分の事で迷惑をかけたくはなかった。


 だから、自分が一生懸命作った笑顔を無理してると分かられてしまったことに少なくない驚きを感じていた。


「…私に、頼って良いぞ…弟、なんだから、少しは、甘えろ……」


 そう言うと真月はギュッと抱き締める力を強めた。


「…甘えるのは、弟の、特権、なんだぞ?」


 真月はそう言うが、日陰はこれ以上真月に迷惑をかけたくなかった。いるだけで迷惑をかけてしまっているのに、これ以上甘えるだとかそんなことを考えて良いとは思わなかった。


 だが、日陰のそんな考えを見透かしたかのように真月は言う。


「…弟を、迷惑、だなんて、思う姉は、いないぞ…」


 最後にそれだけ言うと真月は抱き締める手を緩めて日陰から離れた。


 離れた真月に日陰は振り返ることはせずに言った。


「ありがとう、まつ姉…」


 真月はそれに答えることなくキッチンから出て行く。ちらりと横目で真月を見るとその頬には薄く朱色に染まっていた。柄にもないことをしたから恥ずかしいのかもしれない。


 それがなんだかおかしくて一度クスリと笑うと日陰はいつの間にか止まっていた手を動かし、洗い物を再開した。



 ○ ○ ○



 今日も一人で通い慣れた通学路を歩く。


 昨日と同じで桜は満開。いや、昨日より少し少なくなっていると思う。昨日、桜吹雪を大盤振る舞いしたから花びらが減ってしまったのだろう。


 その代わり、地面には桜の花びらがこれでもかと言うほど敷き詰められており、その様子はさながらピンク色の絨毯のようであった。


 ピンク色の絨毯を踏みしめながら歩き、考える。


 結局、日陰は昨日のことを真月に話していない。真月も無理に聞こうとしなかったので話さなかった。


 真月としては話せるようになったら話して欲しいというスタンスで、無理に聞き出すつもりもないのだ。ただ、無理のしすぎは良くない。無理せず、話して欲しいと言うことなのだ。


 上手く隠していたつもりが、無理をしていることがバレてしまった。


(まったく…まつ姉にはかないません…)


 自分の事を気付いてくれたことに嬉しいと思う反面、気づいて欲しくなかったというのもある。


 複雑な心境を抱きながら日陰は敷き詰められたら桜の絨毯を学校へと歩いていった。    


  


 昨日とは違い時間を食うこともなくいつも通り、早い時間に学校に到着した。教室に入ると他の生徒の姿は無く、今日も日陰が一番乗りだった。


 静かな教室に足音を響かせながら自分の席に向かう。


 リュックを机の脇に掛け椅子に座る。リュックから教材を取り出し引き出しに入れる。


 やることが全部終わると、日陰はリュックから文庫本を取り出し読み始める。


 ページをめくる音だけが教室に流れる。


「ほう。朝が早いと報告は受けていたが、まさかこんなに早いとは思っていなかったな」


「ーーっ!?」


 静かな教室に突然聞こえてきた声に日陰は驚き椅子を倒しながら立ち上がり声の方を見る。


 そこには黒のスーツに身を包んだ女性が立っていた。


 黒く艶やかな髪を一本にまとめて縛っている彼女は教室の扉の枠に手を当てて佇んでいた。


「おはよう、陽向日陰君」


 突然名前を呼ばれたが日陰は驚かない。


 急に声をかけられたことには驚いたが、その声の主が彼女だと分かると名前を呼ばれたことに対して驚きはない。


 いや、よく日陰の名前と顔を把握していたなと、感心はするが自分の特異性を思い出し日陰は一人納得をする。


 日陰は彼女を見たことがあった。それに、どういう人かも知っていた。と言うか、この学校に通っている者で彼女を知らない人はいないだろう。   

 

「おはようございます、校長先生」


 彼女はこの学校の校長なのだから。


 日陰をこの学校の特異点として知っていてもおかしくはないのだ。だから、名前を呼ばれたことに対しても驚きはない。


 それに、彼女の素性を知れば全生徒の名前と顔が一致していることなど造作もないと思えてしまう。


 彼女、藤堂瑞穂とうどう みずほは所謂ところの天才と言う奴だ。


 海外の有名大学を首席、しかも飛び級で卒業した彼女。当時の年齢は十四歳だ。今は日陰の一つ上の、十六だ。


 日陰は誕生日が来ていないので十五歳だ。瑞穂も誕生日が来ておらず十六。満月と真月と同い年だと言えば分かりやすいだろう。


 そんな彼女は、頭だけではなくルックスもよくモデルや女優、歌手など様々な面でもその実力を発揮している。まさに多才な彼女は今や日本だけではなく世界中が注目する人物だ。


 そんな今や時の人となっている彼女が、何故こんな学校の校長を務めているのか本当に謎である。  


 校長をやるにしてももっと彼女にあった場所があるに違いないのに。


 そんな感想を抱いていると、瑞穂はコツコツと靴を鳴らして日陰に近付いてくる。


「君の噂はよく耳にするよ。陽向日陰君」


 噂、と言われ思い浮かぶのはただ一つだ。


「レベルゼロ…うん、大変興味深いね」


 やはりその事か。内心で舌打ちをする日陰。勿論、その事はおくびにも出さずに答える。


「校長先生の興味を引くようなものでもないですよ。本当につまらないものですし」


「私はそうは思わない。大変興味深いよ」


 瑞穂は日陰の近くまで来ると隣の机に腰をかける。


「調べてみたところ世界中で称号を持っているのは全部で三人。一人は、『光の御子』だ。これは有名な話だろう?」


 そう言うと瑞穂は指を一つ立てる。


 『光の御子』。それはアメリカの女学生に与えられた称号だ。特殊能力は『能力耐性アンチスキル』だ。これは、様々な特殊能力、通常スキルは彼女に対してなんの役にも立たないと言うものだ。


 これは、パッシブスキルではなく彼女が指定したスキルに対して発動する代物らしい。大変に厄介な特殊能力だ。


 彼女はつい最近にその称号を取得し連日、ニュースで取り上げられていた。彼女の美貌も相まって、『光の女神』なんて呼ばれているらしい。


「ニュースはよく見ますので分かりますよ」 


「事情通で何よりだ。次に二人目。これは、秘匿事項だからあまり知られていないな」


 そんな事を一塊の高校生である日陰に話してしまってもよいのだろうか。そんな疑問が顔に出ていたらしく瑞穂は頷くと言った。


「安心しろ、私が勝手に秘匿しているだけだ。あまり情報は外に漏らしたくないのでな。変なやつに目を付けられても適わん」


 そう言って彼女は二本目の指を上げた。


「『破壊の女神』それが私に付けられた称号だ」


「え!?校長先生も称号持ってたんですか!?」


 これはさしもの日陰も驚きを隠せない。まさかこんな身近に称号持ちがいるとは思ってもいなかった。


「なんか、随分と物騒な称号ですね…」


「そうだろう?だが、私はわりと気に入っている。…そして、最後の一人…」


 そう言ってから彼女は三本目の指を上げた。


「『永遠の"0"』の君だ」


 彼女は立てた指をおろすと足を組む。


「以上の三人が私の知ってる称号持ちさ。いやあ、身近に二人もいるだなんて珍しいね本当に」


 世界に三人しかいない称号持ちが二人もいるのだ。確かに珍しいことなのだろう。だが、称号に誇りも愛着もない日陰にとっては珍しいと言われても微妙なところだった。


「それで、結局僕に何のようなんですか?」


「ああ、すっかり忘れていたよ。なに、昨日外部指導員の九重くのう君がなにやら報告に来てね」


 九重と言う名前に覚えはないが、外部指導員という単語には覚えがあった。


 恐らくはレベリングの時に事情を話した先生のことだろう。


 出ないでも出席扱いにしてくれるとのことだったがその事をわざわざ報告に来てくれたのだろうか?


 だが、そんな甘い考えとは裏腹に瑞穂の言った一言は日陰を甘さから突き離すようなものであった。


「その申し出は却下だ。陽向日陰君」


「え?…な、何でですか?」


「君が嘘をついているからだよ」


 瑞穂の言葉に日陰は理解する。彼女は『永遠の"0"』の仕組みを知っている、と。


「君の称号はレベルは上がらないがステータスが上がらないわけじゃない。中学の頃のステータスと比較させて貰ったからね。これは事実だ」


「いや、そうだとしても、レベルが分からなければ敵と比較しようもないので、僕にはリスクが高すぎるかなと…」


 事実を突き詰められても食い下がる日陰。戦いたくなんてないし、何よりレベリングに参加するとなったらパーティーメンバーは恭子達だ。昨日の今日でそれはやりづらいのだ。


「なに、安心しろ。ステータスを見たところ君は40レベル相当だ。学校近くのダンジョン程度なら安全に戦えよう」


 そう言われ、日陰は観念する。無理だ。相当レベルを言われ、安全性も確保されたとなれば日陰には他に言い分がなくなってしまう。


 瑞穂は日陰の切ってくるカードを見抜き、自分に必要なカードを事前に調査をしていたのだろう。


「それなら…レベリングを僕ソロでやらせて下さい」


 それならばせめてと思いそう進言する。


 レベリングに出るしかないのならばソロでいたほうが気が楽だ。 


 瑞穂は日陰の提案に考えるような仕草を見せると言った。


「なぜだ?」


「みんなに迷惑は……」


 そこまで言って日陰は止めた。ここで嘘をついても仕方がないし、瑞穂にはバレると思ったからだ。


「…居心地の悪いパーティーでレベリングなんて嫌だからです」


「素直でよろしい。ふむ…そうか…」


 やはり瑞穂には日陰のつこうとした嘘が分かっていたようだ。


 瑞穂は手をパシンと叩くと言った。


「うむ、良いだろう。そのくらいなら構わん。それに、君がどういう扱いを受けているのかも知っているからね」


 そう言われ、日陰は安堵すると同時に気づくことが一つあった。いや、気づいたと言うよりはこういう事なのでは?という仮説が頭に思い浮かんだのだ。


 だが、十中八九日陰の考えた事は当たりだろう。


 日陰は答え合わせをするために口を開く。


「校長先生、一つ聞いても良いですか?」


「うむ、良かろう」


「校長先生は僕がこの提案をする事を分かってましたよね?僕の扱われ方を知っていて僕の嘘が分かったのならば、僕が一人の方が良いって事くらい校長先生ならすぐ分かりますよね?」


「うむ、まあ分かってはいたな」


 瑞穂の取り繕うこともせずに肯定する姿にやはりかと思うと同時に少し呆れる。


「それなら何でわざわざ言いに来たんですか?措置だけ伝えればいいじゃないですか?」


 呆れたように聞く日陰に気分を害した様子もなく瑞穂は答える。 


「それは君に会いたかったからさ。同じ称号持ちとしてね」


「…そうですか」


 日陰はその言葉に納得したわけではない。だがそれでも表面上は納得したような顔を見せる。それすら瑞穂にお見通しかもしれないがそれでもそれを崩さない。


「まあ、そう言うとこよ。それじゃあ、私は行くわね」


「え、あ、はい。お疲れさまでした」


 何がお疲れなのか分からないがとりあえずそう言っておいた。


 瑞穂は教室の扉の前まで行くと首だけで振り返る。まだ何かあるのだろうか?


「そう言えば聞き忘れていたが」


「はい」


「どうして、私が事実を隠していた事が分かった?」


 ああ、その事か。それならば簡単なことだ。


「考える仕草が白々しかったです」


「…ふっ、そうか。覚えておこう」


 瑞穂は笑顔でそう言うと今度こそ教室から出ていった。


 日陰は倒したままの椅子を元に戻して座る。何だか朝だというのに疲れてしまった。


 時計を確認するとホームルームまで、まだまだ時間はある。


 読みかけの本を開き読書に戻る。


 窓の外をチラッと見ると、チラホラと登校する生徒が見えてきた。じきに教室も賑やかになっていくだろう。


 教室が五月蝿くなる前に少しでも読書を進めておこうと思い日陰は読みかけの本に意識を集中させた。




 教室を出て校長室に着いた瑞穂は、執務机の椅子に座ると小さく嬌声を上げながら身悶える。


「いいわぁ~彼…」


 頬を朱に染めて身悶える姿は、年相応な恋する女子高生といった感じであった。


「もっと、もっと壊れてくれないかしらぁ…」


 だが、それもこの台詞がなければの話である。


「もっともっと壊れてくれれば、もっともっと愛せるのに…」


 彼女はそう呟くとクルクルと椅子を回す。


 クルクルと回りながら彼女は日陰を思う。


 今よりもっと壊れた彼を想像する。


 想像が終わり目を開く瑞穂。


「絶対に手に入れるわぁ…陽向日陰君っ」


     


 

   




 



 

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