間違いだらけのお買い物
沖田さんを指名した翌日。
丁度非番という事で、私の体調を確認しがてら町に出る事になりました。
「声を掛けたのはここですね」
さすがよく覚えていらっしゃる。
そう、出会った場所に連れて行って貰おうと沖田さんを指名した訳です。
そこから私が走って来た方向を辿れば、始まりの場所が分かるかもと思ったのですが……
「何だかどこの通りも似たり寄ったりで、区別がつきませんね」
私はぐるりと、辺りを見回して見る。
全く記憶にありません。
追われていて、それどころじゃ無かったのもありますけどね。
それにしても建物がみな同じに見えて、一人だと確実に迷子になりそうです。
「走ってる貴女を見かけたのはあっちですね、行ってみます?」
「はいっ、お願いします」
人通りの多い通りを、沖田さんを見失わない様に歩く私。
思った以上に、着物って歩きずらいです!
屯所の中では、さほど気になりませんでしたが。
それなりの距離を歩くとなると、着物の裾が邪魔で仕方ありません。
「大丈夫ですか?」
「は、袴をお借りすれば良かったですっ」
沖田さんが立ち止まり、苦笑いで聞いて来まして。
私の答えに吹き出しました。
全く、良く笑うお方です。
「あちらから走って来るのを、ここで見かけて追いかけたんです」
歩いているだけで息切れしている私に、笑いを堪えるような声で解説する沖田さん。
「行ってみます?」
この問いに、こくこくと頷いて見せる私。
着物ごときでこんなに体力を使うとは!
よたよたと、暫く私が走って来たと言う方向に歩いてみたのですが。
………………。
「見覚えあります?」
また立ち止まり、私の顔を覗き込んでの沖田さんの質問。
「……全然、わか、りませんっ」
呼吸が整わず、喋るのも一苦労。
それにしても、こんなに目印になるよな物が無いとは。
どこまで行っても同じ通りに見えて、始まりの場所を特定するという私の目論みは。
不発に終わりそうです。
肩で息をする私を見かねてか、ゆるりと辺りを見渡しての沖田さんの提案。
「お昼がてら、あそこで休みましょうか」
指差す方を見やれば、甘味屋の文字。
お昼に甘味ですかっ
内心ちょっと呆れたものの、疲れたやら喉が渇いたやらで。
「……は、ひっ」
店に入る事にしました。
席につき、お茶を一杯飲み干したところで漸く落ち着き。
私はハタと気づいたのです。
「沖田さん、私ってばお金を持っていません!」
「あはは、でしょうね、ここは僕が奢りますよ」
沖田さんの笑顔が、神々しく見えます。
なぜか彼に借りを作るのは恐ろしい気もしたのですが、ここは素直に好意に甘える事にしました。
背に腹は変えれません。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして、で、この後なんですけど」
沖田さんは何やら懐を探り、小さめな巾着らしき物を取り出しました。
「貴女の着物を買って来るようにと、お金を預かって来ました」
「は? 着物? 頂きましたけど……」
「それは夏物ですから、冬物をですよ」
なるほど、今の季節は秋。
頂いた着物は確かに生地が薄く、これからは寒くて無理でしょうね……
だがしかし。
「お金って…… どこから?」
「貴女の給料から」
………………は?
「給料出るんですか!?」
「そりゃあ出ますよ、要らないんですか?」
呆れ顔で、あっさり仰る沖田さん。
いやいや、要ります要りますっ
貰えるならば有難く。
「今回は着物用に前払いってかたちで預かって来ました、暫くはタダ働きになりますね」
「さ、サヨウデゴザイマスカっ」
どれだけタダ働きになるやら、詳しく聞くのがなぜか恐ろしい。
安いものを探そう!
と、心に誓ったところでお約束の事態が起こる。
ドガンッ!!
「………………」
「………………」
「だっ、大丈夫ですかっ!?」
この店の看板娘らしき可愛らしいお嬢さんが、注文の品を抱え血相変えて駆けて来ました。
「大丈夫ですよ、当たっていませんし」
にっこり笑って答える私。
なぜか私の後ろの席の長椅子が、縦になって隣数センチに倒れて来ました。
「相変わらずの非常識さですね」
長椅子を戻しながら、これまたにこやかに沖田さん。
それは起こった事がでしょうか、私がでしょうか。
……後者な気がします。
慌てふためくお嬢さんを宥め、待ちわびた甘味を頂く事に。
別に長椅子に襲撃されたのは、店のせいでは無いのですが。
サービスして頂けると言うので、黙ってる事にしましょうか。
全く、不運なのか幸運なのか……
ちょっと複雑な気分で、思いのほか美味な甘味を堪能したのでした。
「……しかしまぁ、よく食べましたね」
店を出て呉服屋を探しながら、どこかげっそりした様な沖田さんの台詞。
「そうですか?」
私の返答に、誰かによく似た眉間の皺を作る。
おの店にあった甘味は十種類。
それを全て三人前ずつ頂いただけ。
普通と言うか、腹八分目って感じですよね?
「君にうっかり、奢ると言ってはいけないと学びました」
頭を抱えながらの呻き声。
次は無さそうでちょっと残念、お給料に期待しますか。
いつ貰えるのか分かりませんけど。
「あそこにしますか」
気を取り直したらしい沖田さんが、店を指し示す。
「はい」
どこの店が良いだの私にはさっぱり分からないので、素直に頷いた訳ですが。
ちょっと……
いや、かなり後悔する羽目になりました。
店に入り対応してくれたのは、満面に笑顔を浮かべた上品そうな若い男性。
所謂、若旦那て感じです。
「いやああぁ!! こんな綺麗なお嬢さんが来て下さるとは!! 気合い入れて選びますよおおぉ!!」
などなどなど……
声がでかい上に、喋りっぱなし。
正にマシンガントーク、一体どこのおば様ですかっ
次から次に着物やら反物やらを引っ張り出し、止まる事の無い商品説明。
もう何が何やら……
予算も少ないし、暖かければ良いから安めの物をと言えば。
「ええぇっ!? せめて一着は仕立てましょうよ!! これなんか絶対に似合いますっ!!」
力説と共に見せられたのは、黒地に虹色の蝶が飛んでいる反物。
確か冬を表す色は黒だっけ、派手目な色合いにも関わらず案外落ち着いた感じの代物。
魅力的ではありますが、この先何ヶ月分タダ働きになるやら。
と、恐怖を覚えて丁寧に辞退する。
更に激しいトークが炸裂しましたが、何とか二着を決め。
めでたく解放される事に。
精根尽き果てるとは、こういう事でしょうか。
入口付近で他人のふりを決め込んでいた沖田さんに、よろよろと近づく私。
「決まりましたか?」
さも愉快そうなお声が、頭上から降って来ました。
「………………はいっ」
もしやわざとこの店に?
被害妄想気味に、そんな事を思ってしまいましたが。
向けられるのは、それはそれは爽やかな笑顔。
嘘臭く感じるのはなぜでしょう……
「支払いを済ませて来ますから、待ってて下さい」
「お願いします……」
げっそりと項垂れる私と、あからさまに笑いをこらえている沖田さんがすれ違う。
店の奥へ向かう背中を見送り、私は深呼吸するべく店の外へ。
おもいっきり外の空気を吸い込んで、盛大な溜め息に変えて吐き出す。
もし次があるなら、この店は全力で遠慮したい!
次……?
いつまで居る気なんだ私。
その前に、数ヶ月分のお給料を心配する時点でどうかしてる。
今すぐにでも帰れる可能性もあるのに、無意識に帰れないと思っている自分に気づく。
帰れないんだろうか……
何だか後ろ向きな方向へ思考が転がり始め、また盛大な溜め息をつく私。
あの若旦那のハイテンションに当てられて、疲れたせいでしょうか。
「……っ!! ……っ!!」
いきなり耳障りな怒声が響き、私は驚いて声の元を探す。
「ありゃ……」
斜め向かいの店先で大の男が二人、何やら大袈裟に騒いでいます。
人波の隙間から、縮こまる女の子も見える。
つまり、男二人が女の子一人を脅してると言う訳ですか。
なんてベタな……
それにしても、ドラマやお話の如く道行く人は誰一人立ち止まらず。
助ける気配がない。
こんな事だけ、史実に忠実じゃなくて良いのに……
私は一つ頭を振ると、もう少し状況を確認しようと背伸びをしてみる。
その動きが目についたのか、怒鳴ってる男の一人が私に気づき目が合いました。
………………あれ?
不本意ながら、お互いに暫し見つめ合う。
相棒が黙ったから不審に思ったのか、もう一人の男も顔を上げこちらを見る。
………………。
「あっ!!」
声が聞こえた訳ではありませんが男二人と私、全く同じ形に口を開けました。
そして私は勢い良く回れ右。
「……ぇ!! ……っ!!」
走り出した私の背中に、男二人の叫びが追いかけて来る。
なんという事でしょう。
あの二人、ここに来たその時に追いかけられた男性 A・Bではありませんか!
向こうも覚えていたらしく、女の子そっちのけで私を追いかけて来ています。
これだけ人が多いのに、なぜに出会うんでしょうかっ
なんて、考える余裕は実はありません。
ただでさえとろくさい私、着物に邪魔され思うように進めず。
追い付かれるのも、時間の問題……
「えっ!? ……っ、……っ!!」
突然、左腕に衝撃を受け。
視界が揺れたと思ったら、口を塞がれました。
ぐらぐら揺れる頭、息が上がってるのに口を塞がれ窒息寸前の私。
そんな私のすぐ横を、男性A・Bの声が通り過ぎて行きました。
これは何事?
ちょっと落ち着こう私っ
どうやら私は横道に引っ張り込まれた様子、おかげで男共をやり過ごせました。
口を塞いでいるのはどなたかの左手、そして右手が私のお腹に回されている。
背中に感じる、どなたかの体温。
結論、私は誰かに背中から抱きすくめられてる模様。
助けられたのかも知れませんが、酸素くださいっ!!
「……っ!? ……っ!!」
口を塞ぐ大きな手を両手で引っ張り、剝がそうと暴れる私。
「あぁごめん、苦しかった?」
漸く左手が外れ、私は大きく口を開けて酸素を取り込む。
「行っちゃったみたいだね、良かった」
耳元で囁く誰かさん。
聞いた事の無い声、私は顔を見ようと振り返…… れません。
右手ががっちりとお腹に回ったまま、ぴったり密着していて動けませんでした。
「助けて頂いた様で、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「つきましては、離して貰えません?」
「あれ、もう? 抱き心地が良いんだけど」
からかう様な声が耳元を掠める。
何ですかっ? この男は!!
私は無言で右足を振り上げ、数センチ横におもいっきり踏み込む。
「おっと、危ないなぁ」
「ちっ、避けたかっ」
足踏み攻撃は不発に終わり、背中の男は私の肩に顔を埋め何やら震えてる。
「あははっ、君面白いねぇ」
笑ってたんかいっ!
「立花誠ちゃん?」
………………は?
「なっ! 何で名前を……っ」
背中に、ゴソゴソと動く振動が伝わる。
そして男の左手が私の目の前に伸びて来て、持っていた開いた手帳らしき物を見せた。
「ちょっ!? これっ!!」
驚く私を笑う様に、また耳元で囁く男。
「君のでしょう?」
見せられた手帳のページには、私の顔写真と名前。
生年月日……
間違いなく、無くした筈の生徒手帳。
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