011
翌日の放課後。
今日も誠とナタリアは勉強会を行うことになっている。
そして、昨日の続きがどうしても気になっているサラも一緒だ。
水素の実験を行うにあたって、安全に配慮してしっかりとした実験室で実験を行うことを誠はサラに提案した。
誠はそんな安全への配慮を当然のことだと認識しており、サラもその考えに賛同してくれている。
そのため、サラは部屋を用意してくれた。
さらっと実験室を用意できるあたり、流石学園長だと言ったところだろう。
だが、誠がその部屋に入った時、愕然とした。
「なんでこう無駄に広い部屋を用意してしまったんですか……」
誠は深いため息をつく。
サラが用意した部屋は、この学園の学生全員を集めても、まだまだ余裕でスペースが余るというレベルの広さだったのだから、そのため息も仕方ないように思う。
「えー、だって広いほうが色々いいじゃん♪」
サラは全く反省した様子もない。
そんなサラを見て誠は諦めた。
サラには限度というものがないのだと悟ったのである。
「まあいいです。それより、言っていたものは持ってきていただけてますか?」
「当たり前よ!」
サラはそう自信満々に実験に必要な器具を出す。
今回の実験に用いるのは、試験管とマッチだけだ。
これなら昨日にでも同じことができそうに思われるが、一応安全に配慮し、あの狭い学園長室はやめておいたのである。
「水素の性質は軽くて、爆発する、だったかしら?」
ナタリアは誠に問いかける。
「そう。だいたいそのイメージを持っていればいいよ。それじゃあまずこの試験管に水素を溜め込むね」
誠はサラの持ってきた試験管に水素を溜め込む。
もちろん魔力を水素に変換することで。
そして十分に水素がたまったところでマッチに火をつける。
「少し離れてください」
その言葉にナタリアとサラは一歩後ろに下がる。
そして誠がマッチを試験管の口に近づけると、水素が爆発した。
その際の音は割と大きく、ナタリアとサラの2人は少し驚いた素振りを見せる。
「今、どんな様子だったか見えた?」
「なんだかマッチの火が試験管の中の方に吸い込まれていくように見えたわ」
ナタリアはそう答える。
「そうだね。他には?」
「……私、自分の目があまり信じられないんだけど、水滴ついてない?」
サラがそう答える。
「その通りです。この2つの事がこの実験から得られる結果ですね」
2人を相手にしているせいで、敬語とタメ語の使い分けで疲れてしまうなと誠は思う。
誠は人に教えるという事に慣れていないのだ。
その上、教える相手が同じクラスの子だけならまだしも、ものすごい年上のお姉さん、もといお婆さんなのだから疲れるのも当たり前なのだ。
「詳しく教えて」
ナタリアが目を輝かせて誠に尋ねる。
そんなナタリアを見て、誠は気合を入れ直し説明を再開する。
「まずこの実験は水素爆発の実験なんだけど、これによって水ができるんだ」
「水素に火を近づけただけでなんで水になるの?」
「確かに僕はこの試験官に水素をため込んだけど、大気中には酸素もあるよね。この空気中の酸素と水素が反応し化合物となったのが水なんだよ」
「火を近づけると酸素と水素がくっつくの?」
「そう。大体その理解で大丈夫。詳しく説明するからあっちの黒板の方にいこうか」
そう言って誠はその部屋の隅の方にある黒板を指さす。
広すぎる部屋というのもなかなか不便である。
「まず、水素と酸素の反応の際のエネルギーについて説明します。水素と酸素は反応前に比べて、反応後のエネルギーは小さくなります」
誠は黒板に反応前のエネルギーの線と、反応後のエネルギーの線を描く。
反応前のエネルギーの線の方が上の方にに描かれている。
「ただ、水素と酸素が反応するためには一度、高いエネルギーを経てその上で反応するんです」
そうして誠は反応前の線から上の方に線を伸ばし、ある点からそれを下の方に下げていって最終的に反応後のエネルギーの線とつないだ。
「この反応前のエネルギーよりも高いエネルギーを作り出すために、火を近づけたというわけです」
「「なるほどー」」
サラとナタリアはそうしてもの珍しそうに黒板を眺めている。
「ここまでのことが理解できれば、水の生成もできるようになってると思います」
そう言われた2人は、水の生成をイメージして魔法を発動してみる。
すると、2人の掌から水が生成された。
「「おおおおおおお!やったー!」」
2人は抱き合って喜んでいる。
こうして女の子2人が喜んでいる姿を見るのはいいものだな、と誠は思う。
1人はもうお婆さんというほうがいい年齢であるがそこにはツッコまないことにしておく。
「よし。これで水の生成の勉強は終わりです」
誠はやれやれと言った様子でそう言う。
「こうしてはいられない!感覚を忘れないうちにメモしておかないと!」
サラはそう言って部屋を飛び出してしまった。
本当に忙しい人である。
「マコト君、ありがとう。こんなに早く水が生成できるようになるなんて思ってなかったよ」
「いやいや、それくらい構わないさ。それにナタリアが頑張ったからできるようになったんだよ」
実際、ここまで早く水の生成までたどり着いたのは2人の理解力の高さゆえである。
誠は正直かなり驚いていた。
誠自身が同じ立場だったら、ここまでのスピードでこの理論を把握できたとは思えなかったからだ。
「それでも、ありがとう」
そう言った彼女の笑顔を見たら、誠はそんなことはどうでもよくなり、穏やかな気持ちになる。
ナタリアにとって誠の存在が大きなものになっているのと同じように、誠にとってもナタリアの存在は大きなものになっているのであった。
それが、2人の運命を大きく動かすことになるのだが、そのことを2人はまだ知らない。
「そういえば、聞きたかったんだけど、この学園って研究はいつしているの?」
「え……。研究は高学年、つまり3年生からしかできないことになっているわよ」
思いついたように尋ねた誠に対して、ナタリアはキョトンとした顔で返す。
そんなことも知らなかったのか、といった様子だ。
それを聞いた誠は、ものすごい勢いで沈んでいく。
なにせ、授業は受ける必要のないくらい簡単であり、あとは研究を楽しみにするしかないかと考えていた誠であるから、あと2年間程は研究ができないというのは辛すぎる。
「なんとかサラさんに取り合ってもらうしかないか」
そうつぶやいた誠には、やはり元気がなかった。
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