よみがえる伝説の国
今後連載作品にする可能性もあるので、とりあえず連載としておきます。ただし、場合によっては単発で終わるかもしれないので、悪しからず。
「ジャップめ!」
そのアメリカ兵は、変わり果てたホイラー陸軍基地を見て吐き捨てた。つい数時間前まで、ハワイ防衛の要の一つの基地である広大な飛行場は、今やそこかしこから煙が立ち昇り、かつて戦闘機だったものが燃えるスクラップ置き場に転じていた。
1941年12月7日早朝、突如として来襲した日本軍機はホイラー陸軍飛行場をはじめ、ヒッカム、エヴァと言った各陸海軍の飛行場、そして太平洋艦隊の拠点であるパール・ハーバーを叩きに叩いた。
いきなりの奇襲であったがために、迎撃機の発進も対空砲火の発射も遅れ、甚大な被害が発生していた。
日本軍の攻撃は二派に渡り、暴風雨のごとくオアフ島を荒らしまわっていった。一体どれだけの被害が出たのかわかったものではない。
「おら!ボサッとしてないで、負傷者を収容しろ!消火を手伝ってガレキを片付けろ!戦争はもう始まってるんだぞ!」
生き残った下士官が捲くし立てている。
奇襲に呆然とし、あるいはただ怒りのまま憤っていた兵士たちに多少の冷静さが戻り、彼らは命令のとおりに動き始める。空襲によって負傷した将兵の搬送と手当て、まだ燃えている残骸を消火し、その後片付けに入り始める。
その時、彼らの耳にエンジンとプロペラの音が聞こえてきた。
「何だ!?」
「ジャップがまた来たのか!?」
「いや、味方の救援じゃないか?」
兵士たちが口々に話し合っている間に、真珠湾の方から対空砲火の発砲音が響いてきた。
「敵襲だ!ジャップがまた来やがった!」
「対空戦闘!」
「それ以外の者は退避しろ!」
兵士たちが再びの襲撃に右往左往している間に、真珠湾の方からは地鳴りのような爆弾の着弾音が伝わり、さらに前にも増して激しい黒煙が立ち昇り始めた。
そして、爆音の主たちがホイラー基地にも襲い掛かってきた。
「撃て撃て!奴らを叩き落せ!!」
残っていた対空銃座や対空砲が次々と火を吐き、弾幕を浴びせかける。しかし、当たらない。生き残っていたそれらの数は少ないために、有効な弾幕を形成できない。
いや、それだけじゃない。
「速いぞ!」
先ほど襲ってきた未確認の新型戦闘機(零戦)も高速だったが、接近してくる機体はそれよりも速そうだ。そして、その主翼の下からチカチカと何かが光った。
「当たったのか?」
と見ていた兵士は思ったが、直後白煙を引いた何かが自分に猛烈な速度で向かってきた。そしてそれが点から円筒形の物体になった次の瞬間、凄まじい衝撃と轟音と共に兵士の意識は暗転していた。
「ロケット弾だ!」
味方の銃座が白い尾を引いた飛翔体に破壊された瞬間を見ていた士官は、その光景に目を剥いた。ロケット弾は既にソ連軍などで使用されている例はあるが、日本軍が使用しているなど聞いたことがない。
彼は慌てて今攻撃してきた「日本機」を見つめた。朝から来襲した日本機は、噂にあるような欧米の機体を猿真似したとは思えないスマートで、高性能な機体であったが、少なくとも戦闘機を除けば機種識別表で見覚えのある機体だった。
しかし今上空を乱舞している機体は明らかに違う。スマートな印象は同じだが、それと共に無骨、いや力強い印象を受ける。最近ナチスが投入したと言うFw190や、ニュース映画で見たJu87「スツーカ」を思わせる。
「奴らは一体」
その時。
「中尉!伏せて!」
兵士の叫びを聞き、咄嗟に伏せると、上空を敵機が通過する。体を伏せながらも、頭を少しばかり上げて敵機の姿を見る。ほんの一瞬だ。だが、その一瞬の間に彼の視線に入ったのは、主翼下面に描かれた蒼い円と黄金のドラゴンらしき生き物を象った国籍マーク。
「ムウ」
その呟きは、敵機の爆音の中に消えた。
この日、三回目の空襲で真珠湾は壊滅的打撃を受けた。無事であった重油タンクがこの空襲で根こそぎ破壊され、そこから流れ出した重油は周囲の土地や、真珠湾に流れ込んで行った。
ハワイ南東250海里の海域を高速で驀進する艦隊の姿があった。蒼地に黄金の龍を象った紋章と錨を組み合わせた軍艦旗を棚引かせている艦艇は、先ほど真珠湾を襲った日本海軍のものでも、布哇の主である米海軍のものでもなかった。
艦隊は見事な輪陣形を構成し、その中心部には左舷側に張り出した特徴的な飛行甲板を有する中型空母が4隻。さらに連装砲塔を2基ずつ前後に搭載したスマートな戦艦らしき艦に、無数の中口径砲塔とロケットの発射機らしきものを搭載した巡洋艦。小口径砲と魚雷発射管、機銃をバランスよく搭載して小柄ながら存在感を見せ付ける駆逐艦。
総計30隻あまりの堂々の機動部隊。ムウ帝国の誇る同国唯一の機動戦力、第一航空攻撃艦隊の勇姿である。
旗艦である巡洋戦艦「アマニクウ一世」(再建ムウ帝国初代皇帝の名)の艦橋では、艦隊司令官であるラーメ・ヘルカイニ海軍中将が、眼前に広がる大海原に目をやっていた。
そんな彼の元に、布哇へ向かった攻撃隊よりの報告が入る。
「提督、攻撃隊より入電。攻撃成功。真珠湾の燃料タンクならびにドックに壊滅的打撃を確認。また敵飛行場の残存戦力も掃討完了とのことです」
通信参謀の報告に、老練な提督は小さく頷いた。
「……作戦を予定通り遂行せよ」
その言葉は事務的な、淡々としたものであった。しかし、そばに立つ参謀長のアーレ・カルニム海軍少将は、提督の口元がほんの僅かではあるが、緩んだのがわかった。そして、普段は寡黙で表情を見せないヘルカイニが喜ぶのも仕方がないと思った。
ムウ帝国。それはかつて太平洋に存在した大大陸国家の末裔たちである。伝説によれば、かつてムウ帝国は現在のミッドウェーやハワイ、イースター島、そしてマリアナ諸島などを包括する巨大な大陸全てを統治しており、その技術力も凄まじい物があったという。
しかし、今からおよそ2000年以上前、突如として発生した大変動により大陸の大部分は水没、現在の帝国領と布哇などの諸島の一部を残して、尽くが海に没した。ムウの人々は、これを『神の怒り』と呼んでいる。
この大変動後、ムウ帝国はなんとか存続したものの、国土と人口の多くを喪ったために、かつての栄光は完全に消え去ってしまった。
その後約1900年間、ムウ帝国は諸外国との関係ももたず、北太平洋でひっそりと生きてきた。彼らと接触する者と言えば、時折太平洋上を漂流して偶然流れ着いた日本人を初めとする少数の人々であった。
こうしたムウの内向き指向は、かつての神の怒りが、自分達の技術や国力への驕りから来ているものと長年信じた結果だ。それが外の世界への積極的な進出を妨げた。最寄の日本やマリアナ諸島などの島々へも人を出すことはなく、日本以上の鎖国を続けた。しかも太平洋の比較的北に位置したがために、長年外国はその存在に気付きもしなかった。
だが西暦で言う所の1800年代に入ると、ムウ帝国は世界史へと再び登場する。かつての栄光を取り戻すか如く、ムウ帝国内で技術革新が進んだ。特に同国に豊富に存在する石炭や石油を使用するために、動力機関が開発され、西洋で言う産業革命を1820年ごろまでに成し遂げた。それと共に人口も増加し、その食料調達のために北太平洋の豊富な漁場に対応できる近代的な漁船の開発も進んだ。
この動力ならびに航海技術の発達は、当然この頃太平洋に触手を伸ばす欧米各国との接触を招いた。それはムウにとっても、欧米諸国にとっても驚愕の出来事であった。
ムウにしてみれば、かつての帝国の残滓とも言うべきハワイ諸島などの太平洋の島々が既に欧米諸国の手に落ち、その版図に組み込まれてしまっていた。もちろん、かつての同胞たる原住民達は殖民者たちの下に置かれていた。
ムウの人種は、かつては主に三種で、白人に近いワイアラ人(ムウ語で北の人の意)、日本人(東洋人)に近いイアアラ人(ムウ語で西に住む人の意)、そしてポリネシア系を思わせるサイアラ人(ムウ語で南の人の意)だ。この内、王家はイアアラ人を源流にしているが、その他の人種の血も入っており、現在女王であるエメラ・アリア・ムウはイアアラ人の顔をしているが、髪や体型などにワイアラ人を思わせる部分がある。
当初の人種は現在、混血が進み大分変わっている。そのため、欧米列強の白人達はムウを有色人種の国家として扱い、一段低く見ていた。
こうした状況は、ムウ人の欧米列強への感情を悪くさせていた。特に隣接する布哇やミッドウェーなどの島々を併合したり自国領に組み入れ、また北太平洋の漁業資源を争い度々高圧的態度に出ているアメリカ合衆国はその筆頭であった。
これまでムウが植民地や保護国にならずに済んだのは、いち早く産業革命を成し遂げ、それを背景に外洋艦隊の建設を推し進めてきたからだ。
ムウ帝国には陸海空軍の三軍があるが、陸軍は本土防衛を主任務とする3個師団のみ。空軍は本土防衛の戦闘機や練習機併せて400機程度の規模なのに対して、海軍は二個艦隊と各種航空機2000機を保有している。
人口1800万人のムウは、その軍事ソースの大半を海軍に回している。そして今布哇を襲った第一航空攻撃艦隊こそ、ムウ帝国で唯一の外征艦隊であった。
ムウ帝国海軍は産業革命以降二個艦隊を保有するのが慣わしで、かつては南方艦隊と北方艦隊という沿岸防備艦隊だけ保有していた。しかし西洋列強の進出が確認されて以降は、1個艦隊を国土防衛艦隊、もう1個艦隊は国土防衛を念頭に置きつつ、敵の拠点に積極的な攻撃をかけることも辞さない攻撃艦隊となった。
しばらくの間、攻撃艦隊の主力は他国と同じく戦艦や装甲巡洋艦、そして巡洋戦艦であったが、1890年に初めての飛行機による有人飛行が行われ、さらに1910年代にロケット兵器が実用化されると、それらに代わって航空機を搭載する空母や対空・対艦ロケットを装備した新型の戦艦や巡洋艦へと置き換わっていった。
搭載する航空機もジェットこそまだだが、いずれも2000馬力以上の大出力エンジンを持ち、他国の同種機体より1世代先を行っている。
これらの兵器の一部は他国に対して厳重に秘匿され、今回の戦争で初めて陽の目を見た。
主力となる空母は排水量2万5千tで、ガスタービン機関を装備して最高速力34ノットを誇る空母「メーヌ」(ムウ語で海鳥)級で、搭載機は60機。アングルドデッキに蒸気カタパルトを装備している。
この級は1936年から建造が始まり、40年から41年中頃までに姉妹4隻が揃って竣工している。それ以前のムウの空母は1万5千t級の「マルグ」(ムウの地方都市の名)と1万t級の「セリカ」のみであったが、太平洋方面の情勢の緊迫化を受けて量産された。
旗艦である「アマニクウ一世」は、やはり1936年に建造が始まり、今年竣工したばかりの新鋭艦だ。攻撃艦隊の旗艦用に新設計された巡洋戦艦で、40cm2連装砲4基を装備し、ガスタービン機関で最高速力34ノットを誇る。装甲は対36cm対応と薄いが、そもそも敵戦艦との戦闘はあまり考慮しておらず、その巨大な艦体を生かした高い通信性能と艦隊指揮能力を有して機動部隊の中枢をなす。
対空火器も充実しており、12、5cm対空砲ならびに36mm機関砲には近接信管を装着可能である。もちろん、それらを有効に活用する対空レーダーに射撃指揮装置も有している。また同様に管制された対空ロケット砲も装備している。
巡洋艦は空母や戦艦に比べて1世代古い「マウラ」(ムウ帝国の都市名)級と、最新鋭の「コウラム」級が前者が4隻、後者が2隻。いずれも排水量だけ見れば諸外国の重巡洋艦に匹敵する1万5千t級の艦である。
ムウ帝国の巡洋艦は他国のような重軽(或いは等級)による区別はなく、全て巡洋艦に統一されている。主砲口径は同国独自の17cm砲で、他国の20cm砲に比べて威力は劣るが、両用砲として利用可能で、新鋭の「コウラム」級では装填が全自動となっている。
対空砲や対空ロケット砲、機関砲も充実しており、水偵も2機ずつ搭載している。また1世代古い「マウラ」級は、水上戦闘用の56cm魚雷発射管を装備している。
駆逐艦は対空用の「アイ・エーソ」(ムウ語で蒼空)級が6隻と、対艦用の「アイ・カーラ」(ムウ語で蒼海)級が10隻の計16隻だ。
この27隻の艦隊こそが、ムウ帝国の最精鋭であり、と同時に外国に対して攻勢を行える唯一の艦隊であった。その最精鋭を、ムウ帝国は開戦と共に惜しみなくハワイ真珠湾攻撃に投入したのであった。
彼らは日本海軍の第一機動艦隊の真珠湾奇襲後に、ダメ押しの一撃を加えることを、予め日本海軍と打ち合わせていた。そしてその作戦通りに、ムウ帝国攻撃艦隊は艦載機120機による空襲を敢行した。
既に制空権を喪失していた米軍にそれを止めることは出来ず、真珠湾の残存艦艇や燃料備蓄施設、ドック、さらに周辺の軍事施設にもトドメの攻撃を加えた。
結果ハワイの軍事施設は完膚なきまでに壊滅した。日本軍の攻撃を奇跡的に潜り抜けた施設、特に石油タンクによる破壊で起きた火災と、真珠湾への重油流失は、真珠湾の基地機能を喪失させた。
充分すぎる戦果である。これで米太平洋艦隊はしばらく母港を西海岸まで下げなければならないだろうし、艦隊の行動にも制限が掛かる。
だが、ヘルカイニは不満な点が一つだけあった。それは、真珠湾に空母がいないと言うことであった。
ムウ帝国においては、空母は攻撃用兵器として、戦艦以上の物として位置づけられている。だから今回の真珠湾奇襲でも、米空母を日本海軍が撃ち漏らしていた場合は、最優先で撃破するものとされていた。
「長官、真珠湾への攻撃も成功しましたし、攻撃隊収容後予定通りただちに撤退するべきでは?」
ヘルカイニの心情を察したかのように、カルニムが意見具申する。現在4隻の空母には第二次攻撃用として72機の航空機が残されている。予定では、第一次攻撃隊の効果不充分の際は、ダメ押しの一撃を加える予定であった。
しかし、第一次攻撃隊の隊長は戦果充分と言う報告を打電してきていた。
「そうだな」
現在ムウ帝国にワンセットしかない貴重な攻撃用艦隊を、無用な危険に晒すべきではない。敵の水上艦や基地航空機の脅威はなくなっても、潜水艦による襲撃などは、なおありえる。
「よろしい。艦隊に第一次攻撃隊を収容次第、撤退……」
そこまでヘルカイニが言った所で、艦橋内の電話がけたたましく鳴り響いた。無線室との直通回線だ。通信参謀がすぐに出る。
「こちら艦橋……そうか、わかった。すぐに伝える。……長官、ミッドウェー島近海で哨戒中の潜水艦「レウダ」(ムウ語で鯱)より報告。敵空母1を含む艦隊を、ミッドウェー南方洋上にて捕捉したとのことです」
その報告に、艦橋内が沸き立つ。
「長官、申し訳ありませんが前言撤回です。第一次攻撃隊収容後、我が艦隊はこの空母部隊を叩くべきです!」
ヘルカイニはカルニムの言葉に表情は変えず、頷いた。
「その通りだ参謀長。全艦に伝達。我が艦隊は発見せる敵空母部隊を撃滅する。第二次攻撃隊はいつでも発艦出来るよう待機。また対空・対潜警戒を厳に」
新たに発見された敵空母攻撃へ向けて、ムウ艦隊は動き始めた。第一次攻撃隊の収容に備えて、上空掩護機が増強される。
1時間後、真珠湾から帰還した攻撃隊の収容が開始された。各空母への収容と、不時着水機の救助におおよそ一時間程の時間が掛かった。
その作業が終わると、続いて待機していた72機の第二次攻撃隊が甲板へと並べられる。ムウ帝国の誇る「ファンダ」(ムウ語で鷹)艦上戦闘機に「ケイラ」(ムウ語でほうき星)艦上爆撃機、そして「ぺーマ」(ムウ語でペンギンのこと)艦上攻撃機が次々と甲板に上げられ、暖機運転を開始する。
「ファンダ」戦闘機には大型増槽と小型の対地・対艦用ロケット弾が、「ケイラ」爆撃機には対艦用ロケット徹甲爆弾が、そして「ペーマ」攻撃機には大型の誘導爆弾がそれぞれ搭載されている。
各機はそれぞれ2000馬力や準2000馬力の強力なエンジンを搭載し、3t以上の重量となっている。このため、各空母には蒸気式のカタパルトが装備されている。
「長官、全機発進準備完了!」
「うむ」
4隻の空母の甲板上では、第二次攻撃隊の合計72機が轟々とエンジンを轟かせ、何時でも発進できる態勢となっていた。ヘルカイニは艦橋の張り出しに出て、その音と熱気にしばし感慨に浸る。
真珠湾攻撃も壮挙であったが、今から行うのは史上初めての空母対空母の海戦。海戦史に燦然と輝くであろう歴史の一ページにムウ海軍と自分が立ち会おうとしている。
「長官」
「……攻撃隊発進せよ!」
ヘルカイニが命令を下した時。それは、この戦争の行く末を大きく変える瞬間であった。
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