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Lv.0でニューゲーム(仮)  作者: 槻白倫
第一章 レベルゼロ
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009 気まずい関係

 内心で舌打ちをする日陰。今一番会いたく無い人達に会ってしまった。


 日陰は取りあえず鉈を腰に納める。一応敵では無い、かと言って味方でもないが、それでも級友に対して刃を向けると言う行為自体が彼の良心に咎められたのだ。


 納刀する日陰を見て安堵の表情を浮かべる恭子。


 それはそうであろう。いくら気まずい関係のクラスメートだろうとまさか刃を向けられるほど嫌われているなんて思っていない。なのに刃を向けられれば誰であっても焦る。


 だがそれも向こうが警戒のしすぎで刃を向けたのだと分かり安堵する。


 いったん安堵したことで落ち着きを取り戻し恭子は声をかけ直した。


「あ、あのっ、陽向…って、ちょっと待てって!」


 恭子の呼び掛けを無視して踵を返して歩き出す日陰。納刀はしたがなれ合うつもりなどいっさい無いのだ。


「待てって陽向っ!」


 再度の呼び掛けにも応じず歩く日陰。


「待てって!」


 肩を掴まれ漸く止まる日陰。


 だが、振り返ることはしない。


「なんですか?」


「いや、その…なんだ…」


「早くしてくれませんか?時間がもったいないです」


 日陰は早く入り口までたどり着かなくてはいけないのだ。こんな所で時間を食っている場合ではない。


 この年で迷子の捜索なんて絶対にゴメンだ。


「その…良かったら…一緒に攻略しないか?」


 恭子は昨日の事もあったので、かなり勇気を出して言った。だが、その勇気を日陰はばっさりと切り捨てた。


「お断りします」


 そう言うと日陰は恭子の手をふりほどき歩き出す。


 恭子は慌てて日陰を追い引き止める。


「待てって!一人じゃ危険だろ?!一緒にいた方が安全だ!」


「このダンジョンくらいなら僕のステータスでも安全だと校長先生は仰ってました。なので心配には及びません。わざわざありがとうございます」


 日陰はまた手をふりほどき歩き出す。


 それを追う恭子。


「だからって一人は危険だろ!ワタシ達と一緒にーー」


「いい加減にして下さい」


 日陰はそこで初めて振り返る。


 だがそれは恭子の望んだ形などではなかった。


「僕は一人で大丈夫だと言ったんです。優しさも押し付けがましいと害悪です。覚えて置いて下さい」


 日陰はそれだけ言うと踵を返して歩き出す。


 恭子は日陰の言葉に呆然と立ち尽くしてしまう。


 そこで見かねた豊が日陰に呼び掛ける。


「ちょっと待って陽向君」


 豊の呼び掛けに陽向がピタリと止まる。陽向もまさか豊が口を挟むとは思っていなかったのだ。口を挟むにしても気の強そうな美波やリリスあたりだと思っていた。そのため思わぬ事態に足を止めてしまったのだ。        


 首だけで振り返り日陰は目で続きを促す。


「陽向君。さっきの害悪って言葉だけは訂正して貰っても良い?」


「…理由を聞きましょうか」


「恭子ちゃんが、あなたの事を思って言った言葉なのよ?それを害悪と言われると友達として口を出したくなるのは同然じゃない?」


 豊にそう言われ日陰は口をつぐむ。


 チラリと恭子を見ると微かに目が潤んでいた。これは少し言い過ぎたのかもしれない。言い過ぎたかもしれないが、それで納得する日陰ではなかった。


「へえ…友人の他人を罵倒する言葉には口を挟まないで、友人が罵倒されたときは口を挟むんですか…そうですか」


「ーーっ!」


 日陰の言葉にバツが悪そうな顔をする豊。


 他のメンバーもバツが悪そうな顔をしている。


 ただ一人置いてけぼりを食らっている外部指導員の人だけがおろおろとしている。


「言いたいことはそれだけですか?それでは」


 日陰はそう言い捨てると踵を返す。


「え、ええっとええっと、あ~~、ひ、陽向君!!」


 焦ったような声でそう呼び止められる日陰はまたピタリと止まってしまう。


 この声は聞いたことがなかったのだ。七人の誰とも該当しない声の人物にあたりを付けた日陰はまたもや首だけで振り返る。


「何でしょう?」


 めんどくさそうな声音で日陰に問われた女性。外部指導員の一人である彼女はおろおろとした様子で答える。


「が、外部指導員の鈴本加奈すずもと かなです!よ、よろしくお願いします!」


 そう言うと加奈は頭を下げた。      


「ど、どうも…」


 呆気にとられながらも頭を下げる日陰。恭子達も呆気にとられる。


「え、ええとですね。ひ、一人では危ないですし、ここは私達と一緒に行動しませんか?」


「さっきも言いましたが、お断りします」


「ど、どうして」


「それは鈴本さんには関係のない事なので」


「え、えっと、でもですね?」


「でも、なんですか?」


 少し冷たい感じで聞き返す日陰。正直時間をとられてイライラしていたのだ。


 日陰の冷たい視線に更におろおろする加奈。


「ええええええええええっと」


 壊れたラジオみたいだなとどうでも言い感想を抱く日陰。だが、加奈の次の一言はかなり衝撃的なものであり、そんなどうでも良いことを思っていた日陰には驚きを隠すことはできなかった。   


「わ、私達に着いてきて下さい!!こ、こここれは外部指導員としての、め、命令、ですっ!!」


「は?」


 思わずすっとぼけた声を出してしまう。


 加奈はその声をどう受け取ったのか、無い胸を張りふすんと鼻息を荒くしていった。


「が、外部指導員としての安全上危険があったときの絶対権限ですっ!なので、つ、着いてきて下さいっ!」


「いやお断りしますよ」


「ふえっ!?」


 決まった、と言う顔をしていた加奈は日陰の変わらずの拒否の姿勢に素っ頓狂な声を上げてしまう。


「な、何でですかぁ!」


 若干涙目になりつつ加奈はそう言う。


 泣かれても面倒だなと思いつつ日陰は加奈の問いに答える。


「いや、僕は校長先生から直々に単独行動を許可されたんですよ?それをいくら現場の判断が大切とは言え、特に危険もないときに言った鈴本さんの命令とどっちらが優先順位が上かと言われたら、やっぱり校長先生の許可してくれた単独行動の方が上ですよ」


「そ、そんなぁ…」


 日陰がそう畳み掛けると加奈はヒックヒックと泣き出してしまう。


 何ともいえない空気が九人の間に流れる。


 すると急に日陰の背中に悪寒が走る。


 日陰は慌てて前に跳んで回避行動をとる。


 すると、数瞬後に日陰のいた所を何かが通過する風切り音が鳴る。


 冷や汗をかきつつ受け身をとりすぐさま立ち上がり鉈を構える。


 そこにいたのは全長二メートルもあろう猪の頭をもった亜人がいた。


「オーク…ッ!」


 日陰が構えたのを見て恭子達も構える。恭子達は周りを確認するがどうやらオークはこの一体だけらしかった。


「陽向君下がりなさいッ!私達で倒しますッ!!」


 はぐれのオーク一体程度ならこの面子でかなりの余裕を持って倒せる。だが、オークと一番距離が近いのがこの中で最弱であろう日陰だった。


 美波が切羽詰まったような声で退避行動をとるように言うが、日陰は逃げない。否、逃げられないのだ。


 オークの得物は長物の刀だ。長さは約百五十センチ。もし仮に日陰が回避するならば、攻撃圏内を外れるより早くオークの刀は日陰の肉を切り裂くだろう。


 さっき聞こえた風切り音でそれくらいは予想ができた。さっき避けられたのも奇跡に近いのだ。


「グモオッ!!」


 オークが刀を振り上げ日陰を殺そうと振り下ろす。


「陽向ぁッ!!」


 恭子の悲痛な叫び声が響き渡る。


 だが、彼女が悲痛な叫び声を上げて最悪をイメージするもそれは杞憂に終わった。  


「ふっ!」


 日陰は真上から振り下ろされた斬撃を紙一重で避ける。いくら斬撃が早かろうと振り下ろすタイミング、振り下ろされる剣の軌道が見えているのならば避けることは容易いのだ。


 避けられ空を切った刀は地面にめり込み簡単に抜けるような状態ではなく、オークは追撃を出せる状況ではなくなった。


 日陰は右足を刀の峰に乗せ跳躍する。わざわざ刀の峰に足を乗せたのは刀をより深く地面にめり込ませて少しでも安全に事を成すためだ。


 跳びながら日陰は右手の鉈をオークの首にめり込ませる。完全に切り裂くことはできずに鉈は首の肉に挟まったままだがそれはそれで良い。


 左足で壁を蹴りクルンと上下逆さまになりながらオークの上を越える。越えると同時に右手の鉈に力を込めて体が回る方向に引き続ける。


 着地すると同時に鉈を思い切り振り下ろす。


 するとオークの首がボトリと地面に落ち首の切断面から鮮血が噴き出す。

 

 血が噴き出す前にその場から飛び退いた日陰であったが少し血を被ってしまった。その事に眉を寄せる。


 鉈の血を払うと腰に納める。


 ウィンドウが表示され金やら素材やらがアイテムボックスに収納される。


 ふぅ、と一つ息を吐く日陰。


「ひ、陽向…」


 すると背後から呼びかけられ反射的に振り返る。


 振り返った直後、ガッと肩を掴まれる。


「へ?」


 とぼけた声を上げたのも束の間。グワングワンと思い切り前後に揺すられる日陰。


「陽向ぁ!!心配したぞ!!斬られたと思ったぞ、死んじゃったと思ったぞ!!」


 混乱する中涙混じりにそう言う恭子の声が聞こえ、これをやっている犯人が恭子だと知る。


「あわわわわわわっ」


 日陰よりも高ステータスの恭子に折れるんじゃないかというくらい揺らされる。   

 

 それになんだか背中がズキリと痛い。衝撃が背骨にまで響いているのかもしれない。


「い、痛いですっ。止めて下さいっ」


「お、おおおう。す、すまん…」


 必死にお願いすると恭子は我に返って揺するのを止めてくれた。


 止めてくれたことに小さく息を吐き安堵する。


 背中がまだズキズキと痛むが、まあ、心配してくれてのことだから許そうではないか。


「おい、本当に大丈夫か?怪我とかしてないよな?痛いところとかもないよな?」


 強いて言うならば背中が痛いがそれを言うのも野暮と言うものだろう。それにこれ以上関わるのも面倒であった。


「大丈夫ですよ。特に怪我をしたわけではありませんのでーー」


「やっと見つけた」


 日陰の言葉を遮り背後から届く声。


 若干驚きつつも軽く振り返る。後ろに立っていたのはダンジョン入り口で待機していた金髪のお姉さんであった。


「あれ?ミリーちゃん?どうしたの?ミリーちゃんは入り口で待機の筈だけど?」


 突然現れた彼女に、軽く動揺している加奈以外の面々。


 加奈にミリーと呼ばれた彼女は親しげに話しかける加奈にもダンジョン入り口で見たのと変わらない冷たい表情で答えた。


「そこの彼に用があったのよ」


「彼?彼って、陽向君?」


「名前なんて知らないわ。初対面だし」


「そうなの。それで、用ってなに?」


「彼、マッピングしてる様子無かったから気になって探していたのよ」


「え?そうなの陽向君?」


 ミリーの冷たい表情に普段と変わらないおっとりした表情で話しているので冷たい表情がミリーのデフォルトなんだなと考えていた日陰は、急に話をこちらに振られて若干焦りながらも答える。


「えっと…マッピングなんて出来るんですか…?」


 日陰の答えに二人は呆れたような顔をする。


「陽向君…君、そんなことも知らないでダンジョンに入ったの?」


 そんなこと言われても知らない物は知らないのだ。初じめてのダンジョン攻略な日陰はそんな便利な機能を知っているわけがない。


「だ、ダンジョンは初めてだから知らなかったんです」


「中学の頃とかに入らなかったのか?」


「厄介者のレベルゼロをダンジョンに入れたいなんて学校も思いませんよ」


「そうか。確かにな…」  


 納得したような表情を見せるミリーと、ちょっと申し訳無さそうにしながらも納得の表情を見せる加奈。 


 日陰としては嫌なことを聞いてしまったみたいな顔をされるよりも、ミリーのようにただ納得の表情だけを見せてくれた方が好ましい。


 別に日陰は同情してもらいたいだとか思って言った訳ではない。ただの事実として言っただけに過ぎないのだ。同情されると逆に不愉快である。


 若干ムスッとした表情を見せる日陰に美波が問う。


「ねえ陽向君」


「何でしょう?」


「道も分からない貴方のどこが安全だったの?」


「……」


 思わず黙ってしまう日陰。


 それはそうだ。日陰は帰る道が分からない。すなわち行く道行く道すべて当てずっぽうか朧気な記憶を頼りに進まなくてはいけない。


 進んだ先にはトラップや集団で固まる敵に遭遇するかもしれないのだ。そんな日陰が安全なわけがなかった。


 美波の言い分はごもっともでぐうの音も出ないほど正論である。


 日陰はここで登場したミリーを恨んだ。登場するなら彼女達に接触する前か、彼女達から離れた後にしていただきたかった。


 恨みがましくミリーを見るが逆に冷たい目で見返され慌てて顔を背ける日陰。


 何で自分の周りにはこうも目つきの悪い人しかいないのだろうか?


 そんなどうでも良いことを考える日陰に、痺れを切らした美波が口を開く。


「黙ってないでどうにか言ってみなさい。言い返すだけのそれなりの理由があるのならね」


「そうよ、言ってみなさいよ!迷子の迷子の陽向くん?」


 自分が優勢だと知ると強気に出るリリスにイラッとする日陰。


 今日は苛立つことばかりだなとここに来て思う。


 ゆっくりと食事が出来る場所を失い、胡散臭い校長に目を付けられ、ダンジョンでは迷子になり、そして絡んでくる彼女達。


 それにまだ背中も痛いしリリスの高圧的な態度も人をバカにしたような態度も気に食わない。


「黙ってないでなんとか言ったらどうなの?」


「都合の悪いときだけ黙ってるんじゃないわよ!」


 それはお前だろうが!と本気でツッコみたい。だが、それを言ったら余計に面倒なことになるのは分かっている。


 だが、それでももう我慢の限界であった。


「なんとか言ったらーー」


「黙れよ…」


 日陰の物とは思えない暗く冷たい声に思わずたじろぐリリス。恭子も他の面々も目を見開いて驚いている。


「僕の揚げ足取ってそんなに楽しいか?」


「な、何を…」


「僕の揚げ足取ってそんなに楽しいかって聞いてるんだよ。どうだ?楽しいか?」


 普段と口調も違う日陰。暗く冷たく人を責めるような声音。


「おい、聞いているのか?どうだ?楽しいかって聞いてるんだ?答えろよ?」


 ゆっくりとリリスに近づく日陰。少し頭痛がするが気にせず歩く。


 リリスは微かに涙目になりながらも未だ気丈に振る舞う。


「さ、先に聞いたのはワタシよっ!答えるなら、あ、貴方が先の筈よ!」


「ああそうだね悪かった。そうだね。僕は安全ではなかったね。はい、僕は答えたよ?これで君の番だ」


「うっ…」


「どうした?僕が答えるなら答えてくれるんじゃなかったのか?」


「ううっ…」


 日陰の問いかけについに泣き出してしまうリリス。


 それにめんどくさそうな顔をする日陰。


「泣いてちゃ分からないだろう?泣いてないでしっかり答え……」   


 そこまで言って日陰は止まる。


 今まで微かに感じていた頭痛が酷くなっていく。


「うっ…くっ…!」


 頭を押さえてうずくまる。


「お、おい!どうした?!」


 急にうずくまった日陰に慌てて近付いてくる恭子。


 だが、そんなことを気にする余裕も無いほど激しい頭痛が日陰を襲う。


「うっ……あぁ……」


 遂には倒れてしまう日陰。


「お、おい!陽向!陽向っ!!」


 徐々に薄れゆく意識の中恭子の悲痛な声が聞こえる。他にも誰かが何かを言っているような声は聞こえるが言葉を理解できない。


 日陰は、聞こえる声を理解する事を放棄して意識を手放した。



        





  

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