003 パーティー
午前の授業があっと言う間に過ぎ昼休み。退屈な授業も終わりお昼ご飯を食べるためにリュックからお弁当を取り出す。
お弁当は家族全員分日陰の手作りだ。物心ついた時から作っているため今日のメニューは何かなとワクワクしながらお弁当の蓋を開けるという行為を久しくしていない。
なんの感慨も無くお弁当を開けご飯に箸をのばす。
「うわっ、ウマそーな料理だな~」
突如、後ろから誰かが覗き見るような気配と声を感じてピタリと箸が止まる。
日陰は肩越しにこちらのお弁当を覗く人物を見やる。まあ、言わずもがな恭子である。
恭子は興味津々と言った感じで日陰のお弁当を覗き込む。
「あの…」
「ん?ああ、悪い。なんか良い匂いがするからさ、ちょっと気になっちまっただけだ。気にせず食べてくれ」
そう答える恭子の目は未だにお弁当のおかずに釘付けで、その言葉に嘘はないようであった。
美味しそうに見てくれるのは嬉しいのだが見られ続けているとこちらとしては食べにくい。日陰は小さく溜め息をはくと言った。
「良かったらおかず何か食べます?」
「え!?いいの!?」
マジで!?と、とても喜んだ表情をする恭子に日陰は自然と頬が緩む。だが、それに気付くと慌てていつものやる気のなさそうな顔に戻す。
内心では慌てていたが表情には出ていないはずだ。恐る恐る恭子の顔を見やるが、恭子はお弁当のおかずに夢中でこちらには気付いていないようだった。
内心で安堵をする日陰は、日陰の肩越しからお弁当を覗く恭子の顔をまじまじと見つめる。
くすんだ金髪に常時睨んでいるような悪い目つき。それでも、今の恭子の目はお弁当のおかずをキラキラした目で見ていてまるで子供のように純粋な瞳をしていた。
こんな表情もするんだなと日陰は思う。今朝のような不機嫌そうな顔ではなく笑った顔の方が可愛いとも思う。
「なんか、こうやって選ぶのめんどいから、どうせなら一緒に食べよう」
そう言うと恭子は日陰の返事を聞く前に自身の弁当を持って日陰の前の空いた席に座る。どうやら拒否権はないらしい。
ドカッと目の前に座る恭子のお昼はパンやサンドイッチだった。
「いつも、それなんですか?」
「ん?ああ、うち飯作ってくれる人いねーからさ。パンだけだよ」
「そうなんですか」
それだけ話すと日陰は漸くご飯に箸をのばす。
今日のご飯は和食寄りだ。日陰は和洋中どれでも出来るが一番得意なのは和食だ。
生前に母がよく作ってくれたのが和食で、母の味をまた食べたくて自分で再現しようと思って練習したため和食が得意になったのだ。
だが、日陰がどれだけ練習をしても思い出の母の味に近づけることは出来ずにいた。母のレシピ通りに作ってもどうしても再現が出来ない。
それでも料理事態は美味しいのだ。一体何が違うのだろうか。
豚の生姜焼きをつまみ上げ口に運ぶ。我ながらとても上手にできていると思う。だが、やはり何か違うのだ。
「どうした?そんな微妙そうな顔して」
どうやら日陰の考えが顔に出ていたらしい。不思議そうな顔でそう指摘する恭子はひょいっと豚の生姜焼きを指で摘むと口に運ぶ。
「なんだうまいじゃないか。何でそんな微妙そうな顔なんだ?」
とても美味しそうにひょいひょいと摘んでは口に運んでいく恭子。どうやら恭子の口にあったらしい。
美味しそうに食べてくれるのは日陰としては嬉しい。それに、家族以外に日陰の料理を美味しいと言われたのは久しぶりで、とてもこそばゆい。
「…別に、何でもないです」
恭子に家庭のことを話す義理もないだろうと思い誤魔化したのだがその中には幾分かの照れ隠しも混じっている。
「それより、手ではなく箸を使ってください。女の子なんですからお行儀悪くしてはダメです」
「ああ?別に良いじゃねーかよ。それに、箸ねーし」
「僕のを貸しますよ」
日陰はそう言うと自分の箸を渡す。恭子は生姜焼きの汁がついた自分の指をぺろっと舐める。それを見た日陰はポケットからハンカチを取り出し手渡す。
「使ってください」
「ん、悪いな」
恭子は指を拭くと日陰に返す。
「なんだか母親みたいだな」
恭子のその言葉に日陰は自身の顔が引きつるのを自覚する。
「僕ってそんなに母性に溢れてますか?」
「いや、小言が多いし口うるさいから何となく。母性とかは全く感じない」
「そ、そうですか…」
僕は小言が多くて口うるさいのか…。
恭子のストレートな物言いに若干心にダメージを受ける日陰。もうちょっとオブラートに包んで欲しかったなと思いながらも日陰は美味しそうに食べる恭子を見る。
パンとおかずを交互にパクパク食べる恭子はご飯に夢中で日陰が見ていることに気付いていない。
「ん、そう言えば次の授業は《レベリング》だな」
恭子は箸を止めて思い出したようにそう言った。
「レベリング…ですか…」
そう言えばそうだったと苦い顔をする日陰。
レベリング。世界がゲームになってから教育委員会が定めた中高一貫の共通授業だ。その名の通りレベルを上げるための授業だ。
魔王討伐のために少しでも戦力を上げるために中学校と高校に施された処置の内の一つであった。
主に魔王討伐の準備を進めているのは自衛隊などの国防軍だ。二年間の殆どをレベリングに費やしていて、今や国でもトップクラスのレベルの者が多数いるだろう。だが、それでも戦力が足りない時のためにこういった処置が施されているのだ。
「レベリングってどっちでやるのかね?」
「さあ…僕には分かりません。どうせ僕にはどちらにしろ意味ないですし」
この世界がゲームになってから地球には大きな変化が起きた。一番の変化は地球が一回り大きくなったことだろう。それにより表面積が増えその増えたところに新しい大陸や、崩壊世界の大陸が出現した。
新大陸は未踏の地が多く未だに謎が多く残されており各国政府は慎重に調査を進めている。
一方、崩壊世界の大陸はと言えば、お互いに友好的でいようという結論に落ち着いた。新世界になってからの混乱も収まらない内から敵対していてもお互いに疲弊するだけだ。それに、目的は同じなのだからお互いに手を組んだ方がいいだろうと考えたのだ。
まあ、そんな感じで崩壊世界の大陸や新大陸が海洋に出現したというわけだ。ただ、変化が起きたのは海洋だけではなかった。
陸地では、森や山、地下などにダンジョンと呼ばれるものが出現した。ダンジョンではモンスターが闊歩しており、そこでモンスターを狩ってレベリングなどを行っている。
ただ、レベリングは何もモンスターを狩るだけではないのだ。対人戦をしても経験値はもらえるのだ。
つまり恭子は、ダンジョンでレベリングをするか模擬戦をするかを聞いているのだろう。
「ああ、そっか。お前レベルゼロだっけか」
恭子の何気ない言葉に若干苛立つが、恭子も悪気があって言ったのではない事を日陰も分かっているのでさして気にした風もない体を装う。
「ええ、ですからレベリングなんて意味ないんです」
ただ、心ではそう思っていても口が勝手に語気を強めてしまう。
「そっか…」
恭子も自分の思慮の足りなさに気付いたのか目線をしたに下げてバツが悪そうな顔をする。
「…その、ゴメン」
「いいえ。別にいいです」
「そうか、それなら良かった」
恭子はそう言うと箸を日陰に返してくる。
「全部食っちまったからさ。怒られるんじゃないかって冷や冷やしたぜ」
言われお弁当箱を見ると中身は全て空っぽになっており米粒一つ残っていなかった。
どうやらさっきの謝罪はご飯を全て食べてしまったことに対してらしい。その事実に日陰は隠すことなく溜め息一つ吐く。
日陰が溜め息を吐くと恭子は焦ったように手を横に振る。
「ご、ゴメンって!あ、アタシのサンドイッチやるからさ!」
「…どうも」
日陰はその申し出を断ることもなくサンドイッチを受け取る。
日陰の分も恭子が食べてしまったので断ることはしない。日陰も成長期でお腹がペコペコなのだ。
物欲しそうにサンドイッチを見る恭子を無視して貰ったサンドイッチをモソモソと食べながら窓の外を見る。
金本恭子。不思議な人だ。
日陰のレベルゼロを知っても侮蔑の視線を向けることもなければこうして一緒にご飯を食べる。
粗野な外見に似合わず人の体調を心配する優しい性格をしていたり。人の事を思いやれる人かと思ったら日陰にとって嫌なワードを使っても気付かなかったり。
(ああ、そうか…)
心中でそう呟くとチラリと恭子を見やる。サンドイッチを睨むようにして見ていた恭子と目が合う。
目が合うと小首を傾げて「何?」と仕草で訊ねてくる。
(天然何だろうなこの人…)
恭子への評価をそうつけるとモソモソとサンドイッチを食べるのを再開させる。
それからは二人の間に静かな時間だけが過ぎていった。
午後に控えるレベリングを憂鬱に思いながらも、久々の他人との時間を密かに楽しんだ。
○ ○ ○
ダンジョンに向かうための装備を着込み校庭に集まるクラスメート達。
日陰の装備は黒を基調とした物ばかりで暗い印象を与える。この装備は隠密度を上げてくれるため、安全マージンを必要以上にとらなくてはいけない日陰はこの装備を重宝している。
腰には小ぶりな鉈のみを下げており、おおよそ先頭には向かないスタイルであった。
他の皆は両手剣や片手直剣、棍や戦鎚など戦闘向きの装備だ。防具も日陰のやつよりも幾分も良いものを使っていた。
クラスメートとの装備の差に思わず溜め息を吐く。
「なんだか景気悪そうな顔してるな」
「…ええ、お腹が減ってしまいましてね」
「わ、悪かったって!」
隣に立ち声をかけてくる恭子に軽く嫌みを言いながらも、恭子の装備を見て日陰はまた溜め息を吐く。
「な、何だよ…」
「いえ、良い装備だなと思いまして」
「そ、そうか?」
日陰の褒め言葉には心がこもっていないにも関わらず、恭子は少し照れたように自分の装備を見直した。
本心としては恭子との差に愕然としたのを誤魔化しただけなのだが、やはり女子と言うのは服を褒められると嬉しいのだろう。
だが、日陰は良い装備だとは言ったが似合っているとは言っていない。それに気付かず頬を薄く朱に染める恭子はやはり天然なのだろうか。それとも単に頭が弱いだけなのだろうか。付き合いの浅い日陰には良く分からなかった。
「これ手に入れるの大変だったんだ~」
恭子自身の身を包む赤を基調とした服を軽く摘んでそう言った。
「そうなんですか」
誤魔化すために言った言葉なのでさして興味のない日陰は空返事をするが、それに気付かずに恭子はどうやって服を手に入れたかを語っている。
日陰は空返事を繰り返しながらも周りを見る。レベリングは一学年四クラスある内の二クラスで行われる。そのため他クラスの高レベルプレイヤーを確認しているのだ。
全員のレベルを確認し終えると皆の顔色を伺う。皆、高校初のレベリングだと言うことで多少は緊張しているもののやはり二年でだいぶ慣れたものなのか幾分か余裕を持った表情をしている。
ビクビクと怯えているのは日陰くらいだろうか。とも考えていると視界の端、集団より外れたところにいる少女が目に入る。
三つ編みに眼鏡の彼女はいかにも文学少女と言った感じで、その顔には少なくない不安の色を覗かせていた。
そんな彼女に近付く三人の女子生徒。何やら励ましているのか次第に文学少女は笑顔を取り戻していく。
薄くまだまだ弱々しい笑顔であったが励ましに向かった面々も安心したような顔をしていた。
彼女に少なくない親近感を覚えた日陰だったが考えを改めた。友達がいるだけ彼女はましである。
「その時オークキングがグワッと、って聞いてんのか?」
漸く日陰が空返事だということに気づき不満げに肩を小突く恭子。
「ごめんなさい。全然聞いてなかったです」
「はあ?ったく、人の話くらいちゃんと聞いてろよな」
恭子はそうは言うが、そもそも何で恭子は日陰にかまうのだろうか。今朝知り合ったばかりの赤の他人に彼女は何故こうも親しげに話し、側にいるのだろうか。
まったくもって謎で、理由を問いただしてみたくなるが怒られても怖いので素直に謝っておこう。
「ごめんなさい」
「…まあ、良いけどよ」
多少不満げではあったが納得したような恭子。
と、丁度タイミングを見計らったかのように引率の人の話が始まった。教師と言わず引率の人と言ったのは理由がある。
一般の教師には戦闘の技術など無い。そのため国が各校に最低十人の外部指導員を置くことにしているのだ。
外部指導員と言っても皆職業はバラバラ。傭兵であったり軍人であったりとおよそ戦闘職と言うことに置いては同じではあった。
その外部指導員曰わく、八人のパーティーを作りチームごとにレベリングをしてもらうとのことだ。二クラス合同なので八十人。それを八人のパーティーにするとなると全10組のパーティーが出来ることになる。
だが、日陰と組みたい奴なんて果たしているのだろうか?そも、日陰も自分をレベルゼロと侮蔑するような輩とは組みたくはない。
あぶれるて嫌な顔されるくらいならいっそ休んでしまおうか。そう考えているとちょんちょんと肩を叩かれる。叩いた人のおおよその検討をつけながら振り返る。見ると案の定恭子であった。
何でしょう?と目で問いかけると恭子は声を抑えて言ってきた。
「なあ、お前さえよければアタシと組まないか?」
その誘いは日陰にとっては青天の霹靂だった。柄にあわずに素直に驚いていると恭子は顔を若干俯きがちにして言った。俯くときに恭子のポニーテールが揺れた。今更気付いたが、下ろしていた髪をポニーテールにしたらしい。動きやすくするためだろうか?
「その、さ。お昼食っちまったからその詫びと言うか何というか…」
なる程、恭子は日陰のお昼ご飯を食べてしまったことをまだ気にしているらしい。
「いえ、気にしてませんので良いですよ別に。こちらこそよろしくお願いしても良いですか?」
「ああ、勿論!」
恭子は日陰に対して少なくとも悪感情は抱いていない。それを日陰は理解しているので組むことを承諾した。
メンバーが一人決まったところで、外部指導員の話が終わり各々チームを組むようにと言った。
「さて、それじゃあどうします?」
「ああ、実はおまえ以外のメンバーはもう決まってるんだ」
そう言うと恭子はスタスタと歩いていく。その後ろを日陰は雛鳥の如くついて行く。
恭子はある場所に着き立ち止まるとクルリと振り返り日陰に言った。
「こいつらがアタシのパーティーメンバーだ。それじゃあ取りあえずメンバー紹介を…」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
日陰はそう言うと恭子の腕をとりメンバーからす少し離れてこそこそと会話を始める。問題が発生しため作戦会議をするのだ。
「ちょっと聞いてないですよ!」
「え?何が?」
ポカンとした顔をする恭子。本気で日陰がなにを言いたいのかを分かっていないらしい。
「何がって、全員女子だなんて聞いてないですって!」
そう、日陰以外のパーティーメンバー全員が女子だったのだ。確かにパーティーに誘ってもらえるのは嬉しいのだがそれが全員女子となると話は別だ。健全な男子であればハーレムで嬉しいと考えるのだろうが日陰は違う。小心者で人見知りな日陰にはつらいものがある。
「え?でも良いって言ったじゃん」
「そうですけど!それとこれとは話が別です!…誘っていただけて嬉しいんですけど辞退させていただきます」
「辞退してお前どこ行くの?」
「どこって、それは余り物同士で組むしか…」
「余り物ってもういないぞ?ほら」
「へ?」
日陰があたりを見渡すと他の者は全員パーティーを組んでおり余り物など一人もいなかった。決まるのが早いことから元々組むチームを決めていたのだろう。
恭子は日陰の肩をポンと叩くと言った。
「まあ、諦めな」
どうやら恭子の言うとおり諦めるしかないらしい。
日陰は溜め息を吐くとがっくりと肩を落とした。
「…よろしくお願いします…」
「おう、よろしく」
こうして日陰はハーレムパーティーの一員となった。