7.お姉さんとドキドキキャンプ
人間、火を見るとなんだか落ち着くものである。
仁は、ほっと一息ついた。疲れがどっと押し寄せてくる。
火を見ても落ち着かないタイプらしいクレアは、手を休めることがない。火の番を仁に任せ、森の周辺を歩き回っては、薪を拾っているのだろうかごそごそと手を動かしている。
戻ってきたらきたで、救命パックを開き、せわしなく手を動かしている。
「クレアさん」
声をかけてみるが、快い反応がない。膝をついて背を向けたまま、黙々と用事をこなしている。
「肩と足、大丈夫ですか?」
タイミングがそうだったのかも知れないが、小さな紙ケースに伸ばした手の動きがゆっくりだった。そして、首を捻って仁を見る。
なんだか瞳孔が開ききってるように見えるが、たぶん気のせいだ。
「何の問題もない」
生気のない目でひと睨みしてから、何事もなかったかのようにして元の作業に戻り、ごそごそと救急パックの中で手を動かしている。
「ほら」
振り返りもせず、小さなボトルを放り投げる。抱かまえこむようにしてキャッチする仁。手にしたものを見る。それは水の入ったボトル。
スクリューキャップをねじ切り、水を口に含む。喉が渇いていたことに気づいた。むさぼるようにして水を飲む。
「半分にしておけ。水は豊富な土地柄だが、次いつ手にはいるかわからない。ほら!」
クレアが金属製のマグカップを差し出した。ほのかに黄色いペースト状のモノが、すり切りいっぱい入っている。
受け取ると、魅惑的な甘い刺激が鼻腔いっぱいに広がった。忘れていた食欲。
クレアが安っぽい樹脂製のスプーンを差し出す。
「非常用のビスケットを茹でふやかしたモノだ。柔らかいが、意図的に噛んで食べろ」
暖かいのがありがたかった。すでに、かき込むように頬ばっていた仁。ほんのりと甘く、香ばしくて旨味がしっかりある粥みたいな味。
「よく噛めと言ったろうが!」
ドンと片足をつくクレア。眉が鋭角に吊り上がっている。小さくなってモグモグする仁。
「それでいい。では食事開始」
そう言ってから、スプーンを自分の口に運ぶクレア。三口ほどでスプーンを置く。ボトルの水を二口飲んでキャップを閉める。
それでクレアの食事はお終いのようだった。
仁は自分のコップをのぞき込む。まだ半分残っていた。
「クレアさん、僕の分が多いような――」
「本官に太れと言うのか?」
切れ長の目が凄んだ。日本刀の鋭い切っ先のような目尻だった。
「いえ、残さずいただきます」
コップに口を突っ込むようにしてモグモグする仁。それをじっと見つめているクレア。
クレアさん、ひょっとして自分の分を削って……。
つと目線をそらせ、クレアが口を開く。
「シティに行けば、美味しいものがたくさんある。何が食べたい? 無事に到着すれば手配してやろう」
「おでん」
間髪を入れず答える仁。
先ほどよりは写実的なへのへのもへじ顔をするクレア。
「ないの? 僕、練り物が好きなんだけど」
「……いや、ある。幸か不幸か、具はほとんど練り物ばかりだがな。アルフレイは海の幸が豊富だ。練り物だって美味しい。本官は野菜系が好きだがな」
ちょっと誤魔化されたような気もするが、彼女の心遣いに感謝し、舐め回すようにして綺麗に食べ終わった。
「コップとスプーンはそこに置いておけ。後で本官が片付ける」
クレアは、救命パックから取り出した新聞紙より薄そうな銀の布を広げている。
「ツェルトだ。……寝袋とテントがあわさったモノだと思え。薄いが、完全断熱素材でできている。大気圏突入も可能という怪しい物だ。潜り込んで寝るがいい」
見渡せば、辺りに夜が迫っていた。星はまだ出ていない。
体が鉛のように重くなっている。クレアさんの好意に甘えて、ツェルトに潜り込むことにした。
クレアさんが言ったとおり、薄いツェルトの中は暖かかった。背中は、もろ地面の感覚だがこれは仕方ない。安堵感に、大きく息を吐く。
「失礼するぞ」
クレアさんがスルリと入ってきた。
仁の顔のすぐ側にクレアさんの顔が並ぶ。よかった、暗くなっても目は光ってない。
……いや! いやいやいや!
突然の成り行きに、目を白黒させる仁。古い言い方だと同衾。同床とも言うそれをわかりやすく言えば添い寝。眼前十㎝にあるクレアさんの綺麗な顔。
離れていても伝わってくる暖かい体温。生々しく聞こえるクレアさんの息づかい。
こっこれはっ!
「このツェルトは二人用だ。ならば分かち合ってとうぜんだろう? それとも本官と一緒に寝るのが嫌なのか?」
仁は真っ直ぐ上を向いたまま、ぷるぷると首を振って否定する。これはチャンス!
「何だ、やっぱり嫌なのか?」
「違います違います! 一緒に寝るのは嫌ではありません、という意思表示です。……いやいやいや、一緒に寝たいと言っているのではなくて、あくまでも……そう、枕を並べるという行為に対して――」
「いいから寝ろ!」
仁は、クレアの一言で撃沈してしまった。
しかし、この状況は! 男子と生まれて十四年。最強最大美的チャンス!
……体をくっつけて寝るということは、触れあってしまうのは当然の理。ちょっとくらいなら触っても良し! 事故だよ事故! これをきっかけにぽぽぽぽーん!
中二思考全開の仁。手を動かして……。
ゴツ。
堅いのに当たった。
――自分のではない。
――クレアさんのだ。
位置的に鑑みて、これは自動拳銃が入っているホルスター……。
いやいやいや、待て待て待て。クレアさんは疲れ切っているはず。ほんの少し待てば、ぐっすり寝入ってしまうだろう。
――それを待つ!
真っ暗な闇の中。完璧な作戦。見よ、ニンニクの威力!
「眠れなくても目をつぶっておけ! 就寝!」
起きていることバレバレじゃん。とりあえず目をつぶって……。
目を開けたら、明るくなっていた。
一般的に、朝が来た、という太陽系規模の現象。
「あ? あれぇー?」
もちろん、クレアさんは隣で寝ていない。妙に頭がスッキリしている。
「目が覚めたか? 肉が焼けたので、ちょうど起こそうと思っていたところだが、匂いに釣られて起きてしまったのか? いやしいやつめ! 体は正直だな」
一生の不覚!
もう一度言う。一生の不覚!
握りしめた拳をこれでもかと地面に叩き付ける。もっと叩き付ける。何度も叩き付ける。
だのに、お腹が鳴った。いい匂い。肉が焼ける香ばしい匂いが、あたりに漂っている。
どこで見つけたのか、太い丸太の中程が燃えている。
大なり小なりの木の枝に刺した肉から、油系の煙が上がっていた。胃袋が肉を上納しろと、多大なる要求を出している。
情けない話だが、ごそごそとツェルトから這いだした。
「体は痛くないか?」
クレアさんが聞いてくる。手や足を動かしてみるが、すっかり痛みはとれていた。
「一晩寝たら、直ってた」
ぐっすり眠ったのがよかったのだろう。悲しいけれど……。
「クレアさんはどうなんですか? 肩、痛くないですか?」
微動だにしないクレアさん。金の瞳孔が開いているような気がするが……。
「悪化してるんですね?」
さらに微動だにしないクレアさん。
「クレア――」
「やかましいっ!」
クレアは、ぐわわっと回り込みながら立ち上がり、無事な左腕だけを振り回す。
「右腕は全快した! 見るがよい!」
言ってクレアは、勢いよく右腕を振り上げた。
ぴったり肩の高さまで。
「いやいやいや、それ以上あげないと」
仁のつっこみに対し、腕をあげるクレア。一センチだけ。
彼女はいつも通りポーカーフェイス。ただ、額に大きな汗の粒が浮いていた。
「やっぱり痛いんだ」
「やかましい!」
更に二センチ、五センチ、十センチと右腕をあげていくクレア。
青、赤紫、青紫と変色していく顔色。数を増す汗の粒。噛みしめた歯と歯の間から火花が散りそうだ。
「いや、ちょっと、無理しちゃ駄目だよ!」
「ふははははっ! そーら、なんともないぞー!」
腕の角度は、仰角にして四十五度を超えた。
だらだらと流れ落ちる脂汗。見ていて気の毒だった。
「解りました! クレアさんの腕はなんともないです。だからもう許してください!」
泣いて謝る仁。気迫勝ちのクレア。
「はぁはぁ。わかったのならツェルトをたたんでおけ。丁寧にな。はぁはぁはぁ」
血走った目を仁に向けるクレア。美女の血走った目って初めて見た。
クレアさんの命令に逆らうと撃ち殺されそうな気がしたので、仁は素直に従い、ツェルトを折りたたむ。
「たたみ終わったらこちらに来て座れ。朝食の用意ができている」
先ほどから焼いている肉から、汁がこぼれ出ている。食べ頃だ。
「夕べ、罠を仕掛けておいたら、今朝ウサギモドキが二匹かかっていた。日持ちしないからできるだけ腹に詰め込んでおけ!」
「罠ですか?」
そういえば、夕べ下草でゴソゴソやっていたのは罠を仕掛けていたためか。
「本官はトラップ関係の教官も務めている。ほれ!」
クレアに肉を手渡される。
「朝食、開始!」
合図と共に、肉にかぶりつく。ジューシーで柔らかい。なおかつ臭みがない。
口いっぱいに頬ばってもぐもぐと口を動かす。豚でもない、牛でもない、まして鳥でもない。まさにウサギ。ウサギ肉など食べたことないが……。ウサギモドキという単語が気になるのだが……。
フワフワの白い毛が目に入った。
草むらの上に、つぶらな瞳をしたぬいぐるみのように可愛い動物の頭だけが……。
視線を元に戻して、食事に集中する。
あっという間に二本を平らげ、三本目へ手を出す。と、手が柔らかいモノに触った。クレアさんが肉に伸ばした手だ。
「あ、ごめんなさい」
ドキドキと鼓動を高めつつ、あわてて引っ込める。反対側の肉に手を伸ばす。こちらも手が柔らかいモノに触れた。
「ごめんなさい!」
眉毛を下げて謝る先に……毛むくじゃらの小さい人?
見た目、二歳児。明るい金色の目……。
バサラに伸びた金髪。頭頂で存在を主張する三角に尖った耳がピコピコ動く。ふさふさした犬系の尻尾。金色の体毛は、か細くて長い。……顔と腹部だけ毛に覆われてない。
それが、あーん、と小さな口を開ける。短いながら尖った犬歯が見える。
そんなちっこいのが、ちっこい手に持った肉をワイルドに頬ばった。にこにこしながら。
ほっぺたがマシュマロみたく柔らかそう。あ、こっち見て笑った。うわっ、可愛い!
……で? あんた誰?
すんません、やっぱザブタイトル変えます(汗
どこのどなたか存じませんが、毎回毎日3桁のアクセス&ユニークありがとうございます。
引き続き、誤字脱字・句読点句読点・用法等の間違いご指摘受付中!