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Bloody Bless  作者: 館長さん
第1章:北方第6前線基地編

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第2話:鏡よ鏡①

 三日間の謹慎。それは軍隊という巨大な組織が、俺――イル・カーンという異物を噛み砕くために用意した、ひどく無機質な冷却期間だった。


 熱気も砂塵も遮断された、窓のないコンクリートの独房。俺はベッドの端に腰を下ろし、小さなLEDの明かりを頼りに剥き出しにした左腕のメンテナンスに没頭していた。特殊シリコン製の偽装皮膚を肩まで捲り上げると、チタン合金のフレームと人工筋肉の繊維が、鈍い光沢を放っている。専用のオイルを染み込ませた布で接合部を拭う。硬質な音が狭い部屋に響く。


 俺の体の一部でありながら、俺の意思とは無関係に金属とセラミックス、そして有機パーツから作られた精密機構。この作り物の体は、生身の体で生きていくことができないスワスチム人にとって、無くてはならない器であった。


 末端神経崩壊症(ノロイ)。旧人類を滅ぼした奇病のせいで、エルムディス歴六百二十年を迎えてなお、俺たちスワスチム共和国人は、生身で生きていくことが許されない。その代償であり、対抗策こそが、この作り物の体というわけである。


『准尉。心拍数が低下しています。深い睡眠、あるいは極度の退屈を示唆する数値です』


 網膜の端に、銀髪の少女の顔を映し出したフェイスウィンドウが、かすかな電子音と共にポップアップする。同じシービースト小隊員である、アンドロイドのリルだ。


 汎用通話ソフト“Sotto(個人間通話)”を介し、リルの無機質な声が脳内に響く。機化人(サイボーグ)の義肢に標準装備されている、個人対個人用の通信システムだ。基地のネットワークを介して、彼女は俺のバイタルを監視しているらしい。


(退屈か……まあ、そうだな。戦場の砂塵よりは、ここの埃の方がいくらかマシな味だけどな)


 声帯を使わずに、思考で返事を返す。彼女の電子頭脳には、俺の声でメッセージが再生されているはずである。


 今回の俺の処遇は、お偉方の書いた帳尻合わせの産物であった。俺がやらかした規律の逸脱と、それによって生じた端金のプラス。エドムント少将は、その両方を天秤にかけ、俺という異端児を叩き壊すにはまだ早い、と判断したらしい。組織を維持するための判断としては、合理的で、正しいと思う。だが、その計算式の中に“人間”が入り込む余地がないことに、わずかな乾きを覚えるだけだ。


 一方、俺と共に飛び出したリュオン少尉は、お咎めなし。小隊の稼働率を維持するためという名目のもと、彼の暴走はあらかじめ予定されていた援護行動だった、というストーリーへと書き換えられたのだそうだ。


 真実を曲げてまで維持される組織の整合性。それがどれほど危ういものか、俺は知っている。効率という名のオブラートで包み隠された失敗は、本人の自覚を奪い、生存に必要な危機感を麻痺させていく。俺はこれまでの戦場で、そうやって組織に“守られてしまった”子羊が現実に直面した瞬間に、なす術もなく食いちぎられるのを嫌というほど見てきた。まったくもって、やるせない。



 謹慎が明け、俺が向かったのは第13整備ドックだった。重い気密扉が開いた瞬間、鼻腔を突いたのは焼けたグリスと溶接火花による、あの焦げ付くような臭いだ。俺の感覚デバイスが、ようやく日常に戻ったのだと教えてくれる。


 だが、ドック内の空気は、三日前とは明らかに違っていた。通路を歩く俺に、作業中の整備兵たちが一瞬だけ手を止め、値踏みするような、あるいは化け物でも見るような視線を投げかけてくる。デザートマウス小隊の三人を地獄の底から引きずり戻した、死に損ないの新人。その噂は三日間の沈黙の中で、この鉄の揺り籠に十分すぎるほど根を張ったらしい。


「おい、あれだろ? “羊飼い”の杖をへし折ったって奴……」


「ただの量産機で、どういう操縦をすればスライムの海を突破できるんだ?」


 ひそひそ話がノイズのように聴覚デバイスを叩くが、無視して奥へと進む。どうやら噂の主は、英雄からはみ出し者に格下げされていたようだった。ただ、全ての視線が否定的というわけでもなく、自分たちの常識を壊した異物を観察する、薄気味悪いほどの熱を帯びた好奇心でもあった。興味半分、畏怖半分といったところか。いつもの事だ、こういう異端児扱いには慣れている。


 離れた区画では、デザートマウス小隊の生き残りが、治療用の偽装皮膚を巻いた体で、自機の残骸の前に座り込んでいた。彼らは俺に気づくと、一瞬だけ縋るような目を向けてくるが、ドックの端に立つ金髪の青年の存在を認めると、弾かれたように視線を床へ落としてしまう。どうやら例の“狂犬”――ハミルトン・リュオン少尉は、他の隊にも好印象を与えてはいないらしい。


 ドックの柱には、皇獣(おうじゅう)の粘液で腐食した装甲板が無造作に積み上げられ、その横では四肢を失ったトリオンが天井から吊り下げられていた。まるで解体場だ。スワスチム共和国の栄光を支える機動重機も、ここではただの壊れた消耗品に過ぎないらしい。


「准尉、足音が重いですね。義足の出力バランスに狂いが生じているのでしたら、調整致しましょうか?」


 背後から現れたのは、リルだった。足音もなく近寄るその挙動は相変わらず不気味だが、今はその無機質な声の方が、周囲の刺々しい視線よりは幾分かましに感じる。


 俺の心中になど興味ないとばかりに、彼女は手元の端末を操作しながら俺の横を並んで歩き始めた。短く切りそろえられたふわふわな銀髪に、俺の腰ほどまでしかない小柄な義肢。これでもう少し愛想が良ければ、愛嬌も感じられるのだろうが、情報分析のみを仕事とする戦闘アンドロイドにとって、そのような物は余分以上の何物でもないのだろう。


「気のせいだ。ただの気分の問題だよ。それで、俺の“棺桶”の様子はどうだ?」


「棺桶ではなくM98-SR/P“トリオン”です。修復は予定通り完了。ただし、パーツの在庫不足により、一部に規格外の代替品を使用しています。それと、先客がいます」


 リルの視線の先、ドックの最深部である第4ハンガーの前には、見知った不機嫌そうな背中があった。無論、リュオンだ。彼は自分の愛機ギガントを整備班に預け、俺の機体を、まるで見えない敵を睨みつけるような目で見上げている。どうやら、ただの機体確認では済みそうにない。俺は小さくため息を吐くと、人工骨格の軋みを一つ鳴らし、自分の居場所へと歩み寄った。


 そこに用意されていたのは、シービースト小隊機であることを示す、ライトブルーに塗られたトリオンだ。先日の機体よりはいくらかマシな程度の中古品だが、発注しておいた武装は用意してもらえたようである。特注のカットラスに、MA(マシーナリィアーマー)の全身を覆うことができるサイズのタワーシールド。これが無ければ始まらない。


 特に、この盾は俺のお気に入りだ。こいつはただの重いだけの鉄板とはわけが違う。表面は幾層もの特殊合金を重ねた空間装甲。だが、真打ちは内部に張り巡らされた超高圧の液体の方だ。シールド表面が衝撃を受けると内部の薬液が急速に気化し、衝撃を押し返すクッションとなる。発想としては、エアバッグやリアクティブアーマーに近い。蒸気を排出してしまえば、盾は元通り。薬液が尽きるまでは、何度でも高い耐衝撃性を発揮できるというわけだ。


 理屈は単純だが、そのぶん機体への負担は殺人的である。被弾角度や荷重制御を僅かでも誤れば、衝撃は逃げ場を失い、機体は粉々に粉砕されるだろう。文字通りの諸刃の剣だが、こいつには何度助けられたことか。


 外面は満点だ。謹慎中にここまで仕上げてくれたメカニック達には感謝の念に堪えない。鼻歌交じりにコクピットに乗り込み、各部のチェックランを開始する。


 作業開始からすぐに、俺の手が止まる。指先の触覚センサーが操作系統のわずかな粘りを、不純物混じりのノイズとして報告してきたからだ。スロットルを微調整し、ペダルの遊びを確認する。モニターに並ぶ数値に異常はない。だが、機体各部の駆動系が発する微細な振動の調律が、わずかに狂っている。


 動作確認を再開しつつ、俺は外部スピーカーのスイッチを入れた。数メートル先、自分の機体の脚部を眺めていたリュオンに声をかける。


「少尉、三日ぶりだな。俺のいない間、隊の戦績はどうだった」


 リュオンが肩を震わせ、ゆっくりとこちらを振り向いた。その口元には、隠しきれない勝ち誇ったような笑みが浮かんでいる。


『ああ、准尉。お勤めご苦労様。何様のつもりだい、“少尉殿”だろ? 謹慎室で軍規を忘れたのか? 降格したとはいえ、元・少尉なら序列の重さは身に染みているものだと思ったんだけどな』


 リュオンは一歩踏み出し、小馬鹿にするように俺のコクピットを見上げてきた。嫌味を隠そうともしない声色を、外部指向性マイクが拾う。


『おかげさまで、准尉の穴を埋める羽目になったよ。けどまあ、元から三人でやりくりしていたんだ、問題は無いさ。聞いてるぜ、あんた南部の戦場でも“大活躍”だったんだってな? けど残念、英雄様がいなくても、現場は円滑に回るということが証明された。この三日間で僕が稼ぎ出したスコアは、あんたが初日に挙げた戦果をとうに塗り替えている。ここのエースはあんたじゃねえ、この僕だ。命令違反で追い出されたロートルには、静かな謹慎室の方がお似合いだったんじゃないかい?』


 俺は計器盤に並ぶ、わずかに同期の狂った駆動グラフを眺めながら、もう一度だけ問いを重ねた。


「……失礼しました。この機体の整備、少尉も立ち会ったのでしょうか? ずいぶんと”丁寧な”仕事がされているようですが」


 こちらが言葉遣いを改めたことで気をよくしたのか、リュオンは鼻で笑い、挑発的に顎をしゃくる。


『さあね。僕は自分の機体(ギガント)の調整で忙しかったんだ。他人のお人形のことなんて、知ったことかよ。叩き上げの准尉なら、多少の“癖”くらい乗りこなしてみせるんだな。いいか、僕の邪魔だけはするなよ。それとも、機体の不調を言い訳に、また命令違反でもするかい?』


 ――救いようがない。彼は自分がなにをやらかしたのか、まるで分っていないようだ。


「了解した、少尉殿。多少のノイズなら、こちらでなんとかしましょう」


 俺はそれ以上、言葉を重ねるのを止めることにした。会話とは、双方にその意思が無ければ成り立つものではない。


 モニターの隅で、リュオンが満足げに肩をそびやかして立ち去るのが見えた。あんな安い優越感で腹が満たせるなら、彼が求めている実力とやらは、どこまで行っても血の通わない数字の羅列でしかないというのに。


『准尉、チェックランを続けますか?』


 リルの声が、再び回線を開きっぱなしのSotto(個人間通話)を通じて届いた。口を動かさず、思考することで返事を返す。


(いや、いい。あとは実戦で馴染ませる)


 俺は指先に残る微細な不協和音を、記憶の奥に刻み込むように操縦桿を一度だけ強く握った。問題ない。南方ではもっと酷い状態の機体に乗らざるを得ないことも、少なくはなかった。何とかなるだろう。


 ふと、リュオンが立っていた場所に視線を戻す。義肢の瞳孔の動きを察知したセンサーに連動した制御システムが、トリオンの外部カメラを俺の視点に合わせて旋回させた。


 ギガント。ヴォルフ鉄鋼社製のヒット作。国内でもトリオンに次ぐ人気の量産型MA(マシーナリィアーマー)だ。その最大の特徴は、トラス・ハニカム構造を持つ複雑なフレーム構造にある。受けた衝撃を全身に分散し支えることで、トリオンとは比較にならない耐久力を誇る名機だ。


 そのぶんカスタマイズ性で劣るものの、拡張性の低さを補うため様々な仕様のバリエーションモデルが生産されている。


 リュオンが選んだのは、WTH02_AB――通称ギガント・バーサーカー。ファイターモデルよりもさらに近接攻撃力に重きを置いた、高馬力モデルだ。背部に増設された大型バーニアを見るに、おそらくエンジンは標準仕様より高出力のものへ交換しているのだろう。大型エンジンを搭載できるのも、ギガントシリーズの魅力の一つである。


 一気に接近して、右腕のストライクバイルで皇獣(おうじゅう)の核を一撃で粉砕。効率最優先のその仕様は、三日前、通信越しに聞こえてきた撃墜数を数える彼の声を代弁しているかのようだ。


 それに引き換え、装甲がやけに古臭いのが気になった。ギガントはトリオンと違い、基本的には耐えて反撃する戦法に向いている。分厚い増加装甲と衝撃分散構造、そしてそれらの重量を支える大型エンジンによる積載限界の余裕が売りのはずだ。しかし、彼の機体に装備されている外部装甲は、ひび割れ、部分的に欠けた状態の物が多い。


(リル、聞こえているな? 少尉の機体だが、整備は終わっているのか?)


『はい、これで十分だと聞いています』


(お前の見立ては?)


『少尉の意見を尊重するよう厳命されています』


 くだらねえ、と吐き捨てる。


 リュオン機の詳細データを、リルに要求するまでもない。彼の機体に取り付けられている外部装甲は、既に耐久限界を迎える寸前に見えた。戦場の傷は勲章の証、とでも言いたいのだろう。そんな虚飾で命を落としてしまったら、笑い話にもなりはしない。鉄を飾り物にする奴から死んでいくということを、あのお坊ちゃんは理解していないようだった。


 ――いや、リアクティブタワーシールドなんていう“デカブツ”を、よりによって俊敏な動作が売りのトリオンに持たせている俺も、大概か。人のことを言えた義理でもない。


 一通りのチェックを終えた俺は、計器盤のライトを落とし、機体のシステムをスリープモードへ移行させる。ドックの騒音に包まれながら、俺はわざとらしく用意された“毒リンゴ”の味を反芻した。


 あとはこれを美味そうに食ってみせるだけだ。彼の“邪魔をしない”程度にな。


「腹が膨れるなら勝手にしろ」


 既に扉の向こうに消えた、虚飾と虚勢を腹の中にたっぷり詰め込んだ男の背中に向けて、俺は吐き捨てるように呟いてみせた。


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