8.襲撃、金獣!
「撤収準備!」
クレアさんが叫ぶ。靴底で火を消しにかかる。すでにバックパックに手を通している!
「え? なに? なに?」
おろおろしてるだけの仁。反応が悪い。
「そいつは金獣の幼体だ!」
ホルスターから拳銃を抜き、第一弾をチャンバーに送り込むクレア。戦闘準備が着々と進む。
「近くに成体がいるはずだ! 全方位監視しつつ撤退開始!」
この子は可愛いけれど、金獣。それは獰猛な野蛮亜人。狼男の眷属?
仁の脳裏に、とある映像が浮かぶ。六連発を持った現代人が、槍を持った三十人以上の戦闘的裸族に取り囲まれている図。明らかに弾の数より、敵の方が多い。
その後、粗末な、それでいて頑丈な木の檻に入れられ、目の前で大きな釜が茹で上がっていく。スープは鶏ガラ? いえいえ、人の――。
いやいやいや! ぷるぷると頭を振って、嫌な考えを放り出す。
とはいうものの、足が震えだした。体が硬くなっていくのが自分でもわかる。
「ど、どうしようクレアさん!」
「二時の方向!」
クレアさんが低く小さく警告を発する。
二時の方向って……時計の二時?
仁は右斜め前に首だけをめぐらす。木陰に、なにやら動く影が……。
飛び出してきたーっ!
「イーマスタート!」
なんか叫んでる。こっちへ走ってる。筋肉質の、金色の、大柄の、女の、獣耳の――。
全力で間違ったイメージを沸騰させて具現化したケモノ耳、ケモノシッポをもったムキムキの女の人だ!
「七時の方向! 走れーっ!」
その場で回れ右する仁。無邪気な笑顔を見せてる金獣の幼体が目に入った。
銃声が立て続けに三発。心臓が三回跳ね、血圧が三段階上に上がった!
「ワー・ツー・ウー」
幼体がなにやら喋っている。何で聞こえるかというと、小脇に抱えていたからだ。
人間、地震や火事など、緊急事態により簡単にパニくる。そんな時、金庫や通帳ではなく、身近にある枕を持って逃げることがある。
仁がそうだった。目の前に突っ立っていた小さな子を思わず小脇に抱えてしまったのだ。
「あわわわわ!」
ドタバタと、効率の悪いランニングフォーム。アンド、金獣の幼体であるチビッコを小脇に抱えたまま、真っ直ぐ森に向かう仁の背に、クレアの叱責が飛ぶ。
「こら! 幼体は置いて走れ!」
身の丈三メートルの人狼。一クラス分の人数に囲まれる図。木の檻。茹で上がった釜。次々と光景を脳裏にフラッシュバックさせている仁。彼に、クレアの声は届かない。
立ち木の中に、一箇所開けている場所があった。獣道だろうが、かまわない。そこしか入れる場所がない。一目散に駆け込んだ。
なんとか逃げのびた。
クレアさんが追いつけるように、ゆっくりと歩いて、静かな森の奥へ分け入っていく。
いま右の方から何か音がした!
木の枝が揺れている。金獣のちびっこを胸元に抱き構える。
「鳥?」
赤と青と黄色が派手な鳥が、羽ばたいていた。前後左右を見渡しながら、及び腰で歩いていく。
また右から音がする。こんどは草むらだ。木々の下草が揺れていた。
「ウ、ウサギモドキ……かな?」
思わず、ちびっこを抱く手に力が入る。
「ぷぎー!」
抗議の声が上がる。
「あ、ごめん!」
謝ってばかりの仁。でも、ちびっ子から伝わってくる体温が、仁を落ち着かせていた。
「ほーっ」
深呼吸のような深い溜息をつく仁。
左で草の揺れる音がした。またウサギモドキ――。
右で、左前方で、右後方で、かすかな音が立て続けに! 何かいる!
左目の端が動く影を一つ捕らえた。右目の視野に複数の動く影。こんどは左の視野にはっきりとした人影が!
いつの間にか、一クラス分の気配が蠢いていた。
――これはヤバイ! そうだクレアさん!
発砲音が三つ聞こえた。三連射はこれで三回目。彼女の癖だろうか? ……でも、かなり遠い。
クレアさん一人なら、なんとかできるだろう。でも僕の場合……。
崖っぷちとはこのこと。これは現実。目の前に液晶ディスプレイも四方向レバーもない。昨日までの現実はどこへ行ったんだ?
仁の首筋の産毛が、全部逆立った。と、思ったら森の奥へ向かって走り出していた。
それをきっかけとし、仁の後方で金獣たちが一斉に立ち上がる。
「ぎゃーっ!」
悲鳴を上げる仁。ざっと二十匹の金獣が、獣道に躍り出たのだ。
「く、来るなー! それ以上近寄ると、この子の命はないぞー!」
シッポを嬉しそうにバタつかせているチビッコを正面に抱き直す仁。人質のつもりである。どうやって素手でチビッコに危害を加えるつもりだろうか、という疑問は置いといて、どうか未開人の金獣に、人質の概念がありますように!
らんらんと金色の目を輝かせた金獣が、次々と躍り出る。完全に仁に興味がある目だ。
人質の概念なし!
仁が飛び出したのは、獣道の果て。森の広場。
ずらりと金獣たちが輪になった、その真ん中に飛び出した。
「あわわ」
急いで回れ右。だが、森への入り口は追いかけてきた金獣たちであふれかえっていた。
ふと――、仁は、金獣たちの、ある共通点に気づいた。
みな、一様に金色の目。くすんだ長い金髪。毛皮や簡素な繊維でできた袖無しの貫頭衣は横隔膜のあたりまでの短い丈。長く尖った耳。ふさふさの尻尾。顔と腹部以外、全て毛足の長い金の体毛が覆っていた。
あと、全員の目が何かの欲に反応し、異様にギラついていること。
それともう一つ。
「メス……いや、全員女の人?」
とうとう金獣たちの数は百を超えた。
見た目十代から二十代まで様々あれど、みな一様に出るところは出、引っ込むところは引っ込んでいる。クレアさんとはまた違うタイプのナイスバディ。毎日走っていそうだしね!
そういえば、このチビッコも女の子っぽいし……。
「なぜ女ばかり……はっ! アマゾネス?」
伝説の戦闘民族アマゾネス。長い槍を標準装備、弓にも長けている。男と見るや、無慈悲に攻撃を仕掛ける。
粗末だが頑丈そうな木の檻。目の前で茹で上がる大きな釜……。
チビッコを抱く手に力が入る。
「人質ーっ!」
仁の叫びを吉祥に、一斉に飛びかかってくる金獣たち。
何本もの腕が、手が、チビッコを抱いたままの仁を捕まえ、自分たちの頭上に持ち上げる。おみこし状態のまま、連れ去られていく。
結局人質の効果は無し。仁が後味の悪い思いをするだけだであった。
さあさあ、人気のネコ耳の登場ですよ! ちょっと違和感を感じますが、ネコ耳ですよ!
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