32.サヨナラ。
ところが、コトシロは間を開けずに話し始めた。
「羨ましかった……からかな?」
チラリとクレアを見るコトシロ。クレアは銃を動かし、続きを促した。コトシロは、今はエルフィしか映しだしていないモニターを眺める。
「マスターを愛する事しか能のない、馬鹿なエルフィとスヴァルトが……」
長い黒髪が揺れる。
「だから、二人を争わせたかった。二人の生き甲斐であるマスターを取り上げてしまいたかった!」
激しく音が響く。コトシロがパネルを両手で叩いたのだ。
「マスターを取り上げたかったなら、僕を殺す方が簡単だったはずだ」
「だから、ニケをビフレスト・ポートへ導いた」
バイザー越しにコトシロが仁を見る。
「うっそだぁー」
仁が笑う。
「いや、ニケさんを向かわせたのは嘘じゃなくて、嘘と言ったのは、それで僕を殺そうとした方ね」
手を置いといて、のジェスチャーにしている仁。
「だって、他に確実に殺せる方法が、いくらでもあったじゃないですか。例えば、さっきあのままエレベーターに乗せて停電させるとか、食べ物に毒を混ぜるとか……だいいち、ニケさんが僕を殺さないのは、コトシロさんが一番知ってるはずです」
いまいち決まらないのを自覚する仁。後頭部を掻こうとしてミアの腰を掻いてしまった。
キャッキャと無邪気に笑うミア。
「わたくしもそんなに笑ってみたい。声を上げて笑ってみたかった! ヒトを……マスターを愛し、愛されたかった……」
後ろを向き、背を見せるコトシロ。肩を振るわせている。
「それにマスター・ジン。あなたはわたくしに何を求めておいででしたか?」
仁が問い詰められる番。それこそ、仁が気づいたという点。負い目を感じたところ。
「僕は、コトシロさんを……琴葉ちゃんじゃないかと思っていた。大怪我をした琴葉ちゃんがサイボーグ手術でコトシロさんになったんだと」
長い黒髪。見た目の同一年齢。
「でも、それは間違いなんだよね。琴葉ちゃんは、死んだんだ。もうここにはいない」
琴葉の死に対し、仁の目にブレはない。
「コトシロさんは、短い間だけだったらと気を回してもらって、琴葉ちゃんぽく振る舞ってくれたんだよね? お互い、傷つけ合うだけなのに」
後ろを向いたまま、コトシロは何も言わない。
「ごめんなさい」
仁は頭を下げて謝った。コトシロは許してくれそうにない。
「あなたが謝る必要はありません。わたくしも反省などいたしません」
機械の腕を上げる。二の腕の外装が開き中のメカが丸見え。関節がモーター音を挙げて回転する。
「わたくしはこんな体」
後ろを向いたままのコトシロ。
「だれも、こんなわたくしを愛そうなどと思わないでしょう。コトハ様のまねをしていれば、少しは気が惹けるんじゃないかと邪念しただけ。わたくしは醜――」
コトシロの言葉は、そこから続かなかった。コトシロの背を後ろから仁がそっと抱いていたから。
コトシロを振り向かせる仁。そっと手をバイザーに沿わす。
かちりと音を立て、バイザーが上がった。
もちろん、琴葉ではない。知的な美女の目が、仁を見ていた。色は金色。
「うん、やっぱりきれいだよ」
コトシロは、振り切るように仁から離れた。二歩、三歩と後ずさる。
「ひどいですよマスター。わたくしはこう見えても、まだ十三歳なんですよ」
涙が一筋、彼女の頬を流れた。
仁より一つ小さい少女だったのか。
……コトシロさんを助けたかった。
仁は決断をした。
「あとは警察に任せよう」
「アルフレイに警察機構はない」
クレアが冷たく言い放つ。
「コトシロが警察と検察の機構を兼ねている。もっとも、アルフレイで、警察沙汰になる争いなど起こったためしはないがな」
シニカルに笑うクレア。対して、目を丸くしてクレアを見つめ、口を開けている仁。
仁は首をかしげて考えている。やがて、仁は何かを確信したのか、口を閉じ、うんうんと噛みしめるように頷いた。
「もし、僕に権限があるとしたら、この件は不問にしたい。……だめだろうか?」
仁はクレアに問うた。
「コトシロ次第だな」
コトシロはディスプレイを背にして立つ。背後に手を回す。回した手が出てきたら――。
手に銃が握られていた。
ニケが飛びかかろうとしたが、躊躇した。銃口が狙っているのは仁だからだ。
クレアはとっさに降ろしていた銃を構えなおそうとして……、床に片膝をついた。
「クレアさん!」
仁がクレアの肩を抱く。手に力が入らないのか、銃を持つクレアの手が震えている。
「この部屋に、ある波長を組み合わせた電波を流しました。エルフィであるクレアは、体の自由がきかないはず。万が一、エルフィが反乱を起こした時用に、ヒトが作った防護策です。さあ、この部屋を出ていってちょうだい!」
「コトシロさん!」
発砲音。仁の足元に穴が空く。ニケが飛びかかる隙を与えず、第二弾装填。
「そうですね、ニケさんが邪魔ですね。マスターキトウヨ・ロリツミア」
コトシロが金獣の言葉を喋った。とたん、ニケの体から戦意が喪失。仁とミアとコトシロを代わる代わる見つめた後、髪の毛を掻きむしって両の膝をついた。
「何を言ったんですか?」
クレアの腕を取りながら仁が問う。十三歳の少女は、いつもの笑みを唇に浮かべていた。バイザーを上げたままなので、笑顔が見える。邪気のない可愛い十三歳の笑顔だった。
「マスターはまだ未成年だと言っただけです。ついでに、ニケではなくミアを恋人に選んでいると付け加えておきました」
そしてバイザーを降ろす。口元に笑みはない。コトシロに戻った。
「これで金獣につきまとわれないでしょう? さあ、お行きなさい!」
断固とした物の言い様。
「だめだよコトシロさん! 早まっちゃ――」
「ならば、あなたはわたくしを愛してくれますか?」
――それはできない。だって僕は……。
でも仁は言い返したかった。クレアに止められなかったら。
「部屋から出るんだ。……部屋から出てやってくれ!」
何度かコトシロとクレアを交互に見た後、仁はクレアに肩を貸した。ニケの腕を引っ張りながら、コントロールセンターを出て行く。
廊下に出ると、ドアがゆっくり閉まっていく。仁との名残を惜しむように。
部屋の中のコトシロは銃を構えたまま。ドアが閉じきる直前。コトシロの唇が動いた。
サヨナラと。
始まりがあれば終わりもある。
終わらせるためには、始めなければならない。
いよいよ次回、最終回。
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