19.おでん。だがハーレム!
「いやー、びっくりした。まさか、あんなスタイルのクレアさんと再会するとは!」
「ぃやかましいわー!」
手にしたスリッパを床にたたきつけるクレア。
今は白い軍服のクレア。ただ、ちょっと胸元にくりがある。そこからマシュマロのように柔らかそうな谷間が覗いている。それが陸上軍服飾部が、クレアとせめぎ合った末の、精一杯の抵抗であった。
「マスターを喜ばせようって気持ちは嬉しいけど、全力で方向を間違って、いえ、何でもないです! すんませんでしたーっ!」
大型の拳銃を一挙動で抜き放ち、第一弾を装填し終えたクレア少佐。顔が真っ赤だ。
「これは対金獣用の大型銃だ。アレについてこれ以上何も言うな。全て忘れろ、いいな?」
アレは、忘れろと言われて忘れられるような、柔なインパクトではない。それでなくとも仁は十四歳。向こう半年、あの記憶だけで生きていけます的生動画であった。
「はい、忘れました、少佐殿! そうそう、ご昇級おめでとうございます!」
そう。彼女は仁お側付きという地位を得て、一階級上がったのだ。アルフレイ陸上軍マスター・ジン付き少佐というのが、今の彼女の地位。
「ヒト一人助けただけで、昇級されてしまって! 貴様……じゃなくてマスター! 少佐という立場を知っておるか? 管理職だぞ! 前線に出られないのだぞ! 新兵をネチる……もとい、教育する立場で無くなったのだぞ! 本官以外に厳しく新兵をネチる……もとい、鍛えられる人材が、このアルフレイのどこにいると言うのか!」
サバイバルの時より一回り大型になった拳銃を本棚に向かって三連射。
ハードカバー写真集を含む、貴重な資料が粉々になって吹き飛んだ。
「どうなさいました!」
ドアが開き、少女兵が二人なだれ込んできた。手には短機関銃。ドア外で待機するマスター専用衛兵の女の子だ。
とうぜん、ミニスカート。しゃがんで構えている子など、ふっくらとしたシマシマの逆三角が丸見えで、目のやり場に困る。
「僕がちょっと、アレしてコレしてナニしただけです! 何でもありません!」
渋々というか、仁に流し目というか、「わたしも是非お側付きに!」と訴えてるようなサインを送りながら、部屋を出て行く衛兵。
「ご迷惑おかけしました! ごめんなさい、ごめんなさい!」
謝りまくる仁。
あれ? ちょっとまてよ、なんで僕が腰を低くしなければならない?
「クレアさんは、エルフィなんですよね?」
「何を今さら」
「エルフィはマスターである人間の前に出ると、その人を愛そうとする習性がある」
「その通りだが、なにか?」
「じゃ、なんで僕を前にして何ともないんですか?」
「精神力」
会話が途切れた。
「えーと……」
「本官の気質は、より軍人としての運用に重きを置かれて設定されている。エルフィ全員がマスターに恋狂いしてはシステムが成り行かんでな。説明があったはずだ。我らエルフィは人造疑似生命体であると。疑似生命活動を開始する前に性格を設定できるのだ」
つまり、本官は一番キャッキャウフフしにくい人格であると、こう申しているわけだ。
がっくり膝をつく仁。
……他に、お尻の軽い、可愛い子がいっぱいいたというのに。ドアの外にも二人……。
「マー・カー」
二歳児のミアに、優しく頭をなでてもらっている。それが悲しい。それが惨め。
中学二年男子として、最悪の人選をしたのかもしれない。
「ま、選んでくれて有り難いと思っている。エルフィとして生まれたからには、マスターに愛されてナンボの人生だからな。人生五十年。エルフィの一生は夢幻の(ゆめまぼろし)ように短く儚い」
どこかで聞いたようなフレーズ。
「寿命短いんですか? エルフィの皆さん」
仁の問いに、まずいこと聞かれたとばかり舌打ちをするクレア。額のクリスタルを指でトントンし、仕方ないとばかりに口を開いた。
「きっかり五十年だ。多少人格が変わっていいのなら、意識を新しい体に移すこともできる。過去、マスターがお気に入りのエルフィをそうやって延命させたことがあるという」
いや、ほんとロボットだ。パソコンの寿命が来たら新しいパソコンへファイルを引っ越しさせるような感覚だろうか?
クレアさんが悪戯っぽく笑う。
「なかには大枚払って、性転換目的でエルフィになるマスターもいた、という話もある。どうだ? 貴様……もとい、マスターも、一つ経験を積んでみるか?」
プルプルと激しく首を振る仁。
「だろうな」
S的愉悦感をひとしきり顔に浮かべるクレア。でも綺麗。額のクリスタルが……あれ?
「クレアさん、額のアクセサリー、ピンク色してましたっけ?」
指さす仁。ダイヤモンドのように無色透明だったクリスタルっぽいジュエリーが、綺麗なピンク色に染まっていた。
「あ、これか? これは気分的なモノだ。気にするな」
トントンとクリスタルを指で叩いたクレアさん。いそいそと黒檀のディスクから椅子を引っ張り出し、綺麗な足を組んで座ろうとする。
組み終わる直前がチャンス! 姿勢を低くする仁。いや、ちょっと速すぎ!
何も見えなかった……。
もともとタイトミニだったスカートがさらに短くなっていて、とても目の保養に……もとい、目の毒だ。
極薄のノーパソを立ち上げ、何やら入力しだした。
「それは?」
「仕事だ。毎日、その日一日の報告書を提出しなければならぬのでな!」
仁は、窓から外を見る。抜けるような青空が広がっていた。
続いて、金銀で装飾された豪華で巨大な鳩時計を見上げる。正午には数十分を残した時間だ。
「まだ一日終わってませんが……」
「朝から一回。……朝の方が調子良いというマスターがいると聞くしな。就寝は二十一時と。こんなもんでいいだろう。いいな、口裏を合わせるのだぞ!」
口裏をあわせるも何も、ぜんぜんいい目見てないし、見られないし!
「僕マスターだよ! 知ってる? マ・ス・タ・ァ! エルフィの皆さんにとって絶対者マスター。神! 勝手にスケジュール決めないでくれる? パンツ何色だよ!」
怒りのあまり、クレアに指を突きつけ声を荒げる仁。
「知ってるよマスター! 薄ピンクだよマスター! だから何だマスター!」
立ち上がるとクレアの方が背が高い。軽く額を小突かれた。
「貴様……もとい、マスターは『恋人』という玩具が欲しいだけだろう? 恋という経験をしたいだけだろう? コトハとかいう女の事をどう思っているのだ? 私の、いや本官の前でコトハを好きと言ったのはなんだったんだ? 真剣にヒトを好きになった事があるのか? 恋をしたいだけ。つまり恋に恋しているだけではないのか?」
一気にたたみかけるクレア。彼女の言葉という切っ先はレイピアより鋭く、十四歳の心を切り刻んでいく。
「ごめんなさい、ごめんなさい。もう虐めないでください!」
謝ってしまう仁。耳を押さえ、小さくなって震えている。
クレアは眉をゆるめ、ため息を一つついた。
「わかれば良い。あまり気にするな。気を抜くと好きになってしまうから、自分を奮い立たせているだけだ」
うって変わって優しい声。
「え? 耳ふさいでたんで聞き取れませんでした。最後の方なんと?」
「何でもない! 気にするな!」
また怒り出すクレア。
「そうそう、お昼時だな。昼食をとるとしよう。その後、町の案内をしてやろう」
話ががらりと変わった。
ディスクの受話器を取り、なにやら命令している。頬がちょっぴり上気しているクレアであった。
「貴様……もとい、マスターの好物であろう?」
……お昼はおでんだった。確かにその通りだが……。
話通り、練り物の多い具材であった。
香辛料をよくきかせたブイヤベース仕立てだった。おでんであっておでんでない。
それは何かと尋ねたら。煮て異なる料理。うまいこと言えた。
仁は、フォークに刺さったパイプ状の練り物を眺めていた。
テーブルの下、ミアが幸せそうな顔をしてスクリュー状のカマボコにかじりついていた。
クレアさんは、ナイフとフォークを使って黙々と食べている。
「食べんのか?」
「いえ、いただきます」
ナイフで一口サイズに切り取り、口へ運ぶ。情緒もへったくれもない。
美味しい、でもおでんの味じゃない。もちろん関東煮の味でもない。
「ところでクレアさん、いつになったら琴葉ちゃんに面会できるんですか?」
きょとんとした顔を上げるクレア。
「会いたいのなら、申請書、出しておこうか?」
申請しなければ許可も下りない。官僚的なアルフレイ・ランドのシステムであった。
辛子をたっぷり付けたおでん。おいしいですよね!
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