表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/33

10.お姉さんとダイブ。

 仁が叫んだ・その時!


 自然界ではけっして聞くことのできない音が、広場に響き渡る。

 それは、銃声!


 音がした方角を向く仁。右側だ。金獣たちも同じ方向を見ている。

 今度は轟音がした。より重い音だ。反対の左側で。


 右がフェイクで左が本命か!

 左の森の一角が崩れ、土煙が立った。爆発的に紅い炎が踊る!


「ミヒ! シエルフィ・ル!」

 その場にいる金獣達が血にはやっている。ほとんどの金獣が、火を出した森に向かって走り出した。

 これだけの数の金獣相手に、どうやってクレアさんは戦おうというのか?


 トラップの教官と言っていた。サバイバルの教官だとも言っていた。今までこっそり準備をしていたのだろう。だけど……。


 だけど、ニケはこの場を動いていない。火の出た森を睨み付けている。親衛隊の方々も森の方に向け、手にした武器を構えていた。


 クレアさん一人でどうやってこの窮地を切り抜けようというのか?

 金獣の大群を向こうに回し――。


 変化がおきた。


 大釜二つがひっくり返った。

 もうもうと上がる湯気。水煙と言っていいかもしれない。野菜と肉を煮込んだスープの美味しそうな香りが漂う。


「走れ! 九時の方向!」

 煙の中からクレアさんが飛び出し、仁の体を背で押した。何のことか一瞬理解できないでいる仁。

 ニケも親衛隊の金獣も呆然としている。今の今まで気づかなかった。反対の森ばかり見ていたからだ。


「シチ!」

 いち早く我に返ったのはニケだった。猛然とクレアに襲いかかる。

 クレアは両手で拳銃をホールドしている。

 ニケの残った目を見たまま、右太ももに銃弾を撃ち込んだ。

 もんどり打って転がるニケ。


「走れ! 馬鹿者がっ!」

 背後から、クレアさんの声が飛んだ。

 脊髄反射で走り出す仁。


「あの大きな木の右から、森に入れ!」

「え? 右? 右?」

 急に言われて、左右の区別ができる人の方が少ない。仁も大多数の方だった。

「お箸を持つ方、だ・ろ・う・がっ!」

 そう言われた方が早い。


 クレアさんが生きていた。助けに来てくれた。窮地を脱した。

 いや、まだだ。でもクレアさんと一緒なら、きっと助かる。そんな感情を混ぜこぜにして、大木の右手に突っ込んだ。

 クレアは森に入る直前で振り返り、もう一発撃った。金獣たちは、すぐ後ろまで迫っていたのだった。


 発砲ののち、大木の左側から森の中へとジャンプしたクレア。

 クレア憎しとばかりに続いて、左から森に入る金獣たち。その足下がすくわれた。

 親衛隊の金獣三体が逆さ宙吊りになる!


「そこの小道の左、……お茶碗を持つ側に沿って走れ!」

 左急速走行。

 また背後から悲鳴が聞こえる。さっきより悲痛な悲鳴だった。どんなトラップが仕掛けられていたんだろう? 気になる。

「血が苦手なら後ろを見るな!」

 後ろを見ずに走る仁。今日はよく走れている。いつもより腿が高く上がっていた。


「山や森は金獣だけの物ではない。連中の油断はそこにある。ふふふふふふ……」

 後ろから聞こえるクレアさんの声が笑っている気がするが、あまり考えないことにした。


「その倒木の上を走れ!」

「下をくぐれ!」

 様々な指示が飛ぶ。いったいどれだけ周到にトラップを用意したんだよ!

 都度、背後から上がる悲鳴。

 気のせいか、だんだんと声に悲壮さが増してきたような……。


 だが、背後より迫る声や足音は、いっこうに減らない。むしろ数を増している。

「そりゃそうだ。金獣の一部族を全て敵に回したのだからな」

 大きなストライドで走るクレアさん。ミニスカート無視?


「それはそうと、貴様、いつまでその子を抱いてるんだ?」

「はっ!」

 仁は、小脇にチビッコを抱えたまま全力疾走している。まったくの無意識だった。

「いや、これは……」 

「そこの角、直角にお茶碗!」

 定点左九十度回頭する仁。

「うぉっとぉー!」


 そこは崖。目もくらむような高低差。眼下には、白波を立て轟々と流れる大きな川。

 ああ、これ、見たことある。

 小学校最後の春休みの深夜映画だったっけ。

 明日に向って撃て! って西部劇で、ブッチとサンダンスが、追っ手から逃げるために滝壺に飛び込むシーン。サンダンスは金槌だったんだよな、ハッハッハッ!


 ……。


「まさか、クレアさん」

「察しがいいな」

 口の端に冷たい笑みを浮かべるクレア。目がとっても危険。

 仁の、そして男子の唯一体外に出ている内臓器官が二個、キュッっと縮み上がった。


「その子はおいていく方がいい」

 そういえばまだチビッコをダッコしたままだった。

 遠隔操作された鉄人の様に、ギコギコした動きでチビッコを降ろす。チビッコは四つんばいで毛をプルプルさせた。

 四つんばい?


「金獣の幼体は四足歩行だ。それより、覚悟はいいか?」

 クレアはバックパックから、ポーチを取り出し二の腕に巻き付けた。

 そして、残ったバックパックを放り投げた。そうそう、飛び込むには邪魔になる。


「ちょっと待って、ちょっと待って!」

「どーん」

 チビッコが仁の足下に体当たりした。


 ……なにゆえ?


 声を出す余裕など無い。崖の先端で両手をぐるぐる振り回しバランスを回復させる。何とかギリギリ耐えられそうだ。


「ほう! 頭のいい幼体だな。どれ」

 仁の額をチョンと押すクレア。


「あーっ!」

 バランスを崩した仁。文字通り、大の字に両手足を広げ、崖を落下していく。

 何回転目かで見上げた上空に、飛び込みスタイルで宙に浮くクレアさんと、ゴムボールのように体を丸めて飛んでいる嬉しそうなチビッコを見た。


 ふと無くなる現実感。すぐ後に続く、雪崩式バックドロップによる着水のショック。背骨が軋んだ!


 水中に潜っているのは頭のどこかが理解していた。ただ、上下左右がまったく解らない。手と足がどこにあるのかも解らない。水中にいた。と思ったら顔が空気中に飛び出した。

 次第に水中にいる比率が高くなっていき、次第に頭の中が白濁していった。だんだんどうでもよくなっていき……。


 いつしか意識が薄れ、ついに記憶が途切れたのだった。


男性は身体が資本だと思う今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ