↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bloody Bless  作者: 館長さん
第2章:決死の逃亡編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/60

第7話:伸びていく長っ鼻①

 廊下を歩くたび、右脚から微かな違和感が伝わってくる。


 動作そのものに問題はない。医療用診断では、神経接続も駆動系も正常。戦闘行動に支障なし。


 兵士にとって、手足を失うことは珍しいことではない。壊れた部品を交換する、それだけの話だ。兵士ならなおさらである。


 だが、長年使い続けた身体と、交換したばかりの義肢では、やはり勝手が違う。


 指は握れるし、足も動く。それでも、自分の身体が自分のものではないような感覚だけは残っていた。


 疑似神経が完全に馴染むまで、あと2日。医者にはそう言われている。


 大人しくベッドで寝ていれば、問題なく復帰できるだろう。その忠告を守れる性格なら、そもそも問題児の墓場(こんなところ)に左遷されたりはしていない。


 俺は医務室を抜け出し、食堂へ向かっていた。本当なら、こんな場所を歩いている場合ではない。


 義肢換装からまだ五日。身体は回復途中で、シービースト小隊の他の連中も似たような状態だ。


 それでも、じっとしていられなかった。あの黒い機体について、何も知らないまま次の戦場へ出ることの方が、俺には耐えられなかったからだ。


 あの黒い異形には、いつしか"羊飼い"という名が付いていた。理由は単純だ。あいつは決まって皇獣(おうじゅう)の群れと共に現れる。まるで獣どもを引き連れ、戦場へ導いているように見えることから、誰ともなくそう呼び始めた。


 実際にあいつが皇獣(おうじゅう)を操っているのか、それとも別の理由があるのかは誰にも分からない。ただ、一年あまり続いた戦場の記憶が、その名を基地中へ根付かせてしまった。


 問題は、そこじゃない。あいつは俺を覚えている。


 初めて戦った時、俺は偶然にも奴の武器を破壊した。結果だけを見れば、引き分けに持ち込んだと言えるのかもしれない。


 だが、実際は俺の負けだった。次に遭遇した時、あいつが同じように見逃してくれる保証などどこにもない。


 むしろ、あれ以降“羊飼い”は俺を優先して狙うようになった。先日の戦いでは、百を超えるMA(マシーナリィアーマー)の中から、ピンポイントで俺を狙って突っ込んで来やがった。


 よほど美味そうに見えたのだろう。迷惑な話だが。


 だからこそ、俺は知らなければならない。


 あいつが何なのか。どう戦えばいいのか。何故、ヘアツゥの兵士たちと共に行動を取るのか。


 考えれば考えるほど、分からない。


 廊下を歩く途中、何人もの兵士とすれ違う。どいつもこいつも表情からは生気が失われ、不安と恐怖に心が塗りつぶされてしまっているかのようだ。これではまるで、生きる屍である。


 先日の戦闘で、俺たちは負けた。それも、完膚なきまでの惨敗だ。


 ヘアツゥ司教国軍の大規模侵攻において、北方第6前線基地は防衛に成功したわけではない。ただ、生き残っただけである。


 誰もがあいつを恐れている。正体が分からないというだけで、人はここまで怯えるものなのか。


 俺は食堂の扉の前で、一度立ち止まって思案する。


 たとえ死に体であろうと、栄えあるスワスチムの兵士たちだ。“羊飼い”との交戦経験のある者も、一人や二人ではないはずだ。


 求める情報がこの場にあることを願いつつ、俺は静かに軽い扉を開く。手首から返ってくるシグナルが、妙に神経を逆なでした気がした。




 昼時を過ぎた食堂のざわめきが耳に流れ込んでくる。とはいえ、その空気は以前とはまるで違っていた。


 敗戦の五日後だというのに、談笑する声はほとんど聞こえない。食器の触れ合う音だけが、やけに大きく響いていた。


 配膳口へ向かって歩き始めると、何人もの兵士と目が合う。すぐに逸らす者もいれば、露骨に顔をしかめる者もいる。中には、こちらを見たまま何も言わない連中もいた。


 無理もない。


 俺たちは持ち場を飛び出し、敵の大将を叩くしかないと無線で叫んだ。前線の連中は、その無茶に命を預けて道を開いてくれた。


 皆が命懸けで繋いでくれた道を、俺たちはジンの目の前まで駆け抜け――そして、負けたのだ。


 期待させるだけ期待させて、結果は全滅寸前。冷たい目を向けられて当然であろう。俺だって、あの場でジンに手も足も出なかった自分を、まだ許せていないのだから。


 配膳口へ近付くと、白いエプロン姿の小柄な少女が、慣れた手つきでトレーを並べていた。


 今日は非番なのだろう。軍服ではなく、すっかり見慣れたメイド服に身を包んだリルが、兵士たちの配膳を手伝っている。


 俺の姿を見つけるなり、その銀色の瞳がじろりと細くなった。嫌な予感しかしない。


「カーン准尉、無断で医務室を抜け出してきましたね?」


「散歩だ。腹くらい減るだろう?」


 小さく溜息をついたリルは、手にしていたトレーを配膳台へ置くと、腰に手を当てて俺を見上げた。アンドロイドって、溜息ついたりするんだな、とどうでもいい所で感心してしまう。


「病人は病人らしく寝ていてください。お医者様からも、あと二日は安静にと言われたはずです」


 予想通りのお小言だった。


 眉の端を吊り上げながら、それでもリルは配給用の深皿に温かいシチューをよそい、黒パンを二つ添えて俺へ差し出す。


「悪いな」


「その言葉を返す相手が違います。医務室へ戻ったら、軍医さんにもちゃんと謝ってください」


 気が向いたらな、とだけ返事してトレーを受け取る。湯気の立つシチューからは、豆と乾燥野菜、それにわずかな肉の匂いがした。


 味気ない配給食だが、義肢の整備だけでは身体は保たない。人工筋肉も、人工臓器も、生きた脳も、結局は栄養を食って動いているのだ。


適当な空席へ腰を下ろし、黒パンをシチューへ浸す。


 温かいだけでもありがたい。味は相変わらず質素だったが、五日ぶりに医務室の外で食べる飯だ。点滴や味のしないレーションに比べれば、天上の甘露のごとし、である。


 配膳を一段落させたリルが、小走りに駆け寄って来る。彼女はそのまま、静かに俺の向かいへ腰を下ろした。


「それで、基地はどうなってる」


 リルは俺の顔を見つめ、小さく頷いた。


「前線は現在も膠着状態です。ヘアツゥ軍に大きな動きはありません。ですが、現在前線を維持しているのは、アンドロイド兵の部隊だけです」


 含みのある言い方に、ついスプーンを持つ手が止まる。


「機化人(サイボーグ)部隊は?」


「負傷者の治療と再編成を優先しています。皆さん、まだ聖歌の影響から完全には立ち直れていませんから」


 自軍の惨状を思い胸を痛める人間のように、リルはわずかに視線を落とした。


 無理もない。あれは勇気や根性でどうにかなる類の攻撃ではなかった。


 心の奥底を無理やり抉り返され、現実と幻の区別すら曖昧になる。戦場であんなものを受ければ、身体より先に心が壊れてしまう。


 俺たちシービースト小隊が辛うじて対応できたのも、リルのサポートがあってこそだ。“錨”を持っていてなお、悪夢に囚われそうになった俺自身が、その恐ろしさを誰よりも実感していた。


「現在は二十四時間体制で、アンドロイド部隊が交代制で前線を維持しています」


「敵も攻めてこない、と」


「はい。現在のところは」


 現在のところ、か。つまり安心できる、という意味ではないらしい。


 俺は黒パンを一口かじり、視線だけで報告の続きを促した。


「ヘアツゥ軍にも大きな動きはありません。大神官ジン、ならびに巫女レンも、あの戦闘以降は前線で確認されていません。首都方面へ帰還したものと推測されています」


「へえ。連中、あれだけ暴れた後は音沙汰なしってわけか。道理でアンドロイドだけで前線を維持できるわけだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。