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Bloody Bless  作者: 館長さん
第2章:決死の逃亡編

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第8話:ここでは、みんな狂っているんだ④

『移動開始から十分。初期座標から直線距離で五百メートルを踏破』


 リルの報告が、牽引用のワイヤーを通じて機体に伝わってくる。


 五百メートル。


 あのまま崩落地点に残っていれば、皇獣と鉢合わせしていた可能性は高い。たったそれだけの距離だが、俺たちの安全と安心を確保するには十分であった。


 もっとも、全員がこの判断に納得しているわけではない。


 俺とリュオンが押し切る形で決めたことだ。クローディアは最後まで反対していたし、リルも命令の解釈を捻じ曲げてまで俺たちに合わせたわけではない。ただ、俺たちの出した行動が、エドムント少将の命令と矛盾しないと判断しただけだ。


『くっ、私まで命令違反に付き合わされることになるなんて』


「そう言うな。あのまま動かなければ、俺たちは救助が来るまで持ちこたえることはできなかっただろう。少将だって兵士とMA(マシーナリィアーマー)という貴重な軍の資源を四人前、無駄遣いしたくはないんじゃないか?」


『それはそうだが……いや、しかし兵が独断で命令を無視するなど』


 クローディアの調子は相変わらず。規律を守らなければいけないだの、命令違反は重罪だの、危険が遠ざかった安心からか、すっかり口が回るようになっていた。


 けど、それはお互い様だ。こうして気を落ち着かせることさえできれば、自分の意見を持たぬ者が口走る一般論など、いくらでも煙に巻くことができる。


 我らが面倒くさい隊長殿のありがたいお説教を適当に聞き流しながら、俺は改めて周囲の様子を窺った。

 

 先へ進むにつれ、周囲の景色も変わっていることに気が付く。


 崩落した谷底では、ところどころ空が見えていた。だが、今は岩盤の隙間にできた巨大な空洞へ入り込んでいる。自然にできた洞窟なのか、それとも何かの施設として掘られたものなのか、暗がりの中で見ただけでは判断がつかない。


 頭上を岩に塞がれ、外の光は完全に届かなくなっていた。


 広域レーダーもGPSも、いつの間にか使えなくなっている。CCC《戦術管制室》との通信も途絶えてしまった。


 強力なジャマーがどこかに設置されているのか、それとも単純に岩盤が厚すぎるのか。少なくとも、今使えるのは機体同士の近距離通信だけらしい。


 俺はトリオンの肩部に備えられたサーチライトを点灯させた。白く濁った泥の粒子が光の中を流れ、湿った岩肌がその先に浮かび上がる。


 視界は悪いが、それでも進むしかない。地下をさまよう皇獣(おうじゅう)たちは、いつ俺たちの機体の匂いに気付いてもおかしくはないのだから。


 しばらく進むと、先行していたリュオンのギガントが足を止めた。


『……行き止まりだ』


 前方を照らすと、泥に覆われた巨大な壁面がライトの中に浮かび上がった。岩盤にしては妙に平坦で、表面には規則的な継ぎ目が走っている。泥の剥がれた部分から覗く灰色の硬質素材を見れば、それが自然にできたものではないことは明らかだった。


「人工物か」


『施設の壁面と思われます』


 リルの報告を聞きながら、俺はさらにライトを上へ向ける。


 壁面の中央には、巨大な出入口まで設けられていた。扉らしき構造物は泥と岩に埋もれているものの、その大きさは人間用のものとは明らかに違う。MA(マシーナリィアーマー)がそのまま通り抜けられそうなほどの幅と高さがある。


「こんなところに、施設なんてあったか?」


『記録にはありません』


 リルの返答は即答だった。周囲を見渡しながら、リュオンとクローディアも続く。


『これだけデカい施設なら、普通は何かしら人の気配があるもんだろ。あそこに窓みたいなのも見えるけど、明かりは一つもついてない』


『地面を見ろ。車両の轍も、MA(マシーナリィアーマー)の足跡もない。少なくとも、ここを使っている者がいるようには見えないな』


 言われてみれば、その通りだった。


 施設の規模から考えれば、出入りする人間や車両が残した痕跡くらいあってもよさそうなものだ。それが、土に覆われた地面には何も残っていない。


 放棄されて、それなりに時間が経っているにしても、どうにも不自然だ。。


 こんな場所に、誰が、何のために造った施設なのか。


 少なくとも、俺たちは予定外の場所に迷い込んでしまったらしい。


『カーン准尉。壁面に異常を確認しました』


「異常?」


『はい。こちらです』


 リルのトリオンが向きを変え、サーチライトが施設の壁面を横へなぞっていく。


 少し離れた場所に、巨大な穴が開いていた。


 出入口とは別の場所だ。壁面の一部が大きく失われ、MA(マシーナリィアーマー)が一機、余裕を持って通り抜けられそうなほどの大きさになっている。


「崩れたのか?」


『自然に崩れた可能性は低いと思われます』


 リルが穴の縁へライトを向けた。


 壁を構成していた破片は、穴の周囲から外側へ向かって広く散らばっている。地面に転がった壁材の中には、元の形を留めているものもあれば、細かな破片に砕けたものもあった。


 さらにライトを破断面へ向ける。


 露出した壁の内部構造は、外側へ向かって大きくひしゃげていた。まるで、壁の内側から強烈な力を受け、そのまま外へ押し広げられたような形だ。


「何か大きな力で、内側から吹き飛ばされた感じだな」


 リルの淡々とした報告を聞きながら、俺は暗い穴の奥へライトを向けた。


 光が照らし出すのは、崩れた壁の向こうに広がる暗闇だけだ。そこに何があるのかまでは、外からでは分からない。


『せっかくだし、中に隠れちまおうよ。このまま皇獣(おうじゅう)が追い付いてくるまで、ぼけっと突っ立ってるわけにもいかないでしょ?』


 俺の疑問などお構いなしに、リュオンが話を進めた。


 彼の提案に、クローディアが何か言おうと口を開きかける。おそらく、また勝手な行動に文句をつけようとしたのだろう。


 しかし、彼女が言葉を発することは無かった。


 自走できずに牽引されている身である上に、この場に留まれば、いずれ皇獣(おうじゅう)たちと鉢合わせしてしまうだろう。隠れるにしろ、迎撃するにしろ、障害物があり、足場がしっかりしている場所の方がいいに決まっている。


「俺は賛成だ。少なくとも、ここで突っ立ってるよりはマシだろ」


『賛成します。施設内に地上へ通じる通路、あるいは大型搬入口などが残されている可能性があります。エレベーターが稼働するかは不明ですが、脱出経路を探す価値はあります』


「だな。ここがどこにつながってるのか、見てみるとしよう」


 反対意見が無いことを確認し、俺たちは警戒しながら施設内へと侵入することにした。


 先頭をリュオンのギガント、その後ろに俺とリルのトリオン、最後尾をクローディアのギガントが続く。施設の入口は広く、四機のMA(マシーナリィアーマー)が並んで進んでも十分な余裕があった。


 入口を抜けたところで、リルが機体を停止させる。


『待ってください。内部の環境を確認します』


「頼む」


 リルがセンサーを作動させ、周囲の空気を調べていく。


『酸素濃度、正常。毒性を持つ物質も検出されません。生命活動を維持するうえで、問題のない環境です』


「了解。どうもきな臭い、少し調べてみよう」


 リルの返答を聞き、俺はトリオンのコクピットハッチを開いた。


 ロックを解除すると、固定金具が外れ、ハッチを支えるアクチュエータが低い駆動音を立てる。重い装甲板がゆっくりと持ち上がり、密閉されていたコクピットへ施設内部の冷たい空気が流れ込んできた。


 俺は座席から身を起こし、ハッチの縁を掴んで外へ降りる。続いてリュオンとリルも機体を降りてきた。


 周囲を見回す。


 暗闇に目が慣れるのを待つ必要はない。機化人(サイボーグ)の視覚系には、微弱な光を増幅して周囲の輪郭を捉える暗視機能が備わっている。


 その微弱な光をどう用意するかだが――


「照明用ドローンを展開します」


 リルがそう告げると、トリオンの背部コンテナから小型のドローンが一機、音もなく飛び出した。


 機体上部へ浮かび上がったドローンが照明を点灯させる。白い光が広間の一角を照らし、暗視によって浮かび上がっていた輪郭と重なった。


「こいつは……」


 視覚が確保されたことで俺たちの目の前に現れた風景は、凄惨なものであった。

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