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23.クレア少尉、無理をする。

「で? 死んでコトハ様を悲しませようとしたわけですね?」

 何回目のフレーズだろうか。セントラルでコトシロに叱責されている仁である。


「ごめんなさい」

 仁はコトシロに頭を下げた。

 コトシロは、腕に抱いたミアの頭をなでている。どうやらミアがお気に入りらしい。


「謝ればすむとお思いですか? 生きて帰って! と願っていたコトハ様の思いを踏みにじる行為。断じて許されるものではありません!」

「すんません」

 コトシロの責めはきつい。かれこれ一時間になるだろうか、ずっとこの二文の繰り返しである。そしてこの二文は正解だ。真っ正面の正解だった。


 仁がどのように反論しても、コトシロはこの二文を繰り返すのみ。やがて仁は、謝るだけとなる。

 座れとも言わず、立ってろとも言わず、ただ単調に責めるだけ。目がバイザーで見えないから、コトシロの表情も読めない。終わりが推測できない。


 これは辛い。


 コトシロが執拗にお説教を繰り返しているのは、仁を思ってのこと。二度と同じ考えを持たないよう、脳細胞へすり込むべく、わざと苦しめているのだ。


 解ってはいたが、周りの者も、もう見ていられなくなってきていた。

 コトシロの説教は粘っこい。過失傷害で懲役三年のところ、終身刑を言い渡されるようなもの。罪に対して刑罰が重いような気がする。


「あの、コトシロ様、マスターも反省なさっていることですし、そろそろ、許してあげてもよろしいのでは……」

 さすがに口を出してきたライラ。


「わたくしが怒っているわけではありません。コトハ様なら、このようにお怒りになるのではないかと思ったことを口にしたまで」

 ライラが口を挟んだので隙ができた。仁は、別世界に落ちた。

 あの時以来なぜか、――この世界に、琴葉の気配を感じるのだ。


 あの時、琴葉ちゃんの手を離さなかったら――。それは新たに生まれた仁の後悔。


 ふと厳しい視線を感じ、現実に戻った。視線の主は――。

 綺麗な長い黒髪を揺らし、ライラをバイザー越しにきつく見据えるコトシロである。

「あ、あははは……」

 笑ってごまかす仁。手をひらひらと動かしている。


「馬鹿じゃないの!」

 コトシロが怒った。コトシロらしくない。いや、アルフレイの住人らしくない。

 仁が目を見張る。その、ものの言い方に、デジャブを感じた。

「……とコトハ様なら言っていたはずです」

 コホンと咳を一つ、握った手に落とすコトシロ。


 ――あ、ああ、そうか、琴葉ちゃんの真似なんだ。


 いや……、まさか?


 コトシロの見かけは二十代半ば。琴葉が生きていれば二十四歳、ちょうどその位。

 十年もすれば、……そして、あの綺麗で長い髪。


 もしコトシロが琴葉なら……。

 気ぜわしく厚かましい彼女の事。恩着せがましく名乗り出るはず。


 名乗りでないのは……。


 大怪我をして、姿が変わってしまったから?

 十年の年齢差ができてしまったから?

 住む世界が違ってしまったから?


 いろんな理由が頭の中で舞っている。仁は、拳を握りしめてうつむいた。

 その姿を勘違いしたのだろうか、珍しくもクレアから援護射撃が来た。

「コトシロ様、本官からもお願いします。マ、マスターは十分反省しております。どうかマスターをお許しください」


 クレアに視線を向けなおすコトシロ。綺麗な黒髪が揺れる。

「あなたまで、……そういえば、クレアさん。マスターに向かって発砲したそうですね。その件について、気の短いあなたにお話があります」

 しまった! 声に出さなくてもわかる。そんな顔をするクレア。


 そういうわけで、今しばらくコトシロの説教が続くのであった。





 

「災難でしたね、少尉」

「ぃやかましい! 痛たっ!」

 スリッパを床にたたきつけるクレア少尉。リバウンドしたスリッパがクレアの顔に跳ね返る。


 時は、琴葉の散骨式を終えた午後。場所はいつものスーパースイーツ。

 忌々しげにスリッパを踏みにじるクレア。

 今は、いつも通りクールビューティの方の顔。


「いやほんと、びっくりしましたよ。メイクという皮一枚の下、あんなかわいい素顔をお持ち……いえ、何でもないです。すんませんでしたっ!」

 こめかみの皮膚が感じる冷たい金属感。

 所持は許されたものの、一回り小型になった自動拳銃。クレアさんの目に、狂気の赤い光が灯っている。小型になったからといって、こめかみに密着させたまま発射されれば、仁の命はあるまい。


「忘れろ! それも今すぐにだ!」

「はい、忘れました、少尉殿! そうそう、ご()級おめでとうございます! 念願の少尉職であらせられますね」

 聞きようによらなくても嫌みであるが、前に昇級を毛嫌いしていたクレアである。言い返せず、忌々しげに銃をホルスターに収める。


 マスターに向け、発砲したかどで軍法会議にかけられるところであったが、特別に三階級降格ということで、内々に決着が付いた。

 本来なら死刑になってもおかしくない事例であるが、仁の嘆願により一発で解決した。


 マスターの権限、無限大。 


 仁の命を救っただけでなく、死相が浮かんでいた仁を図らずも顔芸で復活させたクレア。彼女を処罰する者など、アルフレイ・ランドにいない。

 ただ、胸元のくりが、窓と呼べるほど大きくなったところに陸上軍上層部のしたたかさが見て取れる。あと、スカート丈も微妙に短くなっていた。

 ほとんど股下ゼロセンチ。嬉しいやら怖いやら。


「済んだ事は致し方ない。潔く全身で受け止め、我が血肉としてくれよう」

 自分に言っているのか、仁に聞かせているのか、いずれにしても潔く文句を垂れ流しながら、クレアの所有物と化した黒檀の巨大ディスクにつく。


 いつものノーパソを始動し、仕事を始める。

「食後に一回、いや、二回と……。順調に回復している模様」

 いつものでたらめな報告書である。


「いやちょっと、少しくらいはいい目を見させてさせてもらっても良いんじゃないかな? パンツ見せてくれるとか……」

「なんだ十四歳?」

 膝を抱えてうずくまる仁。じっと固まる。 


「……白い骨を見るのは初めてか?」

 入力する手を止め、クレアが聞いてきた。

 時間を空けて、こくりと頷く仁。


「で、貴様、……マスターはこれからどうする?」

「生きて帰る。……それが琴葉ちゃんとの約束だから」

 仁の目が暗い。毛足の長いカーペットの一角をじっと見つめている目が、頑固そうに暗い光を帯びていた。


「また胸を貸してやろうか?」

 クレアの手が、ボードの上をさまよっている。

「別の意味でなら遠慮無く借りますが、もう僕は泣きません」

 努めて明るく笑う仁。


「人間、体に良くないことは、良くないことだと知れ!」

 彷徨っていたクレアの指が、動きを止めた。キー位置を特定したのだろう。

 再び入力音が聞こえ出す。


「私……いや、本官は、甘い言葉や行為で貴様……マスターを慰める気は毛頭ない。そんなもので悲しい記憶が消えるはずないからな。悲しい記憶を抱いたまま生きていけるように強くなれ、少年!」

 クレアの言葉は冷たい。そして容赦なかった。


「しかし、愚痴を聞く耳くらいは持っている。遠慮無く話すがいい」

 いきなりだった。クレアは腕を伸ばし、仁の首根っこをつかんだ。

 クレアは仁の頭を抱え、その豊かな胸に押しつける。


 自分の身に何が起こったのか解らず、うろたえる仁。胸に顔が埋もれて息ができない。思考力が綺麗に消え失せた。


 五感だけが生きていた。

 ――クレアさんの胸は柔らかくて温かい。

 軍服の生地を通して、大きく息を吸った。

 良い匂いがした。


「本官も昔、いろいろあった。母はいつもそばにいて、いつまでも下らぬ愚痴を聞いてくれた。それだけでずいぶん救われたものだ。貴様……もとい、マスターと本官では違うかもしれないがな」

 抱き寄せるのもいきなりだったが、突き放すのもいきなりだった。

 くるくると回転して尻餅をつく仁。


「今から散策。……ついでに買い物、と。夜は二十時に就寝。回数は一回……。こんなものでよかろう! よし!」

 クレアは、ノーパソの光を消し、真っ直ぐ立ち上がる。

「どこにいるミア!」

「ミアッ!」

 クレアの呼び声に反応して走ってきた。ミアは、洗面台にいた。ここ数時間、蛇口から出る水を見つめ続けるという苦行を飽きもせず熱心に修行していたのだ。

「スケジュール通り、散策に出よう。三十秒で用意!」


 相変わらずのクレアであった。


いやーっ!(汗


バカヤロウ! とお思いのあなた。

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まもなく作者の返り血が付いてきます!

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