29.ラストラン……。
「きついっス!」
階段を駆け上がる仁。その後ろから追い立てるクレア。
せめて先に走ってくれれば、下から覗けて――。
「なんか言ったか?」
拳銃を手にしているクレアさん。目が怖い。
聞けば、ポートは五階にあると言う。急ぎ足程度なら楽勝なんだが、全速で駆け上がれと無茶を言う。
そもそも――。
『エレベーターは使わないでください』
ホールに入ってすぐ。館内放送が入った。声はコトシロのもの。
『ビフレスト・ポートに電力を供給するシンエン発電所が金獣に襲われています。ポートの施設自体は独立した自家発電ですが、付帯設備まで電力を回せません。発電所が落ちますと、エレベータはもとより、私の目である監視装置まで死んでしまいます。エレベーターの中に缶詰になってしまうと、わたくしの力ではどうすることもできません』
エレベーターが止まると、そこで終了という事になる。
「仕方あるまい。走ろう」
そんなクレアの一言で階段を駆け上がる事となったのだ。
「死にたいか死にたくないかではない。生きたいし殺したくないし! ……だろう?」
クレアさんがハッパをかける。
ビフレストの橋が架かるまでに到着しなければ、この町ごと吹き飛ぶ。琴葉との誓いも破ることになる。それはわかっているのだが、なにせ、足がほら、もたついて……。
「肩ぐらいなら打ち抜いても、走るのには問題なさそうだな」
仁の足が速くなった。この人ならやりかねない。
五階まであと少し。この階段を登り切れば、あとは這ってでもどうにかなるだろう。
心臓がストライキを起こす寸前、ただっ広いフロアに出た。五階だ!
地平の彼方まで横一列に並ぶ黒い球体。端っこが霞んで見えない。まだ走らなければならないようだった。
「ここがポート。あのポットに入って蓋を閉めれば、それで任務完了だ。座るな!」
へなへなと崩れ落ちつつある仁を叱責するクレア。
『聞こえますか、マスター?』
コトシロの放送が入った。
『そこから左へ走ってください。担当のエルフィがポットの準備をしている――』
コトシロの放送が途絶えた。照明が一斉に消える。すぐさまオレンジの非常灯が付く。
「発電所がやられた。コトシロの調整がきかなくなった!」
建物がぐらりと揺らいだ。遅れて聞こえる爆発音。かなり大規模。場所は……。
この建物の一階あたり。……ライラさん?
「ライラが抜かれたな。どうする? もう走れないか?」
「まだ走れる!」
真っ赤なルージュを引いた唇が、楽しそうに笑った。
「そうだマスター・ジン。まだだ。まだ間に合う。左と言えば……」
「お茶碗を持つ方向!」
仁とクレアは、同じ方向に視線を向けた。
「あそこだ!」
指さすクレア。その遙か彼方、エルフィ三人が手を振って合図を送っている。
「なにせ、これだけあるポットの中で、生きているのは一個だけだからな」
彼女たち、すっごく小さく見えるんですけど……。
「ラストラン。走るぞ!」
クレアについて走る。足が動くから不思議だ。
どんどんポットに近づいていく。
一つだけ、ハッチが開いたポットがある。それが見てとれた。仁が使う予定のポット。この世界で唯一生きているビフレスト・ポット。
「帰るよ、琴葉ちゃん!」
ポケットに入れた琴葉の携帯を確かめる仁。
後ろで大きな音がした。
弾かれたように、背後を振り返る仁とクレア。
「ワコエルフィーッ!」
ニケだ。ニケが階段の出口から姿を現した。手に斧を持っている。
何も知らないニケ。ただただ、マスターを追ってきただけのニケ。
ニケの仲間がいない。彼女も一人。
仲間の金獣たちが、ニケ一人だけを生かしたのだ。
ここで、仁がポットに乗らなければ、エルフィだけではなくニケも死んでしまう。
ビフレストの橋に巻き込まれ、死んでしまう。
クレアも、ニケも、ミアも、コトシロも。
それを伝える術を持たない仁。それが歯がゆい。それが悔しい。
「先に行け! ここは本官が……」
言葉を句切るクレア。初めて見る。仁に向けた、慈しむように優しい笑顔。それも一瞬。
「必ず食い止める!」
拳銃を構えるクレア。ニケは、残像を伴うスピードで、ポットの陰に隠れた。
「ニケも、いつかわかってくれるさ。だから貴様……、もとい、マスターは走れ!」
「もう貴様でいいよ!」
理解してる。わかってる。
でも、ここでクレアさんが、なぜ、犠牲にならねばならぬのか?
いつも励まし、尻を叩いてくれたクレア。口は悪かったけれど、いつも仁を助けてくれたクレア。
今気がついた。仁はクレアが好きだ。琴葉と同じくらい大好きだ!
仁は後ずさった。二歩三歩と後ずさった。
ホールに響く射撃音。クレアが発砲した。それを合図に仁は、踵を返して走り出す。
さらに二発の射撃音。仁は後ろを見ずに走る。ただ一つのポットへ走る。
早く早くと、ポット係のエルフィが手招きする。仁はポケットに手を突っ込んだ。コトハの携帯を取り出す。もう一方の手に自分の青い携帯を握りしめる。
「さあ帰るよ、琴葉ちゃん!」
さらに、銃声が三つしたのだった……。
残り、もう少しですな~。
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