9.ゴールデン・ビースト・ソルジャー
どんどこどんどこどん!
リズミカルな太鼓の音。
太鼓を叩く面は動物の皮でできている。ちなみに和太鼓は牛の皮でできていて、雄と雌とで音が違うという。
……なにが言いたいのかというと、彼女たち金獣は、狩猟の能力を持っているということ。
仁は、あのあと、長い時間をかけて金獣たちの本拠まで拉致されていたのだ。
「ウー・ヒー」
チビ金獣を抱いたまま、広場に座らされている仁。変な声を上げながら正座している。
木の檻が無いだけましであろうか。
そのかわり、彼の周囲を槍や弓で武装した、ナイスバディのお姉さん達が二重三重に配備されていた。首長親衛隊ってヤツでしょうな、ハッハッハッハッ……。
動けばヤられる!
さらに、目の前の祭事広場中央では、二つの釜が焚かれていた。
二つともドラム缶サイズ。色が悪かった。金属のようにも土器のようにも見えるのだ。
そんなことはどうでもよろしい。
問題は……。
片方の大釜に野菜やら、肉片やら、岩塩やら、なんじゃかんじゃ表現不可能な食材がバケツリレーでドボドボ放り込まれていること。
もう片方の釜は、ただ湯だけが沸かされているらしいこと。こちらの釜が心配だった。
頃合いを見計らっていたのだろうか、年かさの女性が釜の近くにあらわれた。顔に素朴なペイントをしているが、それでも美しい金獣。
明らかに他の金獣たちと違ったオーラを持っていた。
「ワカマスタエ・オウ・ヨホ。アシア・ネ!」
仁を指さし、天を指さし、呪文のような言葉を唱える。
さしずめ、シャーマンといったトコロでしょうか? 悪い方に悪い方に転がっていく予感に、仁の全身がこわばる。
「ワマスタエ! エ!」
シャーマンらしき金獣の、短い呪詛っぽいのがいきなり最高潮の盛り上がりを見せた。
「エ!」
広場にいる全金獣が腕を突き上げ唱和する。
「ワマスタエ!」
「エ!」
ギッラギラした百の視線が仁に突き刺さり、唱和が続けられた。
「エ!」
チビッコも喜んで声を張り上げている。
いよいよ釜に放り込まれるのか? 予感としてあった生命の危機が、現実味を帯びてきた。下痢にも似た、冷たい痛痒感が脊柱内髄液に走る。
「うわーぅ!」
悲鳴を上げたのは状況に変化があったため。
五体の金獣が仁の眼前に集まった。彼女らの顔は笑っている。でもいかにもといった作り笑顔。目が笑っていない。
それぞれ二対計十本の腕が、うねうねと仁に伸びてくる。絶体絶命!
「クレアさーん!」
叫んだつもりだが、喉の奥に粘っこい痰が絡んでいて、声が出ない。
「ヤーフー!」
ザワリとしたウエーブが金獣たちの間に走る。みな一様に釜の向こう側に首を向ける。ここからだと、仁には金獣たちが邪魔で見えない。でも、誰かがこちらに向かって走っているのが足音でわかる。
「ク、クレアさん!」
精一杯首を伸ばし、視界を確保する。
確固たる足取り。金獣たちの群れを割って現れたのは――金獣だった。
血だらけの。これも女の金獣。
体のあちこちから血を流している。いや、血を流した後がある。その数五カ所。
もう一カ所、右目に巻いた包帯風布切れが真っ赤だった。
これで合計六カ所。クレアさんが発砲した弾丸の数と合う。
見覚えのあるタンクトップ風貫頭衣。最初にキャンプ地を襲撃した金獣。
彼女がここにいるということは……。
「こ、これは、まさかクレアさんは……」
仁、体の震えが止まらない。
傷だらけの金獣の目的は仁らしい。走るのをやめた血だらけの金獣は、こちらに向かって一直線に歩いてくる。仁の顔をひしと睨んで。口元に肉食系の笑みを浮かべて。
「ニケ」
チビッコが傷だらけの戦士を指さす。
「ニケ?」
どうやら、戦士の名前らしい。
仁の眼前まで来ると、今度はシャーマンに首だけ向け、大声でなにか主張した。
「チセ・ワヒソ」
なんか、こう……、戦果の第一殊勲者は私である。最初の一口は私に権利がある。とでも主張しているのだろうか?
シャーマンは頷き、広場の方を向く。
「カ・ニケ・メ・マスタ・ナホ」
その言葉に我が意を得たりとばかりにニヤつくニケ。どうやら主張は認められたらしい。
満足げな笑みが浮かんだ顔を仁に近づけてきた。六つの傷跡が生々しい。
……六発も打ち込まれて痛くないのだろうか?
血が乾いた傷口を見て、ぼやっと考えていた。
銃で撃たれても何ともないなんて……。
ちらりちらりと傷を見る。
内、左腹筋の傷口に二本の指が伸びた。ニケの指だ。
そのままグリッと傷口に指を突っ込む。出血が始まった。
「ホァウッ!」
悲鳴を上げるニケ。そりゃ痛いだろう。眉をハの字に変形させたまま、傷口の中で指をかき混ぜる。
その表情に艶めかしさを感じてしまった。こういう時に発現するこの感情は危ない。
仁が顔を背けようとした時、ニケの動きが止まった。指をそっと傷口から出す。
二本の指に挟まれていたのは、先端のひしゃげた弾丸。
乾いた音を立てて地面を転がっていく。仁はそれが止まるまで眺めていた。
「ワロリ?」
はっと顔を上げる。凄まじい気迫を放つニケ。迫力ある笑みを顔に浮かべる。
「あは、あはあはあは」
仁は、笑うことで答えとした。どうせ、『お前の連れ合いに撃たれた弾丸だ。きさま、覚悟はいいか?』みたいなことを聞いているのだろうが、万が一ということもある。とりあえず愛想笑いを張り付かせておくことにした。
「ワ・イロリ!」
高々と腕を振り上げ勝利宣言するニケ。何の勝利宣言だろうか? なんにせよ、今の愛想笑いが引き金となったのに間違いない。
「ニケ! ニケ! ニケ!」
全金獣による唱和が延々続く。誇らかに胸を張るニケ。けっこう大きな胸……いやいやいや。この場面でナニ平和なこと考えているのか!
「ナワコ!」
血まみれの手で指し示すニケ。なぜか、どや顔。拍手と笑いが湧き起こる。
周囲を囲む金獣アマゾネス達が仁を促す。目的地は、あの大釜。両脇に手を回され、立たされる。肩に手を置かれ、押されて歩いた。
大釜の前で、とても幸せそうな笑みを浮かべるニケ。
釜の底から、ときどきはみ出す炎が熱い。
その釜に梯子がかけられた。
広場の金獣たちが静かになった。あれほど騒がしかった声が消えた。空気が堅くなる。
だっ、だめだ! 死ぬ! 殺される!
琴葉ちゃんは、父さんや母さんは……。
「クレアさーん!」
涙声で叫ぶ仁であった。
クレアさんは、メインヒロインの仁を救えるか?! ……なんか違う感がするが違和感なし!
次話も連投の予定です!