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Bloody Bless  作者: 館長さん
第1章:北方第6前線基地編

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第6話:偶像 -IDOL-⑥

『おい、今のって、あのハミルトン家のアレか?』


『ハミルトンの中将閣下のご子息なら、何かこの状況を覆す案があるのでは……?』


『馬鹿か、あいつに関わって良いことなんてあるかよ!』


 通信網がざわつく。リュオンの喚きに対し、それが誰であるかを察した者たちの間で、奇妙な戦慄が広がった。


 自分勝手な振る舞いで周囲を振り回す悪名と、軍の名門という権威。二つの要素が兵士たちの間で衝突し、意見は真っ二つに分かれる。血筋ゆえに縋り付く者、厄介事から逃げ出そうとする者、戦況すら忘れて浮き足立つ者。


(……しまった、余計なことを言ったか)


 思わずこぼした言葉が、通信網に気まずい空気を広げてしまった。


 確かにリュオンは他の部隊から避けられている気配はあった。だが、まさかここまで露骨に腫れ物扱いされているとは。


 皆が黙して語らぬ“あの家”の話題を、俺が公の場に引っ張り出してしまったのが原因だ。ギスギスとした空気が、連携を求めるはずの戦場を、より一層深刻化していく。


 起きてしまったことを悔やんでも始まらない。だが、この不穏な空気は逆に利用できる。俺は即座に、誰にも聞かれないSotto(個人間通話)をリュオンに繋いだ。


『あんた、相変わらず余計なことをするね。ふん、僕の名前は高くつくぞ?』


(出世払いで頼む)


 リュオンは鼻で笑うと、通信網を全域に切り替える。先ほどまでの子供じみた喚きとは打って変わった、硬質な声色で言い放った。


『聞け! ここから先、僕と“ドルフィン”の行動はCCC(戦術管制室)の認可外だ。独断専行を決め込む』


 通信網が再びどよめいた。反発の声が上がる前に、リュオンはリュオンは“ハミルトン”という血筋が持つ重圧を通信機越しに叩きつける。


『この場で、生き延びることと勝つこと以外に、必要なものは無いだろ? だから、准尉が提案した再編案、あの三方位展開を採用する。敵の前衛は僕たちが引き付ける。撃墜数はくれてやるから、僕の道を切り開け!』


 その口調には、軍の階級を超えた絶対的な家の権威が滲んでいた。リュオンは自らが最も嫌うはずのその威光を、この混沌とした戦場を動かすための最も有効な道具として、あえて高圧的に振りかざしたのだ。


 無論、そんな勝手が許されるはずもない。瞬く間に通信には反感の言葉が溢れかえった。


しかし、通信網にわずか二つの応答が混じる。


「“ハンマーヘッド”、ついていくぞ」

「“ドルフィン”、援護する」


 彼らが数機のアンドロイド兵を引き連れ、東西に別れて隊列を整えていく様子がレーダーで確認され、リュオンがわずかに口角を上げる。その笑みの中には、彼自身の隠し切れない期待が宿っているように見えた。



『“タイガー”、“グリズリー”、強襲重装機ジークフリートの二機へ頼む。たった一発でいい。僕たちが敵を引き付け、密度の頂点を作ってみせる。その時、敵の群れをその主砲で薙ぎ払ってくれ。勝手な頼みだってことは分かってる、チャンスを作れなかったら無視してくれてもいい。あんたたちの判断に任せるよ』


 傲慢なハミルトンのご子息が、公の場で己のプライドを捨てた。通信網が一時的に静まり返る。その沈黙のなか、リュオンは回線を切り替えて小さく溜息をつくと、俺に向けて冷ややかな笑みを向けた。


『僕の役目はここまでだ。あとは好きにやってくれ、“南の英雄”さん』


「さっきの借りは、チャラだな。いいだろう、任された」


 俺は即座にクローディアへと回線を繋ぐ。上からの指示に依存することでしか責任を免れられない彼女に対し、どう言葉を投げればいいか。思考を巡らせるまでもなく、答えは一つだ。


「“オウカ”、聖歌の再開を許せばまたあの悪夢のせいで、スワスチム軍は今度こそ壊滅だ。司令部から出た命令は覚えているよな」


『基地周辺の防衛ラインを死守……』


「それだけじゃないだろ。“敵勢力の殲滅を最優先”だ。行こう、“オウカ”。敵の大将の首を取って来れば、俺たちの勝ちだ。野生の皇獣(おうじゅう)どもは敵が利用している戦力であって、敵勢力じゃない」


 返答を待つ数秒の間に、機体周囲の皇獣(おうじゅう)の数が加速度的に増えていく。もしも説得に失敗したら、などと考えている余裕などない。


『……分かった。向かおう』


 しかし、その心配は杞憂であったようだ。クローディアの機体が、ようやく追従を開始する。俺は安堵する間もなくリルを伴い、敵の群れへとトリオンを躍らせた。


「リル、可能な限り派手に動き回れ! 奴らの目を全部、お前に引きつけろ!」


 指示と共に、リルが敵陣のただ中を縦横無尽に駆け抜ける。ライトブルーに塗られた機体が視界を独占すると、周囲の皇獣(おうじゅう)の意識が、一斉に彼女という獲物へ収束した。リルが狙われているように感じたのは、やはり気のせいではないらしい。


 リルを囲い込むように群れが迫る。俺はサブマシンガンを乱射し、リルに肉薄する個体の気を引いていった。俺が皇獣(おうじゅう)を倒す必要はない。敵のヘイトを稼ぎ、集まって来てくれるなら、それで十分である。


「“オウカ”、リルが囲まれないよう支援砲撃を頼む。“ハンマーヘッド”、お前もだ。敵の群れを広げるな、一点に縛り付けろ」


『さすがに撃ち漏らしは出るぞ! どうする!』


「友軍を信じろ。俺たちは敵の主力を引き受けるだけでいい」


 リルの機体を目掛け、獲物を捕らえようとする獣たちが、強引に戦場の密度を高めていく。側面の敵が友軍機によって排除され崩れ落ちていく光景を視界の端に捉えながら、俺たちは殺到する敵の群れをリルの周囲へと誘導し続けた。


 多くの個体が群がり、もはや俺たちのMA(マシーナリィアーマー)では迎撃しきれない範囲にまで、敵の波が膨れ上がっている。円陣を狭めて対処するが、三人で守るにはそろそろ限界だ。


『防衛限界予測、三十秒後です。カウントダウン、開始。二十七、二十六――』


『おい、“ドルフィン”! 本当に大丈夫なんだろうな!』


 不安げな声を上げつつも、リュオンのストライクパイルが巨獣の大顎を正確に貫いた。薬莢が排出され、次弾が装填されるまでの間に、彼はリル機に取りついた昆虫型を力ずくで引き剥がし、ニードルガンで地面に縫い付ける。


 倒すことを諦め、敵の攻め手を緩めるための対処だが、実に見事なものだ。クローディアも既に敵に狙いを付けず、手あたり次第に発砲している有様である。若干名が支援射撃を向けているが、焼け石に水であった。


「大丈夫だと思いたいな! “タイガー”、“グリズリー”、信じてるぞ!」


『しかし、CCC(戦術管制室)からの命令は……!』


『無茶を言う! 俺たちまで命令違反に巻き込もうとするな!』


『限界まで、残り二十秒』


 俺たちのやり取りに、リルの声が静かに割り込む。彼らが決断してくれなければ、シービースト小隊は、いや、他の兵たちも終わりだ。焦りばかりが募っていく。


 そんな中、CCC(戦術管制室)から再び通信が入った。が、今回はお咎めの言葉ではないらしく、無線から聞こえる声は、溜息から始まる。


『やれやれ、困ったものだな』


 それは、CCC(戦術管制室)の責任者、ガネット中佐の声だった。リルの廃棄処分の危機に、そして独房の俺を救うために奔走した、あの厳格で食えない男である。


『こんな重要な局面で、どうやらレーダーの調子が良くないらしい。各機、聞こえているな? “上手くやれ”。以上だ』


 一瞬の空白の後、中佐の真意を理解し、俺は思わず笑みをこぼした。軍の規律と、現場の生きた命の重さ。その板挟みの中で、あの男は自ら責任を引き受ける決断を下したのだ。


「はっ、あの人はいつもいつも、肝心な所でやってくれる!」


『第6基地は何でもありだな! ええい、どうにでもなれ! バルムンク、発射する!  “上手くやれ”よ、シービースト共!』


 中佐の機転を察したジークフリートのライダーたちも、やけくそ気味な声を上げた。彼らは迷いを振り切るように、全エンジンの出力を主砲へ直結させる。


『防衛限界まで、あと五秒』


 リルが静かにカウントを刻む。


『――二』


 通信回線を通じて、後方のジークフリートが全出力を砲へ回した際の、硬質な通電音が聞こえる。


『――一』


 カウントの終了と共に、二条の白光が放たれた。


 閃光が俺たちの視界を真っ白に塗りつぶす。空気の分子を無理やり引き裂いたような、耳を突く金属的な破裂音が戦場を支配した。白光は俺たちを巻き込まないギリギリの軌道を描き、背後の熱気が肌を刺す距離を、掠めるようにして駆け抜けていく。


 光条が触れた場所から、皇獣(おうじゅう)の群れが崩壊していく。あまりの熱量に分子結合を維持できなくなった黒獣たちが、音もなく霧へと還元されていく。質量の消失。それが通り過ぎた後には、歪んだ陽炎と、焦げ付いたような異臭が空間に充満した。


 一歩間違えれば、俺たち自身が霧へと還っていたはずだ。圧倒的な死の気配が、敵の包囲を完璧に焼き払う。


 戦場にできた、わずかな空白。それを、俺は見逃さなかった。


「走れ! 敵の指揮系統が混乱している隙に突破するぞ!」

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