13.恥ずかしながらっ! 一人だけは助かったようですっ!
「うわばらっ!」
階段から足を踏み外してバランスを崩してしまった。
そんな夢を見て目を覚ました。
ふかふかのベッド。さらっとした接触感のタオルケット。暖かい空気。左右に設置されたメディカル機器類。高級感溢れるサイドテーブル。
クリーム色の明るい部屋は、仁が住んでいた家の敷地より広い。
「何でここに? ここはどこ?」
記憶の混乱。前にもあったような……。
「ミアッ!」
「ぶっ!」
仁の顔面に覆い被さるミア。お日様の匂いがする。
両手でゆっくりとミアを抱え上げると、足をバタバタさせていた。
「マー・アー」
嬉しそうなミアの顔。手を伸ばす仁。アゴの下がぽよぽよに柔らかい。
「あれ?」
ミアは、名札の付いた可愛い赤色の首輪をつけていた。
「金獣の幼体はジン様のお気に入りとの報告がありましたので、お側に置いておきました」
女の人の声が降ってきた。
「気がつかれましたか? ここはキャッスル内専属病院。ご安心を。ジン様の体に不都合はございません。まったくもって御運がよろしい」
のぞき込んだのは、笑顔の女性軍人。クレアさん!
……クレアさんじゃない。
瞳は、クレアより薄い金色。細くて長いブラウンの髪に柔らかそうな頬。年の頃は、仁より少し上のハイティーン。額には透明なクリスタル。だから流行?
……高校生くらい?
「私はライラ・リイラ。クレア大尉の所属する陸上軍の少将です」
言って小首を傾げる。長い髪がサラサラと流れる。天使も裸足で逃げるような清純派美人!
少将と言うだけあって、クレアさんの軍服とはちょっと違う。肩や胸に細かい飾り付けがついていた。
「体年齢十七歳の内年齢三十五歳。こう見えても、大尉より年上なんですよ」
にっこり笑うととても可愛い!
意思の疎通に齟齬がある……。
おや?
「……クレアさんって少尉じゃなかったっけ?」
仁は自分の記憶を疑った。
「今回の功労により二階級特進しました。……なぜか本人は嫌がっていましたけれど」
まあ、あの人は嫌がるだろうな……。
「我が陸上軍が誇る優秀な尉官がすぐ側に居合わせ、なおかつ適切な行動を取ったのが、ジン様救出作戦成功の要でした」
……なんかこう、回りくどい言い方というか、自慢臭いというか。
「あっ!」
上半身をガバっと起こす。ミアが転がる。
「そうだ、クレアさん! クレアさんは無事ですか? 手当してやってください! あの人、大怪我してるんです!」
仁は、まだ混乱していたのだった。今、ようやく完全覚醒した。
ライラと名乗る少女は、仁の肩を抱き、ベッドに寝かせようとする。仁はそれに刃向かった。
「ご安心を。ジン様、救出されてからすでに二日経っております。クレア大尉はすでに体組織修復処置を完了。軍病院に入院中。順調に回復していると報告を受けています」
それを聞いて力を抜く仁。ベッドに体を寝かせる。いそいそとミアが上に乗ってきた。
「まさか粗末な扱いを受けているって事は……」
同僚である軍の人たちに、突き飛ばされ、無視されていたクレアを思い出す。
「最優遇扱いなのでこれ以上の優遇処置は、……なんでしたらオプションをおつけしましょうか?」
「オプション?」
「アルフレイ・ランドの全ての病院内に美容形成施設が併設されております。そうですね、おすすめは全身泥パックと美顔オイルマッサージですが、どういたしましょう?」
「二つとも付けてあげてください。あと、足裏マッサージも!」
これで、心おきなく寝ていられる。
仁は安心して眠りについた。
……じゃねーよ!
「琴葉ちゃんを知りませんか? 斧田琴葉! 僕と一緒に、こっちへ来ているはずなんです! 僕は助けてもらったけど、琴葉ちゃんはまだ山の中にいるかも! 大怪我してて……あああ、金獣たちに捕まって――」
「落ち着いてください!」
また起き上がろうとした仁の肩を押さえるライラ少将。
「私の言える権限での範疇で申し上げます。コトハ様はすでに我々が別施設で……保護いたしております」
やや歯切れが悪いものの、琴葉は無事らしい。運がいいと言われた自分がこの様だ。琴葉は怪我をしているのだろう。骨折くらいしているのかもしれない。
「ジン様に、コトハ様からメッセージを預かっております」
ライラがサイドテーブルに置かれていた金属製のケースを開ける。厳重に封が施されている。
いくつかの鍵を開け、中から封筒をとりだした。
「どうぞ」
薄いピンク色した葉書大の封筒。
仁の左手が、それを受けとった。右手で開封口をつまむ。
急いで、それでも丁寧に開封した。
中には便箋が一枚。見覚えのある筆跡。殴り書きの縦書きだ。
『病院に来たらもう一通あるから、詳しくはそれを読んで』
「……はぁ?」
誕生日プレゼントを贈るバカップルの手口ですか? これは。
仁は、なんとなく琴葉に余裕を感じた。張り詰めていた気が一気に緩む。なんにしても無事だ。それにここの人たちは親切だ。
今度こそ安心して、ベッドに倒れ込んだ。
「ジン様は丸二日間意識をなくしておいででした。説明をいたしましょう」
ライラは、脇に控える女医に説明を促す。
背の高い女の人。白衣に黒のミニスカート。首からさげた聴診器。赤いフレームの眼鏡に切れ長の目尻がよく似合う。
「我々のアルフレイ・ランド特有の治療法ですが、ある程度以上のダメージを負った患者は強制睡眠状態にして治療を施します。えーと、ジ、ジン様……の、お体は、全快しておられるはずです。現在、どこにも不具合はございません」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げる仁。女医は、はにかみながら一歩下がる。
こういう風習なのだろうか?
とにかく自分の体も大丈夫らしい。となると、俄然、ある疑問が吹き出してくる。
「ここはどこなんですか? なぜ僕たちはここへ? あなたたちはいったい?」
この病室には、ライラ以外に医療スタッフが数名、詰めていた。全員女性。
ミア以外、みんな額にクリスタル。だから流行?
ライラは、手を振って彼女らに退室を促した。
この広い病室に、二人きり……グルーミングしているミアを含め、三人きりになったことを確認してから、ライラが口を開いた。
「私が答えられるのは、ここがアルフレイ・ランドであると言う事柄だけ。その他につきましては、私に話す権限がございません」
がっかりした内容。……また権限か。
ライラは、そんな仁の心を見透かしたように話を繋ぐ。
「セントラルには、全てを話す権限を持つ者。調整者が(コントローラー)おります」
ライラはにっこりと笑った。クレアと言ってることは同じだが、笑顔は違う。
……言うなれば営業スマイルだった。
「それに、各種手続きが必要ですからね。ジン様のご都合に合わせて参りましょう。いつがよろしいですか?」
「今すぐに!」
意識して元気に答えた。一刻も早く琴葉の事、アルフレイ・ランドの事を聞き出したい。体調不良を理由に、調整者なる人物に会えるチャンスを先のばしされたくないからだった。
いよいよアルフレイ・シティ編始まり~。
いっぱいいっぱいお姉さんがでてきます~。
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