001 交わり合わさる
桜が舞い散る道を僕は歩く。
僕の名前は陽向日陰。冗談のような名前だが本名だ。
絶対に交わることのない両者を姓と名に持つ僕は先の通り、桜並木が綺麗な道を歩いている。
今の季節は春。冬の寒さはすっかりなりを潜め、暖かい季節がやってきた。
ふと、歩く足を止めて桜の木を見やる。綺麗に咲いた桜はまるで新しい生活を始める僕らを祝福するかのようにその花弁を春の暖かな風で散らし降り注ぐ。
「桜吹雪…」
ついぽつりと漏らしたその言葉は、今の状況を形容するにぴったりの物だった。
立ち止まる気は無かったが、それでも立ち止まってしまう。それ程までに僕に降る桜吹雪は綺麗だった。
舞い散る花弁が一枚日陰の頬にくっつく。妙にくすぐったい感触に少しビクリとしてしまう。
頬に付いた花弁をはがし、特に何かあったわけではないが何となくジッと眺めた。
こんな日には自然とあの日のことを思い出す。
この世界が、ゲームになった日。現実とゲームが混じり合った日だ。
○ ○ ○
二年前、日陰、中学二年生ーーー
この日も日陰は、それなりに早い時間帯に学校へと向かっていた。通学路には昨年と変わらず桜の花が咲いており新学生や新社会人を祝福するかのようにその鮮やかな花弁を春の暖かな風に揺らしていた。
桜の花びらを一身に浴びながら、日陰は自身の通う水城中学校へと歩を進める。
日陰の両端には日陰と同じデザインの制服に身を包んだ女子生徒がいる。女子生徒と言っても、彼女とか言う浮ついた関係ではない。二人とは同じ血を分けた姉弟だ。
姉二人は双子で、一卵性らしくとてもよく似ていた。
右で嬉しそうに日陰と腕を組んでいるのが、姉の陽向満月。左でボーッとしていて日陰に手を引かれて歩いているのが、妹の陽向真月だ。
彼女達はルックスがとても良いので正に両手に花の状態である。これが身内でなければどれだけ喜んだことか。
「みつ姉ちょっとくっつきすぎです。暑いから離れて下さい」
「え~いいじゃ~ん。減るもんじゃないし~」
「僕の涼しさが減ります」
「変わりに姉から愛を貰えるんだから安いものよ」
このやりとりももう何回繰り返したか分からない。日陰が満月に対して苦言を呈する度に、満月はのらりくらりとかわしてしまう。
先程よりも力強く引っ付く満月に小さく溜め息を漏らすと、今度は左にいる真月の方を見る。
「まつ姉は自分で歩いて下さい。それにボーッとしてると危ないですよ?」
「…見て、日陰ちゃん。蝶々」
進行方向とは明後日の方を向き、ひらひらと飛ぶ蝶を指差す真月。
「まつ姉前向いて歩いてください。転んじゃいますよ?」
「…大丈夫。転ばな…」
「危ない!」
言っている側から転びそうになっている真月を日陰は慌てて抱き寄せて支える。
とりあえず転ばなかったことに安心して一つ息を吐く。
「まつ姉、言ってる側から転びそうになってますよ?」
ちょっと語気を強めにして言う日陰。
「…ナイスセーブ、日陰ちゃん」
だが、グッと親指を立てて言う真月。全然反省していない姿勢に軽く目眩を覚える。
「あー!真月だけ抱き寄せてずるいんだー!ワタシもー!」
「まつ姉は転びそうだったから仕方ないでしょう?」
「それならワタシだって転ぶもん!」
そう言うと日陰から離れ、わざとらしく転ぼうとする。
「あ~れ~転んじゃーー」
「わざとの人は放置します」
「わない!転ばない!」
前に倒れかけた体を踏ん張ることにより支える満月。なんとか体勢を立て直すとキッと日陰を睨む。
「ずるい!不公平不平等!」
「みつ姉は自分で何とか出来るでしょう?今みたいに」
「そう言う事じゃないの!もうっ!これだから日陰は!女心って奴が分かってないな!それにだねーーー」
プリプリ怒りぶつぶつと日陰にたいしての不平不満を話す満月を、とりあえず放置して真月に向き直る日陰。
「で、まつ姉はいつまでそうしているんです?」
「…ん、いつまでも、寄り添うわ」
「歩きにくいんですけど…」
「聞いてるの日陰!?」
無視されていたことに気づいた満月が割り込む。
この三人の登校風景はもう見慣れたもので、周りを歩く水城中の生徒は特に歓心を示すことはない。
いや、歓心を示さないのは女子生徒だけで男子生徒は満月と真月をジロジロと見ている。
女子生徒はと言えば、チョロッと三人の方を見ると少し落胆した表情を見せて前を向いた。その理由はと言うとーー
「お~~い!三人ともちょっと待った~!」
この、三人を止めた人物の不在が原因であった。
彼の人物の声を聞くと今まで落胆の表情をしていた女子生徒の顔をが見る見る喜色に染まり、声の方を振り返る。
それに倣うよりも先に三人は振り返った。
「酷いな三人とも。ちょっと待っててくれてもよかったのに」
追いついた人物は酷いと言いつつも顔は笑顔で、別段酷いとも思っていない。
日陰は彼に半眼を向ける。
「たい兄はずっと寝てるんですもん。置いて行かれて当然です」
日陰がたい兄と呼ぶ彼の名は、陽向太陽。血の繋がった三人の兄だ。そのルックスは美人姉妹に負けず劣らずの美男子っぷりで、周りの女性の目をこれでもかという程釘付けにしている。
その顔には常に笑顔が輝いており、名は体を表すとはよく言ったもので、その笑顔はさながら太陽のようであった。その笑顔は曇ることは滅多になく、今も日陰に爽やかな笑顔を向けている。
「ごめんごめん。朝は弱くてね」
「そう思うなら夜中まで起きてないでちゃんと寝て下さい!まったく…どうせ夜中までゲームしてたんでしょう?」
「いやいや、日陰に勧められたら小説が丁度佳境に入ったところだったんだ。気になって眠るのが遅くなったんだよ」
笑顔でそう言われると勧めた日陰としては嬉しいものがある。
「まったくしょうがないですね。でも、ちゃんと睡眠をとって下さいよ?寝不足で倒れられても困るんですから」
「善処するよ」
「対処をして下さい。…まったく」
呆れたようにそう漏らす日陰に、太陽は苦笑を漏らす。
「日陰はお母さんみたいだな」
「そうそうママンみたい」
「…お母さん、そっくり」
「誰のせいでこういう風になったと思ってるんですかっ!」
日陰の台詞に三人は笑顔で答える。
「たい兄(満月)(真月)のせい」
「あなた達三人です!」
綺麗にそろえて言う三人はそれぞれ違う人物に罪を擦り付けた。その光景に軽く頭痛を覚える。
三人は、ルックスや頭脳、身体能力は全て高い。満月と真月は水城中でも勉強や運動で上位に入っているし、異性からもかなりモテて友達も多い。満月と真月は二人とも美術部に入っている。
太陽も勉強も運動も出来る。部活ではサッカーをしており、部長を勤めていた。そのルックスから女子からの人気も高く真面目な性格だからか教師からの人望も厚い。今は、中学を卒業し水城中より少し先にある高校に進学して高校一年生になっている。因みにその高校を選んだ理由は、家から一番近いから、らしい。
そんな三人の弟であり末っ子である日陰は、頭脳はそこそこ、運動は出来るほう、ルックスは普通のやや女顔、身長は150とそんなに高くない。友人は数えるほどで部活は帰宅部。とどのつまりは平凡だ。
前に友人に『スペックは低くはないので平凡ではない』と言われたが、日陰はそれに対してこう言った。『たい兄達にはスポットライトが当たってるけど僕には当たってないよ』と。聡い友人はそれだけで理解したらしくそれ以降は口を噤んでしまった。
いくら日陰がそれなりに勉強や運動が出来ても彼らのように他人の注目を浴びない。それは、それなりに勉強が出来る人が沢山いるからだ。低くないスペックの者など水城中にもごまんといる。日陰もそのごまんといる内の中の一人だ。
だが、太陽達は違う。彼らはごまんといる内の一人ではない。彼らは有象無象から抜け出しステージに上がりスポットライトを浴びる。彼らは主役なのだ。
主役は周りの目を引きつける。彼らは何をするのか、どうするのか。そう言う興味から自然と他者の視線が集まる。彼らはそう言う存在なのだ。
とまあ、そう言うことで非凡で主役な彼らだが、彼らが観客である皆に見せるかっこいい部分とは違うかっこわるい部分がある。
まず彼らは共通して家事全般が出来ない。食べ物は焦がすし風呂は機械でやっているにも関わらず熱湯になるしトイレは何故か泡だらけになる。もはや壊滅的に家のことが何も出来ない。
次に、個人のことだが、太陽は朝が弱い。起こさないとずっと寝ている。満月は放っておくと直ぐ部屋が汚くなるので定期的に日陰が掃除をしている。真月はボーッとして何をやらかすか分からないので家にいる間中日陰が側にいる。
とまあ、これらの事があるからか日陰は毎日手を焼いていた。
そのため日陰は家事が得意になっていた。いや、得意と言う領域ではない。もはやプロの領域に達していた。この部分だけは日陰は胸を張っている。ただ、それが姉弟に手を焼いて出来るようになったというのが何とも言えないところだ。
そして、彼が家事が得意な理由はまだあった。
それは、家に母親がいないことだ。日陰が小学校6年生の頃に母親は病気でこの世を去ってしまった。
元々病弱で、とても儚げな印象を与える母は物心つきたときにはずっと病院のベッドに体を預けている状態だった。
母が日陰に最後に言った一言は今でも覚えている。
『お兄ちゃん達をお願いね。これは一番しっかりしてる日陰にしか頼めない事なの。だから、お願いね?』
母のその言葉をきっかけに日陰は家事をやるようになった。
そうして一年半あまりが過ぎた今、彼は家事全般はプロと言っても遜色ないほどの腕前になっていた。
口調がちょっと母親っぽいのもそれが原因かもしれない。
母の事と今日に至るまでを思い出しながらも意識は三人に向けている日陰。ちょっと物思いに耽りすぎてしまったため返事が疎かになっていないかと心配になったが、そんな事はないようで安心した。
そのまま姉弟4人で雑談をしながら見慣れた通学路を歩く。
ザザッーーー
すると、どこからかノイズ音が聞こえてきた。
日陰は周りをキョロキョロと見渡す。周りの人は気付いていないのか何事もないかのように歩き続けている。
「どうしたんだ、日陰?」
キョロキョロとあたりを見渡す日陰に不思議そうな顔を向ける太陽。
「いや、どこからかノイズが聞こえてきたんですけど…多分気のーー」
ザザッ、ザーーー
気のせいと言おうとしたところでまたもやノイズ音が聞こえてきた。しかも今度はさっきよりも大きく聞こえてきた。
「今の…何?」
今度は満月にも聞こえたのかそんな声が満月の口から呟かれる。それに、気付いたのは満月だけではないようで真月も太陽も周囲の人も皆一様に首を傾げていた。
ザザッザザザザザザザザッーーー
三度響いたノイズ音は先程よりも大きかった。そして、そのノイズは頭を締め付けるかのような痛みを与えた。
「ぐっ!なんだ…これ…」
「何…これ…」
「…頭…痛い…」
三人とも手で頭を押さえて苦しげな顔を浮かべる。
「ぐっ、くうっ…」
無論日陰も謎の頭痛に苛まれている訳なのだが、そんな中でも冷静に痛みを我慢しながらもあたりを見渡す。
どうやら謎の頭痛に苛まれているのは自分達だけではないようで、周囲の人も苦しそうに頭を押さえていた。
そんな中でも変わらずノイズ音は鳴り響き、次第にその音量を上げていく。
ノイズ音はいつまで続いただろうか。数分にも数十分にも思えた頭痛がスーッと引いていくのが分かった。
痛みで俯いていた顔を上げる。気がつくと散々日陰を苦しめていたであろうノイズ音は響いておらず、静寂だけが朝の通学路を支配していた。
日陰は、はっと我に返り三人の安否を確認する。
「たい兄、みつ姉、まつ姉大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だよ…」
「こっちも何とか…」
「…大丈夫」
どうやら三人とも無事な様子。ホッと胸をなで下ろす日陰は、疑問を口にした。
「それにしても、さっきのは一体…」
『それには私がお答えしよう』
「ーーっ!?」
突然鳴り響く声に驚く4人。周囲の人もざわざわとしていることからこの声が日陰達だけに聞こえてきたわけじゃない事を知る。
『皆は今こう思っているはずだ。さっきのノイズ音は一体何だったんだ、と』
付け加えて言えばお前は誰なんだとも思っているのだが口にはしない。声が言った思ってるはずと言う言葉で、声がこちらの声を聞いているわけではないという事が分かったからだ。あくまで声は予想で喋っているのだろう。その証拠に、
「お前は一体誰なんだ!!」
『さて、さっきのノイズ音はぶっちゃけてしまうと私の仕業だ』
少し離れたところにいた男の質問に答える素振りを見せていない。恐らくは言いたいことだけ言うのだろう。それならば黙って聞いておこう。
声が質問に答えなかったことが不満なのかさっきの男は何やらわめき散らしているが、幸い声が聞こえなくなると言うことはないようだ。
『まずは先程不快な思いをさせてしまったことを詫びよう』
男とも女ともつかぬ声は詫びる意志があるのか無いのか軽い口調でそう言ってきた。
『さて、詫びもすませたことだし説明に入ろうと思う』
やっぱり悪いと思っていないらしい。若干イラッとするもここで癇癪を起こしても何の意味も無いとグッと怒りを押さえ込む。
『さっきのノイズ音はね、世界を融合させた時に響く音だ』
「世界を…融合?」
『いきなりそんなことを言われても理解が追いつかないだろう。そうだね。まずは、世界が融合するに至った経緯を話そう。私はね世界を2つ所有していた。ある日、その片方の世界が崩壊の危機に瀕してしまった。さてどうしようかと悩んだところでね良いことを思いついたんだ。その思いついた良いことがお察しの通り世界の融合さ』
声の突飛な発言に言葉を失う。声の言っていることに頭が追いつかない。頭を整理しようとするも声は整理する時間も与えてはくれず坦々と説明を続ける。
『こっちの世界はまだまだ許容量がいっぱいあったんでね。世界を融合させてもまだまだ容量はバッチリ残ってる。推定でも後二億年は生きてくれると思うよ。因みに、私が例えで使っている世界って言うのは文明を表していて、今君たちが作り上げた文明が費えるまでの時間が二億年って事』
二億年が世界にとって多いのか少ないのかは分からない。だが、それでも日陰が生きる内に無くなるという事は起きないようだ。ひとまず不味いことにはならなそうで安堵する日陰。だが、次の一言で安堵は消え去った。
『ああ、でもね、この世界の寿命はほっとくと縮まる一方だよ』
その言葉に少なくない数の人が動揺する。
『地球でない方の世界では魔王と言うのがいてね。その魔王が世界を滅ぼしかけたんだ。それで二つの世界を融合させる羽目になったんだけど、その時にうっかり魔王もこっちに連れてきちゃったんだよ』
声はドッキリの種明かしをするみたいにそう言う。
世界を壊しかけた災厄がこっちの世界にいるだって?それは絶望以外の何者でもないではないか。
向こうの者がどれほど強いかなんてのは分からない。こちらの武器がどれほど向こうに通用するのかも分からない。
そんな日陰の思考を読み取るかのように声は言葉を紡ぐ。
『まあでも、安心してくれたまえ。今は魔王は眠っているよ。私がそうした。それでもいつまで持つかは分からないがね』
今の地球は時限爆弾を抱えているに等しい。それもタイムリミットが読み取れない陰湿で質の悪いやつを。
『それでだ。私は、突然巻き込まれた君達には大変申し訳なく思っているんだ。だから、一つプレゼントをやろうと思う』
「プレゼント…?」
『私からのプレゼントは一つ。魔王を止めてくれた者には私が何でも一つ願いを叶えてあげよう』
その言葉に周りがにわかにざわつく。
何でも一つと言うのに浮き足立っているのかもしれない。
だが、日陰は決して浮き足立ったりはしない。世界を殺す災厄を自分達がどうこう出来るとは思わないからだ。それを理解している者もいるようで落胆の表情のままの者もいる。
『だが、それだと達成できる者と出来ない者がでてしまう。だから私はこの世界にもう一つのシステムを組み込むことにした』
その一言で落胆の表情をしていた者達も浮き足立つ。
『この世界をゲームのようにした』
「ゲーム…?」
『レベルがありモンスターがあり迷宮がある。誰もが一度は夢見た世界に変えておいたよ。レベルが上がれば非力な君達でも魔王に勝てるやもしれん』
事ここに至って日陰は理解した。
『さあ、レベルを上げろ!!そして戦え!!』
興奮したような声を聞けば分かる。
『英雄になりたくば剣を取れ!!魔法を使え!!』
これはもう一つの世界の救済処置なんかじゃない。
『世界を攻略して魔王を倒せ!!』
声が、神が楽しむための遊戯でしかないのだと。
「そんなの…」
「…日陰ちゃん?」
『お前達の望んだゲームの世界をーー』
「そんなのあなたが楽しみたいだけじゃないですかっ!!」
理不尽な声の言葉に日陰は堪えきれずに声を上げた。
声が提示したプレゼントは『何でも一つと願いを叶えてやる』と言うものだ。誰かが魔王に打ち勝ち世界の崩壊を止めてくれと言えば声ならば止められると言うわけだ。願いとして聞き受けられるのならば、こんな回りくどいことをしなくても自分で崩壊を止められたはずなのだ。
それなのに声はこんな事をした。それはつまりこの状況こそが声の目的に他なら無かった。
そんな理不尽な展開に怒りを覚えた日陰は声を上げたのだ。
聞こえない。意味はないと分かっていても叫ばずにはいられなかった。
『…』
だが、今まで一人独白を続けてきた声がぴたりと止まった。
『ふ、ふふ。フハハハハハハハハハハハッ!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!』
そして堪えきれないと言うかのように声を上げて笑った。
突然のことに困惑する日陰。皆もぽかんとした表情をしている。
『そう、そうだよ。そうだとも。私が楽しみたいだけだ』
「ーーっ!?」
自身の叫びに返事を返され驚く日陰。太陽達も今までの独白を止め会話をする声に驚きを隠せないでいた。
『私が君達の作り出す英雄譚が見たいだけだよ』
「何のために…」
『さて、お喋りが過ぎたかな。それでは私は消えるとしよう』
声は日陰の呟きとも問いとも取れる物に返事をせず再び独白に戻った。
『さあ!!この世界を!!楽しみたまえ!!』
最後のしめと言わんばかりに声高らかにそう告げる。
『あ、それと、ステータスを確認したかったら念じれば出るよ』
付け足しとばかりに声はそう言うと今度こそ声を発する事はなかった。
暫くは唖然としていたが、遠くから聞こえるチャイムの音に我に返る日陰。完全に遅刻なのだが、今は焦りよりも混乱が先に出てしまい歩けずにいた。
少し離れたところから「うおっ!」と言う驚いたような声が聞こえそちらを見ると、声を上げたとおぼしき男の前に何やら白い板のような物が出てきていた。
「あっ」
次に太陽が驚いたような声を上げたので太陽の方を見やると、太陽の前にも男と同様に白い板のような物が出てきていた。
「…たい兄、それ何です?」
「どうやらステータスプレートみたいだね…」
声が言っていたステータスを見る方法とはこれのことのようだった。
今は少しでも情報を集めるのが先決だと思い日陰は太陽のステータスプレートを覗き込んでみたが一面真っ白で何も書かれていなかった。
「何にも書かれてないですよ?」
「えっ?そんな事は無いぞ。ほら、ここに俺のレベルが書かれてる」
太陽はそう言って指を指すがやはりそこには何も映っていなかった。
「やっぱり見えませんよ?」
「…自分以外に見えないとかか?」
そう言うと太陽は考えるような仕草を見せると次第にスウッとプレートに文字が浮かび上がってきた。
「あ、見えました」
「おっ、やっぱりか。どうやら見せたい相手に見せることも出来るみたいだね。それ以外の時は自分にしか見えないみたいだ」
映し出された太陽のステータスを見てみる。
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名前 陽向 太陽 Lv.1
種族 人間
性別 男
職業 一般人Lv.1
称号 なし
HP 150
MP 120
筋力 17
俊敏 18
集中力 14
魔力 15
特殊能力 なし
所持金 0 M
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表示されたステータスを見るが日陰にはこれが劣っているのか優っているのかは分からない。
見比べれば分かりやすいだろうかと思い日陰もステータスプレートを出現させる。
そこに映っていた自身のステータスを見て日陰は絶句した。日陰のステータスにはーーー
○ ○ ○
周りの雑踏が多くなりふと我に返ると、先程までは一人だったのだが、周りに人が増えてきた。皆、日陰と同じ格好をしている。まあ、学校の制服なのだから同じになるのも当たり前なのだ。
日陰は若干焦りながら歩を進めた。
別に遅刻を心配したわけでは無い。時間はかなり余裕がある。学校についてもホームルームまで20分くらいは時間が出来るだろうくらいには余裕がある。
それでも早足になってしまうのは理由があった。
「なあ、あれ零じゃないか?」
「えっ?あの噂の?」
「ああ、俺見たから知ってるよ。あいつが零で間違い無い」
「うっそ、本当にいたんだ~」
周囲の者の話し声が聞こえてくる。
日陰は知っている。『零』と言うのが別称で蔑称であることを。誰を揶揄しているのかも知っている。
「それじゃあ、あれが陽向兄弟のレベルゼロで間違い無いんだ」
思慮も思いやりも無いその言葉に辟易する日陰。
そう、あの頃日陰のステータスに表記されていたのは以下の通りだ。
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名前 陽向日陰 Lv.0
種族 人間
性別 男
職業 一般人Lv.0
称号 永遠の"0″
筋力 10
俊敏 11
集中力 17
魔力 11
特殊能力 なし
所持金 0 M
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そう、日陰のレベルはゼロ。それも称号にある通り一生上がることは無い。
正しく永遠のゼロであった。