18.クレアさん再登場。だが、ハーレム!
これでこの話は終わりとばかり、コトシロが手を二回打った。
「さあ、さあ、マスター! ご指名ください」
うって変わって、ライラの話を勧めにかかるコトシロ。だがセリフは終わっていない。
「それとも市井に下りて、お探しになりますか?」
その言葉に、ライラの表情は変わらない。相変わらずおっとりとした笑顔。だが、目が笑っていない。
これ、権力闘争だ!
なんか怖い。できれば、逃げたい。
「あの、選ばなきゃだめなんですか?」
仁、溢れる劣情を全力で押さえつける。性欲よりも生存本能が勝った。逃げの一手。
「ご指名はデフォルトです」
ライラ少将の目が怖い。逃げられない。
本心は諸共飛び込みたい。なにか良い手は……。
あったーっ!
「じゃ、クレアさんを指名します!」
凍てつく波動が空間を支配した。俗に、間が空いたという現象。
コトシロは笑いを噛みつぶしていた。ライラの目が、いっぱい泳いでいた。
そう、クレアの所属は、陸上軍少将ライラ一派。そして、彼女の母は「海上軍」の軍人。
「決まりましたね。クラス・トリプルS発動!」
コトシロが厳かに宣言する。部屋の照明が赤基調に変色した。壁を埋めるディスプレイに明朝体風のエルフィ文字が流れる。
眼前のパネルに手を伸ばすコトシロ。
そこだけ旧式になっているマイクのスイッチを入れた。
四音の予鈴が鳴る。
「全、エルフィに告げます。ただいまジン・オガタ様をマスターであると認定しました。皆、お勤めに励むよう要請いたします」
スピーカーで拡大されたコトシロの声が、締め切ったこの部屋にまで聞こえてきた。
「ここからアルフレイ・ランド全域へ放送できるのです」
何事かと目を丸くしている仁への答えだ。
……ああ、あのマイクで全国へ放送できるんだ。災害放送みたいなもんか……。
「少将、この件はあなたに一任します」
「了解いたしました!」
びしりと敬礼。ライラの頬が紅潮している。
アニメでよく聞くタイプの警報まで鳴り出した。
うろたえて、ソファーから腰を浮かす仁。ミアの下半身がブラブラしている。
「全アルフレイランド行政組織は、ライラ少将を全面的にバックアップ!」
国という組織が、ただ一つの目的のため動き出したエネルギーを感じる。
「承りました。アルフレイ全軍出動! 直ちに準備に入ります」
全軍って……。
マスター一人を接待するのに、そこまで大きな組織を動かさねばならないのか?
「マスターに可愛がられるよう、全戦力を動員してクレア大尉を装備します」
駆け足で部屋を出て行くライラ少将。
部屋の照明が元に戻った。クリーム色の暖かい明かり。
「ジン様、いえ、これからはマスターですね。マスター、大変お見苦しいところをお見せいたしました事、深く陳謝いたします」
一人残ったコトシロが頭を下げた。権力闘争の事だ。
仁が気づいたのを察知してのお詫びだろう。
「いえ、別にいいんですけど……。ここまで大げさにしなくてもいいんじゃないですか?」
ミアをブラブラさせながら、恐縮しまくっている仁。
「百年という年月は長いのです」
コトシロの言葉は答えになっていない。
「三百年という歳月はもっと長い。彼女らエルフィはマスターを愛し、恋に狂う。それだけが存在理由。三百年間見続けていた夢が現実となったのです。存在が肯定されたのです。この程度のお祭り騒ぎ、煽ってやってなんの罰があたりましょうか?」
答えになっていた。
ミアが腕の中で身をよじる。ちょっと重たい。
「コトシロさんも嬉しいのですか?」
目は隠れて見えないけど、見開いたような気がした。
「嬉しくないわけではありません。彼女らの浮かれ具合を見ている限り。……分類上、わたくしはコントローラーという種族であってエルフィではないのです。マスターを愛さなけらばならない、という規制は受けておりません。そのかわり、アルフレイランドを調整することに幸せを感じる仕様になっております」
はあ、そうですか、と生半可な相づちを打つ仁。
「それに……」
機械の手を上にあげる。
肩の球体関節からモーター音がする。肘と手首と指の関節が回転し、おのおのを任意に動かしていく。
一分の一リアルフィギュア。仁は指関節を凝視した。
「オイルさしたりするんですか? あ、密封されてるんだ」
「それは秘密です」
機械の指が、音もなく後退した。
「お部屋にご案内させましょう。準備が整うまで、お待ちください」
オレンジの唇に浮かぶ寂しそうな営業スマイルが、仁を誘う(いざな)。
懐かしい。と、仁がその時思ったのは、コトシロが寂しそうな顔をするからだったのかもしれない。
準備ってなんだろう?
仁は、王族が宿泊するような広大でリッチなスイートルームで時間をもてあましていた。
床面積は学校のグランドより広い。天蓋有りと無しのキングサイズのベットルームが一つずつ計二つ。クイーンサイズのベッドを二つ並べた寝室が二つ。
サイドチェストの引き出しを開けてみた。チョコレートの箱があった。
食べてみようと、箱を開けたらゴム製品が出てきたので、あわてて元に戻す。
全てのベッドルームに巨大な鏡と、バスユニットが付いている。
リビングは、……たぶんリビングであろう、ソファと床が一体化した超贅沢品。マホガニー製巨大暖炉つき。
隣接した書斎は、一流会社の社長室もかくや、と言わんばかりのリッチタイプ。
メインはマスター用だろう。テニスができるんじゃないかという程の大きさを誇る、黒檀で作られた巨大机。
ソファみたいな椅子に腰掛け、一番小さな引き出しを開けてみた。耳掻きやら裁縫道具やらの小物が入っている。
天井まで届く本棚から、ハードカバーを一冊抜き取り、開いてみた。
一糸まとわぬお姉さんの写真集だった。本の背表紙デザインを記憶し、元に戻しておく。
トイレはどこだろう? あれはコンテナだろうか? それとも冷蔵庫だろうか?
迷子になったらどうしよう。
興奮したミアが走りまくっていても全然気にならない。そんな仁専用ルームをライラがノックしたのは、あの騒ぎの二時間後だった。
笑顔だが、なんかやつれてる。目の下に赤い痣ができてたり、髪の毛が乱れていたり。
誰かと喧嘩でもした? 反乱軍? 金獣の襲撃?
「お待たせいたしました。改めて紹介いたしましょう。クレア・コウジュです」
クレアを押し出した。
その姿は、軍帽以外、すべてに強モザイクを入れなければならない、あるまじき出で立ちであった。
ふはははっ!(涙