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30.超常現象。

 ポットは目の前。係のエルフィは最終操作に入っていた。ポットの上に設置された円柱の先端から、あの銀色の光が漏れている。

「ビフレストの橋が架かります! お急ぎください!」

 一人は脇のパネル操作。一人は固定装置をスタンバイ。一人は仁の手を取り、ポットの中に押し込んだ。


 ポットに入る前、ステンレスの仕切りパネルに自分の姿が映った。醜い姿に見えた。

 ――そして、仁はポットに入る。


 建物が唸りを上げて震えだした。天井にひびが入り、小さな破片が落下している。

 間欠的に発光する銀の光。黒いポットが銀色に変色していく。


「ビフレストの橋、いま架かりました! 急いでっ!」

 間に合った!

 パネル操作係のエルフィが、スタッフを叱咤している。

 また銃声が三つ。クレアさんは健在だ。それが心強い。


 エルフィが二人がかりで固定装置を降ろす。ジェットコースターに装備されている、あの安全バー的な油圧式固定装置だ。


「キャーッ!」

バーを降ろしていた二人が、悲鳴を上げて真横に飛んだ。


 入れ替わりに現れたのは、片目を黄色い布で隠したニケ。満足感に溢れた優しい笑みを残った目に浮かべている。

 ニケが口を開く。

「マスター、アイシテル」

 ニケが、仁の言葉を喋った。

 言葉が通じるのか?


「だめだよニケさん! 僕は帰らなきゃならないんだ。でなきゃニケさんも死んでしまう! わかるかい?」

 ニケの対応は、首を傾げるだけ。

 アイシテル、この言葉だけしか知らないのか……。


 ニケは、仁に手を伸ばしてきた。

「そこから離れろっ!」

 ニケの後ろでクレアが銃を構える。ライラより託された大型銃。超回復力を持つ金獣といえど、この銃の前では動きを封じられる。

 一瞬で戦士の顔になるニケ。ゆっくりと振り返る。


 ポットのパネルを操作する女の子から悲鳴が飛ぶ。

「少尉! 撃ってはだめです! 外れたら最後のポットが! マスターがっ!」


 大口径の銃。普通の人がその弾を食らったら、手足くらい吹き飛んでしまう威力。

 金獣の身体能力は狼男並。この距離でもかわすことは可能。なら、弾は仁に当たってしまう。当たらずとも、ポットを壊してしまう。そうなれば全てが終わる。


 この町も消えてしまう。

 シェリル軍曹やライラ少将の想いが――そして琴葉の想いが無駄になる。


「そんな事わかってる」

 クレアが叫ぶ。クレアは、危険性を知っているから先に声をかけたのだ。

 ニケを殺すだけなら、何も言わず撃てばよい。

 おそらく、クレアはニケを倒す最初で最後の機会を仁の為に捨てたのだ。


 ポットの発光が一段と強まった。ニケが動く。

 射線から、マスターである仁を外すかのように。いや、外すために。


「安全柵、仰起!」

 操作係のエルフィが唱和すると、腰までの高さの柵が床から伸びてきた。

 揺れが一段と激しくなる。ひびが床や壁に伸びる。固定されていないポットが、いくつも台座から転がり落ちる。


 太陰対極図を描きながら、クレアとニケが接近していく。

 銃を眼前に構えたクレア。斧を下段に構えたニケ。


 ポットの上。円柱の先端から伸びる眩しいエネルギー光。

 銀色のベールに覆われていく転移ポット。この色は、あの時のミラー球の色!


「空間転移ポート、ペンテコスト開始! ハッチ閉めます!」

 係の女の子が泣き声で叫ぶ。

「もう行っていいぞ」

 クレアがかけた言葉に、はじかれるようにしてかけていく女の子達。


 仁の目の前でハッチが、……上と下に別れたハッチが、この光景を挟み千切るように、ゆっくり閉まっていく。油切れだろうか? その動きがぎこちない。


「これでさようならだ。貴様……もとい、マスター」

「貴様でいいっていったろう? 仁って呼んでいいよ!」


 クレアとニケ。二人の間が狭まっていく。

 二人は似ていた。錯覚しそうなほどよく似ていた。二人が協力すれば、天の星だって取れるだろうに……。


 ――あれ?


 仁の頭に閃くものがあった。よく似ている。それは錯覚というもの。

 じゃあ、あれが間違いで、これが正解だとしたら……。

 手にした琴葉の携帯を見る。

 ばらまかれていた鍵と、散らかった錠が全部合致した瞬間。


 ――すべて、理解した!


「じゃあな、……仁。結局、エルフィ本来の仕事をしてやれなかった。元の世界の人たちによろしくな!」

二人の距離はゼロ間隔。クレアさんの持つ拳銃が、ニケの額に触れそう。ニケの持つ斧は、クレアさんの首に届く位置。


 クレアさんが笑った。泣いているのに笑顔でいられるのは何故か!


 どうすればいい? 僕はどうすればいい? 真実がわかった僕は!


 このまま帰るのか? でも帰れる唯一無二のチャンスだぞ! 琴葉ちゃんに誓ったろ?

 ハッチが閉まる。隙間は五十センチを切った。仁にはもう何もできない。


 ニケが斧を落とした。床に音が響く。


 それを合図に、クレアが発砲。ニケはすでに指を揃え手刀にした左手をクレアの喉元に食い込ませている。その色がオールグレーに変わった!

 世界から色彩が消える。クレアの銃口に灯る炎までがグレーの世界。


 特異点である仁の能力である。過去二回の超低速を遙かに越える超々低速の世界。


 ハッチの隙間は四十センチで止まっている。しゃがんで出ようとしたが、狭すぎる。両手に持った二つの携帯を座席に放り投げ、這って出る。

 転がりながら外へ出た。安全柵を乗り越える。重い体を引きずって二人に近づいていく。


 クレアさんの銃口から弾丸が飛び出していた。ニケの額に接触寸前。いかなニケといえど回避は不可能。一方、ニケの手刀はクレアの首に食い込んでいた。


 仁はクレアの頭と肩に手を当て、……考えた。ここは超低速の世界。それは仁から見ればの話。第三者から見れば仁は超音速で動いている。

 マッハの動きで乱暴に扱ったら、クレアの白くて細い首が折れる。だから、そっと押した。時間をかけて、ニケの手刀からクレアの体をずらした。


 次はニケ。


 いけない! 弾丸が額に接触している。時間が止まったわけではないのだ。マッハの弾丸を先に処理すべきだった。


 仁は、力一杯ニケに体当たりした。不死身の金獣のこと、マッハの体当たり位じゃ、たいして怪我をしないだろう。


 床に転がる頃には、ふらふらだった。精神力と体力のほとんどを消費したみたい。

 斜めになった視界に、走って逃げている、ポット担当の女の子を捕らえた。一人だけこちらを振り向いて見ているが、三人とも空中で止まっている。


 仁の緊張が解けた。世界に色が戻る。空中の女の子達が着地した。銃声の続きがとどろき渡る。バランスを崩した二人が倒れた気配を感じる。


 そして……。


 ビフレストの橋をゆっくり昇っていく、誰もいないポットが見えた。


 ああ、……琴葉と仁の携帯が乗っていたっけ。


 鋭い銀光にフラッシュしたポット。水平に広がる衝撃波。吹き飛ばされるポット群。フロア中のガラスが砕け、粉と化す。


 ポットは空気を振るわせ、切り裂き、暴虐の限りをつくし、この世界から姿を消した。

 最後のポットが、最後のビフレストの橋を駆け上がっていったのだ。

 緊張感の回復。クレアがなんか叫ぼうとしているのは火を見るより明らか。


 死力を尽くして仁は立ち上がった。勢いよく!

「二人ともストーップ!」

 掌をめいっぱい広げ、両手をめいっぱい伸ばして、二人の間に割って立つ。手に何も持っていないから、いくらでも手を広げられる。そして、いくらでもつかみ取ってやる。


「仁! 貴様どうして、なぜ? むぐっ!」

 クレアさんの赤い唇に指を一本立て黙らせる。

 訳もわからず口を開いているニケに正対する仁。


「言葉が通じなくても言葉を通じさせてやる!」

 ごそごそと、ポケットを探る仁。何かをつかんだ。


「ニケさんこれ!」

 仁が差し出したのはマルタの店で買った生地。……で作った、なんか紐状のレース商品。

 時間を作ってはチクチクと縫っていたのだ。


「そのままにしてて!」

 こちらも指一本でニケを静止させる。迫力勝ちというやつだ。

 ニケの右目に巻かれている薄汚い布を取り去る。つぶれた右目は閉じられたまま。その右目に当てて、頭の後ろでひもを結ぶ。


 純白のレースで作った可愛らしいアイパッチ。


「うん、よく似合うよ」

 ここまで、あのニケが着せ替え人形状態である。


 ニケの肩を押して右向け右。ステンレスパネルに姿を映す。

 自分の姿を見て、口をOの字に丸めているニケ。


「うんうん、きれいきれい」

 ステンレスの鏡と仁を交互に見る。クレアのことはどうでもよくなったのだろう。目を伏せ、頬を赤らめ、なよなよしく立つばかり。


「まったく! 女の財布で買った物を違う女にプレゼントするとは!」

 仁の背後から、怒りに染まった声がした。クレアだ。


「お、怒ってますか?」

「怒ってるさ! 帰らなかったことに対してな!」

 人差し指で仁の額を小突くクレア。


「なんで帰らなかった? みんなの想いを無駄にしてしまって! 本官を助けたいなどというつまらん返答だったら、この場で撃ち殺すぞ!」

「全てを解決できるんです。僕なら! わかっちゃったんです、全て! みんなの想いを無駄にしないために。だから手伝ってください!」   


 クレアは、しばらく黙って仁を見ていた。

 やがて、クレアは、拳銃をガンマンよろしく三回転させてホルスターに戻した。


「いいだろう」

 怒った顔のまま。特に金色の目が怒っている。でも紅いルージュに彩られた素敵な唇は怒っていなかった。

「仁に賭けよう」


 仁に手を伸ばそうとしたクレア。すんでの所で止まり、腕を組む所作に変えた。

 で、戦闘的な目付きでニケを睨み、親指で指す。

「こいつはどうする?」

「もちろん手伝ってもらいます」


 ニケはニケで、凄まじく妖艶な目でクレアを睨み返していたのだった。

次回解決編!

べ、べつに、推理物なんて書きたくないんですからねっ!


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まもなく作者の魂のダイブが付いてきます!

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