同情なんて要りません、開き直りが大切です
立花誠、現在十五歳、来月十六歳になる予定。
祖父と二人暮らし。
両親は世界のどこかに居る筈ですが、忙し過ぎて現在地を把握できておりません。
私の見た目は……
長めの黒髪、黒い目、ごく一般的な日本人顔。
立花家はイギリス人の血が混じってるらしいですが、その特徴が出ているのは父まで。
両親は、人も羨む美男美女。
『子供は土地のもの』
なんて言いますが。
両親も世界中飛び回っているなら、わざわざ日本で私を産まず。
ちょっと西にずれて、中国辺りで産んで頂けたら。
もう少し手足は長く、美しく……
まぁ、今更ですね。
とにかく、今の私は数々の難関を乗り越え入学式に挑む筈が。
なぜこうなったのでしょう?
運の悪さのせいでしょうか?
私の運の悪さは凄いんです、気にするのも馬鹿らしい程に。
そう、例えば受験の日。
朝、念のため十五個セットしていた目覚まし時計が、全て壊れて一つも鳴らず。
顔を洗おうとすれば、いきなりの断水。
家を出れば大雨、バスは遅れ、タクシーに乗れば渋滞。
走れば工事のため通行止め。
などなどなど……
数々の難関を乗り越え、受験に挑みました。
そして今日、この高校を希望した一番の理由である可愛らしい制服に身を包み。
またしても似た様な難関を乗り越え、学校の門をくぐった筈。
ん? 確か音が聞こえたんでしたか……
昨日、祖父から入学祝と称して押し付けられた銀色の壊れた懐中時計。
それは全く動かなかったけれど、細工が綺麗で何となく制服のポケットに入れました。
門をくぐった時、カチッと音がして懐中時計を手にとって……
次に顔を上げたら仮装した男性が二人、目の前に居たのです。
……なぜ?
お互いに、呆気にとられる子と暫し。
男性Aがニタリと笑い、口を開きました。
「おかしな格好だが、すげぇ上玉じゃねぇか」
上玉?
残念ながら、私に玉はついておりません。
そっちの趣味なら無理に私に絡まなくても良いのに、男性Bも頷きながら近づいて来る。
「その恰好じゃ危ないぜ? オレ達と来な」
これは、何かのアトラクションですか?
着物に草履に刀を提げた二人の男。
もしや、入学式の何か?
そこで改めて周りを見回したら、くぐった筈の門も校舎も無く。
私はどうやら、どこかの通りのど真ん中に立っていました。
キョロキョロしていたら、男性A・Bの手が伸びて来て。
私は反射的に逃げ出し、あんな事に……
訳が分かりません!
どなたか説明をお願いします。
「お前の言ってる事は、七割がた意味不明だぞ」
キリリと切れ長系の美丈夫が、私の前で頭を抱えております。
まぁ…… 意味不明でしょうねぇ
華麗に現実逃避をした筈が。
美声な彼に米俵よろしく肩に担がれ、あまりの扱いの酷さにあっさりと現実に復帰。
腕を引かれて歩いていれば、嫌でも気づいてしまいました。
電柱が無い。
車が無い。
ビルが無い。
自転車も無い。
舗装も無い。
道行く人は皆さん着物に草履……
ここはどこかの時代劇村?
少なくとも、私の生活圏にはこんな場所は無かった訳で。
瞬き程の一瞬で、見知らぬどこかに来てしまったという事。
私の腕を引っ張る美声な彼は、背が高く中性的な美貌の持ち主。
俳優さんと言えそうではありますが、着ている着物に袴は衣装と言うには生活感があり過ぎて。
何より、突きつけられた刀は本物でした。
だって、首の皮がちょこっと斬れたから。
これは……
もしや……
噂に聞く……
タ、タイムほにゃらら?
私は過去にでも来てしまったのでしょうか?
いやいや、未来かも?
………………。
………………。
………………。
あり得ませんよね? そんな事……
混乱しながら腕を引かれるまま、やって来たのは一軒のお屋敷?
純和風なそのお宅に上がり込み、真っ直ぐ向かった部屋の中。
そこにはこれまた役者さん? て感じの美丈夫が、ふんぞり返っておりました。
「妙な格好しやがって、てめえは何者だ?」
と、仰るので朝からの出来事を包み隠さずお話しましたとも。
途中、受験の日の話しも混ざりましたけど。
適当に誤魔化そうにもここがどこなのか、いつなのか、私にはさっぱり分かりません。
なので正直に話したのですが。
結局、意味不明らしいです。
眼前の美丈夫は眉間に深い皺を刻み、これでもかと盛大な溜め息をつきまして。
「もう一度聞くが……」
何度聞かれてもねぇ……
「てめえは何者だ?」
「貴方はどなたですか?」
「………………」
「………………」
「どこから来た?」
「ここはどこですか?」
「………………」
「………………」
「………………ぷっ」
「目的は何だ」
「帰り道をご存知ですか?」
「………………」
「………………」
「………………ぶはっ!!」
部屋の出入りを遮るように、廊下に面した障子に寄り掛かり。
成り行きを眺めていた美声な彼が、お腹を抱えて笑い出しました。
美丈夫は、眉間に皺を三本増やし頭を抱えております。
「……面倒臭ぇ、もうこいつ斬るか」
「ふはっ、それは勿体無いですよ、ぷくく、こんな面白い人、うははっ!!」
面白いとか……
何気に失礼ですね。
美声な彼はひとしきり笑い転げると、美丈夫を半ば押し退ける形で私の目の前に座り込む。
膝がつきそうな距離で、まじまじと私の顔を見た後。
にっこり笑って口を開きました。
「タチバナセイさんでしたっけ? 僕は沖田総司、それは土方歳三と言います」
「それ言うな! てか不用意に名乗るんじゃ…… ぐふっ」
沖田さんの左手が下がったと思ったら、後ろに居た土方さんがお腹を押さえて二つ折りになりました。
どうやら、刀の鞘がお腹にめり込んだようです。
沖田さんは全く気にすることなく、話を続ける模様。
「ここは京の町、壬生浪士組の屯所です」
京って京都……?
ん? 壬生浪士組?
沖田総司に、土方歳三って……
「あーっ!! あれだ!! あれですよっ!! ……あれ?」
前のお二人は、いきなりな私の叫びに顔を顰める。
が、すぐに私が黙り込んだもので不思議そうな顔になりました。
知ってます!
名前、場所、知ってますとも!
「おい……」
「もしもーし?」
じじいさ…… コホン。
祖父が好きなのもあって年末時代劇とか、その程度の事なら知ってます。
「おい! なに固まってんだっ」
「聞いてませんね」
なぜでしょう……
「てめえ、いい加減に……っ」
「煩い、黙れ」
知っている事を知っているのに、知っている内容を思い出せないのはなぜでしょう?
「………………」
「………………ぶはっ!!」
ただ、ここは幕末。
つまり、過去だという事は分かりました。
「このアマ、誰に向かって黙れとっ」
「あはは、でも黙っちゃった時点で負けてますよ?」
誰かの悪戯とか、入学式の出し物でも無さそうで。
あり得ない事態に、私は大きな溜め息をついたのでした。
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