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発端はどこだっけ? 解決はあっちかも?


「はい、これで冷やしてて下さい」


笑いを含んだ沖田さんの声。


「……ありがとうございます」


障子の閉まる音、沖田さんは部屋を出た様です。

………………。

何と言いますか、一生の不覚?

昨夜、月に見とれた私はなぜか無性に涙が込み上げて来まして……

早い話し、号泣しました。


隣の部屋で寝ていた沖田さんを、起こしてしまうという大失態。

結局、泣き止むまで付き合わせてしまって申し訳ないやら恥ずかしいやら。

穴があったら入りたいとは、正にこの事。


で、翌朝。

生理現象として、泣けば赤く腫れるんですよ目が。

開かないほど見事に腫れまして、冷やすための水と手拭いも沖田さんが用意してくれた訳で。

……当分、頭が上がりそうにないです。


当分?


いやいや、いつまでここに居る気なんだ私っ

でも、帰れるんだろうか……




ちょっと落ち着くのも兼ねて、色々と起きた事を整理してみましょうか。

始まりは、どこになるのでしょうか……


朝起きた時? 家を出た時? 学校に着いた時?

学校の門をくぐった時に聞いた音、なぜか懐中時計の音だと思ったんです。

だからポケットから出そうとして、次に顔を上げたら幕末の京だったと……


もしかして、始まりは懐中時計を貰った時?


私は首を傾げ、懐から懐中時計を取り出す。

それは貰った時のまま、動いてはいません。

本当に、見れば見るほど綺麗な拵え。

じじいさまのウンチクによ……


祖父の説明によれば、サイズは6、純銀製のハンターケース、両蓋には三頭の蝶とアヤメの花の彫金。

確かに美しいのですが、入学祝に動かない時計ってどうなのでしょう?

祖父は色々と説明してくれていた様ですが、覚えておりません。


なぜ蝶は頭と数えるのか、確か匹でも良かった筈。

生物学上は頭になるのだったか、それだと殆どのものを頭と数えるんですよね甲殻類とかも……

等という事に思いを馳せていた私の耳には、祖父の説明が入って来なかったのです。


まぁ、過ぎた事は仕方ありません。

次に行きましょう。

男性二名に追いかけられ、刀を首に押し付けられるなんて不運も良くある事なので更に次へ。

最大の謎は、私が今いる場所とここに居る方々のお名前。


知ってるんです。


確かに知っているのに、記憶が何か変なんです。

ドラマで見た事、祖父の蔵書を暇つぶしに読んだ事。

厳密な史実は分かりませんが、ドラマやお話程度の知識ならあるんです。

ある筈なんです……


壬生浪士組。

土方歳三。

沖田総司。

などなど……


ここに来てから聞いた名前。

当然、私にとっては過去である組織名や人物名。

彼等がどうなるか、私は知っているんです。

知ってると分かっているのに、どうしてもその内容が思い出せない。


何とも奇妙な感覚。


では、更にその先の歴史はどうでしょう?

………………。


元から明治や大正時代の事はよく知らないので、比べようが無いですね。

確かに最近まで現役受験生でしたが、知らないものは知らないんですよ。

私自身の過去については……

消えてる記憶は無いようです。


つまり、今私がいる時代、関わってしまった組織や人物についての記憶だけがすっぽり消えてる様です。

この現象は、何を意味するのでしょうか……




「セイちゃん、起きてますか?」


部屋の外から沖田さんの声。


「え? 起きてますっ」


私が答えると同時に障子が開きました。


「何度か呼んだのに、返事が無いので寝ちゃったのかと思いました」


あれ? 全く気づきませんでした。


「すみません、考え事をしてました」


「なるほど、これ朝餉です」


特に気にした様子も無く、沖田さんはにっこり笑って私の前にお膳を滑らせる。

お魚にご飯にお味噌汁、完璧な日本の朝ごはん!

朝は洋食に慣れてる私はちょっと感動。

当たり前なんですけどね、ここでパンとか出てくるなんてあり得ないので。


「ありがとうございます、頂きます!」


私が食べ始めるのを確認すると、沖田さんが意味あり気な笑みを浮かべつつ口を開きました。


「もしかしたら、今日中に決まるかも知れません」


私は意味が分からず、つい首を傾げる。

すると沖田さんは目を丸くして、呆れた声を投げつけて来ました。


「貴女、自分の立場を忘れたんですか?」


「うっ、そういえば扱い保留の外出禁止でしたね」


忘れてました。

出掛けてる幹部の方々が戻ったら、私をどうするか決めるんでしたね。

ひきつった笑顔の私を一瞥すると、沖田さんは溜め息をついてから話を続ける。


「予定より早く幹部が帰って来る事になりました、昼過ぎには戻ると思いますよ」


今度は私が目を丸くする。

そんな反応が意外だったのか、沖田さんの目がすっと細くなりました。


「嬉しくありませんか? 早めに自由になれるかも知れないのに」


「じ、自由になると決まった訳ではありませんし……」


言葉を濁す私に、沖田さんはそれ以上聞いては来ませんでした。

この時、何かが引っ掛かったんです。

酷く不安な何か。

その正体が気になって、私はまた自身の思考に没頭したのでした。




ここは、この時代はとても静かです。

走る車の音、テレビの音、電化製品の低い唸り……

そういったものが一つもありません。


聞こえるのは風の音、揺らぐ草花の音、軋む木の音……

たまに何やら揉めてる様な騒ぎが聞こえますが、概ね心地好い音ばかり。

どこにも行けず部屋に一人、何もする事がなくただその心地好い音に身を委ねていれば。

微睡みが訪れるのも必然と言うもの。


………………。


要するに、また寝てしまいました。

それはもうぐっすりと。

沖田さんが言ってた通り、夕方ぐらいに幹部の方々がお帰りになった様で。

先に土方さん等と話してから私を呼ぶと言われ、待っている間に寝てしまいました。

翌朝まで。

我ながら凄い神経とは思いますが、仕方ない…… ですよね?


さすがに、目が覚めたら朝だったという事実にショックを受け。

固まっていましたら、お二人の訪問がありました。


「これ着替えね、またオレので悪いけど」


一人は借りている着物の持ち主、藤堂平助さん。


「朝餉だ」


もう一人はこの部屋のお隣さん、斎藤一さん。


「あちがとうございます、でもなぜお二人が?」


私の質問に、お二人は顔を見合わせる。

そして、苦笑いを浮かべた藤堂さんが答えてくれました。


「総司と副長がね、最近かなり寝不足らしくてさ。

今寝てるんだよね。

昼まで起きないと思うから、君の事もそれからかな」


「寝不足…… ですか? お仕事大変なんですねぇ」


睡眠時間が取れない程の激務とか、労働基準法に引っ掛かりそうですがここには無いですね。

なんてお魚を突きつつぼんやり考えていたら、前のお二人が変な顔して私を見ているのに気づきました。

はて? お魚の食べ方がおかしかったでしょうか?

思わず私が首を傾げると、お二人は溜め息をつきまして。


「まぁ…… 仕事と言えば仕事かな?」


「一応、警備になるのだろうな」


と、それぞれ呟きました。

この時の京はかなり治安が悪かった筈。

夜の警備のお仕事が、寝不足になるほど続くなんて。

やはり大変なんですねぇ……


「ねぇ一くん、これってやっぱり?」


「……その様だな」


お二人は何やら呟くと、また溜め息をつきました。

後は雑談などしつつ、朝食に付き合って頂きまして。

私が食べ終わると、お膳を下げて下さりながら藤堂さんが口を開く。


「昼頃に局長達が来ると思うから、それまで待っててね」


「はい」


お膳を持った藤堂さんを先に出し、自分も部屋の外に出て障子を閉めようとした斎藤さんが。

思い出したように一言。


「寝るなよ?」


「……はいっ」


お二人の去って行く音を聞きながら、部屋にまた一人。

どうやって、睡魔と闘いましょうかねぇ……


雑談だったとは言え、少しここの状況が分かりました。

どうやら、幹部の方々が行っていたのは大阪。

藤堂さんと斎藤さんも同行していたらしく、それでお留守だった模様。


本来なら、今日帰る予定でしたが。

なぜか一日早く大阪を出る事になり、昨日の帰営になったらしいです。

何があったのでしょうか……


私はなぜか考えたところで答えの出る筈もない、“一日早まった理由”を考えていました。

大した理由では無い、とは思うのです。

だってあのお二人や沖田さんが、“予定より早く”とポロリしたのだから。

重大な理由ならば、予定が変わった等と私に話さない筈。

多分、仕事が早く終わったからとかそんな事……


そう思っているのに、モヤモヤとした気持ち悪さを拭い去れず。

ぐるぐると、答えの出ない事を考え続けてしまいました。

それはとても不毛な事でしたが、眠気覚ましにはなった様で。

私は無事、寝落ちする事なく幹部の方々と対面する事になりました。




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