表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/33

21.琴葉から仁へ

 ちょっと仰々しすぎないか?

 仁の、顔の筋肉が強ばっていく。

 コトシロが薄暗い部屋に入っていった。


「どうぞ」

 振り向いて仁を招く。

 導かれるまま、仁とクレアが、冷たい部屋の中に入る。

 ライラと院長は外で待っていた。


 この扉から先へ行けるのは、調節者であるコトシロと、お側付きエルフィのクレア少佐と、仁の合計三人だけのようだ。


 仁は納得した。

 つまり、お側付きというか、専属エルフィを携える事。すなわち、マスターとしての形が整い、正式にアルフレイ・ランドに認められるというのが、面会の条件だったのだろう。


 部屋の中央に、たった一つの明かりが灯されていた。

 木でできた小さな文机。

 机の上には一通の封筒。


「どうぞ」

 メタリックな腕を差し伸ばし、手に取ることを促すコトシロ。

 生唾を飲み込み、ゆっくりと手を出す仁。気になるのか、クレアが後ろからのぞき込んでいる。


 桜色した、軽い封筒。

 琴葉からの手紙じゃないか。別に緊張する場面じゃない。


「ほんとに読んでいいの?」

 コトシロを見る。彼女は小さく頷いた。


 封筒に目を落とす。封はされていない。中の便箋を取り出して、読んだ。

「壁のスイッチを押してください。中に最後の手紙がありまーす!」 

 ……またかよ。


 苦笑いしながら後ろのクレアに顔を向ける。クレアは素早く、明後日の方を向いた。

 コトシロが壁際に移動した。そこには黒いスイッチがあった。

 仁はボタンを押そうと、気軽に腕を伸ばす。

 その伸ばした腕を捕まれた。メタリックな義手に。


 なに? とばかりに、仁はコトシロのバイザーを見る

「……この壁の向こうにコトハ様がおられます」

 だからその壁を開くためのスイッチだろう?


 仁に見つめられ、顔をそらすコトシロ。ゆっくりと手を離す。とても冷たい手だった。

 コトシロさん、何が言いたいのだ?

 押せと書いているんだから押す以外無いだろう? 仁は、首をひねりながらスイッチを押した。


 圧搾空気が漏れる音。

 奥の壁が、ドア型に切り開かれた。


「いいかげんにしてよね、琴葉ちゃん!」

 仁は文句を言いながらドアをくぐる。

 中は、狭い部屋だった。


 中央に棺桶大のカプセルが一つ。腰高の台に乗せられている。

 カプセルに歩み寄る仁。


 付属したパネルにデジタル表示。表示窓は全部で三つ。左の表示数は十。中央の表示数は五十五。右の表示数は……五桁の数字が一定の時間で変化している。


 カプセルの上にピンクの手紙が乗せられていた。琴葉からの最後の手紙。

 仁はそれを手にしていない。

 カプセルに取り付けられた、たった一つの窓。そこを食い入るように覗き込んでいる。


 窓の向こうには、顔を白い布で覆った琴葉が横たわっていた。


「これは、どういう!」

 振り返る仁。クレアは仁を見ていた。でも、全てを知っているはずのコトシロが、顔を背けている。


 クレアは、ちらりとコトシロを見てから口を開いた。

「失礼ですが、お手紙を読まれればいかがでしょう?」

 クレアらしからぬ丁寧語。


 嫌な予感を振り払い、仁の手が手紙を取った。封筒の中に指を進入させる。

 でも見てはいけない気がする。手紙を読んでしまえば……。


 乾いた音を立て、中の便せんを取り出す。琴葉の筆跡。綺麗な字だ。

 目を這わせる。


「仁へ、

 琴葉です。

 おたがい、ドジっちゃいましたね(笑)

 仁、ケガしてませんか? ケガしていたとしたら、だいじありませんか?

 私はだめみたいです。

 仁がこの手紙を読んでいるということは、私がだめになってから何日か後のことでしょう。

 仁と会えずに終わってしまうのはさびしいですが、仁だけは元気でいてください。

 そして、かならず元の世界に帰ってください。アルフレイの人たちはみんな親切です。帰る方法も、めどをたててくれてるみたいです。

 その時は、私のお母さんとお父さんによろしく伝えてください。

 悲しむなといっても、泣き虫仁のことだから、むだなことを言うのはやめておきます。

 泣くだけ泣いたら落ち着いてね。

 最後のお願いがあります。

 この場にいるはずの責任者に聞いて、あるレバーをあなたが入れてください。

 じゃあね、仁。さようなら

 斧田琴葉」


 ……そんな馬鹿な。


「そんな馬鹿なっ!」

 遺体安置室の壁を振るわせ、仁が叫ぶ。


「これを開けてください! 琴葉ちゃん! 琴葉ちゃん!」

 甲高い叫び声を上げながら、カプセルを叩く仁。


「開けてどうするというのですか?」

 コトシロが聞く。いやに落ち着いた声。

「人工呼吸に決まってるだろ! 電気ショックとかないの? 医者を呼んでよ!」

 喉が裂けそうな悲痛な声。カプセルをこじ開けようと爪を立てている。


「マスター。いえ、ジン様。コトハ様の心肺停止から十年経っています。無駄なことはおよしなさい」


 カプセルをこじ開けようと、指先に込めていた力が抜ける。

「十年?」

 惚けたような顔でコトシロを見る。

 コトシロは口をへの字にしている。辛そうだ。


「パネルの数字を見るがよい」

 クレアがコトシロの代わりに口を開いた。


「左端に十という数字が出ているだろう? それは経過年数だ。……そして。真ん中が日数。五十五日経ってるってことだな。あと、右端が秒数だ」


 クレアが歩いてくる。仁の肩に手をかけた。

「十年と五十五日前だ。諦めろ!」


 一瞬、仁の顔が笑ったように見えた次の瞬間、表情が壊れた。

 くしゃくしゃになっていく口、頬、鼻、そして目。目が水っぽくなって、大きな水滴が現れて、それがこぼれて、どんどんこぼれて、流れとなって涙が頬を伝う。

「うわーっ! うわーっ!」

 クレアの両腕を力一杯つかんで泣き叫ぶ。


 頭をクレアの胸に押しつけて泣いた。

 クレアは、そっと仁の頭に手を置き、自分の胸に抱いたのだった。


「マスター・ジンが、亜ビフレストの橋で降臨なされた場所はハティ山。その余波で、上から三分の二が消滅しました。マスターが降臨されるまでは、アルフレイ最高峰だったのですよ。その隣に、スコル山という山がありまして、十年前は、ハティ山を抜いて最高峰だった山です。同じく、三分の二が消し飛びました。十年前のお話しです。ウラシマ効果なのでしょう。繭の中での僅かな差が、現実世界では十年という年月の差になって現れたのです。これはマスターの責任ではありません」


 あれからどれくらい時間が経っただろう。

 今の仁は、同じく座り込んだクレアにもたれ、かろうじて座っている状態だ。クレアの胸が仁の涙で濡れていた。


 我に返ると、クレアと一緒に毛布にくるまっていた。いつ掛けられたのかもわからない。

 そして、頃合いを見計らったコトシロが、話を始めたのだ。


「先代のコトシロが、引退を決める直前のお話しです。アルフレイランド始まって以来の天変地異。我らもどう対処していいかわからず、全てが後手に回りました。まさか大規模なビフレストの橋により引き起こされたとは、コトハ様を調査隊が救助した後に判明したこと。それも救出限界時間を超えた五日後の話です」

 コトシロも、仁の脇に座り込んだ。膝を抱える。


「事の次第を全て理解した我々は、全力で体組織の修復……マスター達の世界では治療というのでしたね。治療に当たりましたが、各身体機能の損傷が激しく……」


 床の一面を見つめたままの仁。小さく頷く。


「どれもこれも、先代のコトシロが全力を尽くした結果です。誠に申し訳なく……」


 重い体を持ち上げ、立ち上がる仁。

「琴葉ちゃんに最後の挨拶をさせてください。最後にもう一度顔が見たい」

 琴葉の顔には白い布が被せてある。


「マスター。顔は見ないでやってください。綺麗な頃のコトハ様のままの記憶で送ってあげてください」


 あのとき、手を離しさえしなければ……。

 どんなに痛かったろう、どんなに苦しかったろう、……そして、どんなに寂しかっただろう。

「それなのに……」


 食いしばった歯の隙間から嗚咽が漏れる。だのに涙が出てこない。出し方を忘れてしまったようだ。

 いや、涙が無くなるまで泣ききってしまったのだろう。 

 心から潤いが無くなっていく。ひび割れた荒れ地が広がっていく。体の中が砂漠化していく。


「コトハ様が先立って御降臨なされたので、マスターの御降臨を予測でき、いち早い救助活動が行われたのです。マスターは、コトハ様により生かされているのです。くれぐれも短絡的な事は、お考えなさらぬよう。コトハ様を悲しませることだけはおやめください」


 仁の、あまりの落ち込み様に、釘を刺すコトシロであった……。


琴葉タソのキャラがお気に入りw

いつか彼女を主にしたお話を書いてみたいです。


次回、「クレア! メイクッ、アップーーッ!」


よろしければポチッと評価ボタンを押してください。

まもなく作者の真実が付いてきます!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ