002 学校
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こそこそと日陰の話しをする周囲を無視して日陰は歩く速度を速めた。無視は出来るが聞いててあまり良いものではない。二年で慣れたと思ったがまだまだ慣れないみたいだ。
少なくとも全員が全員日陰の話をしているわけではないのだが、全く関係のないことを話していても今の日陰には全部日陰への陰口みたいに聞こえてしまう。
早い内に家を出て一人で学校に向かっているのもこれが原因だ。
高校に入学してまだ間もないが、もう既に日陰の称号の事は話題になってしまっている。
あの日あの場所にいた者の誰かが日陰のステータスプレートを見て、それを言いふらしたのだろう事は自明だ。何せ呟くように「レベルゼロ?」と聞こえてきたのだから。呟きたくなる気持ちも分からなくはないがそれでも人のステータスを勝手に見て声を出すのは止めて欲しかった。
まあ、見せる対象を限定してステータスプレートを表示しなかった日陰の注意不足と言うのもあるのだが、あの頃はそんな細かなことは出来るはずもないのだ。こればっかりはいろいろと間が悪かったとしか言いようがない。
ふと、俯きがちだった顔を上げて前を見ると日陰の通う、日野坂高校が見えてきた。
あれから二年。日陰は太陽と満月真月も通う日野坂高校に入学をした。
あの後の中学は謎の事態にもうてんやわんやしてしまい慌ただしい二年間であった。だが、日陰にとってはそれだけではなく、レベルゼロの噂が広まってしまい、親しい友人も少なかった為にほぼボッチ状態であった。
いじめにあっていたと言うわけではないのだが、皆も距離をとりあぐねていてそれで見ているだけに留めていたのだ。それも仕方のないことだろうと日陰は思う。ただでさえ不測の事態なのに、それに合わさりイレギュラーが出てくる。何も分からないのだから触らぬ神に祟りなし、見ているだけに留めた方が良いと考えるのは仕方のないことだ。
それでも、日陰からしたら見るのも止めて放って置いて欲しかった。視線の的になると言うのもあまり気持ちのいいものでもない。
針のむしろな二年間を終え高校に入学。進路も分かれることだしもう針のむしろにならないだろう、そう考えていたが甘かった。
同じ中学から何人かは同じ高校に通う者もいるのでそこから直ぐに噂が広まった。ただ、原因はそれだけではなかった。
高校入学して早々に日陰にとって好ましくない事態が発生する。それは、身体検査ならぬステータス検査であった。こんな事中学の頃にはなかったので先生に聞いてみた。曰く、個々のステータスを管理して魔王討伐に役立つかを政府が検討するために行っているらしい。
管理とは何様だと苛立ったが顔も名前も知らない相手に憤っても疲れるだけだ。日陰は大人しくステータス検査を受けた。だが、そこで事案が発生する。
日陰のステータスを見た教師が呟いてしまったのだ。「レベル…ゼロ?」と。日陰は間抜けな自分を呪った。驚かれることは分かっていたのだから一言最初に担任に相談しておくべきだったのだ。
日陰も新生活という事で浮かれていたのかもしれない。だが、こんな失態を犯すなんてと、情けない自分を殴りたくなったがこのタイミングで自分を殴りつけても噂のネタが一つ増えるだけだ。そう思い日陰は何事もなかったかのようにその場を後にした。
だが、当然その呟きは日陰の後ろの奴にも聞こえてしまい、日陰の噂は布に染み渡る水の如く速やかに広がっていった。
こうして、高校でも針のむしろが決定したのだ。
それからと言うもの教室に入る度に色々な視線を向けられる。好奇、奇異、侮蔑などなど。そのため日陰は朝早くに登校して皆が帰った後に帰宅する。それが習慣になっていた。中学の頃の習慣を高校に入ってまでやりたくはなかったが、今となっては後の祭り。愚鈍な自分を呪うしかない。
まあ、いずれにせよ日陰のレベルがバレるのが速まったと言うだけの話だ。
それは、この世界がゲームになってから目に見えて分かる変化の一つが原因だった。
世界がゲームになって皆が初めに気付く変化。それはプレイヤーとなった人達の頭の上に表示されるようになった逆三角形のカーソルだった。それは、プレイヤーの目にのみ映されるらしく写真や動画には映ることはなかった。
そのカーソルは普段は逆三角形のままだが注意して目を凝らして見るとカーソルが広がり、プレイヤーネームとレベルが表示されるのだ。
そのためひょんな事からバレるというのも可能性としてはあったのだ。だからバレるのが早かっただけ。それだけだ。
「はあ…」
悪いことを考えていても仕方がない。このままでは余計に滅入ってしまうだけだと思い小さく吐息する。
「おーい日陰ー!」
後ろから声をかけられると日陰は、また小さく溜め息を吐いた。
「ちょっと日陰。置いてくなんて酷いよ!」
「…本当、酷い」
両側に並ぶ顔のそっくりな美少女達に文句を言われる日陰。言わずもがな満月と真月である。
彼女達に追いつかれてしまったと言うことは今回も針のむしろは決定であろう。
腕時計を確認すると8時25分。ホームルームの時間が8時40分なので、それなりに登校している人は多いはずだ。
随分と長い間あの場所で止まっていたのだなと思う。次からは物思いに耽るときは場所を選ぼうと、当たり前のようなことを考えてから満月と真月に言葉を返す。
「僕は教室に入る度に好奇の目に晒されるのはごめんなので、早くに登校するっていつも言ってるじゃないですか。二人を待っていたら早く登校できないんです」
「前にも言ったけどさ、そんなの気にしなきゃ良いじゃん」
「…そそ、気にすんな」
「僕は小心者なので無理です」
さり気なく腕を組もうとする満月をするりとかわしそう答える。かわされた満月はと言えば、かわされた事が気に食わないのか頬を膨らませていた。
「何でかわすの?」
「女性がみだりに男性と腕を組むものじゃないです」
「良いじゃない日陰は弟なんだから」
「ダメです」
「む~!ケチんぼ!良いじゃない腕組むぐらい!」
「ダメなものはダメです」
日陰はそう言うとそそくさと歩く速度を速める。それに負けじと満月と真月も付いて来る。
「…最近、連れない。どした?」
「どうもしません。いつも通りです」
「…それは、嘘。なんか、連れない」
「嘘じゃ無いですよ。前と変わりません」
いや、変わってる。自分でもそれは分かってる。何が変えてしまったのかなんて考えるまでもないだろう。
日陰は自身が異端者であることを自覚している。自身が異端者であることを望まずとも彼は異端者であり続けなくてはならない。何がそうさせるのかなんて簡単だ。ステータスが彼を異端者にしている。
彼だって初めの内は称号の欄にある『永遠の"0"』をどうにかしようと試行錯誤を繰り返した。称号を無しに出来ないかどうか。別の称号で上書きできないか。果てには出来ないと分かっていても消しゴムや修正液で消そうともした。それ程までに彼は追いつめられていた。だが、何を試そうともゼロの称号は消えてはくれなかった。
彼も、自身にだけ害悪が被られるのならここまで必死にはならなかったかもしれない。
過去に一度、日陰が変な称号を持っているからお前も持っているんじゃないかと、真月がクラスメートに言われたことがある。普段の言動が不思議ちゃんっぽい所がある真月が、クラスメートには変な称号を持ってそうに見えたのかもしれない。
実際には真月は何の称号も持ってはおらず、ただの一般人であった。だが、そいつはそんなことは知らない。クラスでもトップクラスの美少女であった真月の気を引くために持ち出した本人にとっては他愛のない世間話のつもりだったのかもしれない。
だが、暗にお前も異端者なんじゃないかと変な疑いをかけられた真月は傷ついた。これは、日陰が自身の事を異端者だと言っていたから真月も日陰の事をそう言う者だと認識してしまっていたからだ。
真月は異端者であろうがなんであろうが彼のことを弟として愛していたので異端者として彼を受け入れていた。彼が異端者で無いと言うには彼の称号はあまりにも異質すぎた。だから、真月は彼を異端者として受け入れた。彼が異端者であろうが自分は彼のことを愛しているのだと彼に理解して欲しかったからだ。
ただ、そのクラスメートは違った。日陰の事を話すときにその言葉に嘲りのようなものが混じっていた。彼を異端者として、卑下する対象として受け入れていた。
それが真月にはたまらなく許せなかった。自分の事はどう言われても構わないが、異端であることに苦しんでる日陰を悪く言うのは何があっても許せるものではなかった。
結果、真月はそのクラスメートの頬に思い切り平手打ちをした。
その後は、紆余曲折あり向こうが謝ったことでその場は収まった。だが、それを知った日陰は物凄くゾッとした。
今回は向こうも冷静で話しが通じたから丸く収まったが、向こうが激情家で真月に対して暴力を振るってきたらと考えたのだ。
それ以来、日陰は家族や友人と距離を置くことにした。勝手かもしれないが自分のせいで皆に危害が加わるよりも良いと考えたのだ。
日陰は今もそれらの考えをおくびにも出さずに二人と怪しまれない程度には接する。だが、怪しまれない程度でも満月と真月には気付かれてしまっていた。その事が嬉しくもあり悩ましくもあるのがままならないところだ。
「前と変わらず、二人のこと大好きですから」
だからこそ傷つけたくはない。太陽も満月も真月も大好きな人は皆傷つけたくはないのだ。
「やだもうストレートすぎ!」
「…嬉しいから、困る」
二人は頬を赤くして照れたようにそう答える。
二人はうまい具合に話を逸らされたことに気付いていない。今回もうまい具合に話をそらせることができ密かに安堵する。
気付くともう既に校門は目の前であった。途中で早歩きをしたおかげかそれなりに早い時間に学校に着くことが出来た。
下駄箱で靴を履き替えると満月達と階段で分かれる。
「それじゃあ」
「じゃあね~」
「…ん、バーイバイ」
一年は一階、二年は二階、三年は三階だ。
教室に向かいながら、そう言えば太陽は遅刻はしないで済んだのだろうかと考える。
(まあ、大丈夫でしょう)
そう結論づける頃にはもう教室に着いてしまった。
扉に掛ける手が重い。自分が思っている以上にこの教室は居心地が悪いらしい。
「ねえ」
扉に手をかけたまま固まっていると横から声をかけられる。声の方を向くとそこには女子生徒が立っていた。
くすんだ金髪にピアスや着崩した制服。いかにもやんちゃしてますよと言った風貌の彼女は金井恭子。日陰と同じ1年2組の生徒である。
彼女とは親しい間柄ではないはずなのだがなぜ声をかけられたのだろうか?
「そこに突っ立たれたまんまだと邪魔なんだけど?」
どうやら扉に手をかけたままの日陰が邪魔なようだ。まあ、確かに扉に手をかけたまま固まってる奴は邪魔者以外の何者でもないなと思う。
「ごめんなさい。急に目眩がしてしまって。直ぐ退きますね」
怖いし怒られたくはないので適当に嘘をつく日陰。これでしょうがないと見逃して欲しい。
「は?目眩?大丈夫なん?保健室行く?なんならついて行くけど」
だが、彼女は日陰が適当についた嘘を思いのほか真剣に信じてしまったようだ。
なんだか罪悪感を覚えながらもそれを顔には出さずに答える。
「いや、大丈夫です。ありがとうございます」
それだけ言うと日陰は扉を開けてそそくさと自分の席まで歩いていく。恭子が思いのほか良い人でびっくりした。
いや、思いのほかと思えるほど日陰は恭子の事を知らない。恭子と会話をしたのだってさっきが初めてだ。そもそも日陰は高校に進学してからまともにクラスメートと話しさえしていない。そんな自分が偉そうに思いのほかだなんて言えるわけがない。
日陰はちょっぴり反省しつつ横目で恭子の姿を捜す。だが、どれだけ捜しても恭子の姿は見つからなかった。
(あれ?おかしいな…)
恭子はこのクラスの一員の筈だ。顔も覚えてるし間違い無い。さっきあったしいないなんて事はないはずなのだが、やはり見当たらない。
(トイレでしょうか?)
そう結論づけていると不意に肩をちょんちょんとつつかれる。
このクラスで日陰に声をかける人など珍しい。そもそもこのクラスに友達事態いないので誰も日陰に話しかけると言うことはない。
誰なんだろうと後ろを振り向くとそこには日陰が捜していた恭子がいた。
「おい、本当に大丈夫か?」
「あれ、金井さん。どうしてここに?」
「はあ?アタシは同じクラスだしここもアタシの席だろうが」
恭子はそう言うと椅子にふんぞり返って机をバシバシ叩く。何言ってんだ、と不思議そうな顔をする恭子。
そうは言うがクラスメートと積極的に関わろうとしなかった日陰には誰がどの席に座っているかなど興味もないし、知ろうとも思わなかった。
だからそんなに不思議そうな顔をしないで欲しいのだが、そんな事を知らない恭子には無理な話であろう。
「ごめんなさい。気付きませんでした」
「気付かなかったって…お前なぁ。真後ろだぞアタシ?」
「ごめんなさい」
ひたすら謝る日陰に恭子は若干イライラしながらもそれを抑えて聞いてくる。
「まあいいや。それで?大丈夫なのかよ?」
「何がです?」
「なにがって、だから、目眩したって言ってたろ?本当に大丈夫なのかって聞いてんだよ」
ぶっきらぼうに言い放つ恭子だが心配しているというのは分かる。
親しい間柄の人以外に心配されるのはあまり無いことなので少し居心地の悪い感じがする。
「う、うん。大丈夫です。気にしないでください」
早々に会話を終わらせたい日陰はそう言うと前に向き直ってしまう。前に向き直った日陰に恭子は「そうか」と一言だけ言った。
久し振りにクラスメートと会話をしてしまったことで少しだけ心臓がバクバクする日陰。どうやら二年前より若干人見知りになってしまったらしい。
心臓を落ち着かせていると担任の教師がやってきてホームルームを始めた。
担任の話を聞き流してボーッとする日陰は、そう言えば恭子のレベルが結構高かった事を思い出す。
日陰はこのクラスのレベルを大体把握している。それは強い人にはなるべく近付かないようにするためだ。
レベルゼロの日陰からしたら皆強いだろうと思うが実はそうでもないのだ。
日陰はレベルは上がらないがステータスは上がるのだ。それならレベルゼロでも問題無いのではと思うかもしれないがそんなことは無い。
レベルと言うのは一種の目安だ。強さも表しているが、ゲームをするときは目安として扱う方が多い。
相手のレベルを見て自分のレベルと比較する。そうすることにより自分が適うか適わないかを検討する事が出来る。
だが日陰にはそれが出来ない。ステータスは上がっていてもレベルが上がらなければ目安として扱えないのだ。カーソルではステータスは見れない。そのため日陰は安全な敵と危険な敵の区別が出来ないのだ。いくら安全マージンをとろうとしても安全の範囲が分からなければとりようがないのだ。
だから日陰はレベルを逐一チェックしている。とりあえずは集団でトップのプレイヤーには近付かないようにしているのだ。
日陰は後ろの席にいる柄は悪いが根は良い人そうな恭子のことを考える。
(彼女にも近付かない方が身のためでしょうね)
そんなことを考えていると自分がすっかりこの世界の仕組みに毒されてきたと思う。
レベルで人を計るようになってしまうなんて、随分と情け無くなったものだ。ステータスが人の優劣を分ける世界。勿論、優劣を計るにはそれだけではないだろう。だが、ステータス至上主義が蔓延してきているのは確かだ。このクラスにも少なからずそう言う輩がいる。
(嫌な世界…)
日陰にとって前より確実に生き辛くなった世界に毒づく。だが、生き辛くなったのは恐らく日陰だけだろう。皆はもう既にこの世界に順応している。日陰だけが恐々と周りを警戒して生きている。
生き辛い世界を人知れず呪い日陰は窓の外を退屈そうに眺めた。