役に立たない記憶と、お出掛けについての考察
文久三年、九月……
前月に起きた政変時の働きにより。
壬生浪士組は本格的に守護職会津藩お抱えとなる、と言う話しが出始める。
それまでも、名目上は会津藩お抱えであったが。
実質は単独の組織だった為、願ってもない話。
しかしその為には組織改革が必要と、会津藩主は浪士組に対し条件を仄めかす。
内容は指揮系統の簡略化。
局長二名、副長三名は多過ぎるというもの。
本音を言えば、局長二名の派閥争いが問題であった。
理想が高く、現実的な判断力に欠ける近藤勇。
徹底的な現実主義者で、組織維持に手段を選ばない芹沢鴨。
会津藩主から見ればどちらも扱いずらいが、その二人が局長と言う同等の地位に居る事が問題だった。
水と油の様に、交わる事の無い二人。
いずれ揉めるのは目に見えている。
故に正式にお抱えとなった後に揉められるより、その前にどちらかに決めろという考えが窺える。
芹沢・近藤両派とも、そんな会津藩主の思惑を正確に把握していたと思われる。
近藤側は組織維持の為とは言え強引な金策を繰り返す芹沢派に、会津藩から歯止めが出るのを待っていた。
これからの為にも自分達で始末をつけるより、会津藩からの言質が欲しかったのだ。
しかし会津藩を動かすほどの、決定的な事件はなく手をこまねいていた時。
芹沢派が動いた。
表向きは、長州過激派の仕業として。
近藤勇、土方歳三、沖田総司が暗殺される。
どちらにも、相手を立てるという考えは無かった様だ。
試衛館から近藤について来た主だったメンバーは、それまで通りの地位に残す事で。
何とか組織を保ち、正式に会津藩お抱えとなる。
それと同時に、壬生浪士組から新選組へと名を改める事となった。
これが、私が見聞きした新選組になるまでのお話。
なのに……
現実に起こったのは、真逆の事。
私からすれば、歴史が変わってしまいました。
なぜ……?
『お前は周りの不幸を引き受けて……』
思い出したのは、いつぞやのじじいさまの言葉。
私がここへ来たから?
近藤さん、土方さん、沖田さんに出会ったから?
でもじじいさま。
出会った三人は助かったけど、代わりに別の三人が亡くなってしまったよ?
命はでか過ぎて、命でしか肩代わり出来ないって事でしょうか……
………………。
肩代わり?
じじいさまの説によれば、肩代わりするのは私の筈。
あれ? 私が跳ね返したから別の三人が亡くなった?
違う……
それは直感、根拠の無い思いつき。
かっこよく言えば第六感。
消えた蝶…… 残りはあと二匹。
このまま歴史が変わればその先に、きっと私は……
存在しない。
なんて、ややこしい事を真面目に考えられる程。
私の頭は立派なものでは無いらしく、知恵熱を出しました。
どこの小学生?
て、感じですがぼんやり起きたり眠り続けたりを、数日繰り返していた様です。
そんな考えても分からん事、悩むのやめやめ! なる様になるっ!
結局、結論がそこへ到達するとケロッと熱が下がりまして。
ぱちっとスッキリ目覚めると。
爽やかな目覚めとは程遠い、不機嫌全開のお顔が視界を埋めておりました。
「やっと起きやがったか」
普段より三割増しに、眉間の皺を刻んだ土方さん。
そのお顔が至近距離にあり、私はもう一度眠りに旅立ちたくなりなした。
「てめえは女中で雇われたばかりで、どんだけ寝込んでんだよっ」
ごもっともな第一声。
「す、すみませんっ」
反射的に起き上ろうとしたら、土方さんの大きな手が私の額を鷲掴み。
そのまま押し返され、後頭部を枕に強打。
本当にもう一回、眠りに旅立ちそうになりました。
「散々寝てた奴が、急に起きんじゃねぇよ」
………………。
や、気持ちは有難いですが後頭部が痛いです。
寝過ぎたせいか強打のせいか、クラクラと目眩がして私は片手で額を押さえる。
「私、どのくらい寝てたんですか?」
何の気なしに出た質問、返って来たのは意外なお答え。
「まぁ…… 五日ぐれぇか?」
………………は?
「そんなにいいぃ!?」
三日くらいかな? なんて軽く考えてた私。
びっくりして跳ね起き…… れませんでした。
「だから起きんなっ」
土方さんの手で、がっちりと額を押され頭が潰れそうです。
「あたたたっ! 起きませんから押さないで!」
額の圧迫から解放され、改めて土方さんを見ると変な顔で私を見下ろしている。
「お前あん時…… いや、皆に報せて来るから寝てろ」
そう言うと、さっさと立ち上がり部屋を出て行く土方さん。
あの時?
て、どの時だろう? と首を傾げながら閉められた障子を眺めていました。
「じょがっだああぁ!! ぼぎだがああぁ!!」
解読不能な叫びと共に、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった近藤さんが来襲。
あまりな事に固まる私。
その近藤さんを追うように現れた、山南さんが解説してくれました。
「近藤さんは郷里に娘が居てね、君を重ねて見てたらしく随分心配してたんだよ」
………………親バカ?
いやいや、心配して頂いたのだから失礼な事を思ってはいけない。
しかし感謝よりも。
普段の威厳もへったくれも無い近藤さんの有様に、申し訳なさが先に立つ。
「ご、ご心配をおかけしまして、済みません」
いまだ意味不明な事を口走りながら、盛大に頷きを繰り返す近藤さん。
鼻水が飛び散ってますが!
「目が覚めて良かった、こちらこそ済まないね。
起きたばかりなのにこの騒ぎで、もう少しゆっくりしていると良い」
山南さんはにっこり笑ってそう言うと、近藤さんの襟首をひっつかみ。
ズルズル引き摺って部屋を出て行きました。
近藤さんの叫びが遠ざかると、今度は幹部の方々が顔を見せ賑やかな事この上なし。
私の頭の中は嬉しいやら申し訳ないやらで、近藤さんの顔並みにぐちゃぐちゃ。
私がここに来て二週間は経ちますが、部屋に籠っているのが大半で。
そんなに絡んだ事も無いのに、心配されて。
驚くやら不思議やらで、目を丸くして固まる私。
「誰が騒げと言ったああぁ!! とっとと仕事に戻りやがれっ!!」
突然響いた怒号に、蜘蛛の子を散らすように消える皆様。
私の頭はグラグラと揺れる。
声、でか過ぎっ
「あはは、煩くて済まないねぇ
お粥持って来たけど食べれるかい?」
怒号の主は土方さん、その後ろににこやかな源さん。
そして、鼻腔をくすぐる良い匂い。
「頂きます!」
即答の私に元気そうで何よりと源さんは笑い、土方さんは呆れた様子。
や、五日も寝てたならお腹空くの当たり前ですよね?
土方さんはすぐに姿を消し、源さんが食事のお供。
有難くお粥をたいらげ、ほっこり幸せ気分に浸っていたのですが。
私が食べ終わるのを、見計らった様に現れた沖田さん。
食器を下げる源さんと、何か話しながらすれ違い部屋の中に。
布団に起き上ったままの私の横に座ると、沖田さんは持参したお盆を差し出しました。
それを見て、私はギシリと固まる。
「沖田さん…… こ、これは……」
「お薬ですよ」
満面の笑顔を向ける沖田さん。
眩しい笑顔と裏腹な、差し出された物体。
禍々しさを醸し出す薬なる物と、湯気の立ち上る土瓶。
その湯気からは、アルコールの香りが……
「これっ、お酒じゃないですか!」
「熱燗で飲むんですよこの薬、土方さん家のですが何にでも効くそうです」
お酒で飲むってどんな薬?
そういえば、そんな話しもあったっけ…… と記憶を探る私。
「何にでもって……」
私が良いよどむと、沖田さんはサラリと爆弾発言。
「効くと思えば効くんじゃないですか?
気の持ちようとかよく言いますし」
これは偽薬ですか!
ニコニコ笑いながら、この薬は効かないと言ってる様なもの。
私が頭痛を覚えて頭を抱えていると、沖田さんは笑顔のまま話を継続。
「土方さんが行商をしてた時、よく売れたらしいですから何かしら効くんじゃないですか?」
「土方さんが薬売り……?」
話は知ってましたが。
ご本人を目の当たりにすると、似合わな過ぎて意外な気がする不思議。
「昼間に民家をまわると、よく売れたそうですよ」
「ほう」
昼間限定?
「商家でなければ、昼間は旦那が留守じゃないですか」
………………ふむ?
「奥方一人のところに、旦那が留守の間は何かと不安でしょうとか言いながら。
薬の使用法を手取り足取り腰取り、懇切丁寧に説明すると喜んで買ってくれたそうです」
………………。
「それは、薬の効能とは無関係なのでは……っ」
眉根を寄せて私が呻くと、沖田さんはお腹を抱えて笑い転げてます。
「総司っ、てめえはなに適当な事ぬかしてんだ!!」
スパンと障子を開け、土方さんご登場。
確り聞いていたらしく、怒りオーラが目に見える様です。
「ぶははっ、あれ? 土方さん居たんですか?」
笑いながらの、沖田さんのお言葉。
居るの知ってて話したんじゃ?
なんて、疑いたくなるのはなぜでしょう……
「てめえもくだらねぇ話し聞いてねぇで、さっさと薬飲め!」
「え、嘘なんですか?」
うっかり飛び出た私の台詞に沖田さんはまた吹き出し、土方さんは青筋のオプションを追加。
しまった!
と、身構えたところで……
「アホかああぁ!! 信じてんじゃねええぇ!!」
建物を揺るがす怒号と、爆笑する声が響き。
直撃を受けた私は、意識が遠退くのを感じたのでした。
そのまま夢の中へ旅立てれば良かったのですが、現実はそう上手く行かず。
「ぶった斬られたくなきゃあ、さっさと飲め」
と言う究極の選択を強いられ、決死の覚悟でお薬を頂いた訳ですが。
とてつもなく不味いと言うか苦いと言うか、お酒の辛さも相まってかえって気持ち悪くなる始末。
土方さんの仏頂面はともかく、沖田さんのさも楽しげな笑顔が憎らしい。
半ば八つ当たり気味にそんな事を思いながらも、私はふと思いついた質問をしてみました。
「土方さん、さっきからウロウロと何してるんですか?」
「ウロウロ…… てめえなっ」
あ、眉間の皺を増やしてしまいました。
「本当に面白い人ですねぇ、セイちゃんは」
一人笑い転げる沖田さんをじろりと睨むと、不機嫌な顔を私に向ける土方さん。
「もう面倒臭ぇから、お前の事は女中て事で全員に知らせた。
屯所の中なら自由にして良いぞ」
「………………はい?」
何てアバウトな。
目を丸くする私に、沖田さんが追い討ちをかける。
「随分と寝込みましたからね、割と騒ぎになっちゃったんですよ」
なるほど、それで皆さんに私の存在を説明した訳ですか。
「す、済みません」
さすがに申し訳なくて、縮こまる私。
それを一瞥すると、土方さんは話しを再開。
「だが外へは絶対に一人で出るな。
平隊士でも構わんが、出来れば組長辺りと一緒に行け」
「外に出ても良いんですか?」
驚いて顔を上げる私。
「そう言ったろうが、誰かと一緒なら構わん」
何となく外に行けるのは、まだまだ先な気がしていたのでちょっとびっくり。
でも、それなら……
「はいっ! それなら沖田さんとお出掛けしたいです!!」
身を乗り出すように元気よく挙手付きで私が叫ぶと、目の前のお二人は呆気にとられ。
やや暫く硬直した後、ぽつりと沖田さんが呟きました。
「僕…… ですか?」
はい、沖田さんご指名です。
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