↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bloody Bless  作者: 館長さん
第2章:決死の逃亡編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/59

第8話:ここでは、みんな狂っているんだ②

 のんびり考えている暇はない。俺はすぐに通信回線を開いた。


「CCC(戦術管制室)、こちら“ドルフィン”。現在、地下空間にて皇獣(おうじゅう)の接近を確認した。このまま待機を続ければ接触する可能性が高い。退避の許可を求める」


 返事が来るまでの時間が、やけに長く感じられる。


 こうして待っている間にも、皇獣(おうじゅう)たちは少しずつ距離を縮めてきているのだ。ンサーに映る反応は、確実にこちらへ近づいていた。


『やけに遅くないか?』


『CCC(戦術管制室)の処理に時間がかかっているのかもしれないな』


 リュオンの声に、焦りが滲む。クローディアも平静を保とうとしているようだったが、その声にはわずかな硬さがあった。


「分からん。だが、こっちはゆっくり待っていられるほど余裕は――」


『――落ち着きたまえ、シービースト小隊諸君』


 低く、それでいてよく通る声だった。こちらの焦燥など意に介さぬような穏やかさがあり、その声音には、聞く者を自然と従わせるだけの威厳が備わっている。


 北方第6前線基地の最高責任者。シュタイナー・エドムント少将、その人であった。


 思いもよらない人物の登場に、俺は思わず息をつく。


 この人が出てきたのなら、大丈夫だ。これまで何度も戦場で命を預けてきたわけではない。それでも、戦争そのものの無意味さを語り、命を奪い合うことを嘆いていた姿を知っている。


 俺自身、一度は軍人として取り返しのつかない処分を受けかけたところを、少将の嘆願によって救われたこともあった。


 だからこそ、俺にとってエドムント少将は、北方第6前線基地を任せるに相応しい人物だ。そんな人が、たかが一個小隊の救助要請に直接応じてくれた。


 ありがたいと思う一方で、妙な違和感も覚える。本来なら、通信士が事務的に処理して終わる案件だ。


「少将閣下? なぜ、あなたが直接回線に」


 困惑を隠しきれない俺の問いに対し、少将は慈愛に満ちた穏やかな声で答えた。


『准尉。君たちは一週間前、あの聖歌の悪夢をはね除けてみせた。全軍が正気を失う中で自己を保った君たちの存在は、この基地にとって……いや、人類にとっての希望そのものだ。そんな貴重な人材の安否を、他人任せにはしたくなくてね』


 整いすぎた、あまりにも正しい理由だった。


 一介の准尉である俺に、人類の希望などという大仰な言葉を向ける。その声音に嘘があるようには聞こえない。かつて握ったあの温かな手の感触が、ふと脳裏をよぎった。


 それでも、背中を這うような微かな寒気だけは消えなかった。


 だが、本当にそれだけなのか。そんな疑念が浮かんだものの、今の俺には、それを確かめる術はない。


『閣下、恐縮です。現状、“ノーチラス”より報告があった通り、後方に皇獣(おうじゅう)の熱源を確認しました。救助隊の到着まで、この場所を維持するのは困難かと。“オウカ”に代わり、離脱の許可を願います」


『状況は把握している。だが、命令に変更はない』


 迷いのない返答だった。


 思わず息を呑む。こちらの状況を知らずに言っているわけではない。それを承知したうえで、なお待機を命じているというのだ。


『救助隊の編成はすでに終わっている。工兵班が現在、救助ルートを選定中だ』


「ですが、皇獣はもう近くまで来ています。このまま待機すれば、交戦になる可能性が――」


 言いながら、自分でも分かっていた。


 救助隊がこちらへ向かっているのなら、単純に持ち場を離れればいいという話ではない。俺たちが移動すれば、救助する側もこちらの位置を探し直さなければならなくなる。


『だからこそ、今は動かないでほしい』


 その言葉に続いた説明は、至極もっともなものだった。


『地盤は極めて不安定だ。無闇に移動すれば救助ポイントがずれる。そうなれば、救助隊まで危険に晒すことになる』


 確かに、理屈は通っている。だが、だからといって納得できるほど、状況は甘くない。


「それは分かります。ですが――」


『救助は間に合わせる。君たちは、そこで待っていればいい』


 耳を疑った。


 背後からは皇獣(おうじゅう)が迫っている。しかも、姿勢制御が間に合わなかったギガント二機は、まともに戦える状態ではない。クローディアの機体に至っては脚部に不調を抱え、自走することすら難しい。


 そんな状況で、現状を維持しろという。


 少将の言葉には理屈がある。救助隊の安全を考えれば、俺たちが勝手に移動することにも危険はある。だが、それでもこの場に留まり続けることが本当に正しいのか、俺には判断がつかなかった。


 さきほどから胸の奥に残っている違和感が、消えてくれない。


『閣下、正気ですか! 僕のギガントは、落下で損傷してるんすよ! 姐さん……失礼、中尉の機体はまともに歩けないんだ! ここで待てっていうのは、死ねって言ってるのと同じっす!』


 通信モニターに映るクローディアが、わずかに眉をひそめる。リュオンの言葉に反応したのは明らかだった。


 通信に、重苦しい沈黙が落ちる。


 誰も言葉を挟まない。その沈黙そのものが、先ほどのリュオンの言葉を咎めているように感じられた。


『聞こえなかったかね、“ハンマーヘッド”。命令を復唱したまえ』


 エドムントの声には、先ほどまでの柔らかさがなかった。冷静で、静かな声だった。それだけに、こちらから言葉を返す余地が残されていないことが、かえってはっきりと伝わってくる。


『くっ……!』


 リュオンが短く息を詰まらせる。


 普段なら、彼はここからさらに食い下がることだろう。だが、少将の命令を前にして、それ以上の言葉が続かない。


 どれだけ自分の腕で戦場を生き抜いてきたという自負があろうと、それを理由に命令を覆すことはできないのだ。まして、今のリュオンにできるのは、少将の命令を受け入れることだけだった。


『……“ハンマーヘッド”、了解しました。救助隊が到着するまで、本座標にて現状を維持します……くそったれが!』


『よろしい』


 モニターに映し出されているエドムント少将が、満足そうに頷く。リュオンの言葉を聞き届けた少将の声は、再び、あの執務室で聞いた時のような穏やかさを取り戻していた。


『じきに救助隊が到着するだろう。君たちのような貴重な人材を失うのは、私としてもしのびない。生き延びたまえ。以上だ』


 それだけ告げると、少将は俺たちの返答を待つことなく通信を切ってしまった。重苦しい静寂が残る。


 「……閣下」


 思わず、その名を口にしていた。


 生き延びたまえ。


 その言葉が、妙に耳に残っている。あの執務室で握った温かな手も、俺たちを人類の希望だと言った言葉も、嘘だったとは思いたくない。


 しかし、俺たちを失いたくないと言いながら、なぜ、この場所で待てと言うのか。少将の考えが、俺にはすっかり分からなくなっていた。


『熱源、コンタクトまで、四百秒を切りました。急速に接近中』


 リルの警告に、俺は思考を現実へ引き戻される。


 皇獣(おうじゅう)は、もうそこまで来ているのだ。このままでは、そう遠くないうちに交戦になる。


『僕はここを離れるからね。こんな不安定な場所じゃ戦うこともできないし、逃げることだって難しい。だったら、皇獣(おうじゅう)と鉢合わせする前に、少しでも距離を取るべきだろ』


 リュオンの言葉には、先ほどまでの苛立ちが残っていた。それでも、今度は感情だけで言っているわけではない。俺も同じことを考えていた。


「俺も、動いたほうがいいと思う。ここに残ったところで、まともに歩けない中尉を守れない」


 クローディアは、しばらく何も言わなかった。やがて、通信モニターの向こうで表情を引き締める。


『少将から待機を命じられている。私たちは、その命令に従わなければならない』


 分かってはいたが、クローディアは相変わらずの石頭ぶりだった。それが彼女の処世術なのだと理解しているが、しかし、さすがに今回はそれを尊重するわけにはいかない。


「聞くまでもないとは思うが、リルはどうだ?」


『中尉の意見を支持します。プログラム上、現段階における最上位権限であるシュタイナー・エドムント司令の命令が最優先されますから』


「だよな……」


 予想通りの答えだった。


 クローディアは命令に従い、リルは命令に従うための理由を述べた。どちらも、少将の指示を疑うつもりはないらしい。


 俺は小さく息を吐き、周囲の状況へ意識を戻した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。