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多少の縁と成り行きの方程式


「起きてたみてぇだな?」


「……起きてましたっ」


土方さんの嫌味と共に、現れたのは沖田さん。

そして局長の近藤勇さんともう一人の副長、山南敬助さんの四人。

それぞれ座り、落ち着いたところで。

厳つい顔に人懐っこい笑みを浮かべた近藤さんが、話を切りだしました。


「トシと総司から粗方話しは聞いたが、改めて確認して構わんかな?」


「はい」


トシって誰だろう?

と思いましたが、聞ける雰囲気じゃ無いですね……


「君の名前は、タチバナセイくんだね?」


「そうです」


「そのタチバナと言うのは、立つ花と書いて立花?」


「はい…… それが何か?」


私が肯定すると、皆さんがそれぞれ顔を見合わせ難しい顔に。

立花だと、何かあるのでしょうか?


「君は、京の事や江戸の事も知らないんだね?」


「はい、どちらも分かりません」


何しろ、タイムほにゃららなんてホイホイ出来る訳ないですし。


「親戚や家族の誰かが、京や江戸に居たと言う話しは聞いた事ないかい?」


やけに拘るなと不思議に思いながらも、私は記憶を辿ってみる。


「いいえ、私は聞いた事ないです」


「ふむ、そうか…… 君が居たところでは、立花姓は多いのかな?」


「そうですねぇ…… 割とありきたりな姓だと思いますけど」


立花の何が問題なのやら、皆さん変な顔で考え込んでおります。

無言に居心地悪さを感じ始めた頃、如何にも繊細そうな面持ちの山南さんが顔を上げ口を開きました。


「立花と言うのはとある名家だけが使っている姓でね、今は江戸ですが昔は京に本宅があったらしいのです。

君は、その一族とは無関係という事かな?」


………………え?

何でしょうかその話は。

家がそんな名家だなんて、聞いた記憶は無い…… かな?

私は少し、記憶を探ってみましたが。

うん、聞いた事ないです。


「祖父からも聞いたこと無いですし、無関係だと思います」


私の答えに、また皆さんは変な顔で思案中。

この間を何とかして欲しい、居心地悪くて仕方ない。

私まで変な顔になった辺りで、近藤さんが顔を上げました。


「無関係なのは分かったが、その姓は使わぬ方が良いな」


「と、言いますと?」


「立花ではなく橘と名乗ると良い、あの一族の名は何かと厄介なのでね」


なるほど、字を変える訳ですか。


「分かりました」


妙な誤解の元になってもアレですし、私は言われた通りにする事にしました。

それから更に幾つかの確認。

どうやら私は、相当なド田舎から来たと思われてる様です。


確かに受験の事とか未来の事を話しましたが、はっきりと過去に来てしまったとは言ってはいません。

なので生活環境の全く違う、どこか遠くから来たと判断したようです。

まぁどちらにしろ、どうやって来たかは謎のままなんですけどね。




さて、肝心の私の取扱いについて。


「行く当ても無いという事なら、ここで女中をしないか?」


「女中…… ですか?」


首を傾げる私に、近藤さんは一つ頷くと話を続ける。


「男所帯は酷いものでねぇ、住込みの女中を雇う事は前から考えていたんだ。

ただ、まだ先の話しだったんだがね」


「それは有難いですが、たぶん私だとあまりお役に立てないと思うのですが……」


いつ帰れるか分からない今、寝床が確保できるの嬉しい。

しかしこの時代だとガスに水道、電化製品は無い訳で。

家事は得意な方ですが、勝手が違い過ぎて出来るとは思えません。

思わずうーんと唸っていたら、土方さんが疑問を投げて来ました。


「家事をやった事ねぇのか?」


「いえ、祖父と二人暮らしなのでやってはいたんですが、たぶん使う物が全く違うと思うんです」


私の台詞に、山南さんが納得した様に微笑み口を開く。


「あぁ、それなら大丈夫でしょう」


大丈夫とは?


「何も始めから一人でやって貰おうとは思っていませんよ、手伝いは居ますから追々慣れて貰えれば良い話しです」


あ、なるほど。

使う物が違っても、やる事は同じなのだからその内慣れる…… かな?


「そういう事で良いのでしたら、よろしくお願いします」


私が頭を下げると、近藤さんは笑って頷いてくれました。

しかし直ぐに難しい顔をすると、何か言いにくそうに話し出す。


「あと申し訳ないが、暫く屯所の中でも一人で行動するのは控えてもらう」


見張りつきという事でしょうか?


「こちらの都合で済まないが、必ず組長以上の者と行動してもらう。

外へ出るのも、当分は控えて欲しい」


近藤さん達の事情?

意味は分かりませんが、私が聞いて良い事でも無さそうなので素直に頷く事にしました。


「分かりました」


近藤さんは、満面の笑みを浮かべて頷く。


「よし、それではよろしく頼む」


「はい、お世話になります」


私が答え、頭を下げた瞬間。

カチ……

と、音がした気がしました。


「あの、一つお聞きして良いですか?」


音は気になりましたが、お開きになりそうな雰囲気になったので。

私は質問を優先する事にしました。

四人は揃って首を傾げ、近藤さんが代表で口を開く。


「何かな?」


「私ってあからさまに怪しいと思うんですけど、なぜ信用して頂けたんですか?」


「……自分で言うか?」


土方さんがぼそりと呟き、沖田さんが吹き出しましたが。

山南さんの咳払いで、お二人はそっぽを向きました。

近藤さんは目を丸くした後、豪快に笑いだす。


「確かに怪しいかも知れんが、君の言う事に矛盾は無い。

受け答えにも淀みは無いし、何より俺達から目を反らす事が無い。

信用するには十分だと思うが?」


………………。


「あ、りがとうございます」


私がそう言うと近藤さんは嬉しそうに、うんうんと頷いていました。

つまり私の挙動や言動はしっかり観察されていて、信用の有無の判断材料になってた訳ですか。

やはり上に立つ人は、一味違うなぁ……

と、私は妙に感心したのでした。




話が済むと三人はそれぞれ仕事に向かい、一人はこの部屋の箪笥をゴソゴソ。

どうやら、沖田さんは着替えを漁ってる様子。

そう言えば、ここは彼の部屋でした。


「おそらく今日中には、土方さんが一部屋捻り出すと思うので、それまでここに居て下さい」


着物を引っ張り出しながらの、沖田さんのお言葉。


「捻り出す?」


「隊士が結構増えて、部屋割が難しいんですよ」


ん? それならなぜ……


「それならなぜ、女中さんを住込みで雇う計画を?

通いの方が良いのでは?」


「通いだと危険ですから」


危険?

私が首を傾げていると、沖田さんは苦笑して補足説明をしてくれました。


「我々は敵が多いんです。

ここで働いてると知られれば通う道すがら、または自宅を狙われるかも知れません」


なるほど、そういう事なら住込みの方が安全ですが……


「でも女中さんですよ?

情報とかそういう事が目的なら、縁が無いのでは?」


私の疑問に、沖田さんは呆気にとられ次いで笑い出す。


「そうなんですけどね、嫌がらせや人質目的なら良い的だと思いますよ?」


あー…… 確かに。


「ただ貴女みたいに若い娘さんになったのは、予定外でしたけどね」


「そうなんですか?」


「もう少し、歳のいった方にする予定でした」


またしても、私は首を傾げる事に。


「ここは男しか居ませんから、若いお嬢さんには向きません」


沖田さんの言葉に、私は何となく刑事ドラマを思い出しました。

男性優位の職場で、女性が苦労するイメージ。

着替えを一式抱えた沖田さんが、呆れ顔で私を覗き込み一言。


「分かっていませんね?」


「はい? ……………あっ!」


私はそこで、さっきの音を思い出しました。

私の短い叫びに目を丸くした沖田さんの前で、懐を探り懐中時計を取り出す。

耳にあて上蓋を開けてみましたが、音もしなければ針も前に見た時のまま。

はっきりと聞いた気がした音。

あれは気のせいだったのでしょうか、それとも他の何かの音?


「それは何ですか?」


眉間に皺を寄せて懐中時計を睨んでいたら、沖田さんが覗き込んで来ました。


「えーと、時計です」


この時代の日本に、このタイプの時計があっただろうかと疑問に思いながら。

私は興味津々の沖田さんの前に、懐中時計を見せました。


「へぇ…… 綺麗ですねぇ、これは菖蒲? いや文目かな? それに二匹の蝶ですか」


しげしげと私の手の中の。懐中時計を眺める沖田さんのお言葉。

え?

二頭じゃなくて二匹?

いやいや数え方では無くて。大体それはどちらでも良い事。

そこでは無くて……


「これは銀ですか? ……セイちゃん?」


沖田さんが不思議そうな顔をしてますが、気にする余裕の無い私。

きっと酷く焦った顔をして、懐中時計を裏返したり、持ち上げてみたり、振り回したり。

それで何かが変わる筈も無いのですが、何となく気分的に。


そして改めて、懐中時計の両蓋を見比べる。

どちらも同じ彫金。

アヤメの花と。

二匹の蝶。


………………。


実は私の記憶も、おかしくなっているのでしょうか?

祖父から貰った時、ここに来て改めて見た時。

蝶は三匹でした。

なのに今は……













蝶が一匹、どこかへ飛んで行ってしまいました。




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