28.エルフィー・サーカス。
「なにせ、山一つ消え去る現象だからな。アルフレイの町中で橋が架かると、大変なことになる。大災害だ!」
カーキーグリーンに塗られたフルタイム2WDのサイドカーが疾走している。
側車に座ってる仁。バイクに跨るクレアさんの白く肉感的な太ももが眩しい。見えそうで見えないのが、これまたいいのかもしれない。
いやいやいや、不謹慎不謹慎。さっきコトシロさんと、いや、ミアと涙の別れをしたばかりだというのに。僕は最低の男だ! でもムッチリとした太ももは正義だ!
「おい、聞いているのか?」
「聞いてます聞いてます!」
銀髪を風になびかせるクレアさん。ゴーグルの向こうの目が冷たい。
「説明を受けていないか? マスター達がビフレスト・ポットに乗って天界とアルフレイを行き来する場所がある。それがビフレスト・ポートという施設だ。あそこなら巨大なエネルギーを一点に集約できるだろう。と、いうのがコトシロの読みだ。我らが向かう先はトナン地区にあるッ!」
つんのめるような急ブレーキ。車体が斜めになって止まった。
「よりによってこんな時に!」
道をふさぐのは金獣の群れ。仁とクレアの道程を知っていたかのような待ち伏せ。
先頭に立っているのは、美しき隻眼の金獣。
ニケだ!
嬉しそうな顔をして仁を見る。つづいて殺意剥き出しの牙をクレアにむけ、手にした斧を持ち上げた。
発電所を襲うときに手に得た斧。小さい斧だが、無限の体力を誇る金獣のニケが持つと、とんでもない破壊兵器になる。
「場所を教える。貴様……もとい、マスターは先に行け!」
「え?」
ホルスターから銃を抜くクレア。
走り出す金獣の一群。ニケが率いている以上、ただの金獣たちではなかろう。
道を教える間など無い。拳銃で裁ききれる数ではない。まして、クレアの銃は小口径。
その時、右手から複数の銃声が! 機銃音も混じっている。
バタバタと倒れ伏す金獣。とは言っても生命力旺盛な金獣である。ニケ達は何もなかったように立ち上がる。そして銃弾を防ぐため、物陰に入った。
「今の内です、少尉!」
金獣たちを攻撃した部隊の一人。指揮者らしきエルフィから声がかかる。
「シェリル軍曹!」
一隊が移動する間、もう一隊がけん制の弾をばらまく。滞ることなく訓練された動き。
そんな部隊長にクレアが声を掛ける。
「また計ったように出てくる! そんなにマスターに気に入られたいのか?」
クレアにサムズアップするシェリル軍曹。仁に向けてシナを作る。
「本官子飼いの優秀な兵士だ。ここは任せて先に行くぞ!」
タイヤを軋ませて元のコースに戻り、戦闘現場を後にする。
後ろを向いたままの仁。
「ニケさんは、僕と仲良くしたいだけなのに」
リズミカルに聞こえる機銃音。また血が流れるのだ。
「ニケは貴様、……もとい、マスターに恋いするが故に、集落へ連れて行こうとしている。そのためには、マスターをビフレスト・ポートから引きはがさなければならない」
クレアの片手が伸び、仁の肩を乱暴につかんだ。
「何を迷っている! コトハとの誓いを忘れたか? 橋が架かるとき、ポートに貴様……もとい、マスターがいなければこの都市は大爆発を起こし壊滅する。元の世界に帰れなくなるのは、ただのオマケ。それでもいいのか?」
「いいわけない。僕は誓った!」
「なら覚悟を決めろ。……エルフィ達も辛いのだぞ。なにせ、自分たちは、愛する恋人と別れるための努力をしているのだから!」
通りを真っ直ぐ走っていくサイドカー。仁は、後ろを向いたまま。
クレアに頭を小突かれた。
前を向くものの、背後が気になる。
「後ろにも目があればいいのに」
「背中に目が無いのは幸せなことだ」
クレアを見上げる仁。ゴーグルを付けたクレアの目は、伺うことができない。
「なにせ、後ろを向いて生きて行かなくていいのだからな」
クレアさんの銀髪が、風になびいている。
大きな交差点を曲がり、大通りに出た。しばらく直線が続く。
もう、後ろから戦闘の音は聞こえてこない。クレアはアクセルを全開にしたのだった。
「こちらです! 早くマスター!」
手招きするのは、眉を吊り上げたライラ少将。車両や戦車で防衛ラインが築かれていた。
バリケードの中に、サイドカーごと突っ込んで止る。
仁の姿を確認した金獣たちの動きが活発になっていた。それに対応する陸上軍の攻撃もハンパない。
「金獣共め! 総攻撃をかけてきたな!」
その身体能力をフルに生かし切った接近戦を仕掛ける金獣たち。ライラ少将が陣頭指揮をとるエルフィ陸上軍がそれを食い止めている。……ものの、押され気味。
「何故、ここがわかったのだ?」
クレアが戸惑う。そう、ここはビフレスト・ポート。
なぜ、仁の目的地がこことわかったのだろうか? クレアはそう言っているのだ。
やはり、仁の知らない内通者がいるのか?
矢継ぎ早に指示を出していくライラ。それがまた的確なポイントを突いていて、金獣たちは動けない。加えて、先回りしてここを押さえたカン働き。この人は有能な軍人だ。
額に浮いた汗を拭こうともしないライラ。内通者が、この人であろうはずがない!
では海上軍か?
南の方角から立て続けに爆発音が聞こえてきた。黒煙がいくつも立ち上る。町外れの自然開放地区だ。
「海上軍艦艇からの艦砲射撃です」
忙しい指揮の間を縫ってライラが説明してくれる。
「考えれば戦闘艦は移動砲台ですからね。沿岸部ならどこへでも撃ち込めます。陸上軍が着弾位置を確認して修正データーを送ってますから、効果的に金獣共の足止めができます。巨大砲弾は心強いですね」
海上軍説却下! もういい! 内通者なんてどこにもいない! 金獣さん達の能力がエルフィの予想を上回っていただけなんだ!
「ごめんなさい!」
仁は、頭を下げてあやまった。
「マスター、なにを?」
ライラは我を忘れて、仁の行為に見入った。
「エルフィの皆さんは、いい人達ばかりです!」
眉がつり上がったままのライラ。やがて穏やかな、のほほんとした元の顔に戻る。
「その通りですよ」
こんないい人達を疑ってしまった。それも興味本位で!
仁は泣けてきた。涙の粒が二つ。アスファルトに落ちた。
「こんな大事になるなんて……」
仁の涙は悔し涙へと変わっていた。
「たっ、戦いを止めることはっ、でっ、できないですか? 方法はないんですか?」
しゃくりあげながら、誰ともなしに聞く仁。
「ムリだな」
クレアが一刀のもとに断ち切る。にべもない。
「貴様……、もとい、マスターが止めろと言えばエルフィは戦いを止める。そして、金獣に殺されていく。貴様……、もといマスターは、金獣の集落に連れ去らる途中でビフレストの橋が降り大爆発。ニケはそこで死亡だ」
クレアは掌を広げて爆発の模写をする。
「金獣に言葉は通じない。コトシロなら知っているだろうが、あいつはエルフィサイド。言葉というのは信用だ。コトシロの言葉は信用されない」
人を愛するのに言葉は要らない。どこかの時代で誰かが言っていた。
それは間違いだ。言葉一つで全てが無茶苦茶になる。
「アーッ・マスタ・カッ!」
聞き覚えのある声。顔を上げる。
ビースト・ビューティ、ニケだ。
ニケ率いる一団が現れた。ビフレスト・ポート前で戦っていた金獣たちが勢いづく。
「追いついてきたか。……ということは」
クレアの唇が歪む。
……たしかシェリル軍曹と呼んでいたっけ。
「シェリルさんは?」
「そう言うことです」
答えたのはライラ。自分の拳銃を予備弾倉と共にクレアへ手渡す。大型拳銃だ。
「少尉、これより我々は攻勢に出る。その間にマスターと中へ! 以上!」
「了解ッ!」
踵をならし、敬礼するクレア少尉。
ニヤリと笑い、崩れた返礼をするライラ少将。そして顔を引き締める。
「打ち方やめ!」
ライラさんが陸上軍兵士の真ん中に飛び出し、仁王立ちした。
攻撃が止んだのを見て、金獣たちが突撃してきた。
「斉射イツツ!」
一糸乱れぬ動作。陸上軍全員が息を合わせて五連射した。
「今だ、走るぞ!」
クレアが動いた。仁の手を引き、ビフレスト・ポートの入り口をくぐり抜ける。
くぐり抜ける直前、仁は後ろを振り返る。
ライラの横顔は、磨き上げられたナイフのように美しい笑顔だった……。
太ももは真実・内股は正義!
次回、ラストラン! クレアさん、走ります!
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まもなく作者の悪夢が付いてきます!